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第22巻「二人の軍師の戦い」

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99.土壇場(どたんば)

 赤の魔法使いがギーにいきなり背中を刺されたので、オリバンたちは叫び声を上げました。

「赤!」

「赤の魔法使い!」

「隊長!」

「ウー!!」

 負傷した魔法使いにいっせいに駆け寄ろうとすると、ギーがまたナイフを振り上げて言いました。

「今だ! 連中を倒せ、セイロス!」

 そこへ雪男が飛びかかりましたが、ギーは捕まる前に自分から水路に飛び込みました。流れに乗って離れていきます。

 オリバンは振り向いて、降ってきたセイロスの剣を剣で受け止めました。ぎぃん、と耳障りな音が響いて、二本の剣が離れます。

「赤! 大丈夫か!?」

 と白の魔法使いは言い続けました。とっさにセイロスの魔法を食い止める役に戻ったので、杖を地面に突いたまま、その場所から動けなくなっています。

「……ダ」

 と赤の魔法使いが答えました。仰向けに倒れた彼の胸には、長衣よりもっと赤いしみが広がっていましたが、そこに手を当ててて、自分で傷を癒やしていきます。

「良かった、隊長!」

 精霊使いの娘が涙ぐんで言いました。雪男はウゥ、とセイロスをにらみつけ、再び氷の弓矢を構えます。

 

 ところが、その瞬間、少女の悲鳴が響き渡りました。メールの声です。

 仲間たちがぎょっと振り向くと、精霊使いの娘が背中から血を噴き出して倒れていくところでした。その後ろには全身ずぶ濡れのチャストが立っていました。手には血のついた剣を握っています――。

 勇者の一行は完全に虚を突かれました。ギーが逃げて行ったので、不意討ちはそれで終わったと思い込んでしまったのです。ギーの後にチャストが控えていたとは、誰も想像もしていませんでした。

 チャストがまた攻撃してきたので、オリバンは娘の前に飛び込みました。チャストの剣を跳ね返してどなります。

「貴様も戦えたのか、軍師!? その腰にあった武器は飾り物だとばかり思っていたぞ!」

 赤いマントを脱いで鎧姿になっていたチャストは、剣を構えたまま冷静に答えました。

「冗談を言っちゃいかん。自分で自分の身も守れないようで、戦場を指揮する軍師など務まるはずがないだろう。これでも故国では少しは名が知れた使い手だ」

 すると、水路の向こうから大きな歓声が沸き起こりました。メイの軍勢は主に北側へ移動してガタン侵攻を始めたのですが、まだ西の門の前に陣取って成り行きを見守っていた部隊もいたのです。歓声は彼らが上げたものでした。自分たちの軍師が水路伝いに敵に近づいて深手を負わせたので、大喜びしています。

「よくやった、軍師」

 とセイロスも言って前へ飛び出してきました。大剣を振り上げ、チャストへ身構えているオリバンに切りつけようとします。

「危ない!」

 と飛び出して来たのは白の魔法使いでした。杖を両手で握ってセイロスの剣を受け止め、気合いと共に押し返します。

「はぁっ!!」

 とたんに杖が光り、剣ごとセイロスを大きく跳ね返しました。光の魔法でセイロスを吹き飛ばしたのです。

 セイロスはまた目を見張りました。

「また魔法だと? ポポロは二度の魔法を使いきったはずだぞ――」

 一方、チャストも意外な光景を目にしていました。血まみれで倒れたメールをゼンが抱きかかえると、メールの傷がみるみる治り始めたのです。赤の魔法使いは自分の傷を治してようやく起き上がってきたところなので、そちらのしわざでないことは確かです。

 おかしいぞ、とチャストは考えました。ポポロがセイロスに向かって攻撃魔法を撃ち出したのを見て、さらに疑惑を深めます。

 

 すると、雪男の腕の中で精霊使いの娘が目を開けました。チャストをにらみつけて叫びます。

「来て、ケルピー! この人を連れ去るのよ!」

 とたんに水路の中から一頭の馬が飛び出して来ました。

 いえ、完全な馬ではありません。体の前半分は馬ですが、後ろ半分は魚の尾になっていて、緑の藻(も)のたてがみが濡れた首に貼りついています。それは川や水辺に棲む幻獣ケルピーでした。水の精霊の仲間です。

 ケルピーは猛烈な勢いでチャストに突進してきましたが、次の瞬間、破裂して水に変わってしまいました。四方八方に雨のように飛び散って、その場にいた人々をずぶ濡れにします。

 同時に娘も見えない力に弾かれて雪男の腕から跳ね飛ばされました。また地面に激突して悲鳴を上げます。

 ケルピーを破裂させたのはセイロスでした。反動を食らって倒れた娘を見つめ、ゆっくりとチャストへ目を移します。

「メールが植物以外のものを操って攻撃してきているぞ。これをどう見る、軍師?」

 チャストはその場の一行を見渡すと、おもむろに答えました。

「おそらく、セイロス様と私の見識は同じでしょう。とんだ猿芝居に巻き込まれていたようです」

「そのようだな」

 とセイロスは苦い顔で言い、次の瞬間、声を張り上げました。

「おまえたちの正体をみせろ、勇者の偽者ども!!」

 

 とたんに、一行の姿が変わり始めました。

 金の鎧兜のフルートはいぶし銀の防具を着たオリバンに、黒い長衣に赤いお下げのポポロは白い長衣に淡い金髪の女神官に、ゼンは全身長い白い毛におおわれた雪男に、メールは銀髪に若葉色の長衣の娘に――それぞれ戻っていってしまいます。姿が変わらなかったのは、赤の魔法使いひとりだけです。

「なるほど。おまえがロムドの皇太子だったのか」

 とセイロスはオリバンを見て言いました。笑っていますが、声とまなざしは氷のように冷ややかです。

 チャストも正体を現した一同を見て言いました。

「おまえたちはロムドの魔法軍団か。さては、勇者の一行はガタンを離れているな。連中の不在を知られないために、身代わりになっていたのだろう。勇者たちはどこへ行った!?」

 チャストとしては彼らから作戦を聞き出したかったのですが、セイロスがさえぎるように言いました。

「そんなことはどうでもいい。重要なのは、フルートが今ここにいないということだ。そんな連中に手加減は不要。一瞬で葬ってやる!」

 兜の下から背中へ流れるセイロスの髪が、ざわっと音を立てて動き出しました。黒い翼のように広がっていきます。

「させん! ロムドは貴様のものではないぞ!」

 とオリバンが飛び出しました。手にした剣でセイロスに切りつけます。

 すると、ばちっと音がして黒い光の膜が裂けました。セイロスが自分の周りに張った障壁が切り裂かれたのです。返す剣がセイロスの髪を一束切り落とします。

 地面に落ちた髪が崩れて霧と消えるのを見て、セイロスは言いました。

「それは聖なる剣だったか。なるほどな。だが、そんなもので私を止められると思っているのか」

 セイロスが大剣を振り下ろしてきたので、オリバンは自分の剣でそれを受けました。また剣と剣とが押し合う態勢になります。

 すると、白の魔法使いが叫びました。

「殿下、危ない!」

 戦うセイロスの髪が蛇のように動いて、オリバンに襲いかかったのです。白の魔法使いが光の魔法を撃ち出して吹き飛ばします。

 とたんに足元から激しい衝撃が突き上がって、全員の体を駆け抜けていきました。女神官も雪男も精霊使いの娘も、悲鳴を上げてその場に崩れました。セイロスが桁違いに強力な闇魔法を周囲に流してきたのです。地面の上で黒と赤の火花が散って爆発が起き、また光で闇魔法を抑えていた赤の魔法使いを、水路に吹き飛ばしてしまいます。

 オリバンも衝撃に片膝をつきましたが、両手はまだ剣を握りしめていました。セイロスの剣を受け止めた格好でこらえ続けます。

 セイロスは、にやりと笑いました。

「よく耐えたな、ロムドの皇太子。光の魔法に守られたか。だが、反撃は不可能だ。今度こそ死ね」

 セイロスの剣が力ずくでオリバンを地面に押し倒しました。黒髪の蛇がまたオリバンに襲いかかります。今度は白の魔法使いの防御も間に合いません――。

 

 その時、荒野の向こうから風が渡ってきました。

 荒野の乾いた砂を巻き込んだ突風が、灰色の煙幕のように迫って、激しく吹きつけてきます。

 砂や小石がばちばちと防具や顔に当たるので、メイ兵たちは風から顔をそむけて目をつぶりました。セイロスも思わず動きを止めます。砂埃でオリバンたちの姿が見えなくなったのです。髪も風に流されてしまったので、引き戻して風がやむのを待ちます。

 つむじ風はすぐに吹き去りました。砂埃と共にガタンの街を越えて、その先へと遠ざかっていきます。

 再びオリバンへ目を向けたセイロスは、おっと思わず驚いてしまいました。同様に、チャストやメイ兵たちも驚きます。

 セイロスの前で起き上がろうとするオリバンは、またフルートの姿になっていたのです。白の魔法使いや雪男や精霊使いの娘も、倒れていた場所から立ち上がろうとしていましたが、こちらもポポロ、ゼン、メールの姿に戻っています。

「何故再びその姿になった?」

 とセイロスは尋ねました。チャストも怪訝に思いましたが、彼らがまた姿を変えた理由はわかりません。

 その隙にオリバンは立ち上がって言い放ちました。

「彼らが戻るまでは我々が金の石の勇者の一行だ! 貴様たちの相手はこの姿でしてやる!」

 すると、ゼンの姿の雪男が、ウォォォ! と叫びながら突進を始めました。セイロスに飛びかかっていきますが、勢いが余ったのか狙いが狂って、セイロスの金茶色のマントをつかんでしまいました。セイロスが魔法で留め具を外したので、マントと一緒にひっくり返って地面を転がります。

「ぶざまだな。何をやっている」

 とセイロスはあきれましたが、女神官と精霊使いの娘が立ち上がって身構えたのを見て、ふん、とまた笑いました。

「最後の最後まで抵抗するというのか。まったく往生際の悪い連中だ」

 すると、オリバンがセイロスに斬りかかりました。また剣と剣を合わせると、セイロスにぐいと顔を近づけて言います。

「当然だ。この国は貴様のものなどではない。この国はロムド国王と、ロムドに暮らすすべての民のものなのだ。貴様の好きになどさせん!」

「だから、それが往生際の悪い寝言だというのだ。この国は要の国。二千年の昔から私の王国だった場所だ」

 とセイロスは言うと、黒髪でオリバンを襲いました。長く伸びていった髪が、何十匹もの蛇のようにオリバンを突き刺します――。

 

 ところが、そのとたん、オリバンの体が金の光を放ちました。強烈な光が黒髪の先端を溶かしセイロスの肌を焼いたので、セイロスは大きく飛びのきます。

「聖なる光!? 何故おまえがそんなものを発せる!?」

 とセイロスは驚いて叫びました。ただれた肌は一瞬で元に戻りますが、黒髪はもう長くはなりません。

「そんなこともわからんのか、デビルドラゴン! 大馬鹿者め!」

 とオリバンはどなり、なに!? とセイロスが気色ばむのを見て、にやりと笑いました。急に少年のような悪戯っぽい表情になって続けます。

「と、オリバンなら言うだろうな。これでもまだわからないって言うならね」

 金の籠手におおわれた手が、鎧の胸当ての中から鎖を引き出します。その先端では、花と草の透かし彫りに囲まれて、金の魔石が輝いていました――。

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