ユニコーンに変身したフルートは、馬になった仲間たちへ言いました。
「これでみんな国境を越えられるようになった。ぼくも人間じゃなくなったから、国境を越えても大丈夫なはずだ。まず最初にぼくが行く。ぼくが越えたら後に続いてくれ」
「この馬鹿はまた自分が矢面に立つ気だな」
とゼンは唇をめくって歯をむき出しました。馬の顔でしかめっ面をしたのです。フルートが動き出すより先に向きを変え、いきなり大きく跳躍して、国境の目印の石柱を飛び越えてしまいます。
「ゼン!?」
フルートも仲間たちも驚きましたが、アギレーの槍と呼ばれる魔法の稲妻は飛び出してきませんでした。ゼンが振り向いて、ぶふふん、と鼻を鳴らします。
「なんでもなかったぞ。安心してこっちに来い」
フルートはヤギの蹄で地面を蹴って国境を越えました。角を振り立ててゼンに迫ります。
「なにをするんだ! 危険じゃないか! ぼくが先に行くと行ったのに――!」
「なんでもてめえがひとりで抱え込む必要はねえ、って言ってんだよ! 攻撃は来なかったんだから、それでいいだろうが!」
「ぼくは金の石があるから、攻撃が来たって平気なんだったら!」
「それを言うなら、俺だって魔法を解除する防具を着てるぞ!」
黒馬とユニコーンが口論している間に、他の仲間たちも国境を越えました。やはり魔法の槍は現れません。
白い小馬になったポチが首をひねりました。
「ヒヒン、変身してもフルートの金の石やゼンの胸当ては利いてるのかなぁ?」
「さあ、わからないわ……」
と鹿毛の馬になったポポロが答えました。フルートやゼンは、外見的にはペンダントや防具を身につけてはいません。
最後に灰色馬になった銀鼠と灰鼠の姉弟が目印の石柱を通り過ぎて、全員が国境を越えました。
姉が赤いたてがみを振って言います。
「さあ、サータマン領に入ったわよ。これからどうするのか聞かせなさいよ、超がつくくらい聖なる勇者様」
皮肉たっぷりな呼びかけに、フルートとゼンはようやく口論をやめました。ぶぶん、とゼンが不機嫌そうに鼻を鳴らして言い返します。
「なんだよ。フルートだけがユニコーンになったのがそんなに悔しいのかよ。こんな格好でも、喧嘩ならいつでも受けて立つぞ」
馬になった今、仲間の中で一番体が大きいのはゼンでした。好戦的に蹄で地面を蹴りますが、姉は、ふんと頭をそらしました。
「こんなところで仲間割れしていたってしょうがないでしょう。ほんとに子どもなんだから」
「国境の近くは魔法がかかっているし、敵が見回りに来るかもしれないんだ。早くこの場を離れたほうがいいだろう」
弟のほうは姉より少し冷静です。
フルートは答えました。
「最初にも話したけれど、しばらくはこの格好のままでいます。ポポロの魔法は明日の夜明けまで続くから、それが効いている間に走ってシュイーゴをめざすんです。歩けばかなりの時間がかかるはずなんだけど、この格好なら早いと思うし、敵に見つかったときにも全速力で走って振り切れるから」
「そこまで考えて馬に変身したわけ? もう、本当にフルートよね」
とルルがリーダーの用意周到さにあきれます。
「よし。じゃあ、俺が先頭に立つぞ。シュイーゴの場所がわかるのは俺とポチだからな」
とゼンが言うと、ポチは馬の尻尾を振りました。
「ヒヒン。ぼくは最後尾につきます。みんなはその間に入って」
「あたいたちはフルートを囲むようにして走ろうよ。人間に見つかったら大騒ぎされるかもしれないからさ」
「そうね……。ユニコーンの角はどんな病気や怪我も治すと言い伝えられてるから、角を目当てにフルートを捕まえようとする人も出てくるかもしれないわ」
メールとポポロがそんな話をして、フルートの両脇に立ちました。ルルは後ろ、元祖グル教の姉弟はさらにその後ろに続きます。
「よし、行くぞ!」
黒馬のゼンが言って、力強い一歩を踏み出します――。
ところが、そのとたん、ユニコーンがその場で転びました。落ち葉が降り積もった地面に、脚を曲げて座り込んでしまいます。
あやうくそれにぶつかりそうになって、姉が文句を言いました。
「危ないじゃない! よく見て歩きなさいよ!」
「走る前にもう疲れたのかい? ユニコーンは体力がないんだな」
と弟もからかいますが、ポポロは大声を出しました。
「フルート、どうしたの!? 大丈夫!?」
座り込んだフルートは立ち上がることができなくなっていたのです。白い首を地面に延ばし、苦しそうにあえいでいます。
仲間たちはまたいっせいにフルートに集まりました。
「どうしたんだよ、急に!?」
「怪我でもしたのかい!?」
「ヒヒン、フルートの体が冷たい。どうしたんだろう……!?」
口々に心配する仲間たちの後ろから、灰色馬になった姉弟ものぞき込みました。
「いったいどうしたのよ?」
「急に具合でも悪くなったのか? ユニコーンはひ弱だなぁ」
こちらはあまり深刻には思っていない口調です。
けれども、ポポロは、はっとしました。
「そうよ! ユニコーンはもうこの世界から消えてしまった獣だわ! 世界を充たしている闇の気配に負けて!」
「え、じゃあ、フルートは――!?」
とルルは言って、すぐに息を呑みました。彼らの見ている前で、ユニコーンの体が次第に薄れてきたからです。透き通っていくように、白や金の体が薄くなっていきます。
「おい、消え始めているぞ!」
「やだ! 大丈夫なの!?」
さすがの姉弟も焦る声になってきます。
すると、うずくまるフルートの下から金の光が湧き上がり、小柄な人の姿に変わりました。黄金をすいて糸にしたような髪に金色の瞳をした少年――金の石の精霊です。空中に浮かびながら両手を腰に当て、フルートを見下ろして言います。
「まったく。よりによってユニコーンとはね……。こんな姿では半時だってこの世界に留まれないぞ。ユニコーンは他のどの聖獣より闇の気に弱いっていうのに」
姿は小さな子どもなのに、大人のような口調で話す精霊です。
「おい、早く何とかしろよ、金の石! このままじゃフルートが消えちまうじゃねえか!」
とゼンが歯をむき出してどなると、精霊はむっとした顔になりました。
「もちろん助けるさ。ぼくは金の石の勇者を守る石だからな」
言うと同時に小さな手を振ると、細かい金の光が降り出しました。うずくまったまま荒い息をしているフルートに、粉雪のように降りかかっていきます。
すると、薄くなっていたユニコーンが急にはっきりし始めました。透き通っていた体が実体になり、純白と金の輝きを取り戻します。
やがてフルートは目を開けました。空中の少年を見上げて言います。
「金の石の精霊」
息づかいも正常に戻っています。
少年は腰に手を当てたまま首をかしげました。
「君のまわりに聖なる結界を作った。外側の闇は侵入できないから、これで消えずにいられる。元の姿に戻るまで、この中にいるんだな」
「走ることはできるかな?」
「できる。結界は君についていくからな」
「よかった」
フルートがほっとして立ち上がると、ポポロが首を伸ばしてフルートの体に頭をすりつけました。本当は抱きついて泣きたいところでしたが、馬の姿ではそれができなかったのです。
「よぉし、それじゃあ今度こそ出発だ! 行くぞ!」
ゼンがまた言いました。黒いたてがみをなびかせて森の中を駆け出します。
仲間たちはその後を追って走り出しました。灰色ぶちの馬のメール、鹿毛の馬のポポロ、茶色い馬のルルが、ユニコーンになったフルートを取り囲んでいます。ユニコーンの頭上には金の石の精霊も飛んでいます。
灰色馬になった姉弟は、赤いたてがみを揺らしながら、その後ろをついていきました。弟が姉に頭を寄せて言います。
「彼らはジンまで従えているんだな。あの女の子の魔法といい、想像以上に力がある連中じゃないのか?」
姉は、ふん、と鼻息を荒くしました。
「どこが。ユニコーンに変身してすぐ死にそうになるなんて、軽率もいいところじゃない。やっぱり子どもよ。この先が思いやられるわね」
「シュイーゴって町まで、あとどのくらいあるんだろう?」
「知らないわよ。ああ、面倒くさい!」
馬になっても相変わらず文句が多い姉弟と共に、勇者の一行はさらに麓へと走っていきました――。