フルートたちは、同盟軍総司令官の役目をオリバンに任せると、旅の準備を整え、翌日の日の出を待って出発しました。フルートとポポロは風の犬のポチに、ゼンとメールは風の犬のルルに乗って、王都ディーラから南西の方角へ飛んでいきます。
その後ろには美しい織り模様の大きな絨毯(じゅうたん)が従っていました。元祖グル教の姉弟を乗せて、空を飛んでいます。
メールが後ろを振り返って二人に呼びかけました。
「まさか空飛ぶ絨毯で一緒に来るなんてさ! おとぎ話で聞かされたことはあったけど、本物を見られるなんて思わなかったよ!」
彼らの周囲をごうごうと風が吹いているので、メールは大声で話しています。
姉の銀鼠が、白っぽい灰色の長衣をコートのようにはためかせながら答えました。
「空飛ぶ絨毯はあたしたち元祖グル教のしもべの乗り物よ! どこへ行くにもこれを使うわ!」
「なにしろ、ぼくたちは隊長や光の魔法使いみたいに、一瞬で場所移動することができないからな」
と暗灰色の長衣を着た弟の灰鼠も言いましたが、「余計なことは言わないの!」と姉につねられて悲鳴を上げました。
ゼンがあきれて振り向きました。
「いい歳して兄弟喧嘩すんなよ――。別にかまわねえだろうが。誰だって得意と苦手があるのは普通だぞ」
けれども、姉は馬鹿にするように言いました。
「何もわかっていないくせに、子どもが生意気を言うわね。敵がどこに『耳』を放っているかわからないのよ。うかつに自分たちの弱点を言ったらどうなるか、想像がつかないの?」
それはまったくその通りでしたが、姉の言い方が気に入らなくて、ゼンはむっとしました。なんだと? と言った声が、ぐっと低くなります。
フルートはあわてて先頭から声をかけました。
「ゼン、ちょっと来てくれ。地図を確認したいんだ」
「俺とポチが一緒なんだぞ。地図なんか必要あるのかよ」
とゼンはぶつぶつ言いましたが、それでもフルートのところへ飛びました。ゼンと姉弟の間のトラブルはひとまず回避されます。
元祖グル教の姉弟は、勇者の一行に少し間を開けてついていきました。空飛ぶ絨毯は、波の上を行くように、風に乗ってゆるやかにうねりながら飛んでいきます。
「本当に、嫌になっちゃうわね。あんな子どもたちのお守りをしなくちゃいけないなんて」
と姉は文句を言い続けていました。今はフードを脱いでいるので、長い赤い髪が炎のように後ろにたなびきます。よく見れば綺麗な顔立ちなのですが、性格のきつさが顔に表れているので、あまり美人には見えません。
一方の弟は赤い髪を肩のあたりで切りそろえていました。姉に劣らず美形なのですが、こちらはちょっと根暗そうな顔をしているので、やっぱり二枚目には見えませんでした。頭を振って、なだめるようにこう言います。
「しかたないよ、姉さん。隊長のご命令なんだからさ。命令に逆らえば、魔法軍団を除隊させられちゃうんだ。とにかく、勇者のご一行様をシュイーゴって町まで案内しよう。そうすればぼくたちの任務は完了なんだから」
「あんた、それだけですむと思ってるの? 案内しろっていうのは、勇者たちを守ってやれっていう意味なのよ。金の石の勇者が、よりによってサータマンに行くだなんて。状況が全然見えていないじゃない。そんな子たちを護衛だなんて、とんだ貧乏くじもいいところだわ」
「でも、シュイーゴってのはミコンの麓にあるんだろう? カララズの都からは遠いんだし、いくらなんでも、すぐにサータマン王やセイロスに見つかるってことはないだろう」
「どうかしら。勇者殿はとんだ大甘のお坊ちゃんよ。どうなるかわからないじゃない」
「それはそうかもしれないなぁ。一晩泊まっただけの家の連中を心配して、総司令官の役目をほっぽり出して敵国に乗り込むんだから。正気の判断じゃない」
「でしょう? あぁあ、やっぱり貧乏くじよ!」
と姉は声を大きな溜息をつきました。弟は絨毯の上に寝転んで、ふて寝を始めます。
そんなやりとりを、耳のよい二匹の犬たちが聞いていました。
「なによ、あの人たち。失礼しちゃう! 私たちは道案内なんていらないって言ったのよ! 頼んでついてきてもらったわけじゃないのに!」
とルルが腹を立てたので、ポチは大きな風の頭をすり寄せてささやきました。
「ワン、興奮しないで。それこそ、シューゴに着いたら彼らには帰ってもらえばいいんだから。赤さんが心配してつけてくれた案内なんだから、喧嘩するわけにはいかないよ」
当のフルートは風に苦労しながら地図を広げて、ゼンと話していました。
「ぼくたちは今、ミコン山脈に向かって飛んでいる。神の都と呼ばれるミコンがあるのは、この峰の頂上。で、ぼくたちは神の都の戦いが終わった後、ミコンから尾根伝いの道を通って南に下りた。シュイーゴの町はそこにあったから……」
とフルートが地図の上に指を走らせようとすると、ゼンが行く手の空を指さして言いました。
「んなもん見る必要はねえって。ドワーフや犬は方向感覚が抜群なんだぞ。しかも、俺もポチも一度行った場所は忘れねえからな。このままの方角で山脈を越えりゃシュイーゴだ。そうだよな、ポチ?」
「え、何が?」
ルルをなだめていたポチが聞き返したので、ゼンはあきれました。
「なんだ、聞いてなかったのかよ。シュイーゴはこっちの方角でいいんだよな、って言ったんだぞ」
「ワン、そうですよ。このまま行けば、ミコンの都の西側を通り過ぎて、シュイーゴまでまっすぐです」
「やっぱり道案内なんて必要ないじゃない」
とルルがまた不機嫌につぶやきます――。
すると、ポポロが急にくすくすと笑い出したので、フルートは驚いて振り向きました。
「どうかしたの、ポポロ?」
少女は青い上着に白い乗馬ズボンの格好でフルートにしがみついていましたが、聞き返されて、恥ずかしそうに顔を赤らめました。
「ごめんなさい……でも、なんだか急に嬉しくなったの。こんなふうにみんなでどこかに行くのって、久しぶりのような気がして」
「あん? この前だって、俺たちでメイまで飛んだだろうが。で、メイ女王をロムドまで連れて行ったし、その後もメイ軍とザカラス軍の戦いを止めに国境まで行ったじゃねえか」
とゼンが言うと、メールが言い返しました。
「あたいはポポロの気持ちがわかるな。あのときは戦争の真っ最中だったから、一刻も早く目的地に着かなくちゃいけなくて、旅を楽しむ余裕なんてなかったもんね。今もシュイーゴの様子は気になるけどさ、そこまでの道のりはちょっと楽しめそうだもんね。今回はゼンの手料理も食べられるんだろ?」
「ちぇ、俺たちは遊びに行くわけじゃねえんだぞ」
とゼンはまた文句を言いましたが、メールに料理の話を持ち出されて、まんざらでもない表情になりました。ゼンが背負っている荷物には、食料や調味料がぎっしり詰まっていたのです。
フルートは笑い顔になって言いました。
「ミコン山脈を越えるのは、風の犬でもちょっと大変だ。麓に着いたら、山越えを始める前に腹ごしらえすることにしよう」
ポチも言いました。
「ワン、山脈の麓には森が広がってるから、ウサギや鹿もいるんです。ぼくとルルで捕まえてきましょうか?」
「あら、いいわね。狩りなんて久しぶり」
とルルが機嫌を直しますが、今度はゼンが不機嫌になりました。
「馬鹿野郎、なんでおまえらだけに狩りをさせなくちゃならねえんだ。俺は猟師だぞ。俺も行くに決まってる」
「あら、だってゼンは料理の支度をしなくちゃいけないでしょう?」
「ワン、ぼくたちがちゃんと獲物を捕ってきますって」
「それじゃ飛んでる鳥の群れを見つけろ! 空を飛びながら仕留めてやらあ!」
「やめてよ、ゼン! そんなことされたら振り回されて、あたいは酔っちゃうよ!」
ゼンとメールと犬たちが言い合いを始めたので、空の上は急に賑やかになってきます。
元祖グル教の姉弟は、空飛ぶ絨毯から一行の様子を眺めていました。
「彼らは途中で狩りもするらしいよ、姉さん」
「やっぱりお坊ちゃんとお嬢ちゃんばかりよね。ほぉんと嫌になっちゃうわ」
そんなふうに話し合って、彼らはまた大きな溜息をつきました――。