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第23巻「猿神グルの戦い」

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第7章 隠れ里

19.森

 フルートたちの一行は、命を助けた子馬の案内で、シュイーゴ郊外の牧場へ行きました。夜空に雲がかかっていなかったので、月の光に照らされた草が、一面濡れたように白く光っています。

「やっぱりあった。たくさんの馬と羊の人の足跡だぞ。馬車の轍(わだち)もいくつも残ってらぁ」

 とゼンが地面を探し回って言いました。相変わらず大きな黒馬の格好をしています。

 ユニコーンになったフルートが考えながら言いました。

「荷物や家畜と一緒に逃げたってことだな。とすると、シュイーゴの人たちはサータマン軍に襲撃される前に危険を知って、脱出の準備を整えていたのかもしれない。みんな無事でいる可能性が高いぞ」

「シュイーゴの人たちはどっちに行ったのさ?」

 とぶち馬になったメールに聞かれて、ゼンはミコン山脈の麓を見ました。

「チビの言う通り、足跡は北に向かってるな。まず森に逃げ込んで、それから別の方角へ移動したんだろう。追うぞ」

 ゼンがまた地面に顔を近づけて歩き出したので、他の者はその後についていきました。茶色いぶちの子馬も、おとなしくついてきます。

 

 森に入ると下草や藪(やぶ)が多くなりましたが、猟師のゼンは足跡を決して見失いませんでした。押しつぶされた草や折れた枝などを見つけては、どんどん一行を案内していきます。シュイーゴの住人は追っ手をまこうとしたのか、わざと曲がりくねったルートを取りながら、西へ西へと移動していました。次第に森が深くなっていきます。

 やがて、あたりが明るくなってきた頃、ゼンは急に立ち止まりました。地面や周囲をしばらく見回してから、仲間たちを振り向きます。

「痕はここまでだ。この先には足跡も轍も残ってねえぞ」

 一同は驚きました。

 銀鼠と灰鼠が赤いたてがみを揺すって言います。

「足跡が残ってないですって!?」

「だって、ここには何もないじゃないか!」

 その通り、そこには深い森が広がっているだけでした。夜明けが迫って見通しがきくようになっていましたが、どんなに見回しても、シュイーゴの住人らしい姿は見当たりません。家畜や荷車も、影も形もありませんでした。

 黒星の姿のゼンは大きな頭を振りました。

「俺にもどうなってるのかわかんねえよ。ただ、連中が通った痕はこの場所でとぎれてるんだ。まるで連中がここから空に駆け上がっていったみたいだぜ」

 そんな……と一同は空を見ました。もちろん、頭上にもシュイーゴの住人は見当たりません。

 茶色い小馬のルルがそっと言いました。

「ここで追っ手に捕まっちゃったのかしら?」

「ヒヒン、それにしてはあたりが荒れてないよ。軍隊が来たなら、木や草が踏みつぶされているはずなのに」

 と白い小馬のポチも首をひねります。

 子馬はあたりをぐるぐる回って声をあげました。

「おかあちゃん! どこなの、おかあちゃぁん!?」

 けれども、子馬の呼ぶ声にもやっぱり返事はありません。

 一同はとまどって立ちすくんでしまいました。次第に明るくなっていく森の中に、鳥の声だけが増えていきます――。

 

 そのとき、クレラの姿のポポロが声をあげました。

「夜が明けるわ!」

 森の梢の上の方が急に明るくなって、木の葉が鮮やかな緑に光り始めたのです。枝の間からわずかにのぞく空が、みるみる青くなっていきます。

 すると、一同の姿が変わり始めました。大きな馬の体が縮み、長い首や脚も短くなっていって、二本脚で立つ人間になります。ゼン、メール、ポポロ、元祖グル教の姉弟――ユニコーンになっていたフルートも、金の鎧兜を着て剣を背負った勇者の姿に戻りました。ルルとポチは茶色と白の犬に戻っていきます。

 彼らが突然変身したので、子馬は驚いて飛び跳ねました。ヒヒン、ヒヒヒン、といななきますが、そのことばはフルートたちにはもう理解できませんでした。

 フルートは興奮する子馬の首を抱いて落ち着かせようとしました。

「どうどう。大丈夫、大丈夫なんだよ――」

 ポチも、ワンワンワン、と犬のことばで子馬に話しかけました。ポチはどんな動物とも話すことができるので、じきに子馬は飛び跳ねるのをやめました。おそるおそる、自分を抱くフルートの顔を見ます。

 フルートは子馬にほほえみながら、優しく話しかけました。

「驚かせてごめんよ。これがぼくたちの本当の姿なんだ。でも、君の味方だから安心していいんだよ」

 ポチがまた通訳したので、子馬はようやく本当に落ち着きました。びっくりした目で一同を見回します。

 姉の銀鼠は肩をすくめました。

「人間に戻れたのは嬉しいけど、八方ふさがりの状況ね。町の住人はどこにいったわけ? 手がかりが消えちゃったんじゃ、見つけようがないじゃない」

「本当に、どこへ行ったっていうんだろうなぁ。確かにここで痕は消えているよな」

 と弟の灰鼠は地面の蹄の痕や轍を追いかけ、それが見えなくなってしまう場所で首をひねりました。

 ポポロも、魔法使いの目が使えるようになったので、周囲の透視を始めましたが、やっぱり住人はどこにも見つかりません。

 

 すると、急にすぐそばからブルルルッと馬の鼻息の音がして、年配の男性の声が聞こえてきました。

「おやおや、馬が騒ぐから何事かと思えば。そこにいるのはひょっとして金の石の勇者の一行ではありませんかな?」

 フルートたちはびっくり仰天しました。鼻息や声が聞こえる方向には誰もいなかったのです。

 ところが、子馬はヒヒン! と嬉しそうにいななくと、声のするほうへ突進していきました。すると、空中から大きなぶちの雌馬が現れ、長い首を伸ばして子馬にすりつけました。子馬のほうでも雌馬にまとわりついて体をすり寄せます。

「ワン、この子、おかあちゃん! って言いましたよ。お母さん馬なんだ」

 とポチが言うと、雌馬に続いて白髪頭の男性が姿を現しました。薄紫のサータマンの服に丸い帽子をかぶり、濃い紫のケープのような上着を着ています。フルートたちが知らない人物でしたが、老人のほうは彼らを知っているようでした。にこにこしながら一行を見回して言います。

「ああ、やっぱり金の石の勇者たちじゃ。ずいぶん大人になって。ようここまでたどり着くことができましたな」

 いったい誰だろう……? とフルートたちはとまどいました。何度見直しても、老人の顔に見覚えはありません。

 その様子に老人がまた言いました。

「勇者の皆様方はわしをお忘れですかな? 春祭りであなた方に命を救っていただいたのですが」

 けれども、やっぱりフルートたちは思い出すことができませんでした。シュイーゴの春祭りで怪物を撃退したときにその場にいた人だろうか、と考えます。あの場所には大勢が集まっていたので、ひとりひとりの顔など覚えてはいませんでした。

 すると、姉の銀鼠が眉間にしわを寄せて言いました。

「あなた、グル教の服を着てるわよね? シュイーゴの寺院の関係者なの?」

 それでようやくフルートたちもその人物に思いあたりました。

「ひょっとして、あのとき春祭りをとりおこなっていた僧侶さんですか!?」

「あたいたち、怪物の化蛇(かだ)から助けてあげたよねぇ!」

 老人は満面の笑顔になりました。笑うとしわの中に目が消えてしまいます。

「そうです、そうです。そういえば、あのときわしは祭りのためにグルのお面をかぶっておりましたな。その節は、わしだけでなくシュイーゴの住人や祭りに集まってきた見物客まで守っていただいて、本当にありがとうございました。お礼を言いたかったのですが、すぐに憲兵がやってきて大騒ぎになりましたからな。こうしてまた会うことができて、本当に嬉しく思っておりますよ」

 グル教の僧侶が孫のような歳のフルートたちにとても丁寧に話しかけるので、銀鼠と灰鼠の二人は目を丸くしてしまいます。

 

「俺たち、シュイーゴが無事かどうか心配で見に来たんだぜ。そしたら町は丸焼けになってるしよ。住人はどうしたんだよ?」

 とゼンが尋ねると、僧侶はまた笑顔になりました。

「我々を心配して来てくださいましたか。本当にありがたいことです。住人は皆無事でいますよ。ここに結界を張って、その中に隠れ住んでいるのです。さあ、どうぞ。皆様なら喜んで案内しましょう」

 僧侶が母馬の手綱を引きながら歩き出すと、その姿が空中に消えていきました。母馬に寄り添った子馬も一緒です。

 フルートたちはためらうことなくその後を追いかけ、同じように消えていきました。後には銀鼠と灰鼠だけが残ります。

 すると、空中からまた僧侶が現れて話しかけてきました。

「どうしました? 中には何も危険はありませんぞ」

 姉弟は、ふん、とそっぽを向きました。

「あたしたちは元祖グルのしもべよ。グルの里になんて足を踏み入れるわけにはいかないわ」

「ぼくたちはここで待つからお構いなく」

 僧侶はしわの中にまた目を消しました。

「あんたがたが元祖グルのしもべなのは、一目でわかりましたよ。アーラーンは『一緒に行け』と命じていませんかな?」

 え? と姉弟は僧侶を振り向きました。とたんに、どこからともなくウィィィィ……と大きな音が湧き起こって森に響きます。

「アーラーン!?」

 と二人は思わず声をあげました。火の神アーラーンが騒いだのです。

 僧侶はまた目を細めました。

「そら、アーラーンもお勧めになっている。おいでなされ、二人とも」

 その姿がまた空中に見えなくなっていきます。

 姉弟は顔を見合わせると、僧侶の後を追って森の中から消えていきました――。

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