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第23巻「猿神グルの戦い」

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18.子馬

 シュイーゴの町中で木陰に倒れていたのは、一頭の子馬でした。白地の体には大きな茶色のぶちがあって、悲しそうな目をしています。

 ルルやメールが驚いて言いました。

「馬がしゃべっているわよ?」

「ってことは、魔法の馬かい?」

 ポチは頭を振りました。

「ヒヒン、そうじゃありません。ぼくたちのほうが馬のことばを理解できるようになってるんですよ。ぼくたちは今、馬だから」

 あ、そうか……とルルたちは納得しましたが、子馬が力なく頭を地面に横たえたのを見て焦りました。

「やだ、この子、大丈夫?」

「怪我してるんじゃないのかい!?」

 子馬はふくらんだ腹をせわしなく上下させて、荒い息をしています。

 ゼンとフルートは首を伸ばして子馬をのぞき込み、ぷんと鼻をついた悪臭に顔を見合わせました。

「やべえな、これは」

「うん――」

 二人の声が真剣だったので、姉の銀鼠が尋ねました。

「どうしたのよ? 何がまずいわけ?」

 フルートは答えました。

「脚の骨を折ってるんですよ。まだ母馬のそばにいるはずの月齢だから、歩けなくなっておいていかれたんだと思います。かなりひどい状態になってます」

「どんな?」

 とポポロが聞き返しました。大きな馬の目をさらに見開いて、泣きそうな顔になっています。

 フルートが答えをためらっていると、ゼンが代わりに言いました。

「馬は脚の骨を折ると助からねえんだよ。骨がくっつくより先に脚が腐り出すし、立っていられなくて地面に寝るから、そこからも皮膚がただれて腐ってくる。結局、苦しんで死ぬだけだから、馬が脚を折ったときにはひと思いに殺して楽にしてやるんだ」

 そんな!! と仲間たちはいっせいに叫びました。その中には元祖グル教の姉弟の声もありました。

「そんなもの、魔法で治せばいいじゃない!」

「そうだ! 城の馬はそうやって治療されているぞ!」

「じゃあ、あんたらが治してやれるのかよ? あんたら、馬になってる間は魔法が使えねえんだろう?」

 とゼンが厳しい声で聞き返しました。姉弟はことばに詰まります。

 

 ポポロはますます泣きそうになっていました。

「あたしは明日の朝になればまた魔法が使えるのよ。そしたらすぐ治してあげられるのに、だめなの?」

「たぶん無理だ……この感じだと、間もなくだよ」

 とフルートは答えました。彼は牧場で馬の世話もずいぶんしてきているので、そのあたりの見当はついたのです。

 すると、ルルが言いました。

「金の石! フルート、金の石を使いなさいよ!」

「ヒヒン、金の石の精霊はどこですか!?」

 とポチも言いましたが、精霊の少年はいつのまにか姿を消して、どこにも見当たらなくなっていました。彼らが呼んでいるのに、いっこうに出てきません。

 フルートはうつむきました。

「金の石は今はぼくの中にあって、ぼくの周りに聖なる結界を張るので手一杯になっているんだ。明日の朝になってぼくが元の姿に戻るまで、金の石も使えないんだよ……」

 子馬は地面に横倒しになってせわしく息をしていました。時折強い痛みに襲われるのでしょう。ヒィン、とせつない声をあげますが、フルートたちにはやっぱりどうすることもできませんでした。せめて痛み止めの薬草を使ってあげたいと思うのですが、馬の体では荷物から薬を取り出すこともできません。ちくしょう! とゼンがわめきます。

 ところが、大きな頭をかしげて考え込んでいたメールが、おもむろに首を上げて言いました。

「ねぇさあ、あたい考えてたんだけどさ……ユニコーンって、確か、どんな怪我でも病気でも治せるんじゃなかったっけ? あたいもそれで命拾いしたもんね。フルートはユニコーンなんだから、ひょっとしたらこの子を治せるんじゃないのかい?」

 このアイディアには皆がはっとしました。期待を込めてフルートを振り向きます。

「本当に利くのかな……? ぼくは変身してユニコーンの姿になっているだけなのに……」

 フルートはとまどいながら頭を下げました。額から伸びるねじれた一本角で、そっと子馬の体に触れてみます。以前、本物のユニコーンがそうやってメールを癒やしたことを思い出したのです。

 ところが、子馬は急にばくばくと口を激しく動かすと、二、三度息を吸い、ひゅぅぅ、と風のような溜息を最後に息をしなくなってしまいました。大きく上下していた横腹が動かなくなります。

 一同は思わず目を見張りました。

「息が止まっちゃったわ!」

「死んだのか!?」

「どうしてよ!? ユニコーンの角は利かなかったわけ!?」

 フルートもその場に立ちすくみ、動かなくなった子馬を見つめました。間に合わなかった……と心の中でつぶやくと、後悔と悲しみがどっと押し寄せてきます。

 

 すると、ゼンがずいと頭を出して、鼻面で子馬の体に触れました。さらに匂いをかいでから言います。

「大丈夫だ、このチビは生きてるぞ。怪我も治ってらぁ。痛みがなくなったから、呼吸が楽になって落ち着いただけだ」

 たちまち一同は歓声を上げました。ルルやポチは思わず後足立ちになっていなないてしまいます。

 とたんに子馬もぱっと首を上げて、ヒヒヒン! と元気に鳴きました。次の瞬間には立ち上がり、ぶるるっと短いたてがみを揺すります。

「元気になって良かったね」

 とフルートが話しかけると、子馬はフルートに首や体をすりつけてきました。小柄なユニコーンのフルートですが、子馬はそれより小さな体をしていました。甘えるように言います。

「もう脚もお腹も痛くないよ。立って走れるよ。嬉しいな――! お兄さん、お姉さんたちは誰? どこから来たの? どこに行くの?」

 どうやらこの子馬はとても好奇心が強い性格のようでした。大きな目をくりくりさせながら、やつぎばやに質問してきます。

 そんな様子に一同は安心しました。銀鼠と灰鼠の姉弟も、ほっとした顔をしていたので、ゼンがからかいます。

「なんだ、あんたらも心配してくれてたのかよ。案外優しいじゃねえか」

 とたんに姉弟はそっぽを向きました。

「別に。ただの成り行きだ」

「焼けた町で親を呼んでるんだもの、他人事に思えなかっただけよ」

 ゼンは目を丸くしました。二人の故郷がサータマン王に焼き討ちにされたことを、改めて思い出します――。

 

 フルートはまとわりつく子馬に尋ねていました。

「ここはシュイーゴの町だよね? 町はどうして焼けてしまったんだい? 町のみんなはどこに行ったの?」

 相手は子どもなのでどのくらいわかっているのか心配でしたが、子馬は意外なくらいはっきりと答えました。

「あのね、お日様が沈んでいくほうから、鉄の服を着た人間がたくさんやってきて、火のついた枝を飛ばしてきたんだよ。ぼくたちは町の外の牧場からそれを見ていたんだ。そしたら、いつも餌をくれる人間たちが来て、ぼくたちを連れて山のほうへ逃げ始めたの。でも、ぼくは転んで怪我をして歩けなくなっちゃった。お母ちゃんはぼくのそばで人間を呼んでくれたんだけど、人間はお母ちゃんを叱って、お母ちゃんだけ連れていっちゃったんだ。ぼくはずっと牧場で待っていたんだけど、とうとうお母ちゃんも人間も迎えに来てくれなかったから、一人で町に戻って、ここでみんなを待ってたの――。ねえ、お兄さん、お姉さん、ぼくのお母ちゃんたちはどこかな? ぼく、お母ちゃんに会いたいよ」

 一行は顔を見合わせました。

「鉄の服を着た人間ってのは、鎧を着た軍隊よね……」

「火がついた枝ってのは、火矢のことだね。サータマン軍は火矢を射かけてきたんだ」

 とポポロとメールが話し合うと、フルートが考えながら言いました。

「どうやらシュイーゴの人たちは襲撃された町から脱出できたみたいだな。山のほうへ逃げたとすると、北に向かったんだ。森の中に姿を隠したんだな」

 すると、ゼンも言いました。

「馬を連れていったのなら蹄の痕が残ってるはずだ――。おい、チビ。おまえのお袋さんと別れた場所に、俺たちを案内しろ。足跡をたどって、お袋さんたちのところへ連れていってやらぁ」

「ほんと!? ほんとにほんと、黒いお兄さん!? こっちこっち! お母ちゃんはこっちに行ったんだよ!」

 子馬は興奮して飛び跳ね、先に立って駆け出しました。町の郊外へと向かいます。

「なるほど。馬の足跡をたどれば、町の住人が隠れている場所に行き当たるってわけか。案外賢いじゃないか」

「乗りかかった船だわ。住人の無事をしっかり確かめることにしましょう」

 姉弟も今回は文句を言いません。

 月の光が降り注ぐ中、一行は子馬の後を追って駆け出しました――。

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