「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第22巻「二人の軍師の戦い」

前のページ

103.結末

 ガタンの街の西の郊外に、メイ軍の兵士が整列をして、メイ女王を迎えていました。

 約二万の軍勢の端には、東の入り口を守っていたナージャの女騎士団や、ロムド側に寝返ったマヒド候の部隊も並んでいます。セシルは女騎士団の先頭に、隊長として立っていました。その横には大柄なタニラが従っています。

 メイ女王が数人の隊長に支えられながら現れると、彼らはいっせいに声をあげました。

「偉大なる我らが女王陛下に敬礼!」

「メイ女王万歳!」

 全員が片手を胸に当てて、女王に敬意を表します。

 

 オリバンとフルートたちは、ロムド兵や魔法軍団と共に、少し離れた場所からその様子を見守っていました。魔法軍団は全員怪我もありませんが、ロムド兵のほうは十名ほど数が足りなくなっていました。

 魔法医の鳩羽の魔法使いが、白の魔法使いに報告をします。

「先ほどの戦闘で我が軍の兵士が大勢負傷しましたが、薬草が準備してあったので、ほとんどの者は元気になっております。まだ起き上がれない兵は街の中で休ませていますが、彼らも命に別状はありません。紫が活躍してくれましたので」

 そう言われて、紫の長衣に黄色いリボンの少女は得意そうな表情になりました。

「死にそうになった兵士はいたのよ。魂が黄泉の門に飛んで行きそうになったから、『ここにいなさい! 皇太子様の命令よ!』って叱って、鳩羽が来てくれるまで引き留めておいたの」

「そうか。二人ともよくやった」

 と女神官が笑顔になって部下を誉めます。

 別の一角では、赤の魔法使いの部下たちが集まって話し合っていました。

「無事でよかったよ、青緑。橋をかけたメイ軍とまともにぶつかっていたから、心配していたんだぞ」

 と灰鼠色の長衣の弟が言えば、銀鼠色の長衣の姉も言います。

「どこかに矢を受けたんじゃないの? あたしたちのほうが治療魔法はうまいんだから、怪我していたら言いなさいよ」

 青緑色の長衣を着た河童は、笑い顔になって首を振りました。

「いんや、でぇじょうぶだぁ。おらぁ、水っこさ潜ってたからな。矢は、おらんとこまでは届かなかっただよ」

 よかったわ、と精霊使いの娘が笑えば、ウー、と雪男もうなずいています。

 

 けれども、和気あいあいとした雰囲気は、メイ女王の前にチャストが引き出されたとたん、一気に緊張したものになりました。

 軍師は縄で縛られ、二人の兵士に両脇を固められていました。メイの国王軍を指揮してきた軍師が、一転して罪人になってしまったのです。

 メイの兵士たちはことばもなくそれを見つめました。ガタンの街でも、開いた門や壁の壊れた場所から、西部の住人が大勢見守っています。

「軍師チャスト、顔を上げよ!」

 とメイ女王は命じました。すっかりやつれて、両側から支えられなければ立っていられないほどなのに、その声には驚くくらい強い力があります。軍師が顔を上げると、まっすぐに見つめて言います。

「チャストよ、そなたは侵略者であるセイロスの誘惑に乗って奴と共謀し、わらわを監禁して思い通りにしようとしたあげくに、わらわの体を操って偽の出動命令を国中に出した。そなたの罪は明白じゃ。敵との共謀、王の監禁、詐称、虚偽の勅令、どれ一つとっても死刑に値する重罪だが、ひとつだけ、わらわはそなたに聞いてみたいことがある。答えるがよい」

「それが陛下のご希望であれば」

 とチャストは答えました。死刑を言い渡されているのに、声も表情も落ち着き払っています。

 女王は言いました。

「そなたは長年メイのために働いてきた。そなたは有効な作戦を立案しメイ国を勝利に導くことを、何より喜びとしてきたはずじゃ。だが、そなたは今回あっさりわらわと国を裏切り、セイロスと手を組んだ。何故、そのような真似をした。そなたは本気であの男を世界の王にするつもりでいたのか?」

 相手に誤魔化しや言い逃れを許さない厳しい声でしたが、チャストは何故か微笑しました。淡々と答えます。

「あの男は非常に強力な存在です。意志も強ければ欲も強い。桁外れな魔力も持ち合わせているのですから、それを完全に放出すれば、世界中のどんなものでもあの男に勝つことはできないでしょう。――ですが、あの男を世界の王にすることは不可能です。それはわかっていました」

「それは何故じゃ」

 と女王は聞き返しました。厳しいまなざしを片時もチャストから離しません。

「あの男は人を理解していなかったからです。どれほど大規模な軍勢であっても、その実体はひとりひとりの兵士。飢えもすれば渇きもするし、敵に押されれば気弱にもなる。だが、逆に、気持ちを一つにすれば、弱かったはずの集団が獅子のような勇気と戦闘力を発揮する。そんな人間のありようが、あの男には理解できなかったのです。あの男は人間ではありません。人間でないものは、人間たちの王になることはできないのです――」

「そりゃ当然だよな。あいつの正体はデビルドラゴンだ」

 とゼンがつぶやいて、隣のメールにつねられました。セイロスの正体を一般の人々に教えないことは、暗黙の了解になっていたのです。チャストも、セイロスの正体を知りながら、わざとそういう言い方をしているようでした。

 

 メイ女王はまだ厳しい表情のままでした。

「そなたがわらわとメイを裏切った理由がまだじゃぞ。答えよ」

 と重ねて言います。

 チャストは女王ではなく、離れた場所にいたフルートへ目を向けました。相変わらず淡々と答えます。

「金の石の勇者とまた戦うためには、それしか方法がなかったからです、陛下」

 フルートはいきなり自分を名指しされて驚きました。仲間たちもびっくりしてフルートとチャストを見比べます。

「彼は先天の才を持つ軍師。ジタン山脈での戦闘の際に、私はそれを知りました。策を練り、兵を率いて戦う軍師として、彼と私のどちらが上であるか、私はどうしても確かめてみたかったのです」

「馬鹿な! そんな理由のために奴に荷担したというのか!?」

 と声をあげたのはオリバンでした。メイ軍の兵士たちからもざわめきが起きますが、チャストは話し続けました。

「正直、金の石の勇者ともう一度戦えるのであれば、攻め込むのがロムドでもエスタでも他の国でも、私にはどうでもよかったのです。セイロスが王になろうがなれまいが、それもどうでもよかった。私はただ、私が立てた作戦で金の石の勇者を討ち破り、自分が世界一の軍師であることを証明したかった。ただそれだけだったのです」

 チャストの声は、けれども、やっぱり淡々としたままでした。野望に燃える熱も、フルートに敗れた悔しさも、まったく感じられません。

「そんな――そんなことのために、おまえたちは西部の街を襲ったのか――!? 大勢を傷つけ殺して――!」

 とフルートは飛び出そうとして、ゼンに抑えられました。

「デビルドラゴンのせいよ。あいつにそそのかされて、心の奥底の野望に囚われてしまったんだわ」

 とルルがうなりながら言います。

 メイ女王がまたチャストに言いました。

「そなたは再びフルートに負けた。どちらが軍師として上であったか、そなたも思い知ったであろう」

 すると、チャストはまた笑いました。

「いいえ、陛下。軍師としては、私のほうが上手でございます――。確かに、私は再び彼に敗れました。けれども、二度の戦闘を通じて、私は金の石の勇者の作戦の特徴や戦法を理解したのです。軍師として決定的な欠点もすでに把握しております。今一度、戦う機会があれば、私はもう絶対に彼には負けません」

 そう言い切ったチャストは、自信と誇りに充ちていました。悔し紛れのことばなどではないのです。射すくめるようにフルートを見つめます。

 

 メイ女王は深い溜息をつきました。

「やはり、そなたを生かしておくわけにはいかぬな。そなたは闇に心を囚われすぎた。――ただちに軍師の首をはねよ!」

 ざわっ。

 またメイ軍の中から大きなざわめきが上がりました。

 フルートも顔色を変えました。いくらなんでも死刑はいきすぎだ、と考えたのです。飛び出していってチャストをかばおうとしますが、ゼンにはがいじめで引き留められてしまいました。

「行くな、馬鹿! あいつを生かしておいたら、いつかまたセイロスに力を貸して、おまえの敵に回ることになるんだぞ! そうなったら、今度こそ大戦争だ。いくらみんなが力を合わせたって勝てなくなるし、大勢が死ぬことになるんだぞ!」

「そんな――だからって、そんな――!」

 フルートはもがきましたが、ゼンをふりほどくことはできませんでした。その間に、チャストはメイ兵によって地面にひざまづかされました。髪の毛のない頭が、ぐいと前に押し出されます。

 かたわらで別の兵士が剣を抜いても、チャストはあわてもしなければ、騒ぎもしませんでした。ただ淡々とした表情のままでしたが、ふと思い出したように首をねじると、フルートを振り向きました。

「おまえは女王陛下を迎えに行くためにガタンを離れていた。我々が攻めてくることを見越して準備を整えていったのだろうが、それにしても、何故あれほど効果的に我々の攻撃を防ぐことができたのだ。我々がどのようにガタンを攻撃するか、完全に読み切ることは難しかったはずなのに」

 チャストはフルートの後ろに、開放されたガタンの門と群がる西部の住人たちを見ていました。彼が予想していた以上の一般人が街の中にいたのです。それなのに、ガタンは何故あれほど整然と敵の攻撃を食い止め、守りを固めていられたのか――。この瞬間になっても、チャストはそんなことを考え続けていました。

 フルートはまだゼンを振り切ろうともがいていました。チャストの質問にろくに考えもせずに答えます。

「ぼくは別に何もしていない! ただ、みんなが自分から戦ってくれただけだ! 街と国を守るために!」

 

 チャストは絶句しました。

 やがて、ゆっくりとまた微笑すると、ひとりごとのように言います。

「最高の軍師というのは、ことばにして指示を出さなくとも、兵を思いのままに動かすことができる。兵をよく知り、兵を信じ、兵の心を揺さぶり、気持ちを一つの方向に向かわせることで、兵に実力以上の力を発揮させることができる――それが最高の軍師というものなのだ、と私が最初に学んだ戦術の師は話していた。金の石の勇者は、それを誰にも学ばずに知っていた、ということか。とすれば、次に彼と戦っても、私はまた負けるのかもしれないな――」

 メイ女王が、さっと手を上げて下ろしました。チャストのかたわらで構えていた兵士が剣を振り下ろします。

 ポポロとメールは思わず抱き合い、顔をそむけました。

 フルートは大きくもがくと、ついにゼンを振り切りました。首からペンダントを外してチャストへ走りますが、その途中で立ち止まってしまいました。金の石は死んでしまった人を生き返らせることはできなかったからです。ペンダントを握りしめたまま、唇をかんでうつむいてしまいます。

 

 メイ女王は動かなくなったチャストを見つめていました。こんな場面でも顔色一つ変えない彼女に、人々は改めてメイ女王の強さを感じます。

 すると、女王の唇がわずかに動きました。

「何故、わらわに従っておらなんだ、軍師……愚か者が……」

 誰にも聞こえない声でそうつぶやいて、女王は鳶が飛ぶ空を見上げました。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク