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第23巻「猿神グルの戦い」

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6.恨み

 場所は再びサータマン城。

 豪華な王の部屋で、サータマン王とセイロスがテーブルをはさんで座っていました。王の後ろには護衛の兵士と魔法使いが、セイロスの後ろにはギーが立っています。幽霊のランジュールは彼らの頭上を漂っていますが、退屈しているのか、空中で仰向けに寝転んでいたと思うと、急に向きを変え、抜き手を切って泳ぐ格好を始めたりしています。

 サータマン王とセイロスの間には、地図が広げられていました。中央大陸の西半分を描いたもので、東西に延びたミコン山脈の南側にサータマン国が広がり、山脈の北側には東からエスタ、ロムド、ザカラスの三大国が並んでいます。サータマンの東西にもテト国やメイ国があるし、南にはカルドラ国やカナスカ国が隣接していますが、どれもサータマンや三大国と比べれば小さな国々です。

 

「北の三大国は以前はずっと争い続けていた」

 とサータマン王は地図を示しながら話していました。

「特にロムドとエスタの関係が最悪で、両国の国境では戦闘が起きていない時期がないほどだった。ロムドの東からエスタにかけて豊かな土地が広がっていたから、そのぶんどり合戦をしていたのだ。一方、ザカラスもロムドを狙ってはいたが、間に大荒野があったから、それほど戦闘は起きなかった。ザカラスはそれよりもエスタや、エスタのさらに東にあるユラサイと商売をしたかったのだが、ロムドとエスタがいつも戦争をしているから、陸路で商品を運ぶことが難しかった。そこで海に販路を開いたのだ。ザカラスは商品を船に積んで我がサータマンの港へ運び、我が国を通ってエスタやユラサイまで売りさばきにいった。ザカラスが支払う通行税や港の使用料は、我が国の重要な収入源だったのだ。それが、今から五十年ほど前にロムド十四世が王座に就き、統治に乗り出してから激変してしまった」

 王の声が急にいまいましそうな響きを帯びたので、ギーは驚いた顔をしました。セイロスは表情を変えずに話を聞き続けています。

「ロムド王はエスタやザカラスと和平を結んで、外国へ攻めて出ることをやめ、こともあろうに街道を整備して、エスタとザカラスを直結させてしまったのだ。さらに、関税や通行税を意図的に引き下げて、ロムド国内を安く通行できるようにした。その結果、これまで我が国を通っていた商品の半分以上が、ロムドを通って東へ流れるようになったのだ――。おかげでロムドはみるみる豊かになり、あっという間にザカラスやエスタと肩を並べる大国になってしまった。成り上がりの国のくせに、我がサータマンに挑戦状をたたきつけてきたのだ!」

 すると、頭上で平泳ぎをしていたランジュールが話しかけてきました。

「要するに、ロムドがサータマンの商売敵になった、って王様は言いたいんだねぇ。サータマンは商業の国だもん。そりゃ大問題だよねぇ」

 口調がのんびりしているので、あまり大問題には聞こえないランジュールの声です。

 サータマン王はじろりと幽霊を見上げると、すぐにそれを無視して話し続けました。

「ロムド王は、自分から周囲へ攻めて出ることはしない、と言っているが、そんな馬鹿なことがあるわけがない。奴は各地から魔法使いを集めて強力な魔法軍団を作り上げているし、なんと言っても、金の石の勇者などと名乗る小僧を子飼いにしている! 小僧はエスタでは謎の殺人鬼を退治してエスタ王に恩を売り、ザカラスではギゾン王を倒して皇太子のアイルを新しい王に据えた。おかげでエスタもザカラスも今ではロムドの同盟国だ! しかも、テトやメイ、ミコンまでがその同盟に加わった! ロムド王の野望は留まるところを知らん! 奴の次の狙いは明白! 奴は今度はこのサータマンに攻め込んでくるのだ!」

 王が力と怒りを込めて断言すると、頭上からまたランジュールが言いました。

「人は自分自身の物差しで他人も測る、ってヤツだよねぇ。自分が世界を狙ってると、他の人も同じように世界を狙ってるように見えるんだからさぁ。うふふふ」

 ランジュールは今度は空中で器用に背泳ぎをしています。

 

 すると、セイロスが地図を見ながら口を開きました。

「三大国がある場所には、かつては巨大な帝国があった。帝王の死後、帝国は三分割されて三人の息子たちに譲られ、それが東の国、西の国、要の国となったのだ。今では東の国はエスタ、西の国はザカラスと名を変えているが、国の位置や形は当時とあまり変わらないようだな。要の国は私が幽閉された後に滅んで、その後、どこの馬の骨とも知らぬ連中が国を作ってロムドと名付けた。成り上がりが私の国を奪ったのだ。私の立場はおまえと近いようだな、サータマン王」

「そういうことだ」

 とサータマン王はにんまりしました。デビルドラゴンと良好な関係を結べていることに満足したのです。

 セイロスの部下のギーも、立ったまま地図をしげしげと見ていましたが、彼は中央大陸の文字が読めませんでした。地図の上に視線を泳がせながら、セイロスに尋ねます。

「俺たちの敵はやっぱりロムドだということなんだな? 俺たちは今どこにいるんだ? で、ロムドはどこなんだ?」

「やぁれやれ、北の小島出身のお兄さんは教養がないよねぇ」

 とランジュールがからかったので、なんだと!? とギーが腹を立てます。

 セイロスは言いました。

「ランジュールを相手にするな。我々がいるのはここ、サータマン国の西部にあるカララズの都だ。ロムド国はミコンと呼ばれる大山脈を越えたすぐ北側にある」

「なんだ、すぐ近くじゃないか。どうして山を越えてロムドに攻めていかないんだ?」

 とギーが無邪気に言ったので、ランジュールは空中で肩をすくめ、サータマン王はいきり立ちました。

「できるものなら、とっくにやっておるわ! ミコン山脈の頂上に、あのいまいましい異教徒どもが、邪神をあがめるための街を作っているのだ! 街の中に大勢の魔法使いや軍隊を抱え込んでいるから、攻めようにも攻められん! ミコンを越えてロムドに攻めていくことも困難なのだ!」

 

 ところが、そこまで言って、王は急に口調と表情を変えました。伺うようにセイロスを見て、続けます。

「だが、そういえば、一度だけロムド襲撃が成功したことがあるな。そなたに力添えしてもらったときのことだ」

 セイロスは少しの間沈黙すると、ゆっくりと言いました。

「ジタン山脈でドワーフたちと戦ったときのことか。私が貸し与えた闇の石で軍隊を隠し、ロムドの王都ディーラへ一気に攻め上ったのだったな」

「でも、ロムドの魔法軍団に撃退されちゃって、ぜぇんぜんかなわなかったんだよねぇ」

 とランジュールが茶化します。

「あのときにはまだ、ロムドの魔法軍団の威力が充分わかってはいなかったのだ! あれほど強力な魔法使いが大勢揃っていると知っていたら、こちらももっと魔法使いを同行させていた!」

 とサータマン王が反論します。

 セイロスは冷ややかに言いました。

「闇の石を二度授けることはできん、と前にも言ったはずだ。だが、ミコンが邪魔だというのは事実だな。あそこにいるのは、我々とは相反する光の魔法使いどもだ――。サータマン王、軍隊を出動させろ。まずミコンを襲撃するんだ」

 王は仰天しました。

「異教徒どもの総本山をたたきたいのは山々だが、闇の石もなしに、どうやってミコンを攻めろというんだ!? ミコンの魔法軍団は世界最強だぞ! グル神に加護を願っても、とてもかなわんと言うのに!」

「そぉだねぇ。ミコンには聖騎士団や武僧軍団もいるから、軍事力も相当だしねぇ。グル神でもとってもかなわないよねぇ」

 とランジュールがまた茶化します。

 けれども、セイロスは言いました。

「加護が欲しければ、神などに願わずに私へ願え。光の魔法使いどもに気づかれないように軍隊を送り込むなど、簡単なことだ」

 サータマン王は手を打ち合わせて笑いました。

「すばらしい、それでこそデビルドラゴンだ! ミコンの異教徒どもは我々グルの信者に対して聖戦を行う、と何度も脅してきたが、実際に聖戦を行って異教徒を壊滅させるのは我々ということなのだな! よかろう、ただちに軍隊を出動させよう!」

 デビルドラゴン? とギーが首をひねっていました。北の島から従ってきたこの青年は、まだセイロスの正体を知らずにいるのです。

 

 サータマン王が大臣を呼びつけている間に、ランジュールが素潜りの格好で降りてきました。

「ねぇねぇ、セイロスくん。姿を隠してミコンに近づいたって、戦い始めたら苦戦するんじゃないのぉ? 向こうは光の魔法使いの団体さんなんだからさぁ。それに、ミコンで戦ったら、すぐにロムドやエスタから援軍が来ると思うよぉ。なにしろ、ミコン山脈のすぐ麓に国があるんだから。ミコンを破るのって、ものすごぉく大変なんじゃないのぉ?」

「珍しくまともなことを言うな、ランジュール」

 とセイロスが言ったので、幽霊は不本意そうな顔になりました。

「ボクはいつもまともだよぉ。いつだって頭脳明晰、身体健康だもんねぇ。もちろん、セイロスくんじゃなければ『何を馬鹿な作戦立ててるのさぁ』って突っ込んであげるんだけどさ。キミは食えないから、きっと何か企んでるんじゃないかな、って疑っちゃうんだよねぇ」

 セイロスは口の片端を持ち上げて笑いました。

「私の作戦はいずれわかる。それまで待っていろ」

「あれれ、ずいぶんもったいぶっちゃってぇ。それじゃ楽しみに待たせてもらおうかなぁ。ミコンを総攻撃して破ったら、そのままロムドになだれ込む――なんて作戦じゃ、単純すぎて面白くないもんねぇ。ねぇ、そぉだろぉ?」

 ランジュールはそんな言い方で鎌をかけましたが、セイロスは口元の片側でまた笑っただけで、何も答えようとはしませんでした。

 その黒い瞳は再びテーブルの地図に向けられていました――。

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