地割れが閉じた！ 赤の魔法使いの術が破られた！ と聞かされて、フルートたちは青ざめました。ポポロがすぐに西を眺めます。
「本当……！ 赤さんが作った地割れは跡形もなくなってるわ！」
「どうしてさ！？ 赤さんの魔法はセイロスには破れないはずだろ！？」
メールがわめいたので、フルートが答えました。
「きっと後発隊がセイロスたちに合流したんだ。軍師のチャストが赤さんの術を破ったんだよ」
一同は思わずことばを失いました。チャストの実力をまざまざと見せつけられた気がしたのです。
「ワン、どうしますか！？ ぼくたちは地割れでセイロス軍を足留めして、その間に援軍が到着するのを待つつもりだったんですよ！？」
とポチが言いました。ここにいるのはフルートたちとオリバンと五十名のロムド兵、それに白と赤の魔法使いが率いる魔法軍団四十名あまりの、合わせて百名ほどでした。二万を超すセイロス軍とまともにぶつかれる人数ではありません。さすがのフルートもすぐには対応が思いつかなくて立ちつくします。
すると、フルートのお父さんが話しかけてきました。
「敵が攻めてくるのか？ それならぼくたちはガタンで準備を始めよう」
それを引き継いで、ガタンの町長も言いました。
「ガタンの周囲には空堀が掘ってあります。ただちに川をせき止めて水堀を作り、街に立てこもりましょう」
「我が国がザカラスと関係が悪かった頃に作った堀だな。なるほど、それは役に立つ。ガタンの街に籠城（ろうじょう）して援軍の到着を待とう」
とオリバンは納得しましたが、フルートはまだ考え込んでいました。やがて真剣な表情で言います。
「ガタンの周囲を水堀で囲むのは名案だと思う。すぐ作業に取りかかろう。ただ、それだけじゃだめだ。それだけでは、ぼくたちは勝てない」
「どうしてだ？ こっちには俺たちも魔法軍団もいるんだぞ。いくらセイロスでも、そう簡単に俺たちをぶっ潰せねえだろう」
とゼンが言うと、フルートは首を横に振りました。
「向こうにはチャストがいるんだよ――。ぼくたちがガタンに立てこもったら、きっと彼らはガタンを素通りして、その先の街を襲撃するに決まってる。ガタンの次にあるのはラトスだし、ラトスに水堀なんかない。ラトスを攻められたら、ぼくたちはまた戦いに出ていくしかなくなるんだよ」
「こっちの心理や弱みを見逃さないのね。嫌な奴！」
とルルはうなりました。
「では、どうする？」
とオリバンが尋ねます。
「二手に分かれよう。まず、お父さんたちとロムド兵はガタンの街に水堀を作る作業に取りかかる。ぼくたちとオリバンと魔法軍団は西だ。ガタンが水で囲まれるまで、ぼくたちでセイロス軍を食い止めて、ついでにガタン以外の街へ行けないようにする」
「敵がガタン以外へ行かないようにする？ 策はおありなのですか？」
と白の魔法使いが聞き返しました。
「あります。でも、今ここでそれを説明している暇はない。一分一秒が惜しい。すぐ行動を開始してください」
そこで全員はいっせいに動き出しました。白と赤の魔法使いが自分の部下たちに招集をかけ、オリバンはフルートの命令を伝えるためにロムド兵の元へ走り、ガタンの町長や自衛団の人々は馬に飛び乗ります――。
リサはその様子をぽかんと眺めていました。あの小さくて弱虫だったフルートが、別人のように堂々と命令を下し、大勢の大人たちを従えています。しかも、従っているのは皇太子や城の魔法使いといった偉い人々なのです。なんだか自分の目が信じられません。
すると、フルートが呼びかけてきました。
「リサ、ちょっと」
リサの胸がどきりと大きくときめきました。メールやポポロやルルも耳ざとく振り向きますが、フルートはそんなことには気づきませんでした。リサに向かってこう言います。
「ガタンの街に戻ったら、君は街から避難者を連れてシルに向かってくれ。避難をするのは子どもや女性やお年寄り――戦いに加われない人たちだ。馬車に乗ってもらって、大急ぎでシルに連れて行くんだ」
「シルなの？ ラトスの街じゃなくて？ どうして？」
とリサは驚きました。ラトスはガタンに次ぐ大きな街で街壁がありますが、シルのほうは本当の田舎町で、周囲には敵を防ぐ堀も塀もなかったのです。
「シルは泉の長老に守られているから絶対安全なんだ。それからもう一つ。ガタンの街を出ると東の入り口に女騎士団がいるから、その隊長に入り口を死守するように伝えてほしいんだ。隊長は行けばすぐわかる。一番綺麗な人だからね」
それを聞いてリサはなんとも言えない表情になりましたが、フルートはやっぱりそんな相手の様子には気づきませんでした。
「いいね、頼んだよ」
と言い残すと、きびすを返して仲間たちのほうへ駆け出します。
「ゼン、メール、君たちはルルに乗れ！ ポポロ、君はぼくとポチに乗る！ オリバンは魔法軍団と一緒に来てくれ！ 行くぞ！」
シュンと音を立てて犬たちが風の獣に変身し、勇者の一行はその背中に飛び乗りました。フルートは赤いお下げ髪に黒い服の小柄な少女と一緒です。
と、フルートは少女に身をかがめて何かをささやきました。少女は真剣な表情で耳を傾け、やがて大きくうなずきました。すると、ずっと厳しい顔をしていたフルートが、一瞬、笑顔に変わりました。とても優しい表情で少女にうなずき返します。
まともにそれを見てしまったリサは、とまどって目をそらしました。その間にフルートとポポロを乗せたポチは空に飛び立ってしまいます。
「うん、あの様子なら大丈夫そうかな」
「そうね」
メールとルルが話し合ったので、ゼンが不思議がりました。
「あん？ 大丈夫そうって、何がだよ？」
「ゼンにはわからない話よ」
とルルはそっけなく答えると、空に舞い上がってフルートたちの後を追いかけました。すぐに二匹並んで空を飛び始めます――。
リサは自衛団と一緒にガタンの街に戻ると、出口近くで避難する人たちが集まってくるのを待ちました。町長の呼びかけで、女子どもや年寄りの乗った馬車が続々とやってきます。
「ラトスじゃなくシルに行くんだって！？ どうしてだい！？」
「知らないよ！ 町長がそう言うんだからさ！」
「シルじゃすぐ敵に攻め込まれちまうだろう！ なんでシルなんかに行かなくちゃならないんだ！？」
避難者の中からはそんな声も聞こえてきます。リサは故郷を馬鹿にされた気がして、思わず言い返しました。
「絶対大丈夫よ！ シルは金の石の勇者の故郷なんだもの！ 信じて！」
とたんに避難者は口をつぐみました。金の石の勇者の故郷だ、ということばが彼らを黙らせたのです。その反応に、リサはまたとまどってしまいました。
すると、彼らの横を土嚢（どのう）を担いだ男たちが大勢通っていきました。その中によく知った顔がいくつもあったので、リサは驚きました。
「ペック！ ビリーにショーンにチムまで……！ あんたたち、どうしてここにいるのよ！？」
彼らはシルの町の不良たちだったのです。ちなみに、チムはリサの弟です。けれども、チムが答えるより先に、リーダーのペックが答えました。
「自衛団の手伝いに来たんだよ。手下たちを集めてくるのに時間がかかったから、少し遅れちまったけどな」
リサはまたぽかんとしてしまいました。シルや近くの街でさんざん悪さをして喧嘩ばかりしていた不良たちが、今は肩に重い土の袋を担いで、街の出口へ急いでいます。街の中を流れる水路をせき止めて、街を取り囲む堀のほうへ水を流そうとしているのです。照りつける日差しの下、不良たちは全身汗と泥にまみれています。
すると、チムが口を尖らせました。
「そんなに意外がるなよ、姉さん。西から敵の大軍が来るんだ。俺たちの町が危ないんだから、黙って見てるわけにはいかないだろう？ 俺たちだってやるときにはやるんだよ」
フルートに劣らず小柄だったチムも、今ではすっかり背が伸びて、若者らしい体つきになってきていました。肩には土嚢を二つも担いで平気な顔をしています。
ペックが手下たちに言いました。
「こんなところで油を売ってる暇はないぞ。急げ！」
おう！ シルの不良たちはまた作業に戻っていきました。自衛団やガタンの街の大人たちが、そんな彼らに声をかけます。
「来てくれて助かったぞ、おまえたち！」
「あそこに見える堤（つつみ）の向こうに運んでくれ――！」
すると、一人だけ後に残っていたペックが、またリサに言いました。
「向こうにフルートはいたのか？ ジャックは？」
ジャックはこの不良グループの初代のリーダーです。リサはまたとまどってしまいました。
「フルートには会ったけど、もう西へ行ったわ。ジャックは東の戦場にいるから、こっちには来ていないんですって……」
ジャックはワルラ将軍の従者になった、とフルートから教えられたのに、リサはそれがまだ信じられなくて、ペックに伝えることができませんでした。なんとなく後ろめたくなって、目をそらしてしまいます。
けれども、ペックはとびきり嬉しそうな顔になりました。
「そうか！ ジャックも戦場でがんばってるんだな！ じゃあ、俺たちだってがんばらなくちゃな！」
初代のリーダーのジャックを誇りに思う気持ちが、顔に正直に表れています。
「あんたたち、変わったわね」
リサが思わず言うと、ペックは笑いました。
「当ったり前だ。俺たちだって、いつまでもガキじゃないんだから。でも、そう言うリサだってそうだろう？」
「そう……ね。そうよね……」
とリサは答えました。その脳裏には、銀の鎧兜を着て戦場で戦うジャックの姿が、漠然と浮かび始めていました――。
