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第22巻「二人の軍師の戦い」

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90.状況分析

 ガタンの西で始まった戦闘を、チャストはずっと見つめていました。

 戦場を見るには小高い場所が良いのですが、このあたりは本当に平坦な土地なので、わざわざ高い場所を探さなくても見晴らしはききます。見通しが良い分、下手な小細工などもできない地形です。

 ガタンの街は周囲を壁で囲まれていました。荒野に転がる石を集めて積み重ねたもので、高さは三メートルほどあります。荒野の中の田舎街にしては立派な防壁でした。壁の上はところどころ幅が広くなっていて、木や板で作った障壁が上に載っていました。障壁で矢をよけながら、外へ攻撃できるようにしてあるのです。

 さらに石壁の外側には水路が巡らしてありました。東から流れてくる水が、街の東側で南北に分かれ、街を取り囲むように流れて、西でまた一つになっています。水路の幅はせいぜい二メートルから二メートル半程度ですが、その先は石壁まで半メートルほどしかないので、馬で飛び越すことはできません。

「ずいぶんしっかりした街だな。我々が攻めてくることを早くから予想して、砦として整えてきたのか」

 とチャストは考えました。まさか西部の住人とロムド兵がたった一晩で作り上げたものだとは思いません。

 

 街の西の入り口には門があり、木の扉が閉じていました。その上には、先ほど勇者の一行が姿を現した櫓(やぐら)がありますが、今は三人の魔法使いが陣取って、メイ軍に対抗しています。小柄な老婆が光の魔法で障壁を張っているので、メイ軍の矢は壁を越えないうちに跳ね返されるし、セイロスがくり出す魔法は砕かれていました。長身の男女の魔法使いは炎を降らせて、メイ軍を街に寄せつけません。

 その様子に、チャストはまたつぶやきました。

「ロムドの魔法使いは他にもいたはずだ。セイロスの魔法はあんな老婆ひとりで防げるようなものではない。他にも魔法使いが隠れていて、門を守っているな」

 そうなると、正面から攻撃するのは時間がかかりすぎる、と軍師は考え続けました。彼らは食糧難という深刻な問題を抱えていたのです。兵士たちの食料は、昨夜配給した携帯食で底をついていました。幸い水は水路から補給できるので、もうしばらくは戦い続けられますが、飢えてしまえば長期戦は不可能になります。しかも、ロムド軍の本隊がこちらを攻撃する機会をうかがっているのです――。

 チャストはこのときすでに、フルートが考えた策略に見事にはまっていました。幻のロムド軍が消えたことを、敵の本隊が姿を隠して行動していると受け取って、焦っていたのです。

「食料さえ手に入れば」

 とチャストは思わず舌打ちしました。

 田舎町の郊外には畑や牧場があるものですが、見渡しても、刈り終わった麦畑が広がっているだけで、麦はまったくありません。牧場にも牛や羊は一頭も見当たりません。先ほど、チャストは一個大隊を食料調達の別行動に送り出したのですが、彼らが食料を見つけて戻ってくる気配もないのです。安全と食料、この二つを同時に手に入れられる場所は、目の前のガタンしかありませんでした。

「なんとかして、一刻も早くガタンを落とさなくては」

 軍師の思考はまたここに戻ってきます。そのこと自体がフルートの狙っていた作戦だとは思いもせずに――。

 

 その間も、街の門の前では戦闘が繰り広げられていました。

 セイロスは門の正面から扉めがけて魔法をくり出し、メイ兵たちは散開して石壁越しに街の中へ矢を打ち込んでいます。

 ところが、門の扉は何度セイロスの魔法がぶつかっても、びくともしませんでした。矢も雨のように飛んで行くのに、街の中からは悲鳴も叫び声も聞こえてきません。

「どういうことだ?」

 とチャストは不思議に思いました。扉は敵の魔法使いが守っているのでしょうが、街から騒ぎが聞こえてこないのは妙でした。メイ軍の矢は、通常では考えられないほどの飛距離があります。壁など悠々と越えて、ここならば絶対に安全、と住人が思っている場所まで飛び込んでいるはずなのに、人々がパニックになる声が聞こえてこないのです。ガタンの人間は全員屋内に退避しているのだろうか? それとも――と考えます。

 そこへ、櫓の上から男女の魔法使いがまた炎を降らせてきました。今度は二人が同時に魔法を使ったので、これまでより広範囲に炎の雨が降り注ぎ、メイ兵たちはあわてて下がる羽目になります。闇魔法でも防ぐことができない魔法の炎に、セイロスも大きく下がって、チャストの元まで駆け戻ってきました。

「こんなところで何をぼんやりしている! おまえは軍師なのだぞ! ガタンの攻略法を考えないか!」

 セイロスに叱り飛ばされて、チャストは不愉快そうに眉をひそめました。

「先ほどから考えております。どうやら、ガタンを守っているのは魔法使いが大半の様子。おそらく、それ以外の人間は街の中にほとんどいないのでしょう。矢を打ち込んでも反応がないのが、その証拠です――。ロムドの魔法軍団がどれほど優秀でも、人数はさほど多くはありません。連中は先ほどからあなたの魔法を防いでいますが、それも数人がかりで協力して行っているはずです。あなたの攻撃を防ごうとやっきになるほど、それ以外の場所の守備が手薄になります。あなたには引き続き正面を攻撃していただきましょう。敵を吹き飛ばして門を開けることができれば、なおけっこうです。その間に、別部隊が水路に橋をかけ、ガタンの街に侵入を試みます」

 ガタンの付近でも街道沿いに木が植えられていたので、橋の材料には事欠きませんでした。しかも、この街の水路は、先にセイロスが橋をかけようとした地割れよりずっと幅が狭いので、その気になればたちまち橋が完成するはずだったのです。

 

「軍師は、私に囮(おとり)になって敵の目を惹きつけろ、と言うのか?」

 とセイロスは冷ややかに聞き返しました。

「セイロスはこの国の王だぞ! 王様にそんな真似をさせるつもりか!?」

 と控えていたギーが憤慨しますが、チャストは冷静に言い返しました。

「王であろうと誰であろうと、戦場では軍師の指示に従っていただきましょう。今ここにある戦力で、最も確実にかつ効果的に勝利を収めること。それが軍師の役目なのです――。私のほうこそ、セイロス様に伺いたい。何故、力を出し惜しみされています? あなたの持っている力は、こんなものではないはずです。あなたがその気になれば、こんな小さな街を支配下に置くことなど、簡単にできるはずなのに」

「セイロスを侮辱する気か!?」

 とギーはますます気色ばみましたが、セイロスのほうは冷ややかな表情のままでした。

「理由は前に言ったはずだ。ガタンにはフルートがいる。奴の目の前で徹底的な破壊を行えば、奴はためらうこともなく願い石を使うだろう。奴にその方法をとらせるわけにはいかん」

 チャストは返事をしませんでした。確かめるような目でセイロスを見つめ続けます。

 すると、セイロスは戦場へ馬の向きを変えました。

「力は若干制限するしかないが、おまえの希望通り、できるだけ派手に正面から攻撃してやろう。おまえは作戦を実行に移せ」

 と言い残して、また門のあるほうへ駆け出します。セイロス! とギーが後を追いかけます。

 その後ろ姿を見送りながら、チャストはまたつぶやきました。

「それだけではないはずだ、セイロス。闇の竜の力であれば、ガタンを勇者ごと一気に吹き飛ばすことだって可能なはずなのだから。おまえが本当の力を発揮できない理由は、他にもあるのだろう。他人には知られたくないような何かが――」

 けれども、その理由が何であるかは、天才軍師にもまだ思いつくことができませんでした。

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