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第22巻「二人の軍師の戦い」

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77.大軍

 風の犬と一緒に大軍がやってくる、という報告に、セイロスもチャストも思わずことばを失いました。ギーだけが、やっぱり! と声をあげてチャストを振り向きます。

 けれども、軍師はすぐに我に返りました。以前、似たような状況に出くわしたことを思い出したのです。

「空飛ぶ怪物には赤毛の小娘も乗っているはずだ! その大軍はまやかしだ! 小娘が魔法で呼び出した幻影に過ぎない!」

「ポポロの魔法のしわざというのか。根拠はなんだ?」

 とセイロスが聞き返しました。

「ジタン山脈の魔金を巡って連中と戦ったときに経験したのです。我が軍はロムドの皇太子を人質に取り、ドワーフたちを皆殺しにしようとしたのですが、森の中から突然何千というロムド兵が現れて、我が軍を撃退しました。ところが、その後、実際に連中と対峙(たいじ)してみると、ロムド兵はわずか三十名ほどしかいなかったのです。その戦闘には深緑の魔法使いと呼ばれる四大魔法使いが同行していましたが、術で大軍を生み出していたのは、その老人ではありませんでした。天空の国の魔法使いだという、赤毛の小娘だったのです」

 ふむ、とセイロスは考え込みました。

「確かに、連中が魔法で別の場所から大軍を呼んだはずはないな。そのためには、私がやったのと同じような大がかりな魔法を使わなくてはならんし、そんな魔法を使ったら、私が気づかないはずはないのだから。ポポロの魔法による幻影と考えるほうが妥当だし、いかにも奴が考えつきそうな策だ」

 セイロスの脳裏にはまたフルートの姿が浮かんでいます。

「それじゃあ、どうするんだ?」

 とギーが聞き返しました。その後ろではメイ軍の騎兵たちが命令を待っています。国王軍とメイの領主の私兵による混合部隊です。

 セイロスは魔法で声を拡げて命じました。

「諸君、行く手から敵の大軍が現れるが、それはまやかしだ! 恐れず進んで突破しろ!」

「あなたには敵の魔法の制御をお願いいたします」

 とチャストはセイロスに言いました。金の石の勇者たちと一緒に、敵の魔法軍団も来ているに違いない、と考えたのです。

 ざわざわとセイロスの黒髪がまた揺れ始め、金茶のマントの上に翼のように広がっていきました。それを目にしたメイ兵たちが、ぎょっとして後ずさります。

 

 すると、行く手の空に本当に空飛ぶ怪物が二匹、姿を現しました。背中に複数の人を乗せ、大蛇のような白い体をなびかせながら、こちらに向かってきます。

「来たな」

 セイロスが言ったとたん、雲一つなかった青空から怪物めがけて稲妻が降りました。怪物と人が紫の光に呑み込まれます。

 が、稲光が消えると、空にまた一行が現れました。金色の防具で身を包んだフルートと赤いお下げのポポロ、青い胸当てをつけたゼンと緑の髪のメールが、ポチとルルに乗っています。彼らは淡い金の光に守られていました。

「いまいましい魔石め」

 とセイロスがうなります。

 そこへ、行く手の丘の向こうから砂埃が上がり、報告通りの大軍勢が現れました。銀の鎧兜を着て馬に乗った騎兵が、行く手をふさぐように展開していきます。じきに丘の上には長槍や剣を構えた兵士がずらりと並びました。その数は一万を下りません。

「あ、あれがまやかし……?」

 メイ軍の兵士たちはたじろぎました。どんなに見つめても、目前に現れた敵は消えることがありません。蹄がたてる砂埃、馬の鼻息、防具や武器がぶつかり合う音――妙に生々しい実在感だけが伝わってきます。

 セイロスはまた声を張り上げました。

「怖じ気づくな! あれは実体ではない!」

 魔法の雷が今度は丘の上へ落ちましたが、幻を打ちのめす前に、フルートが飛んできて稲妻を跳ね返しました。その手には金色に輝くペンダントが握られています。

 セイロスは舌打ちして命令を下しました。

「全軍突進! まやかしを破って先へ進め!」

 言うのと同時に、自分が先頭になって駆け出します。

 チャストも声をあげました。

「セイロス様に続け! まやかしに惑わされるな!」

 おぉぉ!!!

 メイ軍は自分たちの軍師のことばに励まされて突進を始めました。先頭の騎兵がセイロスに並び、追い抜いて前に出ます。

 すると、丘の上から敵も突撃を始めました。揃いの防具で身を包んだロムド兵が、銀色の波のように斜面を駆け下ってきます。大地が揺れ、大軍と大軍が接近していきます。普通なら両軍激突の場面ですが、ロムド軍は幻影だというので、メイ兵は間をすり抜けて先へ出ようとします。

 

 とたんに先頭のメイ兵が落馬して地面に倒れました。ロムド兵が構える長槍に直撃されたのです。続けて別のメイ兵も敵の槍で馬からたたき落とされます。

「本物だ――!?」

 メイ兵たちは思わず手綱を引きました。馬の速度が落ちて、後続の兵とぶつかりそうになります。

 チャストはまたどなりました。

「恐れるな! 幻影の中に本物の兵士が混じっているだけのことだ!」

 そんな――とメイ兵たちは考えました。自分に向かってくる敵が本物か幻影か、いくら目をこらしても見極めることはできません。

 そこへまたロムド兵が飛び込んできました。長槍に貫かれた馬が倒れ、兵士が投げ出されます。メイ兵はあわてて反撃に転じましたが、彼らの武器が敵を素通りすることはありませんでした。どのロムド兵も、メイ兵の剣をがっちり受け止め、跳ね返してきます。あっという間に武器と武器がぶつかり合う戦闘が始まります。

 そんな馬鹿な……! とチャストは驚きました。自分の目が信じられません。幻の軍勢に少数の本物の兵を混ぜて、まやかしと見破られないようにしているのだろうと考えていたのに、敵はすべて本物だったのです。どうして!? 何故この大軍をこの場に連れてこられたのだ!? と混乱します。

 すると、セイロスがまた前へ出ました。抜き身の剣を高く掲げて叫びます。

「勇敢なメイの兵士たちよ、敵はすべて切り払うのだ! 本物だろうと幻影だろうと気にすることはない! 我々の行く手をさえぎらせるな!」

 そこへロムド兵が突進してきたので、セイロスは剣の一振りでたたき切りました。敵は血をまき散らして馬から落ち、地面で動かなくなります。

 それを見て、メイ兵たちも覚悟を決めました。どちらにしても、この状況ではもう戦うしか道はなかったのです。行く手の敵をすべて本物と割り切り、剣を抜いて斬りかかっていきます。

 たちまちあたりは戦場に変わりました。両軍の兵士が馬でぶつかり合い、槍で敵を貫き、剣で切りつけていきます。悲鳴と血しぶき、馬のいななき……阿鼻叫喚(あびきょうかん)の戦闘が繰り広げられます。

 

 

 勇者の一行はそんな光景を上空から見下ろしていました。

「すげぇな。フルートの作戦通りじゃねえか」

 とゼンが言うと、その後ろからメールが身を乗り出しました。

「こっちが大軍なのを見ても、敵は偽物だと思って突っ込んでくるだろう、ってフルートは言ってたけど、ホントにその通りになるんだもんね」

 フルートは戦場を見つめながら言いました。

「以前、ジタン山脈でもポポロは魔法でロムド軍の幻を出したし、あのときには二、三分で軍勢が消えてしまったから、チャストは幻だったと気がついた。だから、また大軍を出せば、チャストはこれも幻だろうと考えるだろう、と思ったんだよ。ぼくたちがこんな大軍を本当に揃えられるはずがないことは、向こうだって承知していたからな」

「ふふん、おあいにく様。ポポロが魔法で呼び出した幻は、いつだって本物になるのよ」

「ワン、今回は幻に定着の魔法もかけましたしね」

 と犬たちが言います。

 メールはポポロを振り向きました。

「今回の幻は今までで一番大勢だよね。どのくらいの人数のロムド兵を出したんだい?」

「あたしは見たことがあるものしか幻に出せないのよ……。これは、ワルラ将軍たちがロムド城からエスタへ出陣していった時に見た正規軍よ。戦場に向かう部隊と後に残る部隊が、お城の練兵場に勢揃いしたでしょう? あのとき、たぶん一万数千人が集まっていたから、ここにもそのくらいが現れていると思うわ……」

「違いねえな。そら、あそこにワルラ将軍やジャックがいるぞ。メイ兵相手に戦ってらぁ」

 とゼンが戦場を指さしましたが、他の仲間たちはゼンほど目が良くなかったので、それを見分けることはできませんでした。眼下の荒野は敵味方が入り乱れての大混戦になっています。

「こっちは一万数千、向こうは二万かぁ。敵の数のほうが多いけど、こっちをただの幻と思わせて不意打ちができたから、あたいたちのほうがちょっと有利だよね。これで勝てるかな?」

 とメールが言うと、フルートは首を振りました。

「間もなく日が暮れる。今夜は月が暗いから、戦闘を続けるのは不可能だ。日没まで敵を防げたら、それで充分なんだ」

 非常に冷静な口調です――が、フルートは沈んだ表情をしていました。地上の戦いをじっと見つめ続けます。

 

 ゼンがそんな友人を横目で見て言いました。

「作戦はうまくはまったけどよ、正直、俺は意外だったぞ。おまえがこんなまともな戦闘をするとは思わなかったからな。てっきりまた、戦わねえで勝てるような作戦をたてるんだろう、と考えていたんだ。確かにあのロムド軍は幻だけどよ。それでも戦闘には違いねえだろう? おまえの嫌いなよ」

 フルートは口をつぐんだまま、すぐには答えようとしませんでした。あまり沈黙が長いので、ポポロが心配して見上げると、ようやく口を開きます。

「だから、敵もこの作戦にはまってくれると思ったんだよ……。ぼくがいつも、できるだけ人が傷つかないような作戦をたてていることに、軍師のチャストはもう気がついたはずだ。例え大軍を出して見せたって、偽物に違いない、脅かして追い返そうとしているだけだろう、と考えると思ったから、その裏をかいたんだ……。戦闘をしたがらないはずのぼくが、こんなふうにまともな戦闘に持ち込んだから、敵はあんなに大混乱になっているんだよ」

 けれども、そう話すフルートの声は、やはり少しも得意そうではありませんでした。

 ルルがあきれて言いました。

「フルートったら、心配いらないわよ。ポポロが呼び出したロムド軍は、あくまでも幻なんだもの。本物のワルラ将軍たちはエスタにいるから、こっちでどんなことが起きたって、怪我ひとつしないのよ」

 すると、ポチが長い風の体でルルの横腹を押しました。

「ワン、フルートが気にしてるのは、ロムド軍のことだけじゃないんだよ――」

 地上では激しい戦闘が続いていました。ロムド兵は幻ですが、実体になっているので、それに切られればメイ兵は本当に傷を負い、血を流します。人馬が入り乱れる戦場に、傷つき倒れる兵士が増えていきます。

 フルートは、ぎゅっとポチの背中の毛を握りしめました。

「撤退しろ、メイ軍……戦うのをやめて、早く撤退してくれ……。早く……!」

 心の底から絞り出すようなその声に、仲間たちはフルートを見つめてしまいました。

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