結局、セイロス軍と幻のロムド軍との戦闘は日没まで続き、薄暮の空から明るさが消えて敵味方の見分けがつかなくなったところで、ようやく終わりを迎えました。戦場に角笛が響くと、セイロス軍は剣を引き、いっせいに西へ退却を始めました。フルートたちは敵を撃退することに成功したのです。
完全に日が暮れ、空に星がまたたく頃になって、オリバンと魔法軍団が戦場に到着しました。彼らは作戦本部から馬で駆けつけてきたのです。街道脇の荒れ地にたたずむフルートたちを見つけて、オリバンが馬を飛び降ります。
「無事だったな、おまえたち!? 敵はどうした!?」
続いて馬から下りた赤と白の魔法使いは、周囲を見回して言いました。
「ダム、イ、ル」
「ああ、血の匂いだ――。戦闘は終わったのですか」
メールがうなずき返しました。
「うん、終わったよ。セイロスたちは西に逃げてった」
オリバンや魔法使いたちは、いっせいに感嘆の声をあげました。彼らは作戦本部から魔法で駆けつけようとしたのですが、この場所がセイロスの魔法に支配されていたので飛ぶことができず、やむなく馬で駆けつけてきたのです。
「さすがは金の石の勇者の一行だなぁ。たったそんだけの人数で二万の敵を追い返しちまうなんて、たまげただ!」
と河童が驚きます。
ゼンは肩をすくめました。
「だが、連中もしぶとかったんだぜ。こっちが最初から最後まで押してんのに、いつまでも抵抗を続けてよ」
「ワン、セイロスがいたからですよ。セイロスがずっと先頭で戦い続けていたから、メイ軍もなかなか退かなかったんです」
とポチも言います。
ところが、そこへ松明を掲げた大軍が西から押し寄せてきたので、オリバンたちはぎょっとしました。敵が引き返してきたのではないかと思ったのです。
ポポロがあわてて言いました。
「違うわ……! これはあたしが出した幻なの!」
「ポポロが魔法でロムド軍を呼び出して、敵と戦わせたのよ。敵を追っ払って戻ってきたところなの」
とルルも説明します。
「幻――これが?」
オリバンや魔法使いたちは、彼らの前に整列した大軍を驚いて眺めました。馬にまたがり揃いの銀の鎧兜を着た軍勢は、触ることもできるしぬくもりも感じられます。ただ、妙に静かすぎました。誰も一言も話さないし、馬のいななきも上がりません。これだけの大軍で到着したというのに、命令を下す人物も前に出てきません。
白の魔法使いは頭を振りました。
「ポポロ様が幻を出すと本物になる、という話は深緑から聞いていたのですが、こうして目の当たりにすると、ただ驚くばかりですね――。我々四大魔法使いと魔法軍団が力を合わせても、こんな軍勢を呼び出すことはできません。さすが、ポポロ様は天空の国の魔法使いでいらっしゃる」
「あら、天空の国の中でも、こんな魔法を使える人はほとんどいないわよ。ポポロが特別なの」
とルルは得意そうに言い返しましたが、ポポロのほうは恥ずかしそうにフルートの後ろに隠れてしまいました。
フルートが幻の軍勢に言います。
「ご苦労様。このままここに駐屯してくれ。火を焚いて、ここに軍隊がいることを敵に見せつけるんだ――朝になって、ポポロの魔法が切れるまで」
すると、幻の兵士たちはいっせいに馬を下りました。まるで本物の軍隊のように、小さな集団に別れて火をおこすと、野営のしたくに取りかかります。
オリバンはまた感心しました。
「まるっきり本物の軍隊と同じだな。これはすばらしい。朝になって魔法が切れたら、またポポロに魔法で軍隊を出してもらおう。逃げた敵を追って攻め立てることが可能になる」
ところが、フルートはきっぱりと首を横に振りました。
「この軍隊はもう出しません。そうしないと、敵をガタンに集中させられないんです」
「どういうことだ?」
オリバンや魔法使いたちは意味がわからなくなって、フルートを見つめました。夜の暗がりにおおわれた荒野の中、幻のかがり火に照らされたフルートの顔が、暗く沈んだ表情をしていることに、ようやく気がつきます。
伏し目がちのまま、フルートは話し続けました。
「テイーズの人たちの活躍で、セイロス軍の馬車は歩兵と一緒に全部捕虜になりました。セイロス軍は今度は食糧不足に陥っていきます。テイーズの街が焼けてしまった以上、セイロス軍は東に砦と食料を求めるしかないはずです。そこを大軍で襲撃したら、セイロスは水堀に囲まれて落としにくいガタンを避けて、もっと東へ向かってしまいます。大軍を直接ぶつけずに、いつまた大軍が現れるかわからない、と不安に思わせておくほうが、ガタンに敵を集中させられるんです」
オリバンはまた驚いた顔になり、白の魔法使いは溜息をつきました。
「本当に、勇者殿は軍師の才能がおありになる。その年齢でそこまで敵の心理を読めるのであれば、将来どれほどの名軍師になるか、想像もつきませんね」
「ダ。ライ、ワルラ、ギ、ル」
と赤の魔法使いも言いました。将来ワルラ将軍の跡を継いでロムドの総司令官になることができるだろう、と言ったのです。
けれども、フルートは顔を伏せたまま首を振りました。
「ぼくは名軍師なんかじゃありません。ぼくはただ……」
言いかけてフルートは背後を振り向き、闇の中を見透かして、急に話題を変えました。
「戦場には戦いで動けなくなった人たちが倒れてます。その中には、重傷を負ったメイ兵もいるはずです。彼らを助けて手当をしてやってください。それから、ガタンに戻って、すぐに堀に水を流して水堀を完成させるんです。オリバンや魔法軍団はガタンの中へ。セイロスたちは必ずまた攻めてきてガタンを占領しようとします。全力で阻止して、ゴーリスが率いる援軍が到着するのを待ってください」
「なにか、我々に後を頼むような言い方をしているな、フルート」
とオリバンは腕組みをしました。女神官もまじまじとフルートを見ます。
「我々はガタンに敵を引きつけ、援軍が到着するまで戦う。それはけっこうですが、その間、勇者殿たちは何をなさるおつもりなのですか?」
とたんにフルートは黙り込みました。そのやりとりを見ていた元祖グル教の姉弟が、声をあげます。
「やだ! まさか勇者様は前線を離れるおつもり!?」
「金の石の勇者は部隊の総司令官だろう!? そんな勝手なことをしていいわけがないぞ!」
歯に衣着せない姉弟を、河童がたしなめました。
「ほだごと言うでねえだ、銀鼠(ぎんねず)、灰鼠(はいねず)。勇者様はいつだって誰より危険なとこさ行きなさんだがら。勇者様にはいつだって深いお考えがあるだよ」
「よし、ではそれを聞こう」
とオリバンが言います。
フルートは目を上げました。静かな声で話し出します。
「ぼくは名軍師なんかじゃないし、将来将軍になることも不可能だ。ぼくは人と人が戦って傷つけ合うのが、どうしても嫌なんだよ。それが戦争だとわかっていても……。だけど、オリバンたちだって、この戦いはできることなら避けたいはずだ。セイロス軍なんて呼んでいるけれど、彼らは本当はメイ軍だ。セシルの故郷の人たちなんだよ。例え責任が向こうにあったとしても、戦争で傷つけ殺し合ったら、戦いの後でオリバンとセシルが結婚したときに、メイの国民は心からそれを祝ってくれるだろうか? そんなわけないよな――。だめなんだよ。本当の平和を望むなら、やっぱりそれは、血を流す戦いでつかみ取っちゃいけないんだ。だから、ぼくはこれからゼンたちとこの戦場を離れる。この戦いをやめさせるために、メイへ飛ぶんだ」
「メイへ!?」
思いがけないフルートのことばに、一同は聞き返してしまいました――。