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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第31章 ガタン攻防戦・2

91.攻防戦

 「敵が矢を撃ってきた! 気をつけろ!」

 ガタンの街の中では、町長やフルートの父親が周囲に呼びかけていました。メイ兵が放った矢は、街壁を飛び越え、広場に至る通りの中程まで飛び込んでいたのです。

 けれども、住人やロムド兵は落ち着いた顔をしていました。

「大丈夫だって。矢は屋根を突き抜けられないからな」

 空から落ちてくる矢は、通りに沿ってかけられた屋根に防がれて、その下までは届かなかったのです。屋根は細長い通路のように、街の目抜き通りや主な横道に張り巡らされています。

「屋根の下を通れば安全に移動できるからな。何も問題ないさ」

「徹夜で矢よけの屋根を作って大正解だったな」

 屋根に雨のように当たる矢の音を聞きながら、住人は満足そうに話し合います。

 同じ屋根の下で警戒に立っていたロムド兵も言いました。

「どうしても屋根のない場所を横切らなくちゃいけないときには、俺たちはこうやって盾を掲げて矢を防ぐんだ。盾がないなら、大きな板を頭上にかざすといいぞ」

「板を持つ手に矢が当たると危ないな。どれ、板なら屋根をかけた残りがあるし、こいつに取っ手をつけてやるか」

 と街の大工がさっそく板切れを抱えて仕事場に入っていきました。手伝おう、と数人の男たちが後を追いかけます。

 

 ロムド軍の指揮をとっている隊長は、町長とフルートの父親に話しかけました。

「敵の矢は信じられないほどよく飛ぶが、矢よけの下にいれば心配はないだろう。矢よけは家の中に矢が飛び込むことも防いでいる。ただ、敵が火をかけてくることだけには、警戒しなくてはいけないな」

「それは大丈夫だ。この子たちがしっかり監視してくれている」

 とフルートの父親は近くにいたペックの肩をたたきました。シルの町の不良少年は、矢よけの屋根の下に立って空を見上げていましたが、急にそう言われて、びっくりした顔になりました。

「あ、えぇと……壁の外がよく見える場所で、子分たちに見張りをさせてるんだよ。もしも火矢が飛んできたら、すぐに周りに知らせろって言ってあるんだ」

「子分か。それは頼もしい」

 と隊長は笑い、こう続けました。

「十六になったら、正規軍の試験を受けるといい。おまえたちのような連中は大歓迎だぞ」

 ペックはますます面食らった顔になると、少し口ごもりながら言いました。

「本当にそのつもりなんだ……来年には学校を卒業するから、そうしたら、正規軍の入隊試験を受けようと思って……」

「ははぁ。ジャックの後を追いかけるつもりだね?」

 とフルートの父親が言ったので、ペックは顔を赤くしてうなずきました。照れくささと、自分たちの先輩を誇らしく思う気持ちが入り交じった表情をしています――。

 

 街の中央の広場には敵の矢が届かなかったので、多くの人々が集まって、西の方角を眺めていました。そこから西の門は直接見えませんが、激しく繰り返される攻撃の音は、ずっと雷鳴のように響いていました。広場に面した教会の前では、司祭が人々と共に祈りを捧げています。

 そこへ緑の髪のメールに化けた娘が駆け込んできました。人々の片隅にいた小柄な人物をつかまえて引っ張ります。

「ここにいたのね、青緑。あなたの出番よ」

「おらの? そうすっと、敵が橋をかけ始めただな」

 そう言って青緑色のフードを脱いだのは、大きな目とくちばしの河童でした。頭の上には丸い皿も載っています。

 メールになった娘は、河童へささやき続けました。

「偵察に出した花の精霊が教えてくれたの。街の北側に敵が木を運んできて、橋を作ろうとしてるって。水路を越えられたら大変よ。急いで行ってちょうだい」

「心配すんな。こっからなら、すぐだ」

 と河童は言うと、街の外れではなく、広場の真ん中の水汲み場へ走りました。石に囲まれた丸い井戸の中へ、どぶんと飛び込んでしまいます。

「誰かが井戸に落ちたぞ!?」

 驚く人々に、娘はあわてて言いました。

「心配ないわ! 河童が――えっと、魔法軍団の魔法使いが戦いに行っただけなの!」

 相変わらずメールにしてはかわいらしすぎる口調ですが、それを不自然に感じる人はいません。

「戦いに行くって、こんなところから?」

 と人々は不思議そうに井戸をのぞきこみます――。

 

 一方、河童は井戸の底から地下水流に入り込み、流れをさかのぼって、地上の水路に出て行きました。水面からそっと顔を出し、川下の岸辺に大勢の敵が集まっているのを見つけます。精霊使いの娘が言っていたとおり、切り倒した木を馬で引いてきて、水路の上に渡そうとしています。

「そだごとはさせらんになぁ」

 と河童はひとりごとを言うと、水かきのついた手で水路の水をかき混ぜました。

「ぐるんぐるん、そぉら、かんました水っこ、橋を飲んじまえ!」

 とたんに東から西へ流れていた水が、水路の中で渦を巻き始めました。ごごごご、と音を立てながら大きくなり、やがて蛇の頭のように伸び上がっていきます。その向こうには、今まさに水路の上へ渡そうとしていた丸太がありました。蛇の頭が崩れて、どぉっと波に変わり、引き馬ごと丸太を川に引きずり込んでしまいます。

「ほぉれ、水っこ、橋を流しちまうだよ」

 と河童が手で水を押すと、水路の流れが急に速くなって、馬も丸太も川下へ押し流してしまいました。憐れな馬のいななきが、たちまち遠ざかっていきます。

 メイ兵が川岸へ駆け寄ってきたので、河童は、とぷんと水の中に頭を沈めました。もう一度だ! もう一度、丸太を運んでこい! と敵が騒いでいるのを聞いて、こっそり笑います。

「なんべんでもやってみっせ。水っこが橋を飲むがらし」

 何度やっても防いでみせるぞ、と河童は言っているのでした――。

 

 一方、街の南側の街壁では、赤の魔法使いと雪男の化けたゼンが、敵の動きを見張っていました。

 街壁の上に作られた矢よけの陰で、ラ、ナ、ロ、と赤の魔法使いが言えば、ウーウー、と雪男が答えます。なんと言っているのかまったくわからない会話ですが、当人同士には内容が通じていました。赤の魔法使いが荒野を指さし、ゼンの姿の雪男がうなずきます。そちらからも、丸太を引いたメイ兵が近づいていたのです。チャストは街の南北に同時に橋をかけるように、兵士たちに命じたのでした。

 雪男は弓を構えると、背中から白い矢を取り出しました。迫ってくる敵めがけて、矢を放ち始めます。

 ィヒヒヒン!

 突然の矢の攻撃に馬が驚いて後足立ちになりました。メイ兵たちも手綱を引き、すぐに魔法使いたちを見つけます。

「あそこだ!」

「矢を撃ち返せ!」

 三百名ほどが一斉射撃を始めたので、矢が雨のように飛び始めました。赤の魔法使いは懸命にそれを防ぎ、雪男は白い矢を射続けました。彼の矢の正体は氷の魔法なので、矢が落ちた場所では地面が白く凍りつきます。

 やがて優勢になってきたのは、メイ軍のほうでした。三百対二では、どうやっても数の差がありすぎたのです。雪男が一本矢を射る間に数十本が飛んでくるので、赤の魔法使いの防御も間に合わなくなってきます。

 

 と、メイ兵の放った矢が、赤の魔法使いの障壁をすり抜けて、雪男の肩に突き刺さりました。雪男が叫び声を上げて石壁から転がり落ちます。

「カ!?」

 後を追うように、赤の魔法使いも壁の内側へ飛び降りました。街の南側の守備がなくなってしまいます。

「そら、今のうちだ!」

「急いで橋をかけろ!」

 メイ兵たちは丸太を引く馬を水路まで走らせ、おおっと驚きました。いつの間にか水路の上に厚い氷が張っていたのです。雪男が撃ち損ねた矢が、水路に飛び込んで水面を凍らせてしまったのでした。水は氷の下を流れ続けていましたが、白い分厚い氷なので、ちょっとやそっとのことでは溶けそうにありません。

 試しに氷に乗ってみた兵士が声をあげました。

「こりゃぁいい! 上を歩いて渡れるぞ!」

「完全に凍りついて、びくともしない! 冬のドブッグ湖の氷のようだ!」

 と別の兵士は凍結することで有名なメイ国の湖を引き合いに出します。

「よし、氷の上を渡れ! 橋にするために引いてきた木は、壁に立てかけるんだ!」

 とメイ軍の部隊長が命じました。一気に水路を渡り、木をはしご代わりにして街中に侵入しようというのです。

 

 メイ兵たちは、初めはおそるおそる氷の上に下りました。なにしろ季節外れの氷です。すぐに溶けて足元が危険になるのではないか、と心配したのですが、魔法でできた氷は岩のように固く凍りついていました。兵士たちが何十人乗っても、ひび一つ入りません。

「よぉし、渡れ!」

「馬も渡らせるんだ! 木を壁際に運ぶぞ!」

 丸太をひいた馬が、氷の上に下ろされました。丸太には細いロープが何本も結わえ付けられていて、二十人ほどの兵士たちが端を握っていました。氷の上でも馬と一緒に引っ張ります。

「気をつけろ!」

「向こう岸に先端を引っかけるなよ!」

 言い合いながら、水路の中程まで進んだ時です。

 目の前の壁の上から、声がしました。

「タナ、メ!」

 ぎょっと目を上げたメイ兵たちが見たのは、石壁の上に戻ってきた赤の魔法使いと雪男でした。雪男はゼンの姿のままです。

「撃て! もう一度撃ち落とせ!」

 と部隊長が叫び、水路を渡っていなかった兵士がまた射撃を始めましたが、赤の魔法使いが杖を振ったとたん、矢は向きを変えてしまいました。戻ってきた矢に、メイ兵は悲鳴を上げて右往左往します。

 すると、雪男は弓矢の代わりに、ふうっと大きな息を吐きました。息はつむじ風に変わって吹き下り、水路の上を渡っていきます。

 とたんに氷が音を立てて割れ始めました。氷の間に走ったひびがたちまち広がり、上にいた兵士も馬も氷の間に落ちてしまいます。

「うわぁ!」

「た、助けてくれぇ!」

 兵士たちは必死で氷に這い上がろうとしましたが、その手の下で、氷はみるみる溶けていきました。再び急流に戻った水路が、兵士も馬も彼らが運んでいた丸太も、川下へ押し流してしまいます。

 

 部隊長は青くなって壁の上を見上げました。雪男の肩に、矢に当たった傷は見当たりませんでした。また氷の魔法の矢をメイ軍めがけて放ち始めますが、今度は水路に矢を落とすようなことはしません。メイ兵が反撃する矢は、赤の魔法使いに残らず返されてしまいます。

「はめられた! やられたふりをしただけだったのか!」

 と部隊長は悔しがりましたが、後の祭りでした。周囲で馬が次々に凍りついて倒れていきます。

「退却! 退却だ!」

 部隊長の命令に、この場所のメイ軍も西へ逃げ戻っていきました――。

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