メイ女王がハロルド王子や家来たちとメイへ旅立った後、見送りを終えた勇者の一行はフルートとゼンの部屋に集まって、チャストの手紙について話し合いを始めました。
「そもそも、本当に竜の宝はセイロスじゃなかったの? そこから考えなくちゃいけないわよね」
とルルが切り出すと、ポチが言いました。
「ワン、ぼくはチャストの言う通りなんじゃないかと思うなぁ……。ほら、以前にもみんなで話し合ったじゃないですか。セイロスの魔力が、影の竜だった頃より弱くなってるみたいだ、って。世界によみがえって間もないから力が発揮できないんじゃないか、とか、フルートが願うのを警戒して力が出せないんじゃないか、とか話したけど、セイロスが復活してからもう五ヶ月にもなるし、ガタンの街にフルートがいないとわかったときにも、セイロスは魔法で一気に片をつけようとはしなかったですからね。力を出し惜しみしてるというよりは、何かの原因で力を充分に発揮できないんだ、って考えるほうがいいような気がしますよ」
「それが竜の宝のせいってわけかぁ。竜の宝は、二千年前にデビルドラゴンが自分の力を分け与えたものなんだから、それがどこかに隠されたままなら、確かにセイロスの力だって弱くなってて当然だよね」
とメールは納得しましたが、ポポロは首をひねりました。
「でも……フルートはそうは思ってなかったわよね? セイロスは人間のときの心をまだ忘れてないから、デビルドラゴンの力を使いこなせないんだ、って言っていたものね」
「そりゃ、この馬鹿が二千年にひとりの、底抜けのお人好しだからだ! あのセイロスを更正させて人間に戻そうなんて思いつくのは、こいつぐらいのもんだぞ!」
とゼンは顔をしかめました。危なっかしいほど優しすぎるフルートに、彼はいつもやきもきさせられているのです。
一同はまたフルートに注目しました。何か思いついているのでは、と期待したのですが、フルートは私服姿でベッドに寝転がって、考え事を続けているだけでした。
しかたなく、仲間たちはまた話し始めました。
「竜の宝がまだどこかにあるんだとしたら、あたいたちはどうしたらいいのかなぁ? また竜の宝探しをしたほうがいいのかな?」
とメールが言うと、ルルは頭を振りました。
「この状況で? いつまたセイロスが攻めてくるかわからないのよ? それなのに、また正体もわからない竜の宝を探して世界中を回るなんて、そんなの絶対に無理よ!」
「でも、セイロスが竜の宝を見つけ出してしまったら……? 闇の竜の力を完全に取り戻したら、あたしたちにはセイロスを止められなくなるかもしれないわよ」
とポポロが言いました。そうなったらフルートがどんな行動を取るか、容易に想像できてしまうので、顔も声も真剣です。
「ワン、でも、セイロスのほうにだって竜の宝を探している暇はないんじゃないかな。世界を征服しようと思って、ひっきりなしに攻めてきてるわけだから」
とポチが楽観論を言ったので、メールが言い返しました。
「でも、セイロスはもう二連敗してるじゃないか。ザカラス城とロムドの西部でさ。あたいたちに勝つにはもっと力が必要だ、って考えて、竜の宝を見つけようとするかもしんないよ」
「だから、セイロスより先に俺たちで竜の宝を見つけ出そうってのか? だがよ、捜し物が何なのかわかんねえのに、相手を出し抜いて探しだそうだなんてのは、無理もいいとこじゃねえか」
とゼンが反論します。
とにかく、竜の宝の正体が不明なのですから、いくら話し合っても、なかなかこれという結論には至りません。全員が答えを求めてまたフルートを見てしまいます。
すると、フルートが口を開きました。
「力が失われているのか、力はあるのか、どっちだろう。前者なら、隠されたのは力そのものだ。だけど、後者だったら……」
それはひとりごとでしたが、仲間たちはいっせいにベッドに集まりました。
「なんて言ったのさ、フルート!?」
「力があるとかないとか、何のこと!?」
「なんかひらめいたんなら教えろよ!」
フルートは仲間たちに迫られて、ちょっと困ったような顔をしました。
「まだはっきりわからないんだよ。推理にさえなってないんだ。ただ、デビルドラゴンが竜の宝に与えたのは攻撃の力とは限らないな、って思ってさ……」
「だから、何を思いついたか聞いてんだろうが! いいから話せよ、すっとこどっこい!」
とゼンがさらに迫ります。
ところが、そこへ扉をたたいて部屋に入ってきた人物がいました。長い黒髪に甘い顔立ち、白い服に青いマントをはおった青年――キースです。まだ騒々しく言い合っていた一行に声をかけます。
「取り込み中、申し訳ないんだけど、陛下がお呼びなんだ。陛下の執務室に来てくれないかな」
「陛下が?」
とフルートたちは意外に思いました。ロムド王とは、つい先ほど城の前でメイ女王を見送って別れたばかりです。
「ユギル殿が占いで何かを見つけたらしいんだ。ぼくやアリアンも呼ばれている。かなり重要な話みたいだな」
とキースに言われて、フルートは跳ね起きました。
「陛下たちにはオリバンがチャストの手紙のことを伝えたんだ。ユギルさんが何かつかんだのかもしれない。行こう!」
フルートたちが王の執務室に駆けつけると、そこにはもうアリアンが来ていました。長い黒髪に薄緑のドレスを着た美女で、フルートに続いてキースが部屋に入ると、すぐにその横へ行きます。キースとアリアンの正体は闇の国の王子と闇の娘でした。人間に忌み嫌われる闇の民なのですが、ここにはそんな差別をする者はいません。
部屋の中には彼らの他に、ロムド王、リーンズ宰相、ワルラ将軍、ゴーリス、オリバンとセシル、それに四大魔法使いと呼ばれる白、青、赤、深緑の魔法使いと、ひょろりと背が高い道化のトウガリが立っていました。ユギルだけはひとり椅子に座り、テーブルに置いた黒い占盤と向き合っています。
ルルは驚いて言いました。
「すごい顔ぶれね。メイ女王の見送りのときより多いんじゃないの?」
「そんなに重大なことがわかったんですか?」
「ひょっとして、竜の宝の秘密か!?」
とフルートとゼンも勢い込んで尋ねましたが、ロムド王は首を振りました。
「軍師のチャストがメイ女王に書き残した書状については、オリバンから報告を受けていた。だが、今回はその件ではない。セイロスの動きを知ろうとしたユギルが、新たな戦いの予兆をつかんだのだ」
「ワン、新たな戦い!?」
「セイロスが次に攻めてくる場所がわかったの!?」
と今度はポチとルルが尋ねます。
すると、ユギルが口を開きました。彼自身は輝く銀髪に浅黒い肌の見目麗しい青年ですが、聞こえてきた声は遠く深くて、ひどく年老いた人のように重々しく響きました。
「占盤に次なる戦火の予兆が現れております。戦いはこのロムドよりさらに南の地域で起きることでしょう。ミコン山脈の南の麓で、光の女神と猿神(さるがみ)が争うのです」
それを聞いてびっくりしたのは、ポポロと白と青の魔法使いでした。
「光の女神って、ユリスナイのこと!?」
「猿神というのはグル教の主神グルのことですか!? ユリスナイとグルが争うと!?」
「まさか、ついに聖戦が行われるのではないでしょうな!?」
ポポロはユリスナイを深く信じる天空の民、白の魔法使いはユリスナイに仕える女神官、青の魔法使いもユリスナイ十二神のひとりに仕える武僧なので、ただごとでない占いに顔色を変えています。
けれども、トウガリは首をひねりました。
「確かに、神の都ミコンが異教の神グルを信じる国々へ軍隊を送り込んで、彼らを改宗させようとしている、という噂は以前から聞いていましたが、今このタイミングでですか? デビルドラゴンが人間になって復活して、各地を襲撃していることは、ミコンの大司祭長もご存じでしょうに」
道化のトウガリは、一目見たら忘れられないような奇抜な化粧をして、赤と緑の派手な服を着ていますが、その正体は王妃を守るために国内外の情報を集める間者でした。当然、ミコンのこともよく知っています。
すると、キースが言いました。
「聖戦を行うために聖騎士団や魔法僧侶をミコンから出兵させようとしたのは、前の大司祭長だよ。彼はもう死んでしまってこの世にはいないし、新しいミコンの大司祭長はとても平和主義な人物だ。いくら相手がグル教の信者でも、むやみに出兵なんかしないはずだよ」
キースのほうは、以前聖騎士団の一員としてミコンにいたことがあります。今彼が着ている白と青の服も、元々はミコンの聖騎士団の制服でした。
「ミコンが出兵するはずがないのに聖戦が起きるとは、妙な話だ。どういうことです、ユギル殿?」
とワルラ将軍が尋ねました。百戦錬磨の老将軍です。
ユギルが答えました。
「先にしかけるのは猿神です。ミコンの山を駆け上がり、光の女神に戦いを挑む、と占盤に出ております。そして、猿神が山を登り始める場所は、サータマンです」
サータマン!! と一同は思わず繰り返しました。ロムド国とは切っても切れない因縁がある敵国です。
すると、フルートが、はっとしたように言いました。
「ひょっとして……セイロスはサータマンに行ったんじゃないのか!?」
唐突なその予想に、執務室の中の人々はいっせいにフルートを見つめました――。