フルートたちは夜の森の中に湧き上がった赤い光へ走りました。木立の間を抜けて急ぎますが、彼らが到着する前に光は弱まって消えてしまいました。
「もう! あとちょっとでたどり着けたのにさ!」
とメールがかんしゃくを起こすと、ゼンが言いました。
「騒ぐな、馬鹿。ちゃんと見つけてらぁ」
ゼンは夜目が利くので、光の出所をしっかり見極めていたのです。
それは草むらの中に立った石の柱でした。高さはせいぜい三十センチほどで、太さもそのくらいしかありません。光り出さなければ、普通の岩と見間違えそうな代物でした。
「これが国境の目印ですか」
とポチは立ち止まって、離れた場所から匂いをかぎました。近づいて国境を越えれば魔法攻撃を食らうと聞いていたので、不用意に近づこうとはしません。
ルルが首をかしげました。
「変ね。こんなに近づいてるのに、やっぱり闇の匂いがしないわよ。ポポロはどう?」
「あたしにも何も見えないわ。闇魔法の痕跡なんてないみたい」
ポポロも困惑して周囲を見回しています。
フルートは考えながら言いました。
「この目印は銀鼠さんと灰鼠さんの礼拝に合わせて光っていた。ということは、国境の警戒網には元祖グル教の魔法が使われているってことなんだろうな……」
すると、彼らの背後から声がしました。
「それは元祖グルの魔法じゃないわ。グルの魔法よ」
「つまり、サータマンが国教にしている異端のグルのしわざさ」
銀鼠と灰鼠の姉弟が彼らを追いかけてきたのでした。靴ははいていますが、服装はまだ白いサータマンの衣装のままです。
姉がかがみ込んで石柱の表面を指さしました。
「見える? ここに縦の線が刻んであるでしょう? これはね、グル教が守りの魔法をかけるときに使う文様なの。裏側には横の線が刻んであって、これだけでグル神を表している、なんて言っているのよ。グルに対して手抜きもいいところだわ」
「こんな手抜きでグルの加護を得ようだなんて、まったく不心得な連中さ!」
相変わら姉弟はグル教に対して辛辣です。
「でもよ、手抜きだろうがなんだろうが、こいつは侵入者を魔法で撃ち殺すんだろう? どうにかできねえのかよ?」
とゼンが尋ねると、姉弟は肩をすくめました。
「石柱を壊せば魔法もとぎれるけど、たちまちサータマン軍が押し寄せてくるでしょうね。ついでにセイロスも飛んでくると思うわよ」
「グル教の魔法は元祖グル教よりずっと弱いんだよ。それなのに、こうやって強力な警戒網を張っているってことは、どこかから力を得ているってことだ。きっとセイロスの闇魔法だな。それを力ずくで破れば、あっという間に気づかれて包囲されるに決まってる」
ところが、フルートは首を振りました。
「前にも言った通り、強行突破はしません。今夜はこうして国境の場所が確認できただけで充分です。さっきの場所に戻って、夕食の続きにしましょう。国境を越えるのは明日の朝です」
フルートがすたすた歩いて戻りだしたので、仲間たちはあわてて後を追いかけました。
「ねぇ、どうやってあれを越えるつもりなのさ、フルート!?」
「もうそろそろ聞かせてくれていい頃でしょう? 教えてよ!」
メールやルルが食い下がりますが、フルートはまだ答えようとしません。
「何よあれ!」
「彼はなんであんなに自信満々でいられるんだ?」
姉弟は、怒ったりあきれたりしましたが、その夜はそのまま何事もなく過ぎていきました――。
翌朝早くメールが目を覚ますと、そばで寝ていたはずのフルートとゼンがいませんでした。ポポロだけはメールの隣でマントにくるまって眠っていますが、ポチとルルも、元祖グル教の姉弟も姿が見当たりません。
メールはあわててポポロを揺り起こしました。
「みんながいないよ! どこに行ったかわかるかい!?」
「え!?」
ポポロは驚いて跳ね起き、遠いまなざしで周囲を見回しました。まだ夜明けですが、森の中はかなり明るくなって、鳥がさかんにさえずっています。ポポロはそんな木立の向こうを指さして言いました。
「フルートとゼンがいたわ! 国境の目印のところよ……!」
そこで二人は森の斜面を駆け下り、間もなく本当にフルートとゼンを見つけました。
彼らは国境の目印の石柱の前に立って、何か話し合っていましたが、少女たちに気づくと言いました。
「おう、起きたな」
「おはよう。今日もいい天気になりそうで良かったね」
「ちょっと! あたいたちを置いてきぼりにして、なに呑気な挨拶してんのさ!?」
「ここで何をしていたの? ルルやポチや銀鼠さんたちは……?」
「何もしてねえよ。明るくなったから国境がどうなってるのか確認し直してただけだ。目印の石はこのあたりに五つはあったぜ。東西に一直線に並んでるから、間違いなく国境だな」
「ポチたちにはちょっと用事を頼んである。銀鼠さんたちは一緒じゃないよ。明け方だから、どこかでまた礼拝してるんじゃないかな」
すると、彼らの目の前で石柱が急に光り出しました。昨夜と同様、ぼうっと赤い光を放ち、みるみる明るくなっていきます。
「銀鼠さんと灰鼠さんが礼拝を始めたんだな。夜明けだ」
とフルートは頭上を見ました。木々の枝の間を金色の朝日が走り、空が白っぽい色から鮮やかな青に変わっていきます。
一方、ポポロはしゃがみ込んで石柱を見つめました。遠くから聞こえる姉弟の祈りの歌に合わせて、石柱が強く弱く輝きを変えています。
「銀鼠さんたちはグルと元祖グルは全然違うって言うけど、あたしにはやっぱり同じものに見えるわ……。だって、こうやって目印が銀鼠さんたちに応えてるんですもの」
メールもうなずきました。
「どっちも元は同じ宗教だもんね。グルの信者にだけは、ここは危険だぞ、って知らせてるのかもしんないね」
祈りに合わせて石柱は光り続けます――。
そのとき、ワンワン、と犬のほえる声がして、森の奥からポチが飛び出して来ました。
「ワン、お待たせ! 捕まえてきましたよ!」
「おっ、ご苦労」
とゼンが言ったところへ、ルルもやって来ました。こちらは口に生きたリスをくわえています。リスがキーキーと身をよじっているので、メールは目を丸くしました。
「何? リスを朝ご飯にしようってのかい?」
「え、リスを!?」
とポポロも驚くと、ゼンが答えました。
「リスだってネズミだって、料理すりゃちゃんと食えるんだぞ。とはいえ、これは食用じゃねえけどな。フルートが動物を一匹生け捕りにしたがったんだ」
「確認に使いたくてね」
とフルートは言って、ルルからリスを受け取りました。リスはもがいてフルートの指をかみましたが、フルートは金属でできた籠手をつけているので平気でした。
「ああ疲れた。かみ殺さないように連れてくるのって大変なのよ」
とルルが愚痴をこぼします。
「確認って何のさ?」
「もしかして、国境の……?」
と少女たちに聞かれてフルートはうなずきました。
「そう。本当に動物は国境を越えられるのか確かめたくてね――。そら行け、ちびすけ!」
フルートは目印の石柱のすぐそばでリスを放しました。自由になったリスは、人間や犬がいないほうへ駆け出しました。目印の石と石とが作る見えない国境線を越え、その向こうの森へ逃げて込んで、たちまち見えなくなります。
「やっぱり攻撃魔法は来なかったか」
とフルートが言うと、ポチが足元から言いました。
「ワン、だからぼくとルルが試しに通ってみる、って言ったんですよ」
「そうよ。なのに、二人とも大反対するんだもの」
「あったりまえだ! 万が一、魔法に引っかかったらどうするつもりだ!?」
とゼンが犬たちをどなります。
そこへ元祖グル教の姉弟が姿を現しました。礼拝が終わったのでしょう。いつの間にか目印の石は赤く光るのをやめていました。
「いたいた! ここで何をしてるんだよ!?」
「いつの間にかいなくなってるんですもの、心配するじゃない! ひとこと断ってから行きなさいよ!」
「へぇ、俺たちを心配してくれたんだ? いなくなってせいせいした、とでも言うのかと思ってたぜ」
とゼンが皮肉っぽく言い返したので、姉弟は怒り出しました。
「なによ、その言いぐさ! ほんとに生意気な子どもたちね!」
「もう心配してやらないぞ!」
「へん、俺たちはもう子どもじゃねえよ。心配される必要なんてねえや」
「かわいくないわね、もう! 子どもなら子どもらしく、もっと素直にしなさいってば!」
「俺たちは子どもじゃねえって言ってんだろうが! あんたらこそ、もう歳なんだからおとなしくしてたらどうだ、おじさんおばさん!」
「なんですってぇ!?」
「ぼくたちはまだ二十二歳と二十四歳だぞ! どこがそんな歳だっていうんだ!?」
ゼンと姉弟の間でとうとう喧嘩が始まってしまいます。
仲間たちは、あまりの騒々しさに耳をふさぎました。フルートが間に割って入ります。
「と、とにかく、朝ご飯にしよう。それがすんだら、いよいよ出発だよ」
本当ならば「どうやって国境を越えるんだ?」と聞き返したい場面でしたが、口論があまり騒々しかったので、つい聞きそびれてしまった一行でした――。