結界の中に作られた隠れ里の集会所で、勇者の一行と元祖グル教の姉弟は、シュイーゴの住人と一緒に食事をしました。
集会所といっても、屋根がかかった東屋(あずまや)があるだけで、周囲には壁も囲いもない場所です。東屋の下の地面にテーブル代わりの布が敷かれ、精一杯の心づくしの料理が並べられていきます。
一方、ゼンが作ったスープはシュイーゴのお年寄りから特に好評でした。
「体にいい薬草や香草をいろいろ入れたぜ。じいちゃんもばあちゃんも、これを食って元気になれよ」
とゼンが言ったからです。
「どれ、わしもいただこうかな」
「あたしにも食べさせておくれ。元気になりたいからね」
と鍋の前に老人たちが並んだので、メールが配膳を手伝います。
フルートとポポロとルルとポチは、シュイーゴの女性たちが運んでくる料理を珍しそうに眺めていました。
「これは袋パンだな」
「テトでも食べたわよね……」
「サータマンの料理って、テトの料理にけっこう似てるんじゃない?」
「ワン、隣の国だから、食べるものも似てるんだろうなぁ」
肉と豆の煮込みや野菜も運ばれてきたので、一行は勧められるままにパンの中に詰めて食べましたが、ぴりっと香辛料のきいた味は、テトの料理とも少し違って感じられました。
そこへゼンとメールも戻ってきたので、食事の席はますます賑やかになります――。
やがて、ひとしきり飲み食いした一行は、おもむろに町の人々と話し合いを始めました。とはいえ、三百名を超すシュイーゴの住人全員と話すことは難しいので、僧侶や町長といった主だった人たちが代表して話し相手になります。
「ぼくがお知らせしたかったのは、このサータマンにセイロスという人物が侵入して、サータマン王と手を組んだらしい、ってことなんです」
とフルートは切り出しました。
「セイロスは二千年前の世界からよみがえってきた男で、非常に強力な闇の魔法を使います。彼は世界中の国々を征服して王になる野望を持っていて、三ヶ月前にはザカラス城を襲撃したし、先月にはメイ国を支配してロムド国を侵略しようとしました。どちらの戦いでも、同盟軍が対抗して攻撃を退けましたが、彼はまだ全然あきらめていません。今度はこのサータマンに侵入してサータマン王と手を組んだ、とロムド城の一番占者が予言したんです――。彼はこの後、ミコンに戦いを挑むつもりのようです。きっと、ミコンを落とした後で山脈を越えて、その向こうのロムド国やエスタ国に攻撃をしかけるつもりなんだと思います。彼の攻撃は容赦がなくて残酷です。彼が世界の王になれば、その先に待っているのは破滅しかありません。きっと、このサータマンも利用されるだけされて破壊されてしまいます。ぼくたちはそれを防ぎたいんです」
フルートは一気にそれだけを話すと、僧侶や町長たちをまっすぐ見つめました。その顔は真剣そのものです。
フルートの後ろで話を聞いていた灰鼠が、隣の姉にささやきました。
「いやにサータマンにこだわってると思ったら、金の石の勇者はそんなことを考えていたのか」
「そうみたいね。サータマンはロムドの仇敵だっていうのに、なんて甘いのかしら」
と銀鼠は顔をしかめています。
シュイーゴの町長たちも少なからず驚いたようで、互いに少し話し合ってから、フルートに聞き返してきました。
「そのセイロスという男は、サータマン王と一緒にロムドを攻めようとしているのでしょう? それなのに、サータマンを救いに来てくれたんですか?」
「サータマンもロムドもエスタも、みんなを助けたいと思ってます!」
とフルートは即答しました。まったく迷いのない声に、姉弟は、やれやれ、と頭を振ります。
町長は僧侶とまたひとしきり話し合いをしてから言いました。
「今の話で、我々にも思い当たることがあります。一週間前、王の軍隊はなんの前触れもなくシュイーゴにやって来て、『異端の祭りを行ってグルの教えに背いた罪で、この町を焼き払う』と火矢をかけてきたのです。実に一方的な攻撃でしたが、その後、軍隊の隊長が『ここに屯所を造る』と話していたのを、町の者が聞いたのです。これまでシュイーゴの祭りが禁止されたことはなかったし、あんな場所に軍の屯所を造ってどうするんだ、と思って訳がわからずにいたんですが、ミコンを攻撃するつもりでいるなら、合点(がてん)がいきます。シュイーゴはミコンに続く登山道の入り口に一番近い町です。サータマン王はシュイーゴの場所に攻撃の砦(とりで)を造ろうとして、シュイーゴの町を焼き払ったんでしょう」
町長の後ろで話を聞いていたシュイーゴの住人は、たちまちざわめき始めました。「そんなことのために我々の町は焼かれたのか!?」と怒り出す人も出てきます。
勇者の一行も顔を見合わせました。
「普通さ、砦を造りたいなら、すでにある町を使わないかい? そうすれば、わざわざ建物を造らなくても、家をそのまま宿舎に使えるんだからさ」
とメールが不思議がると、ポチも首をひねりました。
「ワン、そうですよね。それに、兵隊たちが食べる食料が必要になるし、食事の支度をしたり荷物を運んだりする人も必要になるんだから、町をそのまま砦に利用するほうが、ずっといいはずなんだけど」
すると、フルートが厳しい顔で言いました。
「焼き討ちを指示したのは、きっとセイロスだ。彼の戦い方は、とにかく速くて徹底している。すでにあるものを利用するより、一度完全に破壊してから、望み通りの砦を造りたいと考えたんだろう」
ちっ、とゼンは舌打ちしました。
「さすが破壊の権化だぜ。とにかくぶっ壊したくてしかたねえんだな」
「みんな、無事で良かったわね。逃げ遅れたら、きっと全員殺されてたわよ」
とルルも言うと、町長が答えました。
「僧侶様のおかげです。僧侶様にはお告げの神のノワラがついておいでだから、襲撃の何ヶ月も前から我々に危険を告げてくれていたんですよ。おかげですぐに逃げることができました」
「春祭りの時期でなくてよかったんじゃよ。あの時期だけは、わしはグルになるので、ノワラがわしから離れますからな」
紫の服を着た僧侶は、どんなときにも穏やかな口調です。
「これからどうするの、フルート……?」
とポポロが尋ねてきました。一日に二度、誰よりも強力な光の魔法を使える彼女ですが、使い方や作戦を指示してもらわなければ、ただの暴走になってしまうのです。
フルートは口元に手を当てました。深く考えるときの癖がまた出てきています。
すると、姉の銀鼠が町長たちへ言いました。
「元祖グルを異端扱いするサータマンなんて見切りをつけて、ロムドに来なさいよ。ロムド王は元祖グルを迫害したりしないし、このくらいの人数なら充分受け入れてくれるわよ」
「そうだな。ミコン山脈を越えてロムドに行けばいい。ミコンの大司祭長だって、ミコンを攻めなければ向こうから攻撃はしない、と約束したしな」
と弟の灰鼠も言いました。自分たち自身がロムドに保護されているので、確信を持って話しているのですが、シュイーゴの住人はますますざわめきました。不安そうな声がいたるところから聞こえてきます。
ゼンが言いました。
「ずっと暮らしてきた場所はそう簡単には捨てられねえさ。できれば取り戻したい。そう思うのが人情ってやつだぜ」
姉の銀鼠はゼンをにらみつけました。
「わかったようなことを言うじゃない、異教徒の坊やが。サータマンは今はもうグル教に完全に支配されているのよ。間違ったグルに従うふりをしながら、こそこそ暮らすくらいなら、サータマンを離れて堂々と生きたほうがいい、って言ってるのよ」
露骨に馬鹿にされて、ゼンもむっとしました。腕組みして言い返します。
「俺は異教徒じゃねえぜ。俺はユリスナイも他の神様も信じてねえからな。ただ、世界が俺たちに『生きていていいぞ』って言ってるのだけは、いつも感じてる。それが神様なのか別のものなのか、そんなのはわかんねえし、知りたいとも思わねえけどな。グルだ元祖グルだとあんたたちは騒ぐが、俺から見りゃどっちも同じもんだ。どこも変わってねえんだから、そんなもんにこだわってサータマン人同士が憎んだり戦ったりするのはやめとけ、って言ってんだよ」
メールもうなずいて姉弟に言いました。
「あんたたちってさ、サータマン人のくせに同じサータマン人を嫌ってるよね。故郷を焼いたサータマン王を憎むのは当然だけど、他のサータマン人全部を嫌う必要なんかないだろ」
二人からずけずけと言われて、姉弟は激怒しました。真っ赤な顔で立ち上がって両手を振り上げると、その手に魔法の炎が現れます。
「なんだ、やる気か!?」
とゼンも気色ばんで立ち上がりました。見守っていたシュイーゴの住人は悲鳴を上げます。
そこへフルートが割って入りました。ゼンとメールを背後にかばって、姉弟へ言います。
「今は仲間割れをしているときじゃありません。それに、シュイーゴの人たちだけを避難させても、本当の解決にはなりませんよ。セイロスにサータマンから手を引かせなくちゃいけないんですから」
「偉そうに! そんなこと、子どものあんたたちがどうやってやろうっていうのよ!?」
「間違ったグルを崇拝して、本当のグルを見ようとしなかったから、サータマンは闇の竜に取り憑かれたんだぞ! そんな国は滅びて当然じゃないか!」
姉弟はますます怒ってどなりますが、フルートは冷静に言い返しました。
「大人か子どもかなんて関係ありません。ぼくたちは金の石から世界を救う勇者に選ばれた一行です。世界にはいろんな人たちがいて、差別はできないんだから、みんなを助ける。それだけなんです」
「生意気!」
と姉弟がまたののしってきます。
すると、シュイーゴの僧侶が静かに言いました。
「アーラーンの使い手はアーラーンと同じように激しい気性をしていますな。だが、わしらはサータマン全体で信じられているグルを、間違ったグルとは考えておらんのです。確かに、ノワラやアーラーンといった他の神々を否定したり、わしらの祭りを異端と決めつけたりするが、彼らのグルもわしらの元祖グルも、どちらも同じグル。我々サータマン人に恵みを与え、敵から守ってくれる猿神だと、わしらは信じておるのです」
「なんですって――!?」
姉弟はまた叫ぶと、そのまま絶句しました。相手が同じ元祖グルのしもべなので、怒るべきかあきれるべきか、わからなくなってしまったのです。
フルートたちのほうは、どの宗教であっても神は神と思っているので、僧侶のことばに納得してうなずきます。
町長がその場を取りなすために口を開こうとします。
そのとき、いきなり周囲の空気がびりっと震えました。
全員が思わず飛び上がると、次の瞬間ものすごい音があたりに響き渡ります。
ヴィイイイイ……!!!
ウォオオオオオ……!!!
轟音は周囲の森を揺らし、足元の大地を振動させました。森にいた馬たちがいなないて駆け出し、羊の群れがメェメェ鳴きながら逃げ惑います。ただごとではない雰囲気です。
「アーラーンだ!?」
「ノワラも叫んでいる!?」
元祖グル教の姉弟と僧侶は同時に叫ぶと、他の者たちと一緒に集会所の外へ飛び出しました――。