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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第34章 終結

100.孤立

 砂嵐のような風が通り過ぎた後、オリバンたちがまた勇者の一行の姿に戻っていたので、チャストはとまどっていました。何故そんな真似をするのか、目的がわからなかったのです。単なる時間稼ぎだろうか? だが……と思い悩んでいる間も、フルートの姿のオリバンとセイロスは戦い続けます。

 すると、オリバンの体が強烈な金の光を放ちました。セイロスが伸ばしていた黒髪を溶かし、セイロスを大きく退けます。

 チャストは、ぎょっとしました。敵の正体に気づいたのです。

「そいつは本物の金の石の勇者だ!」

 と叫ぼうとすると、するりと何かが絡みついてきました。それは花が寄り集まってできた縄でした。あっという間にチャストを絡め取り、猿ぐつわのように口にも絡みついて、何も話せないようにしてしまいます。

 フルートの後方では、メールが片手をチャストへ向けていました。チャストと目が合うと、にやっと少年のように笑います。その周囲には色とりどりの花が飛び回っています――。

 

 セイロスもようやく彼らの正体に気がつきました。

 金の石のペンダントを首にさげたフルートを見て、苦々しく言います。

「先ほどの風の中で偽物と入れ替わっていたのか。こざかしい真似を」

「おまえにみんなを殺されるわけにはいかないからな」

 とフルートは答えて、セイロスに斬りかかっていきました。その剣はいつの間にか黒い炎の剣に変わっています。

 セイロスは身をかわし、大剣でフルートの剣を受け止めました。すぐに跳ね返し、今度は自分から斬りかかっていきます。

 フルートはそれを受け止めると、強い目で相手を見つめました。

「おまえはもうぼくたちに勝てないぞ、セイロス。おまえの味方はいなくなったんだ」

「馬鹿なことを。私にはまだ二万の兵士が従っている!」

 とセイロスは言い、、見せつけるようにメイ軍へ命令を下しました。

「この連中に矢を放て! 我々のことは心配はいらん! 連中をハリネズミにしてやれ!」

 魔法がセイロスの声を広げたので、門の前にいたメイ兵はすぐに弓を構えました。強力な威力を持つ矢を、フルートたちへ遠慮なく放ち始めます。

 けれども、そこへごぉっと音がして、ポチとルルが舞い下りてきました。風の体に矢を巻き込んで遠くへ吹き飛ばしてしまいます。

「ワン、フルートたちにそんなものは効かないぞ!」

「そうよ! 私たちが守っているんだから!」

 すると、ゼンが門の上を示しました。

「あれを見ろよ、セイロス、チャスト。これでもまだ悠長なことを言ってられるのか?」

 先ほど魔法で半分飛ばされた櫓の上に、いくつもの人影が現れていました。大柄なオリバン、ほっそりと背が高い白の魔法使い、子どものように小柄な赤の魔法使い、全身白い毛でおおわれた雪男、銀髪に若葉色の長衣の精霊使いの娘……。そして、オリバンは両腕の中にもうひとりの人物を抱きかかえていました。立派なドレスを着てベールの上から金の冠をかぶった中年の女性です――。

 

 セイロスもチャストも愕然として、自分の目を疑いました。

 オリバンに抱かれていたのはメイ女王でした。ふくよかだった体は痩せ細り、頬も目も落ちくぼんでいますが、それでもメイ女王であることは間違いありません。鋭いまなざしで彼らを見下ろしています。

 けれども、セイロスはすぐに笑い飛ばしました。

「さてはそれも偽物だな!? メイ女王がこんな場所にいるはずはない!」

 すると、即座にフルートが言い返しました。

「メイ女王は毒を飲んで自害したはずだからか!? それをおまえが魔法で操り人形に変えたからか!? 残念だったな! 女王は生きていたんだ!」

 相手を糾弾する声です。その声はセイロスだけでなく、ガタンの周囲にいるメイ兵全員に聞こえていました。ポポロが魔法でフルートの声を広げたのです。

 メイ兵たちは大きく動揺しました。あまりにも思いがけない話に、攻撃をやめて櫓の上の女王を見上げてしまいます。それは街の北や南から侵入しようとしていたメイ兵も同じでした。ロムド兵との交戦を中断して、女王を確かめようと西の門の方向へ走ってきます。

 すると、女王は櫓の上におり立ちました。とたんによろめいて倒れそうになったので、ああっ、とメイ兵たちが声をあげます。女王はオリバンに支えられて立ち直ると、軍勢に向かって話し出しました。

「勇敢なるメイの兵士たちよ、わらわは本物のメイ女王じゃ! 先ほど金の石の勇者が言うたことは真実! わらわはセイロスと軍師チャストに謀られ、監禁されて我が意に沿わぬ命令を下せと迫られた! それを拒否するために毒をあおって自害をはかったのだが、そのわらわさえもセイロスたちは弄び、魔法で操って、そなたたちにロムドへの出撃命令を出したのじゃ! 金の石の勇者たちがわらわを救ってくれなんだら、わらわは操られたまま朽ち果てていたであろう! ただちに戦闘をやめよ! ロムド出撃は、わらわの命令ではない!」

 たちまち街の周囲はどよめきやざわめきでいっぱいになりました。メイ兵たちが驚き、いっせいに話し始めたからです。

 彼らはとまどい、迷っていました。櫓にいるのは本物の主君なのか、女王の話は本当なのか。オリバンたちが勇者の一行に変身していた様子も見ているだけに、すぐには判断することができません。

 

 その様子にセイロスは少し余裕を取り戻しました。まだこちらに分があると考えたのです。また全軍に聞こえる声で言います。

「だまされるな! あの女王は偽物だ! 敵が魔法で女王になりすまして、我々を撤退させようとしているのだ!」

 とたんにメイ女王は驚くほど大きな声を張り上げました。

「黙れ、セイロス!!!」

 メイ兵たちは雷に打たれたように飛び上がりました。それは女王が家臣たちを叱責するときの声だったのです。

 女王は兵士たちへ強い口調で言い続けました。

「わらわが本物と見抜けぬほど、そなたたちの目は節穴なのか!? メイは他国の権力争いには決して加わらぬ! 以前からそう言い続けてきたのに、それにそぐわぬ命令を下されて、何故、疑問に思わぬのじゃ!? わらわの家臣たちはそんなにも愚か者であったのか!?」

 すると、それに合わせるように、フルートも言いました。

「この女王が本当に偽物なら、セイロスが偽物と言ったとたんに姿が変わって正体がばれたはずだ! でも、女王は女王のままでいる! これこそ彼女が本物だという証拠のはずだ!」

 またメイ兵たちが大きくどよめきました。フルートの言うとおりだと気がついたのです。たちまちそ兵士たちはひざまずき始めました。構えていた武器を地面に起き、櫓の上の女王に向かって深々と頭を下げていきます――。

 

 チャストは花の縄で縛り上げられた格好で呆然としていました。

 自分たちはいいところまで敵を追い詰めていたはずなのです。勇者の一行を偽物と見破り、ロムドの皇太子を絶体絶命に追い込み、ガタンの街にもう少しで突入できるところだったのに、たった一手で、それをひっくり返されてしまいました。まさかメイ女王が生きていたとは――それを勇者たちが連れてこようとは――心の中は信じられない想いでいっぱいです。

 セイロスは、メイ兵がひとり残らず女王へひざまずいていくのを見て、歯ぎしりをしていました。櫓の上をすさまじい目でにらみつけます。

 とたんにセイロスから魔弾が飛びました。櫓の上のメイ女王に向かって行きます。

「危ない!!」

 フルートやメイ兵たちが叫んだ瞬間、女王の前に光の壁が広がりました。白の魔法使いが障壁を張って守ったのです。魔弾が砕けて消えていきます。

 思わずまた立ち上がったメイ兵たちに、女王は言いました。

「見たな、皆の者! セイロスはわらわを殺そうとした! 真の敵はセイロスと裏切り者のチャストなのじゃ!」

 水路を渡っていた兵士たちが、いっせいに武器を抜いて駆け出しました。花に縛られたチャストを捕らえ、セイロスへ殺到しようとします。

 すると、フルートがまた叫びました。

「来るな! 奴と戦うのはぼくだ!」

 フルートの背後に、ざぁっと花が飛んできました。壁を作ってそれ以上メイ兵が近づけないようにします。

 セイロスの背後ではゼンがメイ兵の前で仁王立ちになっていました。自分より大きな兵士たちを見据えて言います。

「それ以上近づくなよ。あいつらの邪魔をするってぇなら、遠慮なく水路に放り込んでやるからな」

 それでも突進してきた兵士を、ゼンは本当に捕まえて軽々と水路へ放り投げてしまいました。ゼンの怪力に、こちらのメイ兵も動けなくなります。

 水路と街壁の間の細い通路のような場所で、フルートとセイロスは剣を構えたまま向き合っていました――。

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