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第22巻「二人の軍師の戦い」

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101.一騎討ち

 ガタンの門の上に築かれた櫓は、屋根も壁も吹き飛び、床の周囲にわずかな壁板が残っているだけになっていました。そこにオリバンと白の魔法使い、赤の魔法使い、雪男と精霊使いの娘、それにメイ女王の六人がいて、真下で始まったフルートとセイロスの一騎討ちを見下ろしています。

 メイ女王は怒ったように呼びかけていました。

「何故一騎討ちに持ち込んだのじゃ、フルート!? ここにはわらわの兵が二万もいるのだぞ!」

 フルートたちに命を救われ、メイ城から脱出した女王は、王都ジュカの郊外の森で雨に足留めされましたが、幸か不幸か、その間にかなり体力を回復することができました。今は気力も充実してきたので、以前のような調子を取り戻しつつあります。

 そんな女王にオリバンは言いました。

「たとえ二万の兵であっても、通常の武器でセイロスに勝つことは不可能だ。フルートたちはそれをよく知っているから、無駄な死傷者を出さないために、自分たちだけで戦おうとしているのだ」

「勇者殿たちはとても狭い場所にいます。ここに大勢が援助に駆けつけても、かえって邪魔になるばかりでしょう」

 と白の魔法使いも冷静に言いますが、いつでも魔法は使えるように、杖をしっかり握りしめていました。その横で赤の魔法使いと雪男も魔法をくり出す隙を狙っています。

 

 すると、そこへケーンという鳴き声が響いて、巨大な狐が北側の街壁の陰から現れました。驚くメイ兵を軽々と飛び越すと、次のひと飛びで櫓に飛び込んできます。

 と、その体が分裂して小狐に変わりました。床の上に、白い鎧兜のセシルが飛び降りてきます。

「義母上! 本当に義母上でいらっしゃいますか!?」

 とセシルはメイ女王に駆け寄りました。先ほど白の魔法使いが女王の声をあたり一帯に広げたので、それを聞いて、セシルも駆けつけてきたのです。やつれ果てた女王の姿を見て、思わず絶句してしまいます。

 けれども、女王のほうはしゃんと頭を上げ、しっかりした口調で答えました。

「勇者の一行に救われて、ここまで空を飛んできたのじゃ。死の淵から戻ってきたわらわを、勇者たちはまことにかいがいしく看病してくれた。彼らは、わらわの命の恩人じゃ」

 そんな女王の口調が以前と違っていることに、オリバンもセシルも白と赤の魔法使いも気がつきました。フルートを竜の子どもと呼び、いずれセイロスと共に世界を破滅させるだろう、と糾弾した女王は、もういないのです。

 

 そんなやりとりが行われている間に、櫓の下ではフルートとセイロスの一騎討ちが始まっていました。

「勇者様が動き出しました!」

 と精霊使いの娘が声をあげたので、全員がそちらに注目します。

 炎の剣を構えたフルートがセイロスに駆け寄り、切りつけてすぐに飛びのきました。セイロスが反撃が空振りすると、その隙を狙ってまた切りつけていきます。

「相変わらずフルートの攻撃は速いな。体が大きくなってきても素早さは変わっていない」

 とオリバンが言いました。相手の隙を見つけては切り込み、素早く離れて相手の体勢を崩していくのが、フルートの得意とする戦法なのです。

「しかし、奴は剣と同時に魔法が使えます」

 と白の魔法使いが心配したところへ、ばりばりっと黒い稲妻がひらめきました。本当にセイロスが魔法攻撃をくり出したのです。稲妻の命中した街壁が、どんと音を立てて破裂しますが、フルートは平気でした。その体は金の光に包まれています。

「よし、金の石が守っている!」

 とセシルは声をあげました。セイロスの魔法が効かないのであれば、あとは剣と剣の戦いだけになります。セイロスは強力な戦士ですが、フルートのほうもそれに劣らない剣の使い手です。

 フルートとセイロスの剣が何度もぶつかり合っては離れました。フルートは空をひらめくような鋭い剣。セイロスは立ちふさがるものをすべて真っ二つにするような強剣。互いに隙を狙って切り込みますが、そのたびに相手に防がれて攻撃が届きません。

 と、セイロスがフルートに切り込むと見せて、体当たりをしてきました。剣は互角でも、二人の間にはかなりの体格差があります。体重が軽いフルートは跳ね飛ばされて転がり、そこにセイロスが剣を振り上げました。見守る全員が、危ない!! と叫びます。

 

 ところが、その時、チャストが叫びました。彼はメイ兵に捕まって縛り上げられましたが、花の猿ぐつわが離れていったので、話せるようになっていたのです。

「右だ、セイロス!」

 セイロスはフルートが左手でペンダントを突き出しているのを見て、ぎょっとしました。フルートは倒れながら首から魔石を外していたのです。いえ、ひょっとすると、このためにわざと体当たりを食らったのかもしれません。

 金の石を押し当てようとするフルートから、セイロスはきわどいところで身をかわしました。飛びのいてにらみつけます。

「無駄だ。そんな小さな石の力で私を倒すことはできんぞ」

「へぇ? その割には泡食って金の石から逃げたじゃねえか!」

 とゼンが後ろから野次を飛ばしてきます。

 ふん、とセイロスは鼻で笑いました。

「以前、私に金の石を使ったときのことを忘れたのか。私に金の石は効かんぞ」

「どうかな?」

 と言ったのはフルートでした。立ち上がって真正面からセイロスにペンダントを向けます。その後ろに赤い髪とドレスの女性が姿を現しました。当然のことのように、フルートの肩に手を置きます。

 セイロスは自分の周りに何かをかき寄せるようなしぐさをして、はっとした顔になりました。自分を見回し、鬼のような形相になってゼンを振り向きます。

 ゼンはにやにやと笑っていました。

「やっと気がついたのかよ。てめえの大事なマントは、さっき俺がいただいていたんだぜ。確かこれはフノラスドの赤い頭が変化したマントだったよな」

 と先ほどセイロスから奪い取った金茶色のマントを掲げてみせます。それは願い石に強化された金の石の光もさえぎれる防具だったのです。

「この――!」

 セイロスはゼンをにらみつけましたが、何事も起きませんでした。ゼンはにやにや笑い続けます。

「まぁた魔法を使ったな、セイロス。いいかげん覚えろよ。俺には魔法が効かねえんだぜ」

 フルートはペンダントに向かって叫びました。

「光れ、金の石!」

 フルートの肩を通じて、願い石から金の石へすさまじい力が流れ込み、金の石を爆発的に輝かせます――。

 

 金の光が奔流となってあふれ、あたり一面を照らしました。あまりのまぶしさに誰もが目を閉じ、顔の前に手をかざします。手に光が降り注ぐと、火傷のような熱と痛みを感じました。強烈すぎる光は、人の体に含まれる闇の部分も焼いてしまうのです。

 けれども、光は間もなく弱まって、吸い込まれるように消えていきました。人々がまた目を開けたとき、フルートの横から願い石の精霊は姿を消し、ペンダントの魔石はまた穏やかな金色に光るだけになっていました。

 と、フルートは息を呑みました。ゼンやメール、ポポロも、あっと声をあげます。

 マントで身を守れないセイロスは、強烈な聖なる光に全身を焼かれているはずでした。倒すことは不可能だとしても、かなりのダメージを与えることができたはずなのですが、セイロスはほとんど無傷でいたのです。

 セイロスは地面に剣を置いてかがみ込んでいました。それをかばうように立ちはだかっていたのは、ギーでした。先ほど赤の魔法使いを襲って水路に飛び込み、流されていったのですが、その前に、自分の体と門に近い場所をロープで結びつけていたので、それをたぐって水路をさかのぼってきたのです。広げたマントから水滴がしたたっています。

 聖なる光はギーの体とマントがさえぎって、セイロスには届いていませんでした。わずかに光にさらされた足に火傷を負っていましたが、それもたちまち治っていきます。

 思わず剣を構え直したフルートの前で、ギーはマントを広げ続けていました。そうしていると反撃も防御もできないのですが、逃げもせずに言います。

「セイロスは殺させないぞ! セイロスは世界の王になる男だ!」

 フルートはためらいました。ギーを切り捨ててもう一度セイロスに光を浴びせることは可能ですが、フルートにそんな真似はできません。

「この野郎!」

 ゼンがセイロスをギーの陰から引きずり出そうと駆け出します。

 

 すると、いきなり門の前に甲高い声が響きました。

「はぁい、ただいまぁ、みんな! ケルちゃんに乗って黄泉の門からかえってきたよぉ!」

 空中に唐突に姿を現したのは、巨大な三つ頭の犬にまたがったランジュールでした――。

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