街の北と南から、橋をかけることに失敗した報告が相次いで入ってきたので、チャストは舌打ちしました。
「現在、木をもう一度切り倒しているところです! 今度こそ橋をかけておみせします!」
「こちらも、兵をもっと大勢率いていって、敵の攻撃を防ぎながら橋をかけます!」
北と南の部隊長が口々に言ったので、軍師はまたいまいましく舌打ちをしました。
「そうやって、貴重な材木をまた流されるつもりか? 頭を使え――。まず陸地で橋を作って、完成したら一気に水路の向こうへ渡すんだ。橋は敵の矢や魔法が届かない場所で作り、車に乗せて水路まで運ぶ。車は馬車の土台を使うんだ。足りなければ、丸太を『ころ』にして、その上に載せて動かせ」
「は、はい!!」
二人の部隊長は同時に返事をすると、すぐに街道へ走りました。街道沿いで木を切る作業をしている部下たちに、軍師の指示を伝えに行ったのです。
チャストは街の西の入り口へ目を向けました。現在一番激しい戦闘が起きている場所です。ここでも水路が行く手を阻み、櫓から魔法使いたちが炎の攻撃をくり出してきますが、セイロスの魔法攻撃もそれに負けてはいませんでした。魔弾が入り口にぶつかるたびに門が激しく揺れ、周囲の石壁から土煙が上がります。入り口は光の魔法使いたちが守っていますが、セイロスの闇魔法の威力が強いので、押され気味になっているのです。
「もう少し連中を混乱させなくてはならんな。伝令――!」
軍師は伝令兵を呼びつけました。
「火矢を使うように、セイロス様に伝えろ。ただし、火矢部隊は二十名だけ、火矢の数は一人二本ずつだ。街には魔法使いがいるが、火をかけられたら火事を消すのに忙しくなって、守備が弱まるはずだ。くれぐれも、やり過ぎて街全体を燃やしてしまわないように気をつけろ、とお伝えしろ」
「了解!」
伝令兵は馬に飛び乗り、門の前で戦うセイロスへ走っていきます。
チャストは再び街へ目をやりました。我々が街の中に入れば――と考え続けます。
セイロスとメイ軍が街中に入れば、必ずあの勇者たちが出てくるでしょう。この後、一番問題になるのが彼らです。それぞれが特殊能力を持っている一行ですが、軍師はポポロと呼ばれる少女を最も警戒していました。一日に二回だけですが、非常に強力な魔法を発動させることができる、と聞いていたからです。
なんとか彼女に魔法を使い切らせなくては、とチャストは考えていました。そこさえ抑えれば、あとは多勢に無勢です。願い石を持つというフルートであっても、セイロスと一対一で戦うことになれば、セイロスの敵ではないはずでした。
その間も、伝令はセイロスの元へ走り、軍師の指示を伝えました。セイロスがうなずき、近くの兵士に命じると、すぐに二十名の兵士が横一列に並んで弓矢を構えました。セイロスが手を振ったとたん、矢の先端にいっせいに火がつきます。
火矢は引き絞られた弓から離れ、他の矢と一緒になって、壁の向こう側へ落ちていきました。さらに、全員がだめ押しのように、もう一本の火矢を放ちます。
すると、壁の向こうから叫び声が上がりました。街の中から幾筋もの煙が立ち上り始めます。
「よし!」
とチャストは言いました。火矢がうまく燃え移り、街の中で火事を起こしたのです。この隙に総攻撃を! とセイロスに伝えようとします。
ところが、予想に反して、街の騒ぎはすぐにやんでしまいました。煙もじきに白く細くなって、消えていってしまいます。その後は、どこからも煙が上がりません。
チャストは驚き怪しみました。火事が起きたのは間違いありませんが、すぐに火を消されてしまったのです。火攻めを予期して魔法使いを配置していたのか、それとも兵士が大勢待機していたのか――。敵の様子を知りたいと思いますが、壁にさえぎられているので、街の中の様子を見ることはできません。
すると、チャストの頭上から急に声が降ってきました。
「はぁい、おっひさしぶりぃ。こっちはまだ景気よくやってるんだねぇ」
緊迫した戦場にそぐわない、のんびりした声に、チャストはぎょっと顔を上げました。空に浮いている幽霊を見て、ランジュール、と言います。
「うふふ、そぉそぉ。天才魔獣使いのボクだよぉ。セイロスくんに挨拶しようと思ったんだけど、取り込み中みたいだから、軍師くんのほうに先に来たのさぁ。難しい顔して考え込んでるとこを見ると、困った状況になってるのかなぁ? うふふふ……」
白い服を着込み、前髪で顔の半分をおおった幽霊は、女のような笑い声をたてました。軍師が困惑している様子を楽しんでいるのです。
チャストはすぐに我に返ると、厳しい声で聞き返しました。
「いつエスタ国から戻ってきた? 向こうの戦場はどうなった?」
ランジュールは透き通った肩をすくめ返しました。
「ダメダメぇ。陽動作戦は完全に失敗。これって、あれだよねぇ。人選ミスってヤツ。クアローの王様ったら、ボクとおピンクちゃんがいるっていうのに、ぜぇんぜんボクたちに戦わせなかったのさぁ。あの綺麗な間者くんにばかり出動させるから、どんどんまずい状況に陥っちゃってねぇ。それでも、最後にはボクたちが登場して、けっこういいところまで詰めたんだけどさ、ロムド城から闇のグリフィンや闇のお嬢ちゃんたちが駆けつけてきちゃって、おピンクちゃんは強力な聖水に溶かされちゃったんだよぉ。大食いの中でも巨大で貪欲だったし、黄色い体にピンクの斑点がお洒落だったから、けっこう気に入ってたのに。ほぉんと、残念だったなぁ」
幽霊がしきりに魔獣を惜しがっているので、チャストはいらだちながら、また尋ねました。
「魔法使いたちはどうした!? エスタの戦線には、メイ城の魔法使いが合体して向かったはずだぞ!?」
「んん? だぁから、完全な失敗だって言ってるじゃないのぉ。魔法使いはロムドの魔法軍団にばらばらにされて捕まってたよぉ。クアロー王は間者くんとさっさと逃げちゃったし、ロムドから援軍が到着したから、とり残されたクアロー軍はあっという間に降参しちゃったし。後でちょっと探してみたら、クアロー王は森の奥で間者くんと一緒に死んでたんだよねぇ」
「死んでいた? 自害したのか?」
とチャストは驚きましたが、ランジュールは、うふふ、とまた笑いました。
「心中なら素敵かもしれないけど、状況から見てそんなロマンティックな感じじゃなかったなぁ。たぶんあれは殺し合い。きっと間者くんが王様を裏切って殺して、王様のほうでも間者くんを刺し殺したんだよねぇ。だから、あの二人を働かせようと思っても、もう無理だよぉ。クアロー軍も降伏しちゃったしぃ」
やはりそうなっていたか……とチャストは舌打ちしました。西で魔法軍団が待ち構えていた時点で、東の陽動作戦は失敗したのだろう、と察していたのですが、それでも、その様子を報告されると苦々しい気持ちになります。
ところが、ランジュールは軍師の様子に頓着なく話し続けました。
「ねぇねぇ、それよりボクの質問。こっちの状況はどぉなってるのぉ? けっこう手こずってるように見えるけど、そぉなのぉ? 天才軍師くんが一緒なのに、困ったよねぇ。うふふふ……」
味方を揶揄(やゆ)して喜んでいますが、軍師は不愉快をぐっとこらえました。自分たちに強力な助っ人が現れたことに気づいていたからです。
「ああ、困っている。敵はあのガタンの街に立てこもっているのだ。中の状況が我々にはよくわからない」
「ふぅん? 見たところ、ここでもロムドの魔法軍団が戦ってるみたいだよねぇ。セイロスくんもちょっと苦戦気味ってことは、こっちには東よりもっとたくさん魔法使いが集まってるのかなぁ?」
「多分な。そして、街中には勇者の一行がいる。セイロスが派手に攻撃しているんだが、連中はまだ前線に出てこないのだ」
「へぇ? セイロスくんがあんなふうに戦ってたら、勇者くんたちは一番前に出てきそうなのになぁ。勇者くんったら、何か企んでるのかしら?」
「それを知る手段が我々にはない」
とチャストは言って、改めてランジュールを見ました。意味ありげに沈黙してみせます。
幽霊のほうでも軍師を見つめ返すと、すぐに鋭く目を細めました。
「もしかして、それって、敵の様子をボクに偵察してこいって意味なのかなぁ? ボクは魔獣使いであって、間者や偵察の兵隊なんかじゃないんだけどぉ」
「そんなことは言っていない。ただ、連中が何か企んでいるのだろうか、とおまえが言うから、我々にはそれを確かめる手段がない、と言っただけだ」
とチャストは淡々と答えました。この幽霊はプライドが高くて、命令しても素直に従わない、と見抜いていたのです。
んー……とランジュールは首をかしげ、石壁に囲まれたガタンの街を見ました。
「なぁんとなく、のせられてるよぉで面白くないけど、やっぱり中の様子は知りたいよねぇ。ま、いいかぁ。ちょっと飛んでいって、勇者くんたちが何をしてるか見てくるねぇ」
そう言い残すと、幽霊はふわふわとガタンに向かって飛び始め、すぐに姿を消していきました――。