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第23巻「猿神グルの戦い」

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11.警戒

 ミコン山脈にかかった霧の中で、フルートたちはミコンの大司祭長と話を続けていました。

「勇者殿たちは、この後サータマン国内に侵入するおつもりのようですね。気をつけておいでください。サータマンは警戒を強めています」

 と大司祭長が言いました。相変わらず若い勇者たちに向かって非常に丁寧な口調です。行く手の方角を指さして続けます。

「ミコン山脈は我々の領域ですが、麓の国境からサータマン領に変わります。そこに、しばらく前から強力な監視魔法がかけられているのです。大国が国境に守りの魔法をかけるのは一般的なことですが、サータマンのは非常に強力で、監視を越えて領内に入り込もうとすると、どこからともなく魔法攻撃が飛んできて撃ち殺されてしまいます。知らずに山を下ってサータマン領内に入ろうとした信者が、すでに四人も亡くなっているのです」

「警告もなしにかい? ひどいね!」

「それに、ミコン山脈とサータマンの国境といったら、ものすごく長い距離があるじゃない!」

 とメールとルルが言うと、大司祭長はうなずきました。

「そうです。ミコンとサータマンの国境線は非常に長いのですが、その全体に同じ魔法がかかっています。強力な魔法使いであれば魔法攻撃を防ぐことができますが、そうするとたちまちサータマンの国境軍が駆けつけてくるので、それ以上入り込むことができません」

 それを聞いて、ポポロも驚きました。

「監視魔法を破られた場所に、魔法で軍隊を送り込んでいるんですか? ものすごく強大な魔法よ。地上にそんな強力な魔法が使える人がいるなんて、信じられない……」

「だから、きっとセイロスのしわざに違いない、と話しておったのです。国境の守備を強めて、同盟側から偵察も攻撃もできないようにしたのでしょう」

 と青の魔法使いが言います。

「そうなると、サータマンに入るのはえらく大変だな。おい、どうする、フルート?」

 とゼンは親友に尋ねました。フルートは口元に指を当てて、じっと考え込んでいたのです。

 元祖グル教の姉弟は、空飛ぶ絨毯の上で頭を寄せて、ひそひそ話をしていました。

「セイロスがかけた魔法だとしたら闇魔法よね。攻撃されてもあたしたちには防げないわよ」

「セイロスの魔力は強力だ。ガタン攻防戦でも、魔法軍団四十人でやっと対抗したんだから、この人数じゃとても無理だぞ……」

 彼らはフルートがあきらめてロムド城に引き返してくれることを期待しています。

 

 フルートが口元から指を外しました。大司祭長に尋ねます。

「国境の魔法はどんなものにも効いてしまうんですか? たとえば森の動物や鳥も、そこを越えてサータマン側に行こうとすると、やっぱり殺されてしまうんでしょうか?」

 大司祭長は首を振りました。

「そうなれば、国境付近には鳥や獣の死骸もたくさん転がることになりますが、そのような報告は上がっていません。あくまでも、国境を越えて侵入しようとする人間に作動する魔法のようです」

「じゃあ、私たちの出番?」

「ワン、ぼくとルルが様子を探ってくればいいんだ」

 と犬たちは口々に言いましたが、たちまちゼンとメールにどなられました。

「馬鹿野郎、おまえらだけだって危険だろうが!」

「その間、あたいたちに国境で待ってろっていうのかい!? そんなの冗談じゃない!」

「もちろん、ポチとルルだけに行かせるつもりはないよ。町の人に聞かなくちゃいけない場面だってあるだろうし」

 とフルートが言うと、ポポロが後ろから身を乗り出しました。

「あたしがみんなを魔法で守るわ……。サータマン軍がやってきても、見つからないように逃げ切ればいいわけでしょう?」

「いやいや、それこそ危険すぎます。皆様方が侵入したことを、敵に大々的に知らせてしまいますぞ」

 と青の魔法使いがあわてて引き留めます。

 すると、フルートが言いました。

「強行突破はしないよ。気づかれないように、こっそり入り込もう。方法は思いついてる」

 どんな!? と全員はいっせいに聞き返しましたが、フルートは微笑しました。

「今は言えないよ。銀鼠さんが言ったように、どこかで敵が聞き耳を立ててるかもしれないからな。そのときになったら話すさ」

 その笑顔が、なんとなく悪戯っぽく見えて、ゼンは怪しむ顔になりました。

「また何か企んでやがるな? おまえひとりで乗り込んでいくとかいう作戦じゃねえんだろうな?」

「それはしない。みんなで行くよ」

 とフルートが言ったので、それならば、と仲間たちも渋々承知しました。

「なによ。作戦だなんて、子どものくせにもったいぶって」

「そんな強力な魔法を、どうやってかいくぐるっていうんだ」

 元祖グル教の姉弟はまた不満顔です。

 

「そういうことであれば、皆様方が少しでも敵の目に触れないように、この霧を山に留めておくことにしましょう。皆様方はこの中をお通りください」

 大司祭長が浅黒い手をさっと振ると、彼らの目の前の霧に、ぽっかりと穴があきました。変身したポチやルルが楽にくぐれるくらいの大きさで、のぞき込むと、霧の中にトンネルがずっと続いています。

「あら、すてき。これなら霧がいつ雨に変わるか心配する必要がないわね」

「ワン、霧の中ではぐれる心配もなくなりましたよ」

 犬たちが喜ぶと、大司祭長は話し続けました。

「今、この霧を山向こうの麓まで広げました。山脈を越えて麓に着くまでの間、敵に見つかる心配はないでしょう。ただ、国境の魔法は本当に強力です。くれぐれも気をつけておいでください」

「わかりました。本当に、いろいろとありがとうございます」

 フルートが丁寧に挨拶をして、一行は出発することにしました。青の魔法使いはこのままミコンに留まって、ロムド城との連絡係を務めるので、大司祭長と一緒に残ります。

 フルートたちは二人に手を振り、穴の中へ飛び込んで行きました。銀鼠と灰鼠の絨毯も後に続き、霧の中に伸びるトンネルを飛び始めます。周囲は真っ白な霧が立ちこめているので、まるで白い闇の中を飛んで行くようです。

「ミコンの大司祭長がじきじきに魔法を使って道案内してるのよ。どう思う?」

 と姉の銀鼠に話しかけられて、灰鼠は答えました。

「自分の目を疑うね。そりゃ確かに彼は金の石の勇者だし、同盟軍の総司令官にもなってるんだろうけど、どう見たって普通の子どもだもんなぁ」

「いやね、あれが普通の子どもなもんですか。小生意気で大人ぶっちゃって。子どもなら子どもらしくしなさいって言うのよ!」

 銀鼠はかなりご機嫌斜めでしたが、そのやりとりはフルートたちには聞こえていませんでした。

 霧の中のトンネルにごうごうと風の音を立てながら、一行はミコン山脈を越えていきました――。

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