「サータマンに直接行くだって!!?」
王の執務室に集まった人々は、仰天していっせいに声をあげました。
勇者の仲間たちも少なからず驚いて言います。
「そりゃあ、それができれば一番いいけどさ」
「さすがに、やばいんじゃねえのか? サータマンにはセイロスがいるんだぞ」
「そうよ! サータマンに足を踏み入れたら、きっとすぐに見つかっちゃうわよ!」
「セイロスは闇の魔法で姿を隠してるだろうから、実際に目の前に現れるまであたしには透視できないし……」
「ワン、サータマン王だって、ぼくたちを指名手配しているはずですよ。去年、赤いドワーフの戦いの直前にサータマンを訪れたとき、もう少しで警察に捕まりそうになって、シュイーゴの町の人たちに助けてもらったじゃないですか」
すると、フルートは強い口調で答えました。
「シュイーゴの町の人たちに助けてもらったからこそ、サータマンに行きたいんだよ――。サータマン王は確かに野心家で、デビルドラゴンとだって平気で手を結ぶし、サータマン軍も何度もロムドに攻めてきている。だから、サータマン全体を憎らしく思う人も多いんだけど、ぼくたちは、そのサータマンに住む人たちに助けられてきた。サータマンにも、普通に暮らしている人たちは大勢いるし、その人たちは野望や戦争とは無関係なんだ。セイロスがサータマンに入り込んだせいで、あの人たちがどうなっているのか、町の様子はどうなったのか、それを確かめてきたいんだよ」
部屋の人々は、あっけにとられてしまいました。フルートは、こともあろうに、敵国サータマンの住人が無事かどうかを心配しているのです。
「ったく。二千年にひとりのお人好しめ」
とゼンが肩をすくめました。悪口のように聞こえますが、顔は笑っています。
メールも言いました。
「シュイーゴには、あたいも行きたいなぁ。あのとき水から助けてあげた女の子や家族が無事かどうか、確かめたいもんね」
「ワン、あの家の人たちにはずいぶん親切にしてもらいましたもんね。お祭りでは一緒に春の踊りも踊ったし。ぼくも心配だなぁ。無事でいるといいんだけど」
とポチが言ったので、ポポロやルルもうなずいて同感します。
「そ、そういうことならば、ユギル殿に確認していただけるのではありませんか? わざわざ危険なサータマンを訪れる必要はないでしょう」
とリーンズ宰相がおろおろしながら提案してきましたが、肝心のユギルが首を振りました。
「サータマンは最近、守りを強力にしております。国境に術を施したようで、サータマン国内の出来事を占うことは困難になっているのです。占いで様子をうかがうことは不可能でございます。アリアン様ならば透視もおできになるでしょうが――」
「アリアンはセイロスやサータマン王の動向を探っています。その邪魔はしたくないんです」
とフルートが答えると、オリバンがにらみつけてきました。
「とか言いながら、本当はもっと別の目的があるのではないか? セイロスと一騎討ちしてくるつもりではないだろうな」
「いいえ。さすがにサータマンは危険ですから、シュイーゴの様子がわかったら早々に退却します」
優等生的な答えでしたが、オリバンは疑わしそうな顔をしました。勇者の一行がそんなおとなしい行動をとれるだろうか、と考えたのです。
「ま、出たとこ勝負だけどな」
とゼンがうっかり本音を口にして、メールから肘打ちを食らいます。
すると、黙ってやりとりを聞いていた赤の魔法使いが話しかけてきました。
「ラバ、モ、ヨウ」
南大陸の魔法使いはムヴア語でしか話せませんが、ポチには言っていることがわかりました。目を丸くして言います。
「ワン、案内人をつけてくれるんですか? でも、サータマンに大勢で乗り込んだら、それこそ目だって見つかっちゃうと思うんだけど……」
「ヤ、シイ」
「ワン、サータマンに詳しい人なんですか? ロムドにそんな人がいるんだ」
とポチはますます驚き、フルートたちは顔を見合わせました。ロムド城にはいろいろな人材が集まっています。ロムド王が身分や出自に関係なく登用するので、他の城よりずっとバラエティに富んでいるのです。その中にサータマン人もいたんだろうか? と考えます。
赤の魔法使いは空中から細いハシバミの杖を取り出すと、とん、と床を突きました。空中に向かって呼びかけます。
「イ! ギンネズ、ハイネズ!」
えっ!? とフルートたちは声をあげました。ムヴア語はわからなくても、その名前には聞き覚えがあります。
次の瞬間、赤の魔法使いの前に姿を現したのは、長身の若い男女でした。女性は白っぽい灰色、男性は落ち着いた灰色の長衣を着ていて、フードをまぶかにかぶっています。
「お呼びでしょうか、隊長?」
と女のほうが言って、男と一緒に深々と頭を下げます。
その二人へ、ゼンとメールが話しかけました。
「あんたら、ガタン攻防戦で街を守ってた魔法使いだよな?」
「確か、グル教のしもべとか言ってなかったっけ?」
とたんに青年が意外なほど強く反発してきました。
「ただのグル教じゃない! 元祖グル教だ!」
女性のほうは両手を腰に当てると、ふん、と顎をあげました。
「勇者のご一行様はグルのことなんて知らないでしょうから、今回は大目に見てあげるけど、いわゆるグル教と元祖グル教は全然違っているのよ。『元祖』をつけるのを忘れないでちょうだいね」
怒った拍子に二人のフードが揺れ、火のように赤い髪がのぞきました。瞳は二人とも輝く火花のような金色です。彼らは姉弟なのです。
ポチがトウガリの足元へ行って、そっと尋ねました。
「ワン、グル教と元祖グル教って、そんなに中身が違う宗教だったんですか? ぼくは元祖グル教から今のグル教が生まれたんだと思っていたんですが」
「その通りだ。ただ、当事者たちは、こっちが本物だ、いやこっちが本当のグルだ、と言い合っているから、決着が着かない問題なんだよ」
とトウガリはささやき返しました。だから、この問題にはできるだけ触れないほうがいいぞ、と暗に伝えてきます。
フルートは元祖グル教の姉弟に話しかけました。
「あなたたちはサータマン人だったんですね。どちらが銀鼠で、どちらが灰鼠なんですか?」
「あたしが銀鼠で弟が灰鼠よ、お強い勇者様」
と女性が答えました。意地悪な感じではないのですが、若すぎる勇者たちを馬鹿にするような雰囲気が漂っています。
「ぼくのことはフルートでいいです。それから、ゼンとメールとポポロと、こっちの犬たちはポチとルル。銀鼠さんや灰鼠さんは、メラドアス山脈の戦いやザカラス城の戦いで、ぼくたちと一緒にならなかったんですね?」
とフルートは尋ねました。この二人は自分たちをよく知らないようだ、と察したのです。
弟の灰鼠が答えました。
「ならなかったね。メラドアス山脈の戦いってのは、闇の灰を散らすためにザカラス国の西に遠征したときの話だろう? あのときは風の魔法が得意な魔法使いが選抜されたし、ザカラス城のときは光の魔法使いが主体だったから、ぼくたちはそこに入っていなかったんだ」
「あたしたちは火の魔法が得意なのよ。風みたいなつまらない魔法は、めったに使わないわ」
と姉の銀鼠はすまして言います。
とたんにルルが鼻にしわを寄せたので、ポチは体をすりつけてささやきました。
「ワン、この二人はぼくたちが戦う様子をほとんど見てないんですよ。ぼくたちがガタンに到着したときにも、街の中にいたんだし」
「だからって、風を馬鹿にすることはないじゃないの!」
とルルはいっそうむくれます。
赤の魔法使いは二人の部下に命令を伝えました。ムヴア語ですが、赤の部隊の魔法使いにはことばが通じます。姉弟はたちまち目を見張りました。
「勇者殿たちをサータマンへ案内するんですか!? 何故!?」
「いくらなんでも、サータマンに入るなんて危険だ! 命の保証ができないですよ!」
「へぇ、あんたたちって、サータマン人なのにサータマンを危険だと思ってるんだ?」
とメールが突っ込むと、姉は答えました。
「あたりまえじゃない! サルドルード三世がサータマン王になってから、サータマンはめちゃくちゃなのよ!」
「おかげでぼくたちの里もなくなったしな」
と弟も言います。憎しみのこもった声です。
フルートはまた言いました。
「危険でもなんでも、ぼくたちはサータマンに行きます。行き先は決まっているから、道案内は必要ありません。さあ、さっそく準備しよう、みんな」
おう! とゼンとメールとポポロと犬たちがいっせいに返事をします。
勇者の一行が執務室から飛び出そうとしたので、元祖グル教の姉弟はあわてて引き留めました。
「ちょっと待ちなさい! 誰も案内しないなんて言ってないじゃないの! せっかちな子たちね!」
「隊長に命令されたんだから、ちゃんとサータマンに案内するさ。本当はやりたくないけどな」
「ったく。無理に案内しなくていいって言ってんだろうが」
文句の多い姉弟に、ゼンが負けずに文句を言い返しました――。