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第22巻「二人の軍師の戦い」

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 「いよいよ始まったな」

 門の上の櫓から街の中へ下りながら、オリバンが言いました。その姿は金の鎧兜を着たフルートになっています。

 ポポロに化けた白の魔法使いが応えて言いました。

「敵はガタンを占領しようとして猛攻撃をしかけてくるでしょう。街の守りは私の部下たちが受け持っています。魔法攻撃は赤と赤の部下たちの担当です。街の中の守備を兵士と住人にご命令ください、でん――フルート」

 赤いお下げ髪に黒い長衣の魔法使いは、殿下、と言おうとしてすぐに言い直しました。うむ、とオリバンはうなずいて、大股でロムド兵や住人が待機する広場へ歩いて行きます。

 メールになった精霊使いの娘が言いました。

「敵は街を取り囲むかもしれません。街のどの方向から攻撃されるかわからないので、花の精霊たちを監視に散らしておきますわ、白様」

「この姿の時にはポポロと呼べ――。この街の入り口は東と西の二カ所しかないが、敵が水堀のどこかに橋をかけるかもしれない。堀を越えられれば、壁を乗り越えて侵入されるから、しっかり監視してくれ」

 白の魔法使いこそ、とてもポポロとは思えない話し方をしていましたが、精霊使いは、はい、と言って手を上げました。集まってきた花の精霊たちに命令を伝えます。花の精霊は花びらの羽を背負った小さな人の姿をしていました。遠目には花そのもののように見えるので、メールが花を呼び集めているように見えます。

「ワ、ラ、キ、ル」

 と赤の魔法使いが言って、雪男が化けたゼンと一緒に消えていきました。こちらは、攻撃に回ったのです。ゼンが背負う矢筒には、氷の魔法を矢に変えたものが入っていました。

 櫓の上の方では、すでに灰鼠と銀鼠と浅黄の三人の魔法使いが、メイ軍やセイロスと戦い始めています。

 

「さて――」

 私は殿下のおそばにいなくては、と女神官はオリバンの後を追いかけようとして、そこに立っていたフルートの父親と出くわしました。フルートによく似た青い瞳に見つめられて、女神官は、とっさになんと言っていいのかわからなくなりました。フルートの父親が、自分たちのやりとりをさっきから見ていたのだと悟ったからです。

 すると、父親がゆっくり近づいてきました。

「あなたは白の魔法使いさんですか? 息子になっていたのはオリバン殿下のように見えましたが。あなた方が代役になっているということは、息子たちはガタンを離れたのですね? どこへ行ったのでしょう?」

 その鋭い読みに女神官はますます返事ができなくなりました。正体を見破られて、姿が本来の女神官に戻ってしまったので、あわててまたポポロに変身します。

 偽られているとわかっても、フルートの父親は怒りませんでした。穏やかな口調で話し続けます。

「息子たちのことだ、きっとこの戦いを収めるために出かけていったのだろうと思います。ただ、息子は総司令官を言いつかっている。その息子が戦場を離れたとわかったら、住人も兵士も意気消沈して、ガタンの守備は崩れるかもしれません。息子たちはいつ頃戻ってくるのでしょう?」

「それは勇者殿たちにしかわからないことです。ですが、勇者殿たちは全速力で事を成し遂げようとなさっています。それまでは私たちが勇者殿たちの代わりを務めます」

 力を込めて言い切った女神官に、父親はすぐに納得して、お世話になります、と頭を下げました。そんな態度もフルートにそっくりです。

 

 そこへガタンの町長が息せき切ってやってきました。フルートの父親を見つけると、駆け寄ってきて言います。

「ああ、いたいた! 実はな、街の南の広場に面した倉庫から、刈ったばかりの麦の束が山ほど見つかったんだが、どういうことかわかるかね!? 昨日まで、あんなものはなかったはずなんだが!」

「刈ったばかりの麦の束だって?」

 と父親も目を丸くしましたが、ちょうど花の精霊を送り出した娘が、振り向いて言いました。

「それはあたしたちが――じゃない、魔法軍団が夜の間にやったのよ。街の周囲の麦畑を全部刈り取っちゃったの。そうしないと、敵に麦を盗られて食料にされちゃうでしょう?」

「街の周りの麦を全部刈っただって!? あれだけの面積を、一晩で!?」

 とガタンの町長は仰天しました。例年ならば、街の農民が家族総出で当たっても一週間から十日近くかかる作業なのです。

 すると、女神官も言いました。

「勝手ながら、街の周囲の牧場の家畜も移動させてもらった。敵に見つかれば、やはり食料にされてしまうからな。勇者殿が――いや、フルートが、敵に食料を与えてはいけない、と言っていたのだ」

 やはりポポロにしては男っぽい口調でしたが、町長は彼女を偽物とは疑いませんでした。両手をたたいて感嘆します。

「麦刈りが一晩で終わってしまった! 家畜も戦いに巻き込まれて殺される心配はない! いやはや、これはありがたい! ガタンは安心して戦いに専念できますぞ!」

 すると、フルートの父親が静かに言いました。

「いや、戦いなんてものは一刻も早く終わったほうがいいんだ。長引けば長引くほど、人も物も金も消えていって、損害と悲しみだけが残るんだからな」

 それがフルートのことばのように聞こえて、女神官は思わず父親を見つめてしまいました。父親の横顔は、最近大人びてきたフルートの顔によく似ています。

 門の外からは、魔法と魔法がぶつかり合う激しい音が、雷鳴のように響き始めていました――。

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