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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第23章 決着

67.正体

 エスタ国の東の戦場で、メイの魔法使いは魔法の直撃を食らってどんどん分裂していきました。異形の体から十八人の男女が離れて落ちていき、地上で待機していたロムドの魔法使いに受け止められます。

 最後の四人が魔法で受け止められたのを見て、青の魔法使いは、やれやれと安堵しました。

「これでやっかいな魔法使いは消えましたな。無理な合体をした影響で頭がおかしくなっていたが、これで正気に返ることでしょう」

 グリフィンになったグーリーの背中で、キースは肩をすくめました。

「セイロスに合体させられていたんだろうね。まったく、ひどいことをするな。彼らが強力な魔法使いだったから無事に元に戻れたけれど、普通の人間にこんなことをしたら、体のあちこちが溶け合って元に戻れなくなるところだ」

「まったくですな。ところで、そちらはどうなりましたかな? 丘の向こうから、すさまじい闇の気配がしていましたが」

「ああ、大食いが出てきたんだよ。例の魔獣使いの幽霊が操っていたんだ」

 すると、小猿のゾとヨが得意顔で割り込んできました。

「オレたち、大食いを倒す手伝いをしたんだゾ!」

「深緑のおじいさんから預かった聖水を、大食いに使ったんだヨ!」

「おお、深緑が。いつもながら頼りになる。ゾとヨも、アリアンもグーリーも、よく来てくれました。助かりましたぞ」

 青の魔法使いに感謝されて、アリアンが笑顔になりました。ゾとヨは大喜びして、グーリーの背中で宙返りします。

 地上では大勢の兵士たちが空の戦いを見上げていました。メイの魔法使いが敗れて分裂していったので、エスタ兵は武器を振り回して歓声を上げ、クアロー兵は青くなって逃げ腰になります。

 

 ところが、キースがいきなり地上を振り向きました。

「危ない、よけろ!」

 最後に地上に落ちていった魔法使いが、魔法で受け止められた瞬間に目を開けて、空の彼らを見たのです。その瞳はまだ狂気に彩られていました。いきなり手を伸ばして、グーリーへ魔法を撃ち出してきます。

 彼らは完全に不意を突かれました。地上の魔法軍団も空にいる青の魔法使いも、防御の魔法が間に合わなかったのです。攻撃が早すぎてグーリーも回避しきれません。強烈な光の魔法が襲いかかっていきます。

「くそっ!」

 キースはとっさに障壁を張りました。光と闇の魔法が空中で激突して、猛烈な爆発を引き起こします。グーリーは爆風をまともに食らってバランスを崩しました。背中にキースとアリアンとゾとヨを乗せたまま、きりもみしながら地上へ落ちていきます。

「キース!」

 青の魔法使いは魔法で受け止めようとして、あわててそれをやめました。彼が使うのは強烈な光の魔法です。キースたち闇のものにどんなダメージを与えてしまうかわかりません。

 その間にグーリーは地上に墜落しました。土砂が宙に舞い、地面が大きく揺れます。

「キース! アリアン! ゾ、ヨ――!」

 青の魔法使いは大慌てで空から降りていきました。黒いグリフィンは体の半分を地面にめり込ませていました。こんなに激しく墜落したのでは、いくらキースたちでも無事ではすまないでしょう……。

 

 けれども、グーリーのそばにキースたちの姿はありませんでした。武僧が見回していると、羽ばたきの音がして、周囲の兵士たちがいっせいに空を指さします。

「見ろ!」

「なんだ、あれは!?」

「鳥か!?」

「人だ!」

 指さす先を見上げた青の魔法使いは、はっとしました。そこには闇の姿のキースたちがいたのです。キースは白い服が黒に変わり、頭にはねじれた二本の角が、背中には大きな黒い翼が現れていました。その翼で羽ばたいて、墜落するグーリーから飛び立ったのです。キースの両腕にはアリアンが抱きかかえられていました。怪我もなく無事な姿ですが、薄緑のドレスは黒一色に、額からは長い一本角が伸びています。アリアンにはゾとヨがしがみついていましたが、彼らも小猿の姿から大きな目玉のゴブリンに変わってしまっていました。

「おおお、オレたち元に戻っちゃったゾ!」

「どどど、どうしてだヨ!?」

 泣きそうな声で騒ぐゾとヨに、キースは顔を歪めて言いました。

「ぼくのせいだよ。周りに敵の魔法がまだ絡みついていたから、振り切るのに力を使いすぎたんだ。君たちの変身を保つだけの力がなくなってしまったんだ……」

 アリアンはキースに抱えられたまま、青くなって地上を見下ろしていました。墜落したグーリーはまだ生きていて、必死に地面から抜け出そうとしていますが、その周囲で人々が彼らを見上げて指さしていたのです。すぐに一番恐れていたことばが聞こえてきます。

「闇の民だ!」

「あれは闇の民だぞ!!」

 それは恐怖と嫌悪の声でした。敵のクアロー軍からも、味方だったエスタ軍からも、同じように鋭く響いてきます。ことばを矢に変えて、空から彼らを撃ち落とそうとするようです。

「いかん」

 青の魔法使いは急いで彼らをかばおうとしましたが、それより早く、先のメイの魔法使いが金切り声を上げました。

「そういうことか!! 私の魔法を防いだだけであんなに爆発するのはおかしいと思っていたが、貴様たちは闇の民だったのだな!! 忌むべき悪魔のしもべだ!!」

 ざわっとまた動揺が広がっていきました。キースたちが見える場所では戦闘が中断され、見上げる顔には一様に恐怖と嫌悪の表情が浮かんでいます。

 アリアンはキースに身を寄せ、ゾとヨもアリアンに固くしがみつきました。地上はもう敵味方に分かれてはいませんでした。彼らにとっての新しい敵が現れたからです。それは空にいるキースたちでした。闇の色の服と髪をなびかせ、闇の色の翼を広げ、赤い瞳に角と牙を持つ彼らは、人々には悪魔と同じ存在に見えています。

 アリアンを抱くキースの腕が震え出しました。アリアンも泣き出しそうに顔を歪めます。もう、どんなことをしても、自分たちの正体を誤魔化すことはできません。自分たちは闇のものだということを、居合わせた人々全員に知られてしまったのです。

 メイの魔法使いは叫び続けました。

「撃ち落とせ! 撃ち落とせ! あれは闇のしもべだ! 我々を地獄へ引きずり込む悪魔を倒せ!」

 あはははは、と調子の外れた笑い声が続きます。

 青の魔法使いはその横へ飛んで、どなりつけました。

「いつまで操られているつもりだ! どちらが悪魔か、よく考えろ!」

 太い杖で魔法使いの頭を殴りつけて、気絶させてしまいます。

 けれども、その時にはもう、魔法使いが叫んだ声が人々の間に伝わってしまっていました。あれは悪魔だ! 殺せ! 撃ち落とせ! たった今まで敵の兵士に向かっていた憎悪が、そのままキースたちへ向けられたのです。至るところで弓が引き絞られ、キースたちに向かって矢が飛び始めます。

「危ない!」

 キースは身をかがめ、大きな翼でアリアンたちを矢からかばおうとしました。ゾとヨがまた悲鳴を上げます――。

 

 ところが、キースたちの前にいきなり光の壁が広がって、飛んでくる矢を跳ね返してしまいました。次の瞬間、ごぅっと激しい風も吹いて、地上の人々を砂埃で包み込みます。

 つむじ風は空にいるキースたちまでは届きませんでした。キースたちは何が起きたのかわからなくて目を丸くしました。一瞬、オーダが駆けつけてきたのかとも考えますが、オーダの姿は見当たりません。

 すると、砂埃の渦の中心が広がって、そこに三十名ほどの男女が現れました。ロムドの魔法軍団です。

「おまえたち」

 と青の魔法使いは驚きました。彼の部下たちは杖を掲げてつむじ風を起こし、地上の人々が矢を撃てないようにしていたのです。それでもキースたちへ矢が放たれると、すかさず障壁を張って防ぎます。

 青の魔法使いがぽかんとしていると、部下たちが、くすくすと笑い出しました。

「隊長のそのお顔ったら」

「わしらがキース殿たちを守っているのが、そんなに意外ですか?」

「守らないはずがないでしょう。彼らは私たちの同志ですよ」

 空の上では、キースたちも驚いてあっけにとられていました。

「ひょっとして……魔法軍団はみんな、ぼくたちの正体に気がついていたのか……?」

 すると、魔法使いたちがキースを見上げてきました。

「全員ではありません。中には、今ここで初めてあなた方の本当の姿を見た者もいます」

「でもねぇ、あんたやグリフィンは隊長と一緒にしょっちゅうロムド城から出動しただろう? 隊長はあんたたちの正体が見えないように気を配っているおつもりだったけど、なにしろあたしたちの隊長がすることだからねぇ」

「そうそう。行きはあなたたちの姿を隠して見えないようにしていたのに、帰りにはすっかり忘れて、闇の姿が丸見えの状態で戻ってきたりね」

「私たちは交代で常に城内を見張っているから、猿くんたちが時々ゴブリンに戻っているのも見ていたんですよ」

「ふふふ、姿が変わっても、かわいいことに変わりはなかったけれどね」

 やや、と青の魔法使いは頭をかきました。キースやグーリーと一緒に闇の怪物退治に出動する様子を、部下たちに逐一見られていたのだと悟ったのです。

 

 すると、青年の魔法使いがアリアンを見上げながら言いました。

「彼女が城のバルコニーで正体を現しかけて困っている様子は、ぼくが見ていました。助けに飛んでいくべきかどうか迷っていたら、占者殿に先を越されましたが、本当はぼくが駆けつけたかったんですよ」

 青年が片目をつぶってみせたので、アリアンは真っ赤になり、キースは怒りました。

「おい! 彼女に色目を使うなんて、どういうつもりだ!?」

「君がいつまでも煮え切らない態度でいるのなら、こっちが彼女に名乗りを上げるぞ、ってことさ。彼女が闇の民だと承知の上で、彼女に好意を寄せている仲間は多いんだからね」

「同じように、キース様が闇の民でも大好きでいる女性も大勢いますのよ。ねえ、キース様、お相手は人間でもかまわないんでしょう?」

 と、ふっくら丸顔の女もキースに秋波(しゅうは)を送ってきます。

 キースたちはすっかり面食らってしまいました。ロムドの魔法軍団は、彼らが闇のものとわかっているのに、人間の姿のときと同じように――いえ、むしろもっと親しく話しかけてきます。

 ゾとヨは大きな目をぐるぐるさせながら言いました。

「オレたちはゴブリンだゾ。チビで弱くてみっともない怪物だゾ」

「それでもオレたちをかわいいって言ってくれるのかヨ? ホントかヨ?」

「本当よ。だって、あなたたちは本当にかわいいじゃない!」

 とそばかす顔の娘が答えたので、ゾとヨはキャーッと歓声を上げて飛び跳ねました。

 その時、グーリーがようやく頭を地面から引き抜いて立ち上がってきました。くちばしのある頭をぶるぶると振って、周囲を見回します。

 魔法軍団の一人がそれに話しかけました。

「よう、自分で抜け出せたな。よかった。俺たちは光の魔法使いだから、助けてやりたくても魔法が使えなかったんだよ。怪我はなかったか?」

 ぽんと黒い羽根におおわれた胸をたたかれて、グーリーはギェェ、と鳴きました。嬉しそうな声です。

 

 いやはや、と青の魔法使いは苦笑いをしました。

「案ずるより産むがやすし、というところですかな。キースたちがとっくに我々の本当の仲間になっていたとは。どれ、そうとなったら、さっさとこの騒ぎに片をつけましょう――」

 武僧の顔が急に真剣になりました。太い杖を掲げると、魔法で戦場に声を広げながら言います。

「クアローもエスタもよく聞きなさい! ここにいる彼らは我々ロムド魔法軍団の仲間! 闇の姿に光の魂を宿す正義の戦士だ! しかと覚えておくがいい!」

 おぉぉ!!! 魔法使いたちがいっせいにそれに応えます。

「青さん……魔法軍団……」

 キースとアリアンは自分たちの状況が信じられなくて、まだあっけにとられています。

 ギェェン。

 グーリーがまた嬉しそうに鳴き声を上げました――。

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