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第22巻「二人の軍師の戦い」

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エピローグ ロムド城

103.結末

 西部での戦いが終結した五日後、勇者の一行はロムド城のフルートとゼンの部屋に集まっていました。

 同じ部屋にはユギルとキースもいました。フルートたちはベッドに座っていますが、ユギルたちは椅子に腰を下ろしています。

「勇者の皆様方には、戦闘終了後、西の国境まで飛んでいただいて、国境部隊とメイ軍の戦闘まで収めていただきました。お疲れのところ、本当にご足労をおかけいたしました」

 とユギルが丁寧にねぎらうと、キースが言いました。

「国境まで来ていたメイ軍っていうのは、メイの本隊だったんだろう? かなりの規模だったんじゃないのか? どうやって収めたんだ?」

 キースは三日前にエスタの戦場からもどってきたのですが、戦闘を終結させるのにかなり苦労したので、そんなことを聞いてきます。

 フルートが答えました。

「彼らもメイ女王の偽の命令に従って出撃していたからね。メイ女王に停戦命令の書状を書いてもらったんだよ」

「メイ女王はずいぶん弱っていて、国境まで飛んだりしたら、今度こそくたばっちまうんじゃねえかと思ったからな」

「だから、あたいたちが書状を持って停めにいったのさ。メイ軍ったら象戦車部隊まで出動させてたし、人数もセイロスたちの何倍もいたから、あれがロムドに入り込んでたら大変だったよね」

 とゼンとメールが話すと、犬たちも言いました。

「ワン、それでも本当にメイ軍に戦争をやめてもらうのには、けっこう苦労したんですよ。メイ女王がロムドにいるとは誰も思ってないから、書状を偽物だと思われて」

「結局、武器を花に変える魔法をポポロがかけて、メールがその花を全部一カ所に集めちゃったのよね。武器がなければ、みんな戦い続けられないから」

「あ、でも、その後も苦労したんだよ。メイ軍の象たちがその花を食べようと突進してきたからさ。後で武器に戻してメイ兵に返すんだ、ってフルートが言うもんだから、花たちと空を飛んで逃げ回ったんだよ」

 とメールがまた言いました。ポポロはその時のことを思い出して、ちょっと苦笑いをしています。

 

 ユギルは穏やかにほほえみました。目の前のテーブルに載せた占盤を見ながら言います。

「勇者殿たちのご活躍のおかげで、メイとロムドの全面戦争は終結いたしました。メイ軍は、国境まで攻めてきていた部隊も、西部に侵入した部隊も、女王の勅令で国に引き上げましたし、メイ女王は魔法軍団と共にこのロムド城に来て、ハロルド王子と再会なさいました。国王陛下との間で改めて和平条約を結び、デビルドラゴンに対抗する光の同盟に加入する誓約書にもサインをなさったので、名実ともにメイ国はわたくしたちの同盟国になりました。この後は、共に闇と戦っていくことになってまいります」

「よかったです」

 とフルートは言いました。ロムド、エスタ、ザカラス、テト、ミコン、そしてメイ。六王会議に参加したすべての国が、これで本当の同盟国になったのです。

 ところが、メールは全然別なことに興味を引かれていました。ユギルの占盤をのぞきながら言います。

「ねえさぁ、前にユギルさんは、ハロルド王子の象徴がメイ国王になってるって言ったよね? だから、あたいたちはてっきりメイ女王が死んで、ハロルド王子が次の国王になったんだと思ってたんだけど、実際にはメイ女王は生きてただろ? 今、ハロルド王子やメイ女王の象徴はどんなふうになってんの?」

 輝く銀髪の占者は、またほほえみました。青と金の色違いの瞳を占盤に向けて言います。

「確かに、以前はハロルド殿下がメイ国王でいらっしゃいました。けれども、戦況を読むために占盤の監視を続けていたところ、あるとき突然、ハロルド殿下は元の皇太子の象徴に戻られたのです。代わりにメイ国にメイ国王の象徴が現れ、流星のようにロムドの西部へ向かっていきました。金や銀の光といった、勇者殿たちの象徴がそれを案内していたので、メイ女王が存命だったことや、勇者殿たちが女王を救出されたことを知ることができたのです」

「ユギルさんにはみんなお見通しかよ。かなわねぇなぁ!」

 とゼンが肩をすくめて両手を広げます。

 すると、ユギルは真面目な顔つきになりました。

「わたくしは今と未来を見るのが得意な占者ではありますが、そのわたくしであっても、戦争とその行方を完璧に占うことはできません。戦争はあまりにも可能性の選択肢が多く、動きも非常に早いものでございますので――。正直、今回の西部での戦闘が勇者殿たちの勝利に終わるのか、勇者殿たちが撃退されてセイロスに西部を征服されてしまうのか、わたくしはずっと読み切れずにおりました。勇者殿たちの勝利を確信したのは、勇者殿たちとメイ女王が戦場に到着した瞬間でございます」

 ところが、フルートは静かに言いました。

「ぼくは自分たちの勝利を信じていました。だって、ガタンを守っていたのはオリバンたちと西部の住人でしたから。遅くなりすぎさえしなければ、きっとメイ軍を撤退させられると思っていたんです」

「確かに、西部の住人たちってたくましかったよねぇ。戦士じゃないから普段はおとなしそうに見えるのに、自分たちの街や国が危ないと思うと、ものすごい団結力で戦ってさ」

 とメールが感心したので、フルートはうなずきました。

「それが西部の人間なんだよ。自分たちの世界は自分たちの力で守ると決めているんだ」

「他の地域の人々にも見習ってほしい精神だね、それは」

 とキースも感心します。

 

 そこへ扉をたたいて訪ねてきた人々がいました。アリアンと黒い鷹のグーリー、小猿に化けたゾとヨ、それに青の魔法使いという組み合わせだったので、いったい何事かと、フルートたちは目を丸くします。

 すると、キースが椅子から立ち上がりました。

「やあ、もう時間か。今行くよ」

「何があるんだよ?」

 とゼンが尋ねると、部屋に飛び込んできたゾとヨが飛び跳ねながら言いました。

「オレたち、魔法軍団にお呼ばれしてるんだゾ!」

「しくがかいなんだヨ! ご馳走もいっぱい出るんだヨ!」

「しくがかいじゃないわ、祝賀会よ」

 とアリアンが訂正すると、青の魔法使いが補足するように言いました。

「今回は部下たちが大変活躍してくれたので、白たちと相談をして、祝賀会を開くことにしましてな。魔法軍団だけの集まりなのですが、エスタの戦線で戦った部下たちが、キースやアリアンたちにもぜひ参加してほしい、と言っているので、迎えに来たのです」

「とても光栄だな。ありがとう」

 とキースは彼らのほうへ行きましたが、ごく自然にアリアンの隣に立ったので、おっ、と勇者の一行はまた目を丸くしました。

「キースもアリアンも仲直りしたんだな?」

「よかったじゃないのさ!」

 ゼンやメールに言われて、アリアンは赤くなり、キースは、まぁね、と照れたように頬をかきました。ゾとヨは足元で飛び跳ね、グーリーは翼を広げてピィィと鳴きます。

 嬉しそうに部屋を出ていく一行を見送ってから、ユギルが言いました。

「実は、キース殿は城に戻られてから、アリアン様がご自分の妹ではなく婚約者だった、と周囲に言われたのですよ」

 ユギルは穏やかな口調でしたが、勇者の一行はびっくり仰天しました。

「え、本当!? キースったら、とうとう認めたの!?」

「婚約してるってまで言ったのかい!? へぇぇ!」

「ワン、だから二人ともあんなに幸せそうな匂いをさせていたのかぁ」

「アリアン、よかったわ!」

 自分のことのように喜ぶ少女たちや犬たちの横で、ゼンは悔しがっていました。

「そういうことはもっと早く言えよな、キース!」

「どうして? 早く教えてもらったら、どうするつもりだったのさ」

 とフルートが聞き返すと、ゼンは拳を握りました。

「決まってる! あれだけさんざん心配させやがったんだから、たっぷり冷やかしてからかってやったのによ!」

「やめなよ! そんなことして、また二人の仲がおかしくなったらどうすんのさ!」

「そうよ! ゼンに責任なんかとれないでしょう!?」

 とメールやルルが叱ります――。

 

 フルートはユギルに向き直りました。占者がまた占盤をのぞいていたので、急に心配になって尋ねます。

「今回の戦争は収まったけれど、セイロスはまた逃げてしまいました。彼は今どこにいて、これから何をしようとしているんでしょう?」

 ユギルは色違いの目を上げて、わずかにほほえむような表情をしました。

「それはわたくしにもわかりません。セイロスは今の時代の人間ではないので、占盤に行方が現れないのです。わたくしが今、確かめていたのは、ワルラ将軍とゴーラントス卿が率いている部隊の場所です。ワルラ将軍はエスタでの戦闘の事後処理を終えましたし、ゴーラントス卿は西部での戦闘が終結したのを聞いて、引き返してこられる最中です。お二人とも、来週末までには城に戻られることでしょう。同じ頃にメイ女王もハロルド殿下とメイ国に戻られますが、お二人ともナージャの女騎士団の警護で無事にメイ城に帰り着く、という啓示が出ていますので、そこまでは特に大きな出来事もないことでございましょう」

 けれども、フルートはまだ少し心配顔でした。

「メイ城で女王は暴君と呼ばれて、城の人たちに捕まりそうになっていました。そんなところに戻っていって大丈夫なんでしょうか?」

 ユギルは、はっきりと笑顔になりました。

「メイ女王は今はもう昔通りの力と威厳を発揮されておいでです。以前と違っている点はただ一つ、勇者殿へ信頼の気持ちを持つようになったことです。そのメイ女王が、家臣の不満を収められないとお思いですか?」

 そんなふうに言われて、フルートも思わず笑顔になりました。

「大丈夫ですね、きっと」

 その隣にはポポロが座っていて、フルートがようやく笑ったことに、ほっとしていました。チャストが処刑されてから、フルートはずっと笑顔をほとんど見せなくなっていたのです。チャストがメイを裏切ってセイロスに寝返ったことも、メイとロムドが戦争になったことも、フルートのせいなどではないのですが、心のどこかで自分が原因のように感じていたのでしょう――。

 

 一方、ゼンとメールと犬たちの話は、遊びに出かける相談に変わっていました。

「外は暑いから、涼しいところに行こうぜ」

「あら、涼しいところってどこ? 空か山の上にでも行くつもり?」

「ワン、ぼくたちに乗って?」

 犬たちが聞き返すと、ゼンは親指を立てて南の方角を示しました。

「いいや。おまえらには乗せてもらうが、行き先は湖だ。リーリス湖に湖水浴に行こうぜ!」

「泳ぎに行くってこと!? ひゃっほう、それって大賛成! お城の調理人にお弁当を作ってもらおうよ!」

「ばぁか、俺がいるのになんで弁当なんか必要なんだよ! 飯くらい、いくらでも俺が作ってやらぁ――!」

 ゼンとメールが賑やかに話し合っていると、ユギルがその肩をつつきました。しっ、と唇に指を当てて、フルートのほうを示してみせます。

 ついさっきまでベッドに座っていたフルートは、いつの間にか横になって、頭をポポロの膝に載せていました。すぅすぅと規則正しい寝息をたてています。

 あらら、と一同はフルートをのぞき込みました。

「相変わらずポポロの膝枕が好きだなぁ」

 とメールがあきれると、ユギルが言いました。

「勇者殿はここまでずっと緊張の連続でいらっしゃいましたからね。すべてが一段落して、安心なさったのでしょう」

 ゼンは頭をかきました。

「しょうがねえ。リーリス湖には俺たちだけで行くか」

「ポポロは? 行くかい?」

 とメールに聞かれて、ポポロは、うぅん、と首を振りました。

「聞くだけ野暮よ。ポポロがフルートだけ残して遊びに行くはずないじゃない」

「ワン、確かにね」

 と犬たちが笑います。

 そこで、ゼンたちはユギルと一緒に部屋を出ていきました。

「そうだ、オリバンたちも誘おうぜ。あいつらだって息抜きしたいはずだぞ」

「それいいね! ねえ、ユギルさん、オリバンたちはどこだい?」

「殿下とセシル様でございますか。今は――」

 話し合う声が廊下を遠ざかっていきます。

 

 ポポロは部屋の中でベッドに座ったまま、ドレスの膝に載ったフルートの寝顔を見つめていました。

 少し癖のある金髪、優しい顔立ち、閉じた目と、頬の上に影を落としている長いまつげ……。ずっと悲しげに考え込んでいるようだった顔が、今は安らかに眠っています。

 ところが、その顔が突然また目を開けました。青い瞳にまっすぐに見上げられて、ポポロは真っ赤になりました。フルートが寝たふりをしていたのか、ゼンたちの声で目を覚ましたのかはわかりませんが、今、部屋の中にいるのは自分たち二人だけでした。どぎまぎしてしまって、どうしていいのかわからなくなります。

 すると、フルートは急につらそうに目を細めました。悲しげな表情がまた戻ってきていました。

「ぼくは軍師なんかじゃない――。全然、軍師なんかじゃないんだよ」

 言うだけ言って、また目をつぶると、フルートはもう目を開けようとはしませんでした。横を向き、こらえるように唇をかんでいます。

 ポポロは驚き、やがて涙ぐみました。そっとフルートの髪をなでながら、優しく繰り返します。

「お疲れさま、フルート……本当に、お疲れさま」

 静かな部屋の中を、時間はゆっくり流れていました――。

The End

(2014年11月17日初稿/2020年4月20日最終修正)

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