金の石の光を浴びて倒れたメイ女王に、フルートたちは近づいていきました。特に女王の頭に注意を払いますが、闇の触手はすべて消滅したようで、結い上げた赤茶色の髪の中に黒い髪の毛は見当たりませんでした。
「聖なる光にも消滅しないってことは、この女王自身は闇の怪物じゃなかったことよね?」
「誰が替え玉にされていたんだろ?」
とルルとメールが話し合っていると、ポチが、くんくんと鼻を鳴らして言いました。
「この匂いは本物のメイ女王ですよ。さっきまで別の匂いがしていたんだけど、今はメイ女王の匂いになってます」
えっ!? と一同は驚き、女王に駆け寄りました。フルートが抱き起こすと、女王の体がぐったりと腕にしなだれかかってきます。
「死んでる!」
とフルートは息を呑みましたが、一緒にかがみ込んだゼンが、女王の首のあたりに触れて言いました。
「いや、脈はあるし息もしてるぞ。かなり弱ってるけどな」
そこで、フルートは金のペンダントを女王に押し当てました。ドレスを着た体がぴくりと動き、閉じていたまぶたがゆっくり開いていきます――。
メイ女王は自分をのぞき込むフルートたちを見上げて、溜息のように深い息を吐きました。またまぶたを閉じると、弱々しい声で言います。
「わらわは……何故まだ生きておるのだ……。確かに毒をあおったはずなのに……」
毒? と一行はまた驚きました。フルートがたちまち厳しい表情になります。
「自害しようとしたんですか? 何故!?」
すると、女王はまた目を開けました。今度はフルートだけを見つめて聞き返します。
「そなたは金の石の勇者……。何故、ここにいる?」
「あなたは闇の触手に操られて、国中にとんでもない命令を連発していたんです。セイロスに率いられたメイ軍が、魔法の力でロムドの西部に侵入してきました。ぼくたちはそれを止めてほしくて、ここに来たんです」
「我が軍がロムドに進軍した!?」
と女王は叫んで跳ね起き、すぐにまた力を失って倒れました。おっと、と今度はゼンが支えます。
「無茶すんな。起きられる体じゃねえぞ」
けれども、女王は腕を伸ばし、まだペンダントを押し当てているフルートの手をつかみました。
「わらわは……なんとしてもそれだけは止めたいと思うて、毒を飲んだのじゃ……。わらわがいなければ、我が軍に出撃命令を出せるものはおらぬから――」
そこまで言って、女王は、はっとした表情になりました。
「チャストか……あやつが、わらわを偽って軍を出動させたのじゃな……」
そこへ、金の石の精霊がまた姿を現しました。驚くメイ女王は無視して、フルートたちに言います。
「女王はどうやら本当に毒を飲んで自害したらしいな。セイロスは彼女の体を利用しようとして、闇の触手を埋め込んで生き返らせたんだ」
「え、それじゃ女王は本当はもう死んでるってこと!?」
とルルが驚くと、いつの間にかまた現れていた願い石の精霊が答えました。
「女王はおのれの命を取り戻している。おそらく、セイロスが触手を埋め込んだとき、女王はまだ完全には死んでいなかったのであろう。そうでなければ、いくら守護のが癒やしの光を浴びせたところで、女王が生き返るはずはない」
そうか……と一行は納得しました。
フルートは女王の手を握り直して言いました。
「メイ女王、あなたが死んでも事態は何も解決しませんでした。あなたは死んではいけないんだ。ぼくたちと一緒に来てください。チャストやメイ軍を止められるのは、あなただけです」
女王はすぐには返事をしませんでした。自分を見つめるフルートの青い瞳をしばらく見てから、視線をそらすように目を伏せます。
「それを……わらわに言うか、金の石の勇者……。わらわは、そなたを闇の竜の子と呼び、セイロスと共にやがて世界を破滅させるであろう、とまで誹(そし)ったのだぞ……」
けれども、フルートのほうは、目をそらすこともなく女王を見つめ続けていました。
「そんなのは昔のことです。それに、今はあなたがいなかったらメイ軍を止めることができません。お願いです。ぼくたちと一緒に来てください」
フルートのまっすぐな呼びかけに、メイ女王は目を閉じました。深い溜息は、苦笑の響きを帯びていました。
「完全にわらわの負けじゃな、金の石の勇者……。そなたのような者が、やがて二匹目の闇の竜になるなどと、どうして信じていられたのか……。わかった。わらわをロムドへ連れていけ。我が軍の暴走は、わらわがこの手で止めねばならぬ……」
けれども、メイ女王は本当に弱っていて、支えられても起き上がることはできませんでした。少し動いただけで、ゼンの腕に力なく寄りかかって、苦しそうな息をします。金の石でもそれ以上は癒やせないので、一同が困惑していると、ポポロが女王の体に触れて言いました。
「女王様は飢え死にしかけているのよ! ずいぶん長いこと何も食べていないんだわ……!」
それを聞いて、フルートたちは思わず玉座の間を見回しました。女王が投げ捨ててきた食事が、そこここに飛び散って、悪臭を放っています。闇の触手は、女王に無茶で残酷な命令を連発させていましたが、女王に食事をさせようとはしなかったのです。
「まず飯を食わせねえとな。こんな体でロムドまで飛んだら、たどり着く前にくたばっちまわぁ」
とゼンが言ったときです。
玉座の間の入り口の外から、突然大勢の声が聞こえてきました。
「女王陛下、あなたはもうメイの王ではない!」
「ご退陣を、陛下!」
わぁわぁと入り乱れる叫び声の中に、そんな怒鳴り声が聞こえます。
「やだ、あの連中がもう来ちゃったよ!」
とメールが飛び上がりました。礼拝堂で女王打倒を叫んで蜂起していた家臣たちが、玉座の間めがけて押し寄せてきたのです。たちまち声が迫ってきます。
青くなった一同に、フルートは言いました。
「説明してわかってもらえる状況じゃない。今はこの場を離れて、とにかくロムドに向かおう。途中で女王に食事をしてもらって――。メイ女王、少しの間、空を飛びます。つらいでしょうけど、がんばってください」
女王はゼンの腕に抱かれたままうなずきました。聞こえてくる人々の声に、堅く目を閉じて顔を歪めています。
変身した犬たちの上に、一同は飛び乗りました。女王はゼンに抱かれてルルの上に乗ります。
「あ、これも必要だよね!」
とメールが床に転がっていた女王の冠とベールを拾ってきました。
犬たちが宙に舞い上がったとたん、入り口から、どっと人々がなだれ込んできました。手に手に剣や槍、木材や火かき棒などを振りかざしていますが、フルートたちを見たとたん、ぎょっと立ち止まります。
その瞬間、ポチとルルは人々の頭上を越えて玉座の間を飛び出しました。ごぉぉぉ、と通路に猛烈な風が巻き起こって、詰めかけていた群衆を吹き倒してしまいます。
「外へ!」
行く手にテラスが見えてきたので、フルートは叫びました。テラスの窓は外に向かって大きく開け放されています。
彼らはそこからメイ城を抜け出すと、夜の空へと飛び出していきました――。