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第22巻「二人の軍師の戦い」

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68.決着・1

 エスタ軍とクアロー軍の戦況は、魔法軍団とキースたちの加勢で一気に動いていきました。

 魔法使いたちがくり出す光の魔法にキースが闇の魔法をぶつけると、猛烈な爆発が起きます。それを敵陣の中にお見舞いしたので、クアロー兵は総崩れになり、敗走を始めたのです。必死に丘を駆け下って森の中まで戻りますが、そこではオーダが剣を振って暴れ回っていました。森の木々が風でへし折れ、クアロー兵が吹き飛ばされてうめいている光景に、彼らは震え上がり、さらに後方へと逃げていきました。そんな彼らに、踏みとどまって戦え! と命じる声はありませんでした。クアロー王はいち早く戦場から姿をくらましてしまったからです。

 周囲に刃向かう敵がいなくなったので、オーダが剣を下ろして一息ついていると、エスタ軍が押し寄せてきました。その先頭に魔法軍団と空を飛ぶグリフィン、そして、自分の翼で飛ぶキースがいるのを見て、オーダは目をむきました。

「なんだその姿は、キース!? まるで闇の民じゃないか! 魔法で変身でもさせてもらったのか!?」

 キースは一瞬ためらい、すぐに皮肉な笑い顔になって言いました。

「違う。これがぼくの本当の姿だ。君が話を聞いてもいいというなら、戦闘が終わった後で説明してやるよ」

 ばさばさと翼の音をたてて、キースはオーダの頭上を飛び越えていきました。その後ろを黒いグリフィンが追いかけていきます。背中に乗っているのは、額に角がある闇の娘と、小さな二匹のゴブリンです――。

 ぽかんと立ちつくすオーダの両脇を、魔法軍団が駆け抜けていきました。キースがクアロー軍めがけて魔法をくり出したので、同じ場所に光の魔法を送り込んで、また大爆発を起こします。

 

 すると、オーダの横に青の魔法使いが立ち止まりました。少し口ごもりながら切り出します。

「さぞ驚かれたでしょうな。キースが言ったとおり、あれが彼らの本当の姿です。ですが、彼らは――」

 オーダは頭を振って話をさえぎりました。

「言わなくてもいい。だいたいわかったからな。要するに、勇者の坊主どもは闇の民まで仲間にしていたってことなんだろう? 相変わらず、ガキのくせに油断も隙もない連中だ!」

 そして、オーダは吹雪を従えながら駆け出しました。爆発で起きた砂煙に魔法軍団やエスタ軍が二の足を踏んでいるところへ駆けつけて、どなります。

「下手だな、キース! こうしている間に敵が先に逃げるぞ! そぉれ――!」

 オーダが剣を振ると、ごうっと風が起きて砂煙を吹き飛ばしました。その向こうにまた、逃げて行く敵の姿が見えるようになります。

「追え! 追え!」

「クアロー兵を残らず捕虜にしろ!」

 エスタ兵が勢いづいて敵を追いかけます。

 キースが思わずオーダを振り向くと、黒い鎧の戦士は、ふふん、と鼻で笑いました。

「何をぼぅっとしてる。早く敵を追いかけろ! それとも、俺が敵のところまで吹き飛ばしてやろうか!?」

「馬鹿言え、ぼぅっとなんてしているもんか!」

 とキースは言い返すと、すぐに行く手に向き直りました。それが泣き顔を隠すような様子だったことに、アリアンだけが気がつきました……。

 

 その時、敵が退却していく森の向こうから角笛の音が響きました。同時に鬨(とき)の声も上がります。まだ少し距離はありますが、大軍勢の声です。

「新手か!?」

 エスタ兵や魔法軍団は、ぎょっと立ち止まりました。敵に新たな援軍が駆けつけたのではないかと考えたのです。

 すると、グーリーの背中でアリアンが鏡をのぞきました。そこに映った光景を見て歓声を上げます。

「私たちの援軍です! 向こうから来るのは銀の防具の軍隊! 先頭にいるのは濃紺の鎧兜の将――ロムド軍です!」

「ワルラ将軍の部隊ですか! もう駆けつけていたとは!」

 と青の魔法使いは驚きました。ワルラ将軍はエスタ軍の応援のために半月ほど前にロムド城を出発したのですが、いつの間にか彼らを追い越して、東からクアロー軍を攻め始めたのです。

 アリアンの鏡には、クアロー軍の最後尾に馬で突撃していくロムド軍が映っていました。挟み撃ちにされたクアロー軍が、大混乱に陥っています。

 魔法軍団やエスタ軍は、援軍の到着にいっそう奮い立ちました。

「敵は袋のねずみだぞ!」

「一気に討ち破れ!」

 その勢いに追われて、クアロー軍は散り散りになっていきました。エスタ兵に切り倒されたり、追い詰められて投降したりする兵士が続出します――。

 

 戦況が決まりつつあるのを見て、キースはグーリーの元に戻りました。ふわりと背中に舞い降りると、黒い翼をたたみます。

 そこにはアリアンとゾとヨがいました。ゴブリンの姿のゾとヨが、猿だったときと同じように飛び跳ねながら言います。

「魔法軍団はオレたちの本当の姿を見ても驚かなかったゾ!」

「オレたちをかわいいって言ってくれたヨ! 信じられないヨ!」

「ああ、ぼくも信じられない気持ちだ。さすがロムド城の人たちだな。寛大さが半端じゃないよ」

 とキースは頬をかきましたが、本当は、その手で自分の頬をつねって、夢ではないことを確かめたいくらいでした。彼らはまだ忌むべき闇の姿をしています。それなのに、魔法軍団は彼らを同志と言ってくれているのです――。

 すると、アリアンが両手で顔をおおいました。嬉し涙が手のひらからこぼれて、うつむいた額の角を濡らしていきます。

 キースは黙ってそれを見ていましたが、やがて自分たちの上で手を振りました。とたんに全員がまた人間や小猿の姿に戻ります。ただ、グーリーだけは皆を乗せているので、まだグリフィンのままでした。驚くアリアンやゾとヨに、キースが言います。

「もうじきここにワルラ将軍たちが駆けつけてくる。魔法軍団はぼくたちの正体を知っていたけれど、ロムド兵はそうじゃないからな。余計な疑惑は抱かせないほうがいい。それに、君たちはやっぱりこっちの格好のほうがいいからな」

 アリアンは薄緑のドレスの人間の姿になっていましたが、それを聞いて、悲しそうにうつむいてしまいました。キースは闇の娘の自分を見ていたくなかったのだろう、と考えたのです。

 ゾとヨが怒って飛び跳ねました。

「キースはまたアリアンを悲しがらせたゾ!」

「どうしてキースはアリアンに意地悪ばかりするんだヨ!?」

「意地悪なんかしてないって」

 とキースはうんざりしたように言いました。そう言う彼も、白い服に青いマントの人間の姿に戻っています。背中の翼や頭の角はもう消えてしまっていました。

「じゃあ、なんでアリアンは悲しんでるんだゾ!?」

「やっぱりキースは意地悪なんだヨ!」

 ゾとヨがキィキィと怒り続けるので、アリアンはあわてて顔を上げました。

「やめて、二人とも。違うのよ。キースは意地悪なんかしていないわ……」

「そう。意地悪なんかするもんか。ぼくはただ、人間の格好のほうがいいと言っているだけなんだ。なにしろ邪魔にならないからな」

「邪魔?」

 アリアンの胸の中で不安がまた頭をもたげました。やっぱり自分はキースの目障りになっているんじゃないか、と考えてしまったのです。思わずまた顔を伏せてしまいます。

 すると、キースは彼女の顎をつかんで、顔を上向かせました。

「そら。そうやって、すぐに誤解をする。ぼくが邪魔にならないと言ったのは角のことだよ。あると、ぶつかるからな」

 そう言って、キースはアリアンの額に額を押し当て、それから唇に唇を重ねました。そのまま深く口づけます――。

 

「おっと。キースの奴、何をうらやましいことやってるんだ!?」

 地上で剣を振っていたオーダが、空の二人を見て言いました。

「おぉ、ようやくですな。まったく気をもませる」

 と青の魔法使いは満足そうにうなずきます。

「あぁ、やっぱりあの二人はこうなっちゃったか」

「キース様ぁ」

 魔法軍団の中には、本気で残念そうな顔をしている者もいます。

 小猿のゾとヨがグーリーの背中で宙返りしながら言いました。

「やったゾ、やったゾ! これでキースとアリアンはほんとに仲良しだゾ!」

「またみんなで一緒にいられるヨ! アリアンももう泣かないヨね?」

 キースはアリアンから唇を離しました。照れたように自分の頭に触れて、ちぇっと言います。そこには一度消えたはずの角がまた現れていたのです。服もまた黒一色に変わってしまっています。人間の姿に戻りながら、キースは言いました。

「キスしただけでこうなんだから、人前で君を抱くわけにはいかないな。この続きは誰も見ていないところでだよ」

 茶目っ気たっぷりにウィンクされて、アリアンはこれ以上なれないほど真っ赤になりました。

「えぇ!? オレたちは見ていたいゾ!」

「オレたちはキースやアリアンが闇の格好になっても驚かないんだヨ!」

 とゾとヨが騒いだので、ギェェ、とグーリーがたしなめます。

 

 地上では戦闘が終わろうとしていました。まだ戦っている兵士は少数で、大半の敵は投降するか、どこかへ逃げてしまっています。

 森の向こうから、角笛を鳴らしながらワルラ将軍の部隊が近づいてくる気配がしていました――。

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