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第22巻「二人の軍師の戦い」

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102.終結

 西の門の前で戦う人々の前に唐突に姿を現したのは、ランジュールでした。白い服を着た透き通った体で、巨大な三つ頭の犬にまたがっています。地獄の犬と呼ばれるケルベロスです。

 まさか! と驚いたのは、櫓の上から戦いを見守っていたオリバンたちでした。ランジュールは先ほど、紫の魔法使いの力で死者の国へと飛ばされたのです。

「うふふ、ボクがあんな魔法くらいで死ぬと思ったぁ? ボクは黄泉の門の番をしてるケルちゃんと仲良しなんだから、ぜぇったい黄泉の門はくぐらないことになってるんだよぉ――って、あれ? なぁんか状況がおかしいねぇ。ここに勇者くんたちがいてぇ、あっちの上に皇太子くんたちもいてぇ……皇太子くんたちは勇者くんたちに化けてたはずじゃなかったっけぇ? で、セイロスくんはどうしてか風のお兄さんに守られてる、と。ボクがいない間に何があったのかなぁ?」

 ランジュールはその場の状況も雰囲気もまるで無視して、一方的に話していました。フルートたちは思わずあっけにとられてしまいます。

 ゼンが腕を振り回してどなりました。

「この、ランジュール! てめぇはどうしてそう邪魔ばかりしやがるんだ!? いつも、ここぞって場面を引っかき回しやがって!」

 それを聞いて、ランジュールは細い目を光らせました。にやにや笑いながら、セイロスに話しかけます。

「どぉやら、本物の勇者くんたちがやってきて、追い詰められちゃってるみたいだねぇ? あそこにいるのはメイの女王様だから、企みはぜぇんぶばれちゃったってことなんだねぇ? それで、セイロスくんはすごく困ってる、と。絶体絶命のセイロスくんもちょっとステキかもねぇ。うふふふ……」

 セイロスは不愉快な表情になりましたが、それでもチャンスは逃さずに言いました。

「ケルベロスならかなりの戦闘力だ! ランジュール、その魔犬で連中を倒せ!」

 一同は我に返りました。フルートが背後にメールとポポロをかばって金の石を構え、上空からはポチとルルが急降下してきます。

 

 ところが、ランジュールは魔犬をくり出しませんでした。逆にのんびりと犬の背中から降りて言います。

「それがダメなんだよねぇ。このケルちゃんは黄泉の門の番をするのがお仕事だから、よそで喧嘩したり戦ったりすることができないお約束なのぉ――。ケルちゃん、送ってくれてありがとぉねぇ。気をつけて帰っていいよぉ」

 幽霊にぽんぽんと背中をたたかれて、三つ頭の犬が姿を消していきます。

 その様子にギーがわめきました。

「おまえは本当に役立たずだな、幽霊! セイロスが危険になっているのがわからないのか!? 力を貸せ!」

「そぉんなこと言ったってぇ、ボクは今、強い魔獣を連れてないしさぁ。そもそも、それって言うのも、セイロスくんがボクにいつまでも魔獣をくれないからでぇ――」

 ランジュールの話はいつまでも続きます。

 櫓の上でオリバンが魔法使いたちに命じました。

「攻撃だ! フルートの邪魔をしているギーという男を撃ち倒せ!」

「御意!」

 魔法使いたちはいっせいに杖を構えました。白や赤の魔法使いだけではありません。雪男も精霊使いの娘も、それぞれに自分の魔法や精霊を送りだそうと身構えます。ギーはランジュールの話に気を取られていて、自分が集中的に狙われていることに気づいていません。

 すると、突然フルートが言いました。

「ポポロ、魔法だ! セイロスとギーとランジュール、全員に稲妻を落とせ!」

 えっ、とポポロは驚きましたが、フルートが自分を振り向いて見つめているのに気がつくと、すぐに大きくうなずきました。細い指先を天に向けて呪文を唱え始めます。

「ローデローデリナミカローデ……」

 魔法使いたちは自分たちの魔法を止めました。ポポロの魔法のほうがはるかに強力だったからです。

 ポポロの呪文にセイロスも気がつきました。即座に魔弾を撃ち出しますが、金の石に防がれると、空のランジュールへ言いました。

「空飛ぶ馬を出せ! あれはまだ持っているはずだぞ!」

「え? あぁ、ヒンヒンちゃんたちのことぉ? もちろんいるけど、二頭しかいないよぉ。セイロスくんと、もう一人はどっちを乗せるのぉ? 風のお兄さん? それとも軍師くん?」

 それを聞いて、人々はいっせいにチャストを見ました。メイ軍の軍師は、今は武器を取り上げられ、罪人のように縛られていましたが、口を一文字に結んで少しも悪びれずに立っていました。この状況でもまだ負けたとは思っていないのです。

 

 けれども、セイロスは当然のことのように言いました。

「来い、ギー。また作戦の練り直しだ」

「セイロス!」

 ギーは満面の笑顔になりました。空中にコウモリの翼を持つ黒い馬が現れて降りてくると、セイロスと共に飛び乗って舞い上がっていきます。

「あ、これは返してもらうねぇ。これってボクのかわいいフーちゃんの頭だからさぁ」

 とランジュールがいきなりゼンのそばにあらわれて、足元にあったセイロスのマントへ手を伸ばしました。とたんに、金茶色のマントは赤い大蛇の頭に変わり、シャァァ、と声をあげました。ゼンが思わず飛びのくと、蛇の頭はランジュールの元に飛んで消えていきます。

 二頭の馬が蹄の音を響かせて空を駆け出したので、ランジュールは追いかけていきました。セイロスに追いついて言います。

「ねぇねぇ、こぉいうときにお約束の台詞は言わないわけぇ? 覚えていろ、とか、この借りはきっと返すぞ、とかさぁ」

 けれどもセイロスは何も言いませんでした。ただ、振り向いてフルートをにらみつけます。フルートのほうも黙ったままそれをにらみ返しました。「次こそは必ず貴様を倒す」という無言のメッセージが伝わってきたからです。

 そして、セイロスはもう二度とチャストに目を向けようとはしませんでした。

 二頭の黒馬と幽霊が空の彼方に見えなくなっていきます――。

 

 人々は、ほぉっと思わず大きな息を吐きました。

 戦闘は終わったのですが、まだ実感がわきません。夢でも見ているような顔を見合わせてしまいます。

 すると、フルートの前方からはゼンが、後ろからはメールとポポロが駆け寄ってきました。上空からはポチとルルも降りてきて言います。

「ワン、セイロスたちは空を飛んで逃げてますよ」

「追いかけて捕まえる?」

 フルートは首を振りました。

「今はいい……ポポロの魔法も、もう使いきっているしな」

 それを聞いて、メールが首をかしげました。

「そうだよね。ポポロの魔法はもう二回使ってたはずだと思ったんだ。ここに来るのに砂嵐を起こしたので一回、さっきフルートの声をみんなに聞かせるので二回だろ? なのに、なんでポポロに魔法を使えなんて言ったのさ?」

 ポポロもとまどった顔をしていました。メールが言うとおり、彼女はもう魔法が使えなくなっていたのです。フルートに言われたので、魔法を使うふりをしただけでした。

「白さんたちがギーを魔法で倒そうとしていたからね。赤さんもいたから、セイロスの魔法では防げないだろうし、ギーが死ぬかもしれないと思ったから……」

 低い声で言うフルートに、仲間たちはあきれてしまいましたが、同時にいかにもフルートらしいとも思いました。フルートは、味方だけでなく、敵にも絶対死んでほしくない、と考えているのです。

「この、二千年に一人の大甘お人好し野郎が!」

 とゼンがフルートの頭を小突きます。

 そこへ、おぉい、と声が聞こえてきました。

 櫓の上から魔法で一気に下りてきたオリバンや魔法使いたちが、フルートたちへ走り寄ってくるところでした――。

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