メイ城の礼拝堂に偵察に行ったポチとルルは、隠れて待つフルートたちの元へ戻ると、城の人々が女王打倒を叫んで蜂起しようとしていることを知らせました。
うぅん、と仲間たちはうなりました。
「やたら簡単に城に侵入できたと思ったら、そういうわけだったのかよ」
「城に入り込んでからも、衛兵にも出会わなかったもんね。静かすぎると思ったら、みんな城を逃げ出したり集まったりしてたんだ」
ゼンとメールが納得すると、フルートは考えながら言いました。
「メイ女王の替え玉が下す勝手な命令に、みんなとうとう我慢できなくなったんだな。彼らと一緒だと話が面倒になる。彼らが押しかけてくる前に玉座の間に行こう」
そこで一行は人気のない城の中を駆け出しました。が、じきに通路に灯りがなくなったので、フルートとメールは暗闇の中で立ち往生してしまいました。下男下女たちまでが持ち場を離れたので、燃え尽きたランプに油をさす者がいなかったのです。本来は絢爛豪華なメイ城ですが、今は物音一つ聞こえない廃墟のようでした。
すると、彼らの横に金の石の精霊と願い石の精霊が現れました。体から放つ金と赤の光であたりを照らしながら言います。
「玉座の間の方向から闇の気配が伝わってくる。きっと闇魔法で作られた替え玉だな」
「先に言ったとおり、守護のが替え玉を消せないときには、私が消滅させてやろう」
「それが闇魔法のしわざなら、ぼくが消せるに決まっている! 願いのの出番はない!」
「それはどうであろう? 相手が強大すぎる闇の場合には、そなたはいつも力及ばないではないか」
「なんだと――!?」
精霊たちがまた口喧嘩を始めそうになったので、フルートは急いで言いました。
「静かに。替え玉に聞きつけられたら逃げられるかもしれないんだからな。ポポロ、玉座の間は見えてきたかい?」
「ええ。玉座の間は明るいわ。でも、女王の姿が見えないのよ。闇の気配はしているから、闇魔法で透視できないようにしてるんだと思うんだけど」
「よし、急ごう」
とフルートはまた進み始めました。二人の精霊の放つ光が通路を明るく照らします。
やがて、彼らは玉座の間の前のホールまで来ました。そこは城の中でも特に美しい場所だったのですが、今では、壁のタペストリーは引き裂かれ、床の上で壺や彫刻が壊れ、投げつけられたと思われる椅子がばらばらに飛び散って、惨憺(さんたん)たるありさまになっていました。
「なんだ、こりゃ? 替え玉のしわざか?」
一同は驚いてその光景を眺めました。まるでかんしゃくを起こした子どもが暴れ回った後のようです。
「これじゃ城の人たちも愛想を尽かして当然ね」
とルルも言いましたが、フルートは首をひねりました。替え玉なら簡単に見破られたり見限られたりしてはいけないはずなのに、セイロスはどうしてこんなお粗末な偽物を出したんだろう、と考えたのです。玉座の間からは、ヒステリックな女性の声が聞こえてきます。
「衛兵! 大臣! 誰かおらぬか! わらわが呼んでいるのが聞こえぬのか!? ぐずぐずしていると、即刻そなたたちの首をはねるぞ!」
紛れもなくメイ女王の声でしたが、言っている内容がとんでもないので、フルートたちは顔を見合わせてしまいました。
「ワン、ここにはもう女王の家来は誰もいないんですよ。それなのに、ああやって命令し続けてるんだから、みんな女王はおかしいと思うに決まってますよね」
とポチが言いました。その間も、誰かおらぬか!? すぐにここにまいれ! と女王の金切り声は続いています。
フルートたちが入り口からそっとのぞくと、玉座の間はホールに劣らないほど荒れ果てていました。壊れた彫刻や放り投げられた絵画、引き裂かれたカーテン、女王が床にたたきつけたらしい食事などで、床の上は足の踏み場もない状態です。あまりのひどさに、フルートたちはまた顔をしかめました。
メイ女王は部屋の奥の一段高くなった場所で、宝石をちりばめた玉座に座っていました。部屋は汚れきっていますが、女王自身は立派な服を着て白いマントをはおり、頭に短いベールと王冠をかぶって、以前と少しも変わらない格好をしています。ただ、その顔つきは尋常ではありませんでした。ふくよかだった顔はすっかり痩せこけ、落ちくぼんだ眼窩(がんか)の中で、血走った目がぎょろぎょろとせわしく動いています。しきりに家臣を呼びつけているのですが、玉座から立ち上がろうとはしません。悪鬼のような形相でどなり続けているだけです。
メールは眉をひそめました。
「やだね……。偽物だってわかっていても、こんなメイ女王の姿を見せられるなんてさ」
「そうね。これがメイ女王だなんて、あんまり憐れだわ。フルート、こんな偽物は早く消しちゃって」
とルルも言ったので、フルートは首からペンダントを外しました。玉座に向けて叫びます。
「光れ!」
とたんに魔石は澄んだ金の光を放ちました。すぐ横に立っていた金の石の精霊も同じ光に包まれて輝き、玉座の女王を明るく照らします。
女王は大声を上げて、光をさえぎるように両手を挙げました。身の毛もよだつような金切り声が、玉座の間に響き渡ります。やったぜ! とゼンが歓声を上げます。
ところが、一同の予想に反して、メイ女王は金の石に照らされても溶け出しませんでした。フルートは念を込めてペンダントを突き出しましたが、魔石がいくら強く輝いても、女王の体は少しも変わりません。やがて、金の光は弱まって、吸い込まれるように収まっていきました。静かに光るだけになってしまいます。
ええっ!? と一同は驚きました。
「あの女王、金の石で消せねえぞ!?」
「ということは、闇魔法で出した替え玉じゃないってこと!?」
すると、女王は玉座から立ち上がりました。入り口のフルートたちを見据えて言います。
「そなたたちは、金の石の勇者たち! よくもこんなところまでまいったな!? 飛んで火に入る夏の虫とはそなたたちのこと! この場で死ぬが良い!」
とたんに女王の背後から黒い紐のようなものが現れました。音もなくするすると伸びて、フルートたちに襲いかかろうとします。
「闇の触手!」
とポポロが叫んだので、フルートはとっさにまたペンダントを向けました。金の石が輝くと、黒い触手は崩れて消えていきます。
「やっぱり闇の怪物じゃないか! なんで金の石で消えないのさ!?」
と言ったメールが、いきなり倒れました。いつの間にか床を這ってきた別の触手が、メールの足首に絡みついて引き倒したのです。触手の先がさらに伸びて、メールの胸を突き刺そうとします。
「メール!」
フルートがまた金の石を向けると、触手は聖なる光に溶けていきました。
「どうなってんだよ!? 闇の怪物のくせに、どうして金の石の光を浴びても平気なんだ!?」
とゼンがわめきます。
フルートは仲間たちを背後にかばってペンダントを突き出しました。闇の触手ならば聖なる光に消滅しますが、女王自身は何度照らされても、まったく平気な顔をしています。どうしてだ? どういうことだ? とフルートも混乱しますが、いくら考えても理由がわかりません。
女王の背後から、またするすると黒い触手が伸び始めます――。
その時、赤い髪とドレスの女性が、メイ女王のすぐ横に姿を現しました。彫像のように変わらない表情で女王を見下ろします。
願い石の精霊がそんな場所に現れたので、フルートたちは驚きましたが、メイ女王も不意を突かれて立ちすくみました。背後から伸びた触手が、迷うように宙で揺れます。
すると、願い石の精霊は冷ややかに言いました。
「こんな単純なことに気がつかないとは。頼りのないことだな、守護の」
とたんに、ごうっとその場から風がわき上がり、メイ女王のベールを王冠ごと吹き飛ばしました。女王自身も突然のつむじ風にあおられてよろめきます。その拍子に、女王の後ろ姿がこちらを向きました。結い上げられた赤茶色の髪の中に、幾筋もの黒い髪が混じり、その中の一本が太く長くなって、こちらに伸びていたのです。
「髪の毛が触手だったのか!?」
と驚く一同にポポロが言いました。
「女王のベールが金の石の光をさえぎっていたんだわ! でも、願い石がベールを吹き飛ばしたから――! 今よ、フルート!」
そこで、フルートはまたペンダントを突き出しました。
「光れ!」
と言った瞬間、願い石の精霊がフルートの横に現れて肩をつかみました。焼けるような力が、どっとフルートの中に流れ込み、ペンダントに伝わって金の石を爆発的に輝かせます。
女王はつんざくような悲鳴を上げました。目も開けられないほどまぶしい光の中、女王の髪の中に紛れ込んでいた闇の触手が一本残らず蒸発して消えていきます。
やがて、金の石が光を収め、フルートたちが目を開けたとき、メイ女王は玉座の横にうつぶせに倒れて、動かなくなっていました――。