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第22巻「二人の軍師の戦い」

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93.侵入

 ガタンの街の一角では、大勢の住人やロムド兵が火矢が落ちた建物や屋根を囲んでいました。

「やれやれ、火が無事に消せてよかった!」

「消火用の水を要所要所に準備してあったからな!」

「知らせも早かったからだよ。よくやったな、坊主!」

 そう誉められたのは、シルの町の悪童のひとりでした。普段は誉められることなどめったにないのに、ここに来てからは、様々な場面で感謝されたり誉められたりするので、すっかり照れていました。

「いやぁ……見張りくらいなら俺にだってできるから……」

 と頭をかくと、ガタンの住人のひとりが少年の背中をたたきました。

「俺たちは街のあちこちを見て回ってるから、外ばかり見張ってることができないんだ。この後もまた火が飛んでくるかもしれないから、しっかり頼むぞ!」

「わかった」

 うなずいた少年の顔は、ほんの少し、前より大人っぽくなっていました。他の誰かのために働ける喜びを知った顔です――。

 

 街の別な場所でも、住人やロムド兵が火事を消し終えていました。敵の火矢は物置に落ちたのですが、彼らが寄ってたかって建物を取り壊し、準備してあった水をかけたので、あっという間に火は消えてしまったのです。

 こちらでは若干余裕のある会話がかわされていました。

「思ったより火矢の数が少なかったじゃないか。もっと飛んでくるかと思ったのに」

「敵はこの街を欲しがってるんだよ。街が丸焼けになっちゃ困るのさ」

「ははぁ、それでか。だが、油断は禁物だな」

「ああ、また水を準備しておこう」

「おい、坊主。火が来たら、さっきみたいに大声で知らせてくれよ」

 ここでもシルの不良少年は大人たちから当てにされていました。少年は照れながら誇らしそうな顔をしています。

 

 そして、街のいたるところで、住人とロムド兵が一緒になっていました。水汲み、燃えた建物の片付け、街中の警備、街壁の見張り……するべきことはたくさんあるのですが、どの場所でも西部の住人とロムド兵が一緒に行動しています。

 城壁を簡単に越えて街に侵入したランジュールは、空を飛びながら、そんな様子をつぶさに眺めていました。あきれたようにひとりごとを言います。

「やぁれやれ、ここでもこんな感じぃ? 普通なら兵隊さんは威張ってどなってるし、街の人間は怖がって隠れちゃってるはずなんだけど、ここじゃみんなが一致団結、一緒に戦おうってなってるよねぇ。ロムドに関わる人たちって、どぉしてこう、みんな仲良しなんだろぉ? 不思議だよねぇ」

 しきりに首をかしげながら飛び回り、通りや軒先に通路のように作られた屋根を見て、また言います。

「ふぅん、これで矢をよけてるのかぁ。準備いいねぇ。水もあちこちに貯めてあるしさぁ。これじゃ、軍師くんがいくら火をかけても、すぐに消されちゃうに決まってるよねぇ」

 ここまで見たことを一度チャストに報告に行けば、セイロスやメイ軍に大変有利になるはずでしたが、ランジュールはそんな面倒くさいことは考えていませんでした。

「さて、勇者くんたちはどぉこかなっと。そぉいえば、愛しの皇太子君は来てないのかしら? 二人揃っていたら、今度こそ美しく殺して魂をいただいてあげるんだけどなぁ……」

 そんなことをぶつぶつ言いながら、街の中を飛び続けます。姿を消しているので、街に侵入した幽霊に気がつく者はありません――。

 

 街の西の入り口に近い広場では、矢よけの屋根の下で、フルートに化けたオリバンが、ポポロになった白の魔法使いや、メールの姿の精霊使いの娘と話をしていました。

「敵は街の南北から立木で橋をかけて、水路を越えようとしたようですが、南側は赤とゼンに阻止されました」

「北側は青緑が防ぎましたよ。河童だから、水の魔法は得意なんですよね」

 と女神官と娘が報告したので、オリバンは重々しくうなずきました。

「魔法軍団の活躍には感謝しかないな。白の部隊の者たちも、門の内側に集まって、セイロスの魔法を食い止めているのだろう? 大丈夫なのか?」

「今のところは、私が行かなくてもなんとかなっております。心配はありません」

 と女神官が答えました。姿は赤いお下げ髪のポポロなので、きびきびした口調にはやはり違和感があります。

 すると、そこへ赤の魔法使いとゼンに化けた雪男が姿を現しました。赤の魔法使いがムヴア語でひとしきり話すと、オリバンを除く全員がいっせいにうなずきました。

「敵は荒野の遠い場所に木を運んでいるそうです。水路で橋を組んでは破壊されるので、あらかじめ橋を作って、一気に渡すつもりのようです」

 と女神官がオリバンへ言うと、言い添えるように、ウー、と雪男がうなりました。今度は精霊使いの娘が通訳します。

「矢も魔法も届かない場所だから、近くに来るまで壊せないそうです。ただ、時間もかかりそうだから、もう少し待っても大丈夫だろうって、赤さび――ゼンが言ってます」

 ふむ、とオリバンは腕組みしました。金の鎧の腕と胸当てがぶつかり合って、堅い音を立てます。

「水路を越えられてしまったら、連中ははしごをかけて街に侵入してくる。壁の上に迎撃兵を準備しなくてはならん。ロムド兵を二手に分けて、北と南に配置しよう。現在、街中には五十名の兵士がいる。二十五名ずつ、壁の守備につかせるのだ」

「御意。南の壁には引き続き赤とゼンが、北の壁には青緑がつくので、それ以上の人数は必要ないと思われます」

 と白の魔法使いは言いました。相変わらず、かわいらしいポポロの姿で、凜々しい(りりしい)ことばづかいをしています。

 

 すると、そこに別の人物の声が聞こえてきました。

「なぁにぃ、なぁにぃ? ここに集まってる人たち、みんななぁんか変だよねぇ――?」

 一同はぎょっとしました。オリバンが叫びます。

「その声はランジュールか!?」

 とたんに広場の上空に幽霊が姿を現しました。空中にうつぶせに寝転んで、頬杖をつきながら一同を見下ろしています。

「はぁい、そぉ。ボクだよぉ。でもねぇ、キミたち、やっぱりなぁんか変なんだよねぇ? 話してる内容も、ことばづかいもさぁ――。キミたちって、本当に勇者くんたちぃ?」

 ふわふわ漂う幽霊の目は、笑うように細くなっていましたが、そこからのぞく瞳は少しも笑っていませんでした。鋭く一同を観察しています。

 オリバンは叫びました。

「奴は偵察だ! 捕らえろ!」

「御意!」

 白の魔法使いは一瞬で杖を出すと、ランジュールに向けて魔法を発射しました。魔法は幽霊にも効果があるのですが、ランジュールはそれより早く姿を消すと、今度は彼らの真ん中に姿を現しました。驚いて振り向く一同に向かって、また言います。

「うん、やっぱり変――。魔法使いのお嬢ちゃんが杖を使うなんて、今まで見たことなかったよぉ? それに、勇者くんに向かって、御意だなんて。さぁては、キミたちみんな偽物だねぇ? 勇者くんのふりをしてるのは、皇太子くんだろぉ? で、お嬢ちゃんは、その話しぶりだと女神官さん。ドワーフくんと海のお姫様も偽物だよねぇ? みぃんな早く正体を現しなよぉ!」

 とたんに彼らの姿が変わっていきました。金の鎧兜のフルートはオリバンに、お下げ髪のポポロは白の魔法使いに、ゼンは白い毛に赤錆色の衣の雪男に、メールは銀髪に若葉色の衣の娘に戻ってしまいます。変身の魔法は正体を見抜かれると解けてしまうのです。

「そぉら、やっぱりぃ!」

 とランジュールは空を飛び回り、オリバンの鼻先まで急降下してきて、透き通った指を突きつけました。

「うふふ、お芝居が下手くそだよねぇ、皇太子くん。姿や声は勇者くんでも、やってることや言ってることが、全然勇者くんじゃないんだからさぁ。本物の勇者くんたちはどこぉ? キミたちが替え玉をやってたってことは、この街にはいないってことだよねぇ? こぉれは大ニュース! 早く軍師くんたちに教えてあげなくちゃぁ!」

「そうはさせん!」

 白の魔法使いと赤の魔法使い、雪男までもが魔法をくり出そうとしましたが、その時にはもうランジュールは彼らの間から姿を消していました。うふふふ……といつもの楽しそうな声だけが、後に響きます。

「セイロスくんは勇者くんがここにいると思ってるから、攻撃も手加減してるんだよねぇ。願い石を使われると困るからねぇ。だけど、勇者くんはどこかに行ってお留守。うふふ、手加減なしのセイロスくんは、どぉんな攻撃をしかけるかなぁ? これは見ものだよぉ。みんな、楽しみにしててねぇ――」

 ランジュールの声が遠ざかっていきます。待て! とオリバンはまたどなりましたが、彼にも魔法使いたちにも、離れていく幽霊を引き留める方法がありません。

 

 ところが。

 上空から突然、あいたっ! という声がして、ランジュールがまた姿を現しました。何故か両手で頭を抑えて顔をしかめています。

「だぁれぇ、こんなところに幽霊用の結界を張ったのはぁ!? おかげで頭を打っちゃったじゃないかぁ!」

 とたんに雪男と精霊使いの娘が後ろを振り向きました。

「ウー!」

「紫ね!?」

 広場に面した建物の奥から、二人の人物が出てくるところだったのです。一人は黒みがかった薄紫の長衣に医者の神ソエトコの象徴を下げた男で、右肩の上に小さな少女を抱えていました。少女は濃い紫の長衣を来て、黄色い巻き毛に同じ色のリボンを結び、右手に白い柳の杖を持っています。

「鳩羽(はとば)!」

 と白の魔法使いは薄紫の男に言いました。直属の部下の魔法医だったのです。

 鳩羽と呼ばれた男は軽く会釈を返しました。

「どうも遅くなりました。紫と一緒だったので、あまり早く移動できなかったのです。我々は間に合ったでしょうか?」

 すると、紫の衣の少女が男の肩の上で、ぷっと頬をふくらませました。

「間に合ったわよ、見ればわかるじゃない! 幽霊はあたしの結界から出られなくなってるもの!」

 ランジュールはまだ頭を抑えたまま、一つだけの目を丸くしました。

「ちょっと、お嬢ちゃん! まさか、キミって幽霊専門の魔法使いぃ!?」

 少女は、つんと顔を上げました。まだ七つ八つくらいの年齢ですが、おませな口調で答えます。

「そうよ。霊能力者っても言われるけどね。空間移動の力はないから、お城で留守番してたんだけど、鳩羽が迎えに来てくれたから、こうして来てあげたの。あなたね、皇太子様や勇者様につきまとってる敵の幽霊っていうのは。あたしがあなたに引導(いんどう)を渡してあげる。そら!」

 少女が白い柳の杖を振ると、ぱっと紫の星が流れていって、ランジュールに絡みつきました。

「あれれれ……何これ!? 離れないじゃないかぁ!?」

 ランジュールは体をよじりましたが、紫の星はつながりあって光の網になり、どんどん幽霊を絡め取っていきます。ついにランジュールががんじがらめになると、紫の少女は、ぱちんと片目をつぶりました。

「じゃぁね、幽霊さん。さっさと黄泉の門をくぐりなさいね」

 ぱちん。紫の光の網も、同時に音を立てて消滅しました。捕まっていたランジュールも一緒です。

 

「やったぁ! 敵の幽霊を始末したわよ!」

 紫の少女は万歳をして、とたんに魔法医の肩から滑り落ちました。うっかり男の頭にしがみついていた手まで放してしまったのです。いったぁい……! と涙ぐんだ少女を、女神官が見下ろしました。

「安易に警戒を解くな、紫。奴は普通の幽霊とは違う。黄泉の門まで飛ばしても、きっとまたこの世に戻ってくるだろう。油断は禁物だ」

「えぇ!? あたしの力じゃあいつを死者の国に送れないって言うんですか、白様!?」

「残念だが、そういうことだ。奴は魔獣使いだから、黄泉の国の番犬まで手なずけている」

「そ――そうだとしても、あたしの術から抜け出してくるのには時間がかかりますよ――!」

 と少女はますます涙目になりました。紫の長衣の背中には、翼を広げた天使の刺繍があります。この少女も、魔法医同様、白の魔法使い直属の部下なのです。

 

 通りの向こうの方から、騒ぎを聞きつけて人が駆けつけてくる気配がしていました。

 女神官はすぐに杖を振りました。

「勇者殿たちの留守を知られるわけにはいかない。もう一度、姿を変えるぞ」

 再びオリバンはフルートに、白の魔法使いはポポロに、雪男はゼンに、精霊使いの娘はメールに変身します。

 それを見て、紫の少女はたちまち泣きやみました。今度はうらやましそうにいいます。

「いいなぁ。あたしも姿を変えて一緒に行動したいなぁ」

「邪魔になるよ、紫。ぼくたちは守備魔法も得意じゃないから、街の中で後方支援だ」

 と鳩羽が言いますが、紫の少女はなかなか納得しません。

「あたしも仲間になりたぁい! 勇者の一行になりたぁい!」

 と駄々をこね続けるので、オリバンが言いました。

「勇者の一行は、人の姿をした者が四人しかいないのだ。あとはポチとルルという二匹の犬がいる。二人で犬になるなら怪しまれないと思うが」

 大真面目なオリバンの提案に、ええっ!? と少女はまた驚き、リボンがついた巻き毛を振ってそっぽを向きました。

「あたしは後方支援でいいです」

「それがいいな」

 鳩羽が笑って、父親のように少女の頭をなでました――。

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