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第22巻「二人の軍師の戦い」

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98.対決

 「んまぐねぇ! んまぐねぇ! ずねぇ緊急事態だぁ!」

 北側の水路で敵を見張っていた河童が、水中であわてふためいていました。

 離れた場所で橋を組み立てていたメイ兵が、いきなり完成した橋と共に突進してきて、水路の上に渡してしまったのです。橋は馬車の車輪や丸太を利用した台車に乗せられていたので、馬に引かれ兵士たちに押されて、一気にやって来ました。あまり早すぎて、河童にも止めることができなかったのです。

 敵が鬨の声をあげ、いっせいに橋を渡ってきました。長いはしごを担いでいる敵もいます。このままでは壁を越えて街に侵入されてしまいます。

 すると、街壁の上に二十人あまりのロムド兵が姿を現し、迫ってくる敵へいっせいに弓を射始めました。矢が命中したメイ兵が水路に転落して流されていきます。

「おらもだ!」

 と河童も魔法を使いました。水路の水を橋にぶつけて押し流そうとしますが、橋は頑丈にできていたので、大きく揺れるだけで、なかなか壊れません。

「水っこ、がんばれ!」

 河童は魔法を使い続けました。その頭上ではメイ軍とロムド軍の間で矢の応酬が始まります。矢に当たったロムド兵が塀の向こうへ落ちていきます――。

 

 一方チャストは「北の水路に橋がかかったのだ!」と叫び、多くのメイ兵が北へ駆け出したのを見届けると、自分は南へと駆け出しました。軍師だけが反対方向へ動いていくので、護衛の兵士たちとギーが驚いて追いかけてきました。

「どちらにおいでになるのですか、軍師殿?」

「セイロスを置いて逃げるつもりか!?」

「まさか」

 とチャストは笑いました。追いついてきた兵士たちやギーに言います。

「あちらの橋はまだロムドの魔法使いが守っている。だが、こちら側にいた赤の魔法使いとゼンという少年は、すでにセイロスのほうへ移動している。突破しやすいのはこちらだ」

 北側の橋に大勢の兵士を向かわせ、そちらに敵の注意を惹きつけておいて、こっそり南側から侵入しようという作戦なのです。

 街の南へ行ってみれば、確かにこちらでも橋は完成していて、今まさに水路に渡されたところでした。歓声と鬨の声をあげようとする兵士たちを、チャストは制しました。

「敵に気づかれるぞ。黙って渡れ!」

 そこで兵士たちは声を潜めました。チャストの目の前で粛々(しゅくしゅく)と橋を渡り始めます。

 すると、こちら側でも壁の上にロムド兵が現れました。やはり、メイ軍に向かっていっせいに矢を撃ち始めます。

 チャストは素早くロムド兵の数を数えて言いました。

「最低限の人数だな。我々の敵ではない。弓矢で反撃しろ」

 メイ軍からも矢が飛び始めて、こちらでも攻撃の応酬が始まります。

 

 すると、突然風が吹いて数本の矢が流されました。そのうちの一本がチャストの上へ落ちていきます。

「軍師殿、危ない!」

 警護の兵士たちが叫びましたが、戦況を見ていたチャストは、反応が少し遅れました。鋭い矢がチャストを直撃します。

 ところが、とたんにチャストの頭上に黒い障壁が広がり、矢を砕いて消えていきました。軍師は無傷です。

 チャストは驚き、すぐにセイロスの魔法だと気がつきました。

「そうとなれば!」

 とチャストは駆け出しました。矢の雨が降る橋を単騎で渡っていきます。

 ギーがそれに気づいて、またわめきました。

「軍師め、セイロスのところへ行くつもりだな!? 抜け駆けはさせないぞ!」

 と、軍師を追いかけていきます。ギーにはセイロスの副官だという自負があるので、チャストにひそかに対抗心を燃やしていたのです。

 二人が橋の真ん中まで来ると、また壁の上から集中攻撃が始まりましたが、闇の障壁がチャストとギーの頭上に広がりました。二人はそのまま橋を渡りきります。それを見てメイ兵も後を追いましたが、こちらはたちまち矢に当たって倒れました。セイロスは自分のそばにいたチャストとギーだけに守りの魔法をかけていたのです。

 チャストはメイ軍を振り向いてどなりました。

「敵を倒してから渡ってこい! 我々は先にセイロス様のところへ行く!」

「セイロスのところに先に行くのは俺だ!」

 とギーが馬で駆け出しました。水路と街壁の間の細道を、ためらうこともなく疾走していきます。チャストはその後についていきました。敵陣の露払いをしてくれているギーを追い越すつもりはありません――。

 

「どうやら我が兵が街に突入を始めたようだな」

 街の南北から聞こえ始めた騒ぎに、セイロスが言いました。その目の前には勇者の一行の四人と赤の魔法使いがいます。

「彼らはメイ国の兵士だ! 貴様の兵などではない!」

 とオリバンが言い返しました。両手には銀のロングソードを握っています。

 セイロスは冷笑しました。

「口では威勢が良くても、相変わらず人が良すぎるな、フルート。炎の剣を何故使わない。普通の剣で私を倒すことはできんぞ」

 オリバンは答えませんでした。炎の剣は背中にありますが、それを抜こうともしません。正体はオリバンの大剣だからです。

 彼らが立っているのは、ガタンの街の西の壁と水路の間の、幅一メートル足らずの狭い場所でした。オリバンが剣を構えているので、その横に仲間が並ぶことはできません。

 オリバンの後ろで白の魔法使いが杖を構えようとしたので、セイロスは言いました。

「それで何をするつもりだ、ポポロ! おまえが魔法を二度使い切ったことは、もうわかっているのだぞ!」

 女神官はぎくりと杖を止めると、とまどうように他の仲間を見ました。彼女の右では精霊使いの娘が花の精霊を呼び集め、左では雪男が弓矢でセイロスに狙いをつけています。

「無駄だと言っているのだ!」

 セイロスは叫ぶと右手を挙げました。そこに現れた黒い大剣を握ると、フルートになっているオリバンへ勢いよく切りつけます。

 すると、オリバンがロングソードで大剣を受け止めました。剣を両手で握って攻撃をこらえ、じりじりと押し戻して、ついには一気に押し返します。

 セイロスは目を見張りました。

「以前よりまた力が強くなったようだな、フルート? 伸び盛りのたまものか」

 口では相手を賞賛しながら、セイロスはまた切りつけていきました。頭上から剣を振り下ろしながら、同時に胸のあたりから魔弾を撃ち出します。セイロスは全身のどこからでも魔弾が発射できるのです。

 よけきれなかったオリバンの前に白金の光が広がり、魔弾を砕きました。次いで切りつけてきた剣も跳ね返します。

「また聖守護石か。いまいましい古い石め」

 とセイロスは舌打ちしました。何もしていないはずのポポロがぜいぜいと荒い息をし始めたことには、気づいていません。

 

「ウォォォ!」

 雪男が獣のようにほえてセイロスへ矢を放ちました。至近距離なので狙いは正確です。

「無駄だと何度言えばわかる」

 とセイロスはまた障壁を張りました。黒い光がセイロスの体を包みます。

 ところが、矢はそれをすり抜けていきました。驚くセイロスの右腕に命中して、たちまち腕を氷詰めにします。

「どういうことだ!?」

 とセイロスはどなりました。

「私の障壁が効かないだと!? おまえの弓矢はエルフが作った武器だ! 光の魔法が使われているのだから、私の障壁は越えられないはずだぞ!」

 雪男はそれには答えずに次々矢を放ちました。やはり矢は障壁をすり抜けていきます。

 セイロスは、はぁっと気合いを込め、自分の周囲に炎を起こしました。氷の矢をすべて溶かし自分の腕の氷も消してから、ゼンをにらみつけます。

「どうやら矢に光以外の魔法を組み込んだようだな? こざかしい真似をする。いったい何の魔法だ。ムヴアの術か!?」

 けれども、雪男はやっぱり何も答えません。話せば正体がばれるので口がきけないのです。

 すると、精霊使いの娘が空中に何かつぶやきました。とたんに花びらが集まってきたのを見て、セイロスはにらみつけました。たちまちまた炎が湧き起こって娘へ飛んで行きますが、火が花にぶつかる前に、季節外れの吹雪が起きて火を消してしまいました。花びらはまだ娘の周囲を飛び回っています。

 セイロスは眉をひそめました。

「どうも妙だな。メールはいつの間に雪の魔法まで使えるようになったのだ」

「そんなこと、あなたには教えません――じゃない、あんたに教える義理なんてないよ! ですわね」

 娘は若干あわてながらそんなことを言いました。その後ろでは雪男が弓矢を構え直しています。吹雪で娘を守ったのはもちろん彼です。

 オリバンは剣を掲げて踏み出しました。

「どうした、セイロス! 貴様の相手は私だと言ったはずだ! 来なければこちらから行くぞ!」

 優しい顔でやたらと迫力のあることばを吐きながら、本当にセイロスへ斬りかかっていきます。

 セイロスは自分の剣でそれを受け止め、受け流しました。オリバンがすぐに向きを変えてまた斬りかかろうとしたので、意外そうに言います。

「ずいぶんと積極的な攻めをするようになったな。あの皇太子に剣の手ほどきでも受けたか? 太刀筋が似ているぞ」

 オリバンは何も言わずに斬りかかりました。がぎん、と二本の剣が重い音をたててぶつかり、刃を合わせたまま動かなくなります。双方の力がほとんど同じなのです。セイロスがまた怪訝そうな顔になります。

 

 ポポロの姿の白の魔法使いは、肩で荒い息をしながら、背後にいる赤の魔法使いに心話で話しかけました。

「セイロスが先ほどから地面を通じて闇魔法を流してきている。相変わらず剣の攻撃と魔法攻撃が同時にできるらしい。私の魔法で食い止めてきたが、殿下をお守りしなくてはならないから、これ以上は無理だ。おまえの魔法で闇魔法を返せるか?」

「テ、ヨウ」

 と赤の魔法使いも心話で答えました。試してみる、と言ったのです。かがみ込むと、黒い両手を地面に押し当てて呪文を唱えます。

「アウルラ、タレ、アルドヒ!」

 とたんに手の下に赤い光が湧き起こり、地面伝いに周囲へ広がり始めました。赤の魔法使いが使うムヴアの術は自然魔法なので、闇魔法の攻撃を跳ね返すことはできませんが、術で呼び出した光を闇魔法にぶつけることで相殺をはかったのです。ばちばちと音と火花を立てながら、赤い光がセイロスへ向かって行きます。

「よし!」

 と白の魔法使いは叫び、オリバンの前へ白金の障壁を張りました。セイロスが撃ち出してきた魔弾を、きわどいところで砕きます。

 

 ところが、その時、背後から突然声がしました。

「貴様らにセイロスは傷つけさせないぞ! セイロスは世界の王になる男だ!」

 いつの間に忍び寄っていたのか、ギーが赤の魔法使いのすぐ後ろにいたのです。全身ずぶ濡れになっているところを見ると、水路の流れにのって忍び寄ってきたのに違いありません。その手にナイフが握られているのを見て、白の魔法使いは叫びました。

「よけろ、赤!」

 けれども、赤の魔法使いは光の術を操っている最中でした。その場所から離れることができません。

「食らえ、悪魔の魔法使いめ!」

 声と共に、ギーのナイフが赤の魔法使いの背中を貫きました――。

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