セイロスが率いるメイ軍は、街道をたどって、ついにガタンの街までやってきました。
セイロスと並んで先頭に立っていたチャストは、なだらかな丘の上から街を見下ろしたとたん、やはり、と心の中でつぶやきました。街壁の門がぴったりと閉じられていたのです。その周囲には水堀が巡らしてありますが、堀を渡る橋が見当たりません。
「敵の兵士が全然いないな?」
とギーが言いました。ギーや多くのメイ兵たちは、昨日戦った軍勢がガタンの前に陣取っているだろう、と考えていたのです。
セイロスが答えました。
「連中は魔法で行方をくらましたのだ。だが、見えない状態で待ち構えている可能性もある。試してみよう」
とたんに紫水晶の兜から流れるセイロスの髪が、ざわっとうごめき、ガタンの街の手前で激しい爆発が起きました。土が岩が飛び散り、もうもうと土煙があがります。
チャストは眉をひそめました。
「派手ですな。街の中の連中に、我々の到着を知らせてしまいましたぞ」
「敵もこちらには目を光らせている。今さら隠れて近づく必要はないはずだ」
とセイロスは答え、さっと手を振りました。とたんに荒野を風が吹き、土煙を追い払っていきました。爆発ではじけて穴だらけになった地面が現れますが、敵兵の姿は見当たりません。
ふん、とセイロスは鼻を鳴らしました。
「街にこもっているか。フルートめ、籠城戦を始めるつもりでいるな」
「街を攻めることに集中しすぎませんように。敵の軍勢は姿を隠して動いています。街を攻めている後ろから攻撃してくるかもしれません」
とチャストが警告します。
「後方の警戒にどのくらいの兵を割く?」
「五千騎ほどを。東を除くどの方向から現れるかわかりませんので」
「よかろう」
とセイロスは答えると、声を張り上げました。
「我らの次の目標は、目の前にあるガタンの街! 包囲して陥落させるぞ! 続け!」
セイロスの命令は魔法の力でメイ軍に伝わりました。ガタンに向かって駆け下り始めたセイロスに、多くのメイ兵が従っていきます。
ところが、一部の軍勢は丘の上に留まったまま、驚いたように先の軍勢を眺めていました。セイロスの声は彼らには届いていなかったのです。その数はおよそ五千騎でした。
チャストは彼らに後方警戒を命じる伝令を出し、ガタンへ走って行くセイロスを見ました。
「実に早い。これほど素早い命令伝達と移動は、サータマンの疾風部隊でもできなかったことだ」
これならば、敵の主力部隊が襲ってくる前にガタンを落とせるのではないか、と考えます。
すると、街の門の上にいくつかの人影が現れました。街壁の上に作られた櫓(やぐら)に、人が登ってきたのです。敵の矢を避けるために木製の屋根や壁がありますが、その間に開いた窓から、姿がはっきりと見えました。金の鎧と青い胸当てをつけた若者が二人と、緑の髪と赤いお下げ髪の少女が二人です。
セイロスは手綱を引き、櫓を見上げて言いました。
「いたな、勇者ども」
櫓の上の四人も、セイロスの軍勢を見下ろしていました。さっそく前列のメイ兵が矢を射かけますが、それはすべて見えない壁に跳ね返されました。
櫓の前をじっと見つめて、セイロスはまた言いました。
「光の障壁ではない。ムヴアの魔法使いもそばにいるな」
すると、フルートたちの後ろに赤い長衣の小男が姿を現しました。細い杖を握って空中に浮かんでいます。
フルートが軍勢に向かって言いました。
「ここはロムド国の街ガタン! おまえたちが来るところではない! メイの兵士よ、今すぐ馬の向きを変えてメイへ戻るがいい! 今すぐ引き返せば、ロムドの未来の王妃となるセシルに免じて、おまえたちの罪は不問にしてやろう!」
やはり魔法で声を広げているので、話はメイ兵の全員にはっきりと聞こえてきました。フルートにしては口調が堂々としすぎているのですが、声はフルートのものだったので、セイロスもチャストもその不自然には気づきません。
セイロスが言い返しました。
「この地は大地創世の時から要(かなめ)の国と呼ばれてきた土地であり、私はその正当な後継者として神から認められていたのだ! ところが、私が悪しき魔法によって二千年後に飛ばされてみれば、我が国は偽りの王に支配され、ロムド国などと呼ばれるようになっていた! この地の真の王は私! 我が国と民を私に返してもらおう!」
「二千年前の王など、今さら王と認められるものか! この国の王はロムド十四世陛下ただ一人だ!」
とフルートがまた言いました。怒りが混じった声です。
それに答えるセイロスの声がひときわ大きくなりました。
「そのロムド王が何をした!? かつてこの近辺は碧樹(へきじゅ)の地と呼ばれる、緑多い豊かな土地だった! 神が偽りの王に怒り、この地を不毛の大地に変えたのだ! 真の王である私にこの国を返せ! そうすれば、この地もまた以前の実り豊かな土地に戻るだろう!」
セイロスの声は門の上にいるフルートたちだけでなく、その向こうのガタンの街全体に響き渡っていました。これはチャストの策略でした。セイロスが王になれば豊かな生活ができるようになる、と街の住人に聞かせるようセイロスに進言したのです。
なんだと!? とフルートはますます怒りましたが、隣にいたポポロがその腕をつかんで抑えました。後ろにいたゼンを振り向いて何か言います。
すると、ゼンは無言で弓矢を構えました。立ち止まっているメイ軍へ狙いを定めます。
それを見て、メイ兵たちは笑いました。
「なんだ、あいつ? あんな遠くから矢を撃つつもりだぞ」
「俺たちの弓矢だってまだ届かないっていうのに。馬鹿な奴だ!」
けれども、ゼンは矢を放ちました。矢が白い光のようにまっすぐ飛んできて、メイ軍の最前列に飛び込んだので、兵士たちは仰天しました。逃げ損ねた兵士の馬に矢が当たって、どうと倒れます。
すると、馬はたちまち凍りついてしまいました。投げ出された兵士は無事でしたが、地面にたたきつけられたので、すぐには立ち上がれません。
「氷の矢だぞ!?」
「魔法の矢だ!」
メイ軍は大騒ぎになりました。チャストも驚いてその光景を眺めました。ゼンという少年が持っていたのは氷の弓矢だっただろうか、と疑問に思いますが、すぐに考えをさえぎられました。セイロスが宣言したからです。
「連中はガタンの街を制圧していて、正当な王へ引き渡そうとしない! ガタンを悪しき王の支配から解放するぞ!」
チャストも急いでメイ軍に向かって言いました。
「女王陛下はロムド国が正しい支配の下に置かれることを望んでいらっしゃる! 女王陛下のご命令だ! セイロス様を援護して、ガタンを奪い返せ!」
その声はセイロスによって全軍に広げられていました。おぉぉ、と雷鳴のような鬨(とき)の声が上がり、先頭に立ったセイロスと共に、再び突撃が始まります。
それと同時にセイロスから光の弾が飛びました。門の上の櫓を直撃しますが、それより早く白い光の壁が広がりました。魔弾が砕けて黒い火花に変わります。
「ウペーポ、タレ!」
空中に浮かぶ赤の魔法使いが杖を振ると、ごぉっと風がわき起こって、セイロスとメイ軍に真正面から吹きつけました。セイロスの魔法でも打ち消すことができない突風に、突進の脚が鈍ります。
すると、今度はメールが声をあげました。
「花の精、来てちょうだい!」
メールにしては少々かわいらしすぎる声に、色とりどりの花が櫓の上に集まってきました。花びらが羽になった蝶の群れのようにも見えます――。
やがて蝶が飛び去ると、櫓の上から勇者の一行は姿を消していました。代わりに立っていたのは、少し色合いの違う灰色の長衣を来た、長身の男女です。
「さあ、近づいていらっしゃい! あたしたちがグルの怒りの火で焼き尽くしてあげるから!」
「おまえが言う神ってのは、グル神じゃないんだろう? ぼくたちはそんな命令を聞く必要なんてないからな!」
元祖グル教の姉弟が言ったとたん、空から炎が降ってきました。これもセイロスには打ち消せない魔法です。
「こしゃくな!」
セイロスから櫓へまた魔弾が飛びました。異体系の魔法使いは、セイロスに攻撃はできても、セイロスから飛んでくる魔法を防ぐことはできません。
ところが、櫓の前に浅黄色の光の壁が広がって、また魔弾を打ち消しました。小柄な老婆が櫓の壁にすがるようにしながら杖を振ったのです。
「ありがとう、浅黄(あさぎ)」
と姉弟に言われて、老婆は笑いました。
「あたし以外にも光の魔法使いが防御に回ってるからね。あんたたちは安心して攻撃おしよ」
「わかった」
姉弟はまた魔法の炎をメイ軍へ降らせます。
応酬される魔法を見ながら、チャストはつぶやきました。
「セイロスの攻撃を光の魔法で防ぎながら、異体系の魔法で反撃するか。奴は最前線を魔法軍団に任せておいて、隙を見てロムド軍本隊で奇襲をしかけるつもりでいるな。時間をかければこちらの不利になる。一気にこの状況を決めるにはどうするか――」
メイ国の天才軍師は、戦場を見つめて、じっと考え始めました。