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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第26章 策

76.策

 ガタン郊外の作戦本部を飛び立ったフルートたちは、西へ向かいました。ポチの背中にはフルートとポポロ、ルルの背中にはゼンとメールという組み合わせです。

「やっと出動だね! 待たされっぱなしだったから、じれったくて爆発しそうだったよ!」

 とメールが笑顔で張り切ったので、ゼンは顔をしかめました。

「喜ぶな、馬鹿。この先にはあのセイロスがいるんだぞ。たとえ足留めするだけでも、半端じゃねえ戦いにならぁ」

「そのとおりよね。こっちは私たちとオリバンと魔法軍団だけでしょう? 全部で五十人にもならないのよ。これで本当に戦えるの?」

「ワン、セイロスの部隊は二万人以上ですからね。まともな戦い方では足留めできないですよ」

 とルルとポチも心配します。

「もちろん、まともな方法ではだめさ。向こうにはセイロスがいるから、どんなに魔法軍団が強力でも、この人数差はひっくり返せない。だから、策を使うんだ」

 とフルートは言うと、自分の後ろに座る少女を振り向きました。

「作戦はさっき話したとおりだ。できるよね?」

 ポポロは赤いお下げ髪を風になびかせていましたが、そう言われて緊張した顔でうなずきました。

「ええ、大丈夫だと思うわ……前にやったことがある魔法だから」

「お、なんだ? やっとポポロの魔法の出番が来るのか?」

「今度はどんな奇抜な策を思いついたのさ!? 教えなよ!」

 仲間たちが身を乗り出してきたので、フルートは空を飛びながら作戦について話し始めました――。

 

 

 セイロス軍は閉じた地割れの上を越え、再びつながった街道を東へ邁進(まいしん)していました。二万の兵を乗せた馬が、石畳に雷鳴のような蹄の音を響かせています。

 先頭を走っていたチャストは、隣を走るセイロスへ馬を寄せて話しかけました。

「我々はガタンの街を征服するつもりですが、その前に敵の妨害に出会うでしょう。あなたの魔法を阻止するために、自然魔法の使い手たちを送り込んでくるはずですが、大がかりな自然魔法を使うためには、相応の準備と時間が必要になると聞いています。時間さえ与えなければ恐れることはありません」

 すると、セイロスが言いました。

「私は先に場を支配することさえできれば、相手が異体系の魔法使いであっても、魔法の発動を抑え込むことができる。だが、それ以上の魔法を使うことはできないのだ。力が及ばないからではない。魔法で敵を皆殺しにしようとすると、奴が願い石を使おうとするからだ」

 苦い表情になったセイロスに、チャストは言いました。

「どんな願いも一つだけかなえるという魔石ですね。金の石の勇者がそれを持っていることは、女王陛下から聞かされていました。実にやっかいな存在ですが、手がないわけではありません。奴が魔石を使う前に奴を倒せば、願い石は発動しないでしょう」

 とたんに、セイロスの黒い瞳がぎらりと赤く光りました。怒りを込めた低い声で言います。

「私がこれまでそれを思いつかなかったとでも思うのか。奴が願わぬうちに奴を殺そうとしたことも、奴の仲間を拉致(らち)して別の願いを言わせようとしたこともある。心理戦に誘い込んで、欲望に基づいた願いを言わせようとしたこともあった。だが、そのたびに奴はそれをはねのけたのだ。フルートの命が危なくなれば、仲間たちが駆けつけてきて救い出す。仲間を捕らえれば、奴は願い石を使わずに、捨て身と知恵で仲間を取り返していく。心理戦は効果がない。奴には私欲の迷いがないのだ」

 チャストは驚き、すぐにあきれたように頭を振りました。

「まともな人間ではありませんね、金の石の勇者は。大変な人徳者だと褒めそやす者もあるでしょうが、戦争を指揮する人間としては、明らかに失格です。金の石の勇者には将としての価値がない」

「何故そう思う、軍師?」

 とセイロスは興味を惹かれて聞き返しました。軍師、という呼称をわざと強調します。

 チャストは静かに笑いました。

「真の軍師の役目は、危険な戦場に兵を喜んでおもむかせることであり、可能な限り自軍の損失を減らし敵の損害を大きくするために、策を立てることです。それはつまり、味方を一人死なせることで敵の命をいくつ奪うことができるか、という効率を限りなく追い求めていくこと。自軍の兵士が死んでいくことは織り込み済みの、きわめて冷たい計算を行っていくことなのです。しかし、金の石の勇者はあまりにも優しすぎる。味方の命を大切にしすぎるあまり、不利な戦場には兵が出せないことでしょう。これでは戦いに勝てるはずはない。だから、最低の将だと言っているのです」

 

 そして、チャストは馬上から東を示して見せました。

「先ほども言ったとおり、間もなく敵の妨害が始まります。ですが、それは魔法軍団と金の石の勇者だけによる攻撃で、兵士は姿を現さないでしょう。セイロス様が魔法軍団を抑えれば、充分勝てる戦いになります」

「でも、そんなことを言っていて、敵の大軍が現れたらどうするんだ? ここはロムド国内だから、兵は集まりやすいはずだろう」

 と横で話を聞いていたギーが口をはさんできました。チャストがあまり自信たっぷりに断言するので、不思議に思ったのです。

 チャストは冷ややかにまた笑いました。

「大軍など現れるはずはありません。我々がセイロス様の魔法でこのロムド国西部へ現れてまだ五日。しかも、この近辺に大勢の兵を抱える領主はいません。我が軍に対抗できる戦力を集めるには、絶対的に時間が不足している。だからこそ、敵は我々を地割れで足留めして、援軍が集まってくるのを待っていたのです――。セイロス様の魔法で敵の魔法軍団を抑え、二万の騎兵で敵を一気に蹴散らして、ガタンの街を占拠する。これが作戦の第一段階です。次に、ガタンに我々の砦を築き、周辺の町や村の住人を兵士として雇い上げる。これが作戦の第二段階になります。このあたりはロムドの中でも特に貧しい地帯なので、高給を約束してやれば、すぐに大勢集まってくるでしょう。貧しい住人は日々の暮らしの中で常に不満を抱いているので、金を与えてやれば、王も領主も平気で裏切るのです。そうやって我々が準備を整えている間に、西からは国境を越えて本隊が到着します。象戦車部隊がここまで来れば、あとはもうこちらのものです。生まれてこのかた象を見たことがないロムド兵は、巨大な獣が地響きを立てて疾走する様子に、肝を潰して逃げ出すことでしょう。これが作戦の第三段階です。敵を蹴散らし、自軍の兵を増やしながら東へ突き進み、ロムド城を落としたら、国王と皇太子を処刑してロムド国をあなたのものにします――」

 チャストは滔々(とうとう)とそんな話をしましたが、ロムド国西部の住人について非常に大きな誤解をしていました。彼らが貧しくても愛国心に燃える人々だということを、軍師は知らなかったのです。

 チャストがよく知っているメイや宿敵のサータマン国では、貧富の差はそのまま国政への不満につながっていました。貧しい人々が金で主君を裏切る、というのはメイやサータマンでは常識のことです。開拓の歴史が浅いロムド西部の住人が、どれほど強い独立精神を持ち、普段から国王に感謝しているか、メイの軍師は想像することができなかったのでした。

 

 その時、前方の哨戒に出ていた騎兵が、砂埃を上げて戻ってきました。息せき切って駆けつけてきます。

「報告! 前方に敵が現れました! 間もなく遭遇します!」

「来たな」

 とセイロスとチャストは同時に言いました。セイロスの金茶色のマントの上で、長い黒髪がさわさわと生き物のように動き出します。この場所を彼の魔力の支配下に置こうとしたのです。

 ところが哨戒兵はひどくあわてた様子で言い続けました。

「人間を乗せた蛇のような怪物が二匹、空を飛んでいます! そして、その真下を敵の大軍が進軍してきます! 最後尾が見えないので規模はまだわかりませんが、万単位の軍勢であるのは間違いありません!」

「なんだと!?」

 思いがけない大軍出現の知らせに、セイロスもチャストも、愕然としてしまいました――。

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