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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第24章 作戦本部

70.作戦本部・1

 ロムド国西部に広がる大荒野と、その中をザカラス国まで伸びている西の街道――。

 赤茶色の街道を見下ろせるガタン郊外の休耕地で、白の魔法使いがフルートやオリバンたちに報告をしていました。少し前に部下を率いて戻ってきた彼女は、天幕を張っただけの作戦本部で、きびきびと話しています。

「街道沿いの水路が地割れに遮断されたので、セイロス軍は渇きに大変苦しめられています。セイロスが水を手に入れるために戻らせた騎兵部隊は、我々が道の行方を変えたので、現在も大荒野の中を彷徨(ほうこう)中。軍師チャストが率いる後続部隊は、テイーズの街で汲んだ水をセイロスに届ける水運搬部隊と、荷馬車を守りながら進む歩兵部隊と、後方の安全確認にダラプグールへ引き返す騎兵部隊に分かれていますが、勇者殿のご命令通り、テイーズの住人が麦畑に火を放って水運搬部隊の行く手を阻みました」

 とたんにオリバンが、うぅむ、とうなりました。

「テイーズの住人は本当に自分たちの畑に火を放ったのか。フルートからその作戦を聞かされたときには耳を疑ったのだが。農民にとって畑は命だし、麦は収穫目前だった。実っている麦畑を自ら焼くことができるとは、正直、今でも信じられん」

「もちろん、それはたやすいことじゃありませんでした」

 と答えたのは、女神官の後ろに控えていた、浅黄色の長衣の老婆でした。

「自分の畑に自分の手で火をつけたとき、彼らは泣いておりましたよ。当然です。丹精込めて育ててきた麦なんですから……。でも、彼らはこうも話していました。このままだと畑の麦は全部敵のものになる。腹一杯になった連中はロムド中で暴れ回れるから、そうならないように、自分たちの手で綺麗さっぱり燃やしてやるんだ、とね。実に立派なもんでした」

 ゼンとメールは感心してフルートを見ました。

「これがおまえの言ってた西部の兵士ってやつか。たいしたもんだな」

「西部の人間はみんな自分の街を守る兵士なんだね。なんか海の民の男にも似てる気がするよ。彼らは全員が生まれながら優秀な戦士だからね」

 フルートはうなずきました。

「西部は王都から遠いし領主もいないから、住人は昔から自分たちで街や村を守ってきたんだよ。ロムドという国を守ろうという気持ちも、他の地域の人たちより強い。西部は厳しいところだから、これまで幾度となく凶作や災害に襲われてきたけれど、そのたびに国王陛下がいち早く支援の手をさしのべてくださったからね。それに、そもそも西部の開拓計画を立てたのは国王陛下だ。西部の住人にとって陛下以外のロムド国王なんて考えられないし、そのロムドを守るためなら、みんな本当に勇敢になるんだ。それがわかっていたから、きっと火攻めの作戦にも乗ってくれると思ったんだよ」

 フルートの声は静かですが、その中に揺らぎないものがありました。フルートは西部の住人全員の気持ちを代弁しているのです。

「感謝する」

 とオリバンは短く言いました。国と王室を想う西部の住人の気持ちが胸に迫って、それ以上のことばが出なかったのです。

 

 会話に区切りがついたので、白の魔法使いは報告を続けました。

「火は水運搬部隊の行く手を阻みましたが、向こうにも魔法使いが同行していたために、チャストと騎兵の一部、それに水馬車が火の中を突破して先へ進んでしまいました。騎兵は百騎、馬車は五十台ほどです。そちらには赤が率いる魔法軍団が向かいました」

「このままだとチャストがセイロスに水を届けてしまうものね。そんなことをされたら、せっかくのフルートの計画が台なしだわ」

「ワン、赤さんの部隊には水の魔法が得意な人もいるから、うってつけだね」

 とルルとポチが話し合います。

 

 すると、女神官の口調が変わりました。そこまで歯切れ良く話してきたのに、急にためらうような調子になって、こう言います。

「それから、その……もう一つ、テイーズについて報告することがございます。テイーズの住人は、畑を燃やした後、自らの手でテイーズの街にも火を放ちました――」

 一同は仰天しました。

「街に火を放っただとぉ!?」

「って、自分たちで自分の街を燃やしちゃったってことかい!?」

「どうしてそんなことをしたのよ!?」

「フルートは麦畑を燃やせ、って言ったのよ! 街を燃やせなんて言わなかったのに……!」

「ワン、それで、テイーズの人たちは無事なんですか!?」

 仲間たちが口々に言う横で、フルートは絶句していました。オリバンは怒りのあまり顔を真っ赤にして体を震わせました。

「テイーズの街は必ず助け出す、と私は言ったではないか! だからセイロスに征服されても耐えろ、と……! なのに、自分たちで街を焼き捨てるとは何ごとだ!? 彼らは故郷をあきらめたのか!!」

「い、いえ、それは……」

 女神官があわてて説明しようとすると、フルートが首を振りました。

「違います。彼らはテイーズを捨ててなんかいません――。彼らは、テイーズがあっては戦局的にまずいと考えたんです。テイーズには井戸があるから、どんなに水不足にしてもテイーズに行けば水が手に入ってしまうし、麦や飼い葉だってまだたくさん蓄えてある。セイロス軍に食料を与えないために麦畑を焼いたように、敵に基地を与えないために街も焼いてしまったんです」

「でも、それじゃ、テイーズの人たちはこれからどこで暮らすつもりなのよ!? 周りは荒野なんでしょう!? 水だって手に入らないでしょう!?」

 とルルが言いました。テイーズの住人を心配するあまり、こちらも怒ったような口調になっています。

「牧場には家畜用の井戸が掘ってあるんだ。そっちは無事なはずだ。それに、西部には家畜や畑の番で野宿に慣れている人が多いからね。大丈夫。彼らだってなんの見通しもなく街を焼いたりはしないはずだよ」

 とフルートが言ったので、白の魔法使いは、ほっとした顔になりました。

「勇者殿のご推察通りです。テイーズの住人は街の北側の牧場地帯に避難していましたが、井戸があるから水の心配はないし、食料や家畜の餌も、セイロス軍が水を積み込む代わりに残していったものをそっくり持ち出すことができた、と言っておりました。それと、もう一つ重要な報告が――。そうやって避難したテイーズの住人と警備隊員たちが、セイロス軍の歩兵部隊を全員捕虜にいたしました。その数およそ三万。物資を積んだ荷車も一緒です」

 これには全員がまたびっくり仰天しました。

「敵の歩兵部隊を全員捕まえた!?」

「それって、敵の主力部隊だろ!?」

「テイーズの連中はいったい何をやったんだよ!?」

「何も。敵の歩兵部隊は水路が枯渇したために、渇き死に寸前でテイーズにたどり着き、街が燃えているのを見て投降したのです。これ以上、水がない状態で進軍するのは不可能と考えたようです。テイーズの町長は、牧場の中に牢代わりの建物を造って監禁する、と言っていました」

 女神官の報告に、一同はまた驚いたり感心したりしました。

「じゃあ、それもテイーズの人たちが街に火をつけたおかげだったのね」

「ワン、セイロス軍の主力はメイ人だから、牧場に井戸があるなんて知らなかったんだ」

「フルートの作戦が、間接的に敵の主力部隊も降参させたことになるわね……」

 すると、真剣な顔で話を聞いていたオリバンが口を開きました。

「わかった。テイーズの住人の判断は実に正しかったのだな。だから、私も約束しよう。この戦いが終わったら、父上にテイーズの勇気と英断を伝えて、一刻も早く元の場所に街を再建していただく。それがテイーズの住人の忠誠心に応える唯一の方法だ」

 フルートは、にこりと顔をほころばせました。

「ありがとう、オリバン。テイーズの人たちもそれを期待しているはずです。国王陛下は西部を見捨てない。必ず助けてくださる――みんなそう信じていますから」

「肝に銘じておく」

 とオリバンは重々しく答えました。彼は未来のロムド王です。

 

 天幕の下の地面には、ロムド国西部の地図が広げられていました。西の街道に沿って、敵味方の部隊を示す木片がいくつも置かれています。

 ポチが地図の上に乗って言いました。

「ワン、そうすると、ここには敵がいなくなったことになりますね」

 とテイーズの西側にあった黒い大きな木片を鼻面で押して、地図の外に出してしまいます。

「チャストの水馬車と騎兵隊の一部は火を越えて先に進んだって言ったけどさ、残りの騎兵はどうしたわけ? まさか畑の中で焼け死んだわけじゃないだろ?」

 とメールがテイーズの東側にあった黒い木片を指さすと、白の魔法使いが答えました。

「火に阻まれて引き返した騎兵は四百騎ほどいましたが、こちらはテイーズの街が燃えているのを見て、南の方角へ逃れたようです。念のため、部下をひとりテイーズ近郊に残してきましたが、戻ってきたという連絡はまだ入っておりません」

「南か……。そっちには村や街がまったくないし、牧場もほとんどない。乾いた荒れ地が広がる本当の大荒野だから、迷い込むと苦労するだろうな」

 とフルートは考えるように言いながら、東へ向かう木片をもっと小さなものに替えました。元の木片は南の荒野へ大きく離して置きます。簡単には戦列に戻ってこられないだろう、という読みです。

「この連中は後方確認のためにダラに戻ってるって言ったよね? じゃあ、このへんだ」

 とメールは西へ引き返していく黒い木片を、さらに西の方向へ動かしました。ダラプグールという名前は言いにくいので、ダラと略してしまっています。こちらの動きは、魔法軍団のひとりがサガルマの街で定期連絡の兵士を引き留め、後方で何かあったと思わせた工作の結果です。

「敵がだいぶ散らばってきたな。数も減ってきたしよ」

 とゼンは腕組みしました。

 西の国境に近いダラプグールに駐留している部隊と、そこへ引き返していく騎兵部隊、燃える畑を抜けて東へ進むチャストの水運搬部隊、深い地割れを前に立ち往生しているセイロスの部隊――西の街道上にいる敵はこれだけになっています。

「次はこの敵だ。赤さんたちがここを阻止してくれたら、ぼくたちはセイロスの部隊と戦えるようになる」

 フルートはそう言うと、テイーズの東を進んでいる黒い小さな木片を指さしました。それは、セイロスの元へ水を届けようとしているチャストの部隊でした――。

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