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第22巻「二人の軍師の戦い」

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81.蜂起(ほうき)

 深夜、メイ城の中庭に建つ礼拝堂に、大勢の人々が集まっていました。

 大半は立派な服を着た貴族や、赤い鎧の上に揃いの上衣を着たメイ城の衛兵たちですが、もっと質素な身なりの下男下女たちも混じっていました。身分がある者は礼拝堂の長椅子に座り、身分が低い者は壁際や後ろにずらりと立っています。彼らは前の説教台に立つ人物の話に耳を傾けていたのです。

 普段その場所に立つのは司祭長ですが、このとき話していたのは司祭ではなく、赤いマントに白い上着の中年の男性でした。集まった人々に力説します。

「これまでに、女王陛下に死刑を言い渡されて逮捕された家臣や衛兵は、五十四名にものぼった! 城の重要な役職に就いていても、陛下はお構いなしだ! 役目柄、陛下のなさることにご注意申し上げても、たちまち不敬罪を決めつけて死刑を言い渡される! そして、陛下は今日、ついにとんでもない暴挙に及ばれた! 城の礼拝堂の司祭長と副司祭長にまで、自分に意見をしたとおっしゃって、死刑を言い渡されたのだ! この教会にもう司祭はいない! いつ自分が陛下の怒りに触れるかわからない状況なのだから、司祭も家臣も衛兵も、次々と城を逃げ出している! 女王陛下はご自身の手で家臣を城から追い出されているのだ!」

 そこまで話して、中年の男性は目をぬぐいました。この人物は城の大臣の息子で、やはり城の役職に就いていたのですが、父を投獄され、女王の暴挙を目の当たりにして、我慢しきれなくなって家臣や衛兵たちに呼びかけたのでした。

「私は投獄された方たちがいる地下牢へ行ってみた! あそこは大勢を収容できるように作られた場所ではない! そこに五十名以上がぎゅうぎゅうに詰め込まれ、しかも、これから死刑になるのだから飲み食いは必要ない、と言われて、食事はおろか、水さえほとんど与えられずにいるのだ! 見かねて差し入れをすれば、その者も即座に逮捕されて死刑を言い渡される! 彼らが何をしたという!? 皆、このメイ国の平和と安定のために長年尽力してきた、すばらしい人々ばかりだというのに! メイを思うからこそ、陛下に提言したと言うのに! こんな暴挙が許されていいと思うか、諸君――!?」

 

 すると、黒っぽいドレスを着た貴婦人が説教台の下に立って、全体へ呼びかけました。

「私はこれまで夫と共に、女王陛下を心から尊敬して従い申し上げてきました! 女王陛下は本当に賢く、ご立派なお方でした! でも、わずかな間に陛下は変わっておしまいになりました! あの異国からの男が現れてからです! 陛下の肩入れぶりは尋常ではありません! ロムド国にかつてあった国の王だから王位に返り咲く、などという戯言(たわごと)を真に受けられて、メイの軍勢のほとんどを外国へ出兵されるなんて――! 私の夫と義父と叔父は三日前に出動しましたが、剣を研ぎ直す時間もないほど急な出立でした! 夫は、こんな急ごしらえの戦闘では敵に勝つことはできないだろう、と言い残してまいりました! ロムド国に入るまでには、ザカラス国でも戦闘を行わなくてはならないというのに! きっと大勢が亡くなることでしょう! メイのためではなく、得体の知れない異国の男のために! 私にはわけがわかりません! 女王陛下のなさることは本当に支離滅裂です!」

 そう言って、貴婦人は顔をおおってさめざめと泣きました。軍人の妻であれば、夫が戦闘で死ぬことも覚悟しているのですが、それにしても、今回の出撃はあまりに急で納得のいかないことだったのです。

 

 話を聞く人々も、誰もが怒りや悲しみの表情をしていました。当然のように、こんな声が上がり始めます。

「私はもう、陛下についていくことができない!」

「自分もこれ以上陛下にはお仕えできない!」

「女王陛下にはご引退願おう!」

「ハロルド殿下に新しい国王になっていただくんだ!」

 けれども、そこで人々は新しい心配に出くわしました。

「殿下は今、どちらにいらっしゃるのだ?」

「あのセイロスという男が城に現れてから、殿下の姿をお見かけしなくなりました」

「危険をお感じになって避難されたんだろうか?」

「殿下も女王陛下に遠ざけられてしまったのでは――?」

 ハロルド王子の行方について知る者は誰もいませんでした。皇太子を旗印に女王へ退陣を迫ることができなくて、一同は困惑します。

 すると、最初に話をした男が、また言いました。

「殿下も女王陛下によって幽閉されているのかもしれない! とにかく、こんな状況をいつまでも許しておくわけにはいかない! 皆で陛下に直談判に行こう! 陛下が我々に怒って死刑を言い渡されたとしても、恐れることはない! 陛下の周囲にはもう、衛兵も下男や侍女も残っていないのだから! 皆、陛下に処罰されるのを恐れて逃げ出してしまったんだ! 女王陛下の元へ行こう、諸君! そして、ハロルド殿下に王位を譲っていただこう! もしも、それを聞き入れていただけないときには――そのときには、あの方を我々の女王と認めることをやめるだけだ。女王陛下には死んで王位を殿下に譲っていただこう!」

 それは、女王が自分たちの意見を聞かないときには殺してしまおう、という呼びかけでした。集まった人々は、ごくりと生唾を飲み、隣にいる人と目を見交わしました。さすがに、すぐに賛成することはできません。

 ところが、先ほどの黒いドレスの貴婦人が声をあげました。

「私たちに暴君の王は必要ありません! 暴君は私たちを皆殺しにして、メイを破滅に追い込むんですから! 女王陛下には退陣していただきましょう!」

 その声が人々の気持ちを後押ししました。女王を退陣させよう! メイに正しい王を呼び戻そう! そんな声がそこここから上がり出します。中にはそのものずばりを口にする人も出てきます。

「女王を殺して、メイの平和を取り戻そう!」

 

 すると、たくさんの声に混じって、若い女性の声が言いました。

「ねえ、メイ女王は今どこにいるのかしら?」

 話しかけられた衛兵は、前を向いたまま答えました。

「陛下はいつだって玉座の間においでだ。衛兵も家来もいなくなったのに、それでも玉座に座っておいでだよ」

「ワン、どうもありがとう」

 と別の声が言いました。それが子どもの声のように聞こえたので、衛兵は思わず振り向きましたが、それらしい人物は見当たりませんでした。

 ただ、興奮して声をあげる人々の間から、礼拝堂を出て行く白と茶色の二匹の犬が見えていました――。

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