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第23巻「猿神グルの戦い」

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17.シュイーゴ

 ポポロの魔法で馬に変身した一行は、ミコン山脈の麓のサータマン領を、東から西へ移動していきました。

 ユニコーンに変身したフルートも一緒なので、人目につかないように山裾の森の中を走りますが、早朝から夕方まで駆け続けても、走り疲れて音を上げる者はいませんでした。

「馬の体って便利だよねぇ。こんなに走っても、まだまだ走れそうな気がするよ」

 とメールが道案内役のゼンに話しかけました。メールは白地に灰色ぶちのゴマザメ、ゼンは大きな黒馬の黒星の姿になっています。

 ゼンが行く手を見ながら答えました。

「なにしろ馬だもんな。変身するのに馬を選んだフルートは大正解だぜ。どんどん先に進めていい感じだ」

 ところが、鹿毛のクレラに変身したポポロは言いました。

「この格好だと魔法使いの目が使えないのよ。シュイーゴを透視したくてもできないの……」

「ぼくたちはみんな馬だ。危険な気配がすればいち早く気がつくから大丈夫だよ」

 とフルートが言いましたが、純白の体に金のたてがみと長い一本角という姿なので、後ろを走るルルが笑いました。

「フルートだけは馬じゃないでしょ。でも、ユニコーンなら闇の気配にもすぐ気がつきそうだから、むしろ安心のような気がするわね」

 ルルは茶色の小馬になっています。

 すると、後ろをついてくる元祖グル教の姉弟が話に加わってきました。

「私はさっさと人間に戻りたいわ。この格好だと魔法が使えないのよ」

「アーラーンが馬を嫌って寄りつかないからな。みっともない格好だよ、まったく」

 けれども、そう言う二人は見るからに美しい馬になっていました。つややかな灰色の体に燃える炎のようなたてがみと尾をなびかせています。

 最後尾を走っていた白い小馬のポチが、首をかしげて聞き返しました。

「ヒヒン、お二人は火の神のアーラーンの力で魔法を使っているんですか?」

「そうよ。あたしたちは元祖グルからアーラーンに引き合わされたの」

「ぼくたちは寺院で修行しながら、元祖グルに力を与えてくれるように頼むのさ。元祖グルにしもべとして認められたら、それぞれの素質に合った神がやってきて、ぼくたちに力を与えてくれる。ぼくと姉さんのところには火の神のアーラーンが来たのさ」

 ふぅん、と勇者の一行は走りながら感心しました。

「あたしたちの光の魔法とはちょっと違う感じね……」

「赤さんのムヴアの魔法やユラサイの術とも違ってるわよ」

 とポポロとルルが話し合います。

 

 やがて日が暮れて森の中が暗くなってきましたが、一行は走るのをやめませんでした。馬は夜目が利くので、暗闇でも走り続けることができたのです。空に月が昇ってくると、森の中まで月の光が射してきて、あたりはますますはっきり見えるようになります。

 ゼンが仲間たちに言いました。

「もうすぐだ! もうじき俺たちが去年ミコンから下りた場所に着くぞ!」

「やれやれ、やっとなの?」

「さすがに遠かったなぁ」

 と姉弟がまた文句を言います。

 ゼンは速度を落とし、やがてゆっくりと歩く速度になって、ぴたりと足を止めました。森の中に踏み固められた道があったからです。仲間たちを振り向いて言います。

「わかるか? あのとき通った、ミコンから下ってくる道だ」

 ああ、とフルートと仲間たちは思わず声をあげました。神の都ミコンで起きた戦いの後、彼らは山の中の道を通って麓まで下り、サータマン領に入ったのです。もう一年半も前のことになります。

 ルルは周囲を見回しました。

「景色がずいぶん違うわね。あのときは一面雪だらけだったわ」

「ヒヒン、まだ三月の頭だったからね。山は雪でおおわれていたけど、ミコンの魔法使いたちが道の雪を消してくれたから、通るのには苦労しなかったよね」

 とポチも思い出して話します。

 すると、ユニコーン姿のフルートが先頭に飛び出しました。山道を駆け下りながら言います。

「この先にシュイーゴがある! 急ごう!」

「あ、こら、フルート! 勝手に先に行くんじゃねえ!」

 とゼンも駆け出したので、仲間たちはあわてて後を追いかけました。夜の中に蹄の音を響かせてさらに麓へ走っていきます。

 

 すると、森が終わって視界が開けました。急な坂道の下に、夏草におおわれた丘陵地が広がっています。

 一行はまた立ち止まりました。今度は記憶と景色が違っていたので、とまどったのです。

「あのときは麓は一面大水だったもんね。ミコンの雪解け水でさ」

「そうね。まるで湖みたいだったわ。今はもう水はどこにもないのね。シュイーゴはどこかしら……」

 メールとポポロは話し合いながら麓を見回しました。景色が違うので勝手が違って、なかなか目的地が見つかりません。

 フルートとゼンも並んで眼下の景色を見ていました。小柄な白いユニコーンと大きな黒馬。姿はまったく違う二人ですが、どちらも何も言わず、食い入るように景色を見つめています。

 やがて先に口を開いたのはフルートでした。

「シュイーゴがない……」

「ああ」

 とゼンが低く答えます。

 仲間たちは驚きました。

「シュイーゴがないって、どういう意味さ!?」

「ヒヒン、シュイーゴの町はこの先にあるはずですよ! 家の二階や三階が水の中から顔を出してて、人は船で行ったり来たりしていたじゃないですか!」

「じゃあ、おまえらは町を見つけられるか? 俺たちには見えねえ。家は何十軒も建っていたし、牧場の柵なんかもあったはずなのによ」

 とゼンは言いました。ほとんど唸るような声です。

 すると、ルルが急に馬の顔をしかめました。

「この体じゃよくわからないんだけど――なんだか焦げ臭い匂いがしない?」

「まさか!」

 とフルートは叫ぶと、また道を駆け下り始めました。あわてて追いかけてきた仲間たちと丘陵地の中へ下りていきます。

 

 そうするうちに、麓に散在する奇妙な建造物が目に飛び込んできました。家ではありません。石や煉瓦を積み上げた四角い枠のようなものが、そこここにそそり立っているのです。枠は決まって一カ所が切れていて、全体が真っ黒になっていました。

「これは家の土台だ! この切れ目は家の入り口だよ!」

 とフルートは石の枠を見上げながら言いました。ポチも枠の中程に上へ続く石の階段を見つけて言います。

「ヒヒン、間違いないですね。これは家の一階部分です。シュイーゴの町は毎年洪水になるから、水に沈む一階は石や煉瓦で作られていて、二階の入り口まで階段が作ってあったんです」

 するとルルが近くの煉瓦の匂いをかいで言いました。

「これ、やっぱり燃えたのよ。全体にすすがついているもの」

 顔を離したルルの鼻先は、すすが移って真っ黒になっています。

 よく見れば、家の一階部分の内側には、炭になった木材が山のように積み重なっていました。家の二階以上は木でできていたので、すっかり燃えて崩れ落ちてしまったのです。平底の船らしい燃えかすものぞいています。

「シュイーゴは火事になったの……?」

「町の人たちはどうしたってのさ!?」

 とポポロとメールが心配すると、弟の灰鼠が低い声で言いました。

「ぼくたちの里と同じ運命をたどったんだよ。焼き討ちに遭ったんだ。サータマン王のしわざだ」

「嫌な光景よね。またこんなものを見ることになるなんて!」

 と姉の銀鼠も言いました。声がはっきりと震えています。

 ゼンは黒く焼け焦げた地面を眺め、転がっていた燃えかすを蹄でつぶして言いました。

「草が全然生えてねえし、燃えかすも形がしっかりしてる。焼き討ちがあってから、まだそれほど時間はたってねえぞ」

 それを聞いてフルートはまた駆け出しました。黒くすすけて燃え残っている家の土台を見回しながら、大声で呼びかけます。

「誰か! 誰か無事な人はいませんか!? いたら返事をしてください!」

 元祖グル教の姉弟は首を振りました。

「無駄よ。サータマン王は徹底的に町を焼き払って、住人をひとり残らず捕まえてしまうんだもの」

「その後はすぐに処刑されてしまうんだ。町の人間はもう誰も生きていないだろうな」

 そんな!! と勇者の仲間たちは思わず叫んでしまいました。

 その間もフルートは住人を探し続けます――。

 

 すると、どこからか、か細い声が聞こえてきました。

「おかぁ……ちゃん」

 フルートと仲間たちは耳をぴんと立てました。あちこちへ頭を向けて声の聞こえた方角を確かめようとすると、また声が聞こえてきます。

「かぁ……ちゃん……おかあちゃん……」

 それは子どもの声でした。町の真ん中で黒焦げになっている大木の後ろから聞こえてきます。

 一行はいっせいに走り出しました。全員で大木に駆けつけ、後ろをのぞき込みます。

 すると、暗がりにいたものがわずかに頭を動かしました。自分をのぞき込むフルートたちを見ると、悲しそうな声でまた言います。

「おかぁちゃぁん……」

 フルートたちは思わずあっけにとられてしまいました。

 焼け野原になった町の中、木陰に倒れて震えていたのは、人間ではなく、一頭の子馬でした――。

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