「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第22巻「二人の軍師の戦い」

前のページ

72.作戦本部・2

 ガタンの西の作戦本部は、赤の魔法使いが負傷した河童を抱えて戻ってきたので、大騒ぎになっていました。

 用事でガタンの街に向かっていたフルートが、ルルの知らせで作戦本部に引き返すと、河童は天幕の下にうつぶせに寝かされていました。このときにはもう冷気の魔法はすっかり解けていましたが、河童の背中が血で染まっていたので、フルートは青くなりました。首から金の石のペンダントをはずして駆け寄ります。

「大丈夫ですか!? まだ息はありますね!?」

「ダ、テワ、タ」

 と河童の横から赤の魔法使いが答え、ポチが通訳しました。

「ワン、心配ありません。赤さんが応急処置をしたし、傷もあまり大きくないから」

「あまり大きくないって――」

 そんなまさか、とフルートは言いかけました。河童の長衣の背中には、右の肩口から左の脇腹に至る大きな刀傷があったのです。

 ところが、その切り口から緑色の丸いものがのぞいていたので、フルートがそっと広げてみると、亀のような甲羅(こうら)が出てきました。服の切り口と同じ傷跡が甲羅の上に白く残っています。本当の傷は肩先に少しだけで、もう血は止まっていました。

 すると、うつぶせの格好で河童が笑いました。

「大丈夫だ……心配いらねぇ。おらぁ、生まれつき背中に鎧を背負ってるからな……。だけんじょ、隊長が来てくれねがったら、おらの命はねがっただ。隊長、助かりました……」

「ナ、ク、ロ」

 と赤の魔法使いはまた言いました。礼などいいから安静にしていろ、と言っているようでした。

 フルートがペンダントを押し当てると、河童の肩から傷が完全に消えていきました。金の石の癒やしの力は、四大魔法使いの魔力を上回っています――。

 

 そこへ、別な場所へ軍備の確認に行っていたオリバンと白の魔法使いが、馬で駆け戻ってきました。やはり天幕の下に飛び込んできて言います。

「何事があったのだ!?」

「赤、作戦はどうなった!?」

 赤の魔法使いは今度は白の魔法使いへひとしきり話しました。女神官は難しい顔になってフルートたちへ伝えます。

「河童は敵の部隊の水樽をかなり破壊しましたが、完全ではなかったそうです。赤も敵に姿を見られたと言っています。我々が行く手で待ち伏せていることを、敵の軍師に気づかれてしまったと思われます」

「とすると、彼らがもう一度水を汲みに引き返す可能性は低いか。きっと残った水を持ってセイロスの元へ急ぐな……」

 とフルートは言って、右の人差し指を口元に当てました。深く考えるときの癖ですが、急変しつつある状況に気がせくのか、指を強くかみしめてしまいます。

 すると、ゼンが自分を指さしました。

「連中を止めたいんなら、俺が行ってやるぞ。魔法使いがいたってどうってことねえ。俺には魔法が効かねえからな」

「それなら、あたいが花鳥で運ぶよ! ついでにあの軍師を花で縛りあげてやるから!」

 とメールも張り切って身を乗り出しますが、とたんにオリバンにどなられました。

「馬鹿者、単独行動に走るな! 敵は百騎だぞ! それをたった二人で相手にするつもりか!?」

「それに、敵はもうセイロスのすぐ近くまで接近しております! そこで戦闘を起こせば、セイロスが勘づいて駆けつけてくるでしょう! 危険すぎます!」

 と白の魔法使いも止めます。

「ワノ、カ、ル。ラ、メル」

 と赤の魔法使いが言い、河童がそれにうなずきました。

「んだ。勇者たちが行かねえでも、軍師の軍の近くにはまだ、おらたち赤の部隊の仲間が潜んでるだ。みんなが軍師を止めるだよ」

「ワン、それこそ危険じゃないですか?」

「そうよ! セイロスの近くで魔法を使ったら、セイロスに見つかっちゃうでしょう!?」

 と犬たちが心配すると、女神官が言いました。

「だからこそ、赤の部隊に行かせました。赤の部下は人数は少ないのですが、ほとんどが光の魔法使いではありません。彼らが戦っても、光の波動でセイロスに気づかれることはないはずなのです」

 フルートはまだ指をかみしめていました。焦りを抑えて考え込んでいる姿を、ポポロは黙って見つめ続けました。フルートから指示があれば、すぐに魔法を使うつもりでいたのです。

 

 すると、フルートがようやく口元から指を離しました。赤の魔法使いと河童に向かって言います。

「チャストの部隊を阻止するのは、赤さんの部下の皆さんにお願いします。ただ、深追いは禁物だと伝えてください。いくら光の魔法を使わなくても、近づいてしまえば必ずセイロスは気がつくから」

「じゃあ、あたいたちは何をするわけさ?」

 とメールが尋ねました。攻撃を止められたので不満そうな顔をしています。

「この前線の死守だ」

 とフルートは答え、全員を見回しながら話し続けました。

「セイロスたちは赤さんが作った地割れの向こうで足留めされている。あれはムヴアの術で作られたものだから、セイロスには消すことができないし、魔法で越えることもできない。一番簡単なのは地割れを迂回することなんだけれど、飲み水が足りないからそれもできない。セイロスたちは人力で橋をかけるしかないはずだし、それには時間がかかる。その間にぼくたちは守りを固めて、セイロスたちをここから先へ進ませないようにするんだ」

「では、ガタンの東にいるセシルたちを呼び戻すのだな」

 とオリバンが言い、白の魔法使いは一歩前に出てきました。

「敵を足留めしているのに、ここでただ待ち構えるだけでは、せっかくの状況を生かし切れません。地割れのこちら側から我々魔法軍団が一斉攻撃をして、セイロス軍にできるだけの損害を与えましょう」

 けれども、フルートは首を振りました。

「セシルたちにはあの場所にいてもらう。魔法軍団が攻撃に出ることも禁じる。魔法軍団は確かに強力だけど、セイロスの魔力に魔法だけで対抗するのが難しいことは、ザカラス城の戦いでわかったからだ。魔法以外の軍備も整えて、総力を挙げて彼らの攻撃を防がなくちゃいけない」

「だが、どうやって軍備を整えるつもりだ。ここには我々と魔法軍団を除けば、正規兵が五十名いるだけなのだぞ。ガタンの東にはセシルと女騎士団と残りの正規兵で百名が揃っている。彼らを呼び戻して、守りを固めるべきだろう」

 とオリバンは言い続けましたが、フルートは譲りませんでした。

「セシルたちにはあの場所にいてもらわなくちゃならないんだ――。とにかく、この場所はぼくたちで死守する。東からは今、ゴーリスが率いる援軍がこちらに向かっているところだ。それが到着すれば、こっちのほうがセイロス軍より大人数になるはずなんだ」

「援軍はあとどのくらいで到着する?」

「ぼくたちがロムド城を出るのと同時に出発しているから、あと三、四日だと思う」

「敵がどのくらいで橋をかけてくるかが問題だな。もし、援軍が到着する前に越えて来れば、ここにいる者だけで敵を迎え撃たなくてはならないだろう」

 オリバンはまだ難しい顔をしていました。日数的にかなりきわどい作戦だと考えているのです。

「そのときは、作りかけの橋を隊長とおらたちで落とすだよ」

 と河童が言ったときです。

 たくさんの蹄の音を響かせて、街道の東から思いがけない人々がやってきました――。

 

「金の石の勇者! 勇者殿はどちらにおいでですか!?」

 大声で呼ばれて、フルートは天幕から飛び出しました。馬に乗って来た十人ほどの一行を見て、目を見張ります。

「お父さん!?」

 フルートを呼んだのは白髪まじりの見知らぬ男性でしたが、その隣にフルートの父親がいたのです。さらにその後ろに、故郷のシルの町の住人が大勢いたので、また驚いてしまいます。

「お父さん! それにみんなも――! どうしてここに!?」

 そこへ天幕の中からゼンやオリバンたちも出てきました。

「ありゃ、フルートの親父さんじゃねえか!」

「フルートの父上か。そういえばフルートの故郷はこの近くだったな。だが、何故このガタンに?」

 フルートの父親は馬から下りると、他の人々と一緒にオリバンへ頭を下げてから、息子によく似た顔でほほえみました。

「お目にかかれて光栄です、皇太子殿下――。我々は西部の自衛団です。敵がロムド国に攻め込むかもしれないと聞いて、近隣の街や村が共同で西からの敵に備えておりました。息子や殿下たちがガタンまでおいでになっていると聞いて、皆で駆けつけてきたのです。ここに来ている者の他にも、ガタンの街にあと八十人ほどが待機しています」

 すると、最初にフルートを呼んだ男性も進み出て言いました。

「わしはガタンの町長です、殿下、勇者殿。自衛団が到着したので勇者殿においで願ったのですが、お忙しそうなのでこちらから出向いてまいりました。ガタンの街でも現在、男たちが続々と自衛団に加わって準備を整えております。自衛団は最終的には三百名を超すだろうと思います」

 なんだと! とオリバンは驚きました。彼らはガタンの郊外に作戦本部を置いたときに、一帯が戦場になるかもしれないから避難できる者は避難しておくように、とガタン以東の住人に伝えていました。彼らが避難せずに、自分たちで自衛団を作って戦いに加わってくるとは、想像もしていなかったのです。西部の住人の自衛精神を改めて見せられた気がします。

 

 すると、人々の一番後ろから小柄な人物が出てきました。男ではなく、赤茶色の長い髪を結い上げ、ぴったりの白い上着に茶色の乗馬ズボンをはいた娘です。あ、とフルートがその顔を認めたとたん、娘が話しかけてきました。

「ちょっと、フルートったら! こんな近くまで来ていたんなら、一言シルにも知らせなさいよ! ガタンから知らせが来るまで、あたしたち、全然知らずにいたのよ!」

 口調はきつめですが、大きな黒い瞳に明るい顔立ちをしていて、なかなかチャーミングです。

 フルートはたちまち笑顔になりました。

「リサ! 久しぶりだね!」

 フルートの幼なじみのリサでした。

 娘のほうは唇を尖らせます。

「もう。久しぶりだね、じゃないでしょう? こんな大変な状況になってるのに、ちっともシルに立ち寄らなくて。水くさいじゃない」

「ごめん」

 とフルートは謝りましたが、相変わらず笑顔のままでした。昔、いじめっ子のジャックからフルートをかばってくれたのが彼女です。あの頃はフルートよりずっと体が大きかった彼女も、今では頭半分以上も背が低くなっていました。

「大きくなったわね」

 とリサはまた言いましたが、今度は少しとまどう声でした。少女のようだったフルートの顔も、時間と共に男らしさが増して、もう女のようには見えません。

 そんなフルートを見上げていたリサが、ふと頬を赤らめたことに、メールとルルが目ざとく気づきました。

「なんか妙な気配だなぁ。ポポロ、フルートのそばに行ったほうがいいんじゃないのかい?」

「そうよ。フルートに悪い虫がついたら大変だわ。フルートの恋人は自分なんだって、しっかりアピールしなさいよ」

 けれども、引っ込み思案で知らない人が苦手なポポロは頭を振りました。逆にメールの後ろに隠れてしまうと、そこから不安そうに二人を見守ります。

 

 フルートのお父さんがフルートたちに言いました。

「リサは自衛団ではないよ。ただ、おまえに会って話がしたいと言って、一緒に来たんだ。さあ、リサ。これでシルに戻ってくれるね? ここは敵の陣地に近すぎるから危険なんだよ」

「う、うん……」

 リサはことばをにごしながら、フルートの後ろの人々を見ました。オリバン、白や赤の魔法使い、河童、ゼン、メールと目を移していって、メールの背後のポポロを見たので、メールとルルは思わず緊張しました。リサがどんな反応をするかと身構えますが、彼女の視線はそのままポポロを素通りしてしまいました。さらにもっと後ろのほうにいるロムド兵たちを眺めてから、フルートに尋ねます。

「ねぇ……ジャックは一緒じゃないわけ? あいつも正規軍の兵士になったんでしょう?」

「ジャックはもっと東の戦場だよ。ワルラ将軍がそちらに出動しているからね。ジャックはワルラ将軍の従者なんだ。知らなかった?」

「将軍の従者ですってぇ!?」

 とリサはすっとんきょうな声を上げました。

「それに、ワルラ将軍って、確かロムド軍で一番偉い人のはずでしょう!? あのジャックがそんな偉い人の部下になってるだなんて、そんなまさか!」

 リサがあまり意外そうに驚くので、ゼンが口をはさんできました。

「おい、そう言うけどな、ジャックはけっこう勇敢なんだぞ。ワルラ将軍の下で真面目に修行してるから、ずいぶん腕も上げたみたいだしな」

「ワン、ジャックはもう昔とは違うんですよ。今じゃフルートとも友だち同士なんです」

 とポチも足元から言ったので、リサはますますとまどってフルートを見ました。フルートは笑顔でうなずき返します――。

 

 その時、彼らの足元が突然揺れ出しました。

 地響きと共に揺れが大きくなっていくので、一同は反射的に脚を踏ん張りました。フルートはあたりを見回し、メールは転びそうになったポポロを抱き支えます。ただ事ではないような激しい揺れです。

 けれども、地震はすぐにおさまっていきました。馬たちが興奮しているので、自衛団の人々やロムド兵は落ち着かせるのに大忙しになります。

 オリバンとフルートは顔を見合わせました。

「おかしな揺れだったな」

「この西部に地震なんてめったに起きないはずなんだけれど」

 すると、赤の魔法使いがいきなり何かを叫んだので、一同はまたびっくりしました。たちまち河童が飛び上がり、白の魔法使いが顔色を変えます。

「た、大変だ! 隊長の地割れが閉じちまっただぁ!」

「赤、おまえの術が破られたのか!?」

 えぇっ!? とフルートたちはまた驚くと、いっせいにセイロス軍がいる西の方角を振り向きました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク