「やったゾ! やったゾ!」
「とうとう大食いを倒したヨ!」
長虫が完全に形を失って地面に吸い込まれていったので、ゾとヨは大喜びで飛び跳ねました。アリアンも笑顔になります。
キースはまだグーリーと一緒に空にいました。大きく旋回すると、空中に浮かぶランジュールへ突進していきます。
「おまえを生かしておくと、また魔獣をくり出して妨害する! 消えてもらうぞ!」
ランジュールは飛び上がりました。
「ボクは幽霊だから、生きてなんていないじゃないかぁ! ――なぁんて突っ込みをしてる場合じゃないよね。このお兄さんは魔法が使えるから、攻撃されたらボクもダメージを受けちゃう。おピンクちゃんをやられちゃったのは悔しいけど、どぉせあのくらいの魔獣じゃ勇者くんたちは倒せなかったんだし。また、もぉっと強い魔獣を捕まえるしかないよねぇ。もぉ、セイロスくんったら、いったいいつボクに魔獣をくれるんだろぉ――?」
ぶつぶつひとりごとを言い続けるランジュールに、グーリーが襲いかかりました。キースが手を突きつけて魔法攻撃を食らわせようとします。
すると、それより早くランジュールは姿を消しました。
「うふふふ、闇の王子様、またねぇ……」
いつもの笑い声だけが空中に漂って、ゆっくり消えていきます。
ランジュールは堂々とキースの正体をばらしているのに、オーダは相変わらず無頓着(むとんちゃく)でいました。ランジュールの話など聞いていなかったのです。疾風の剣を構えながら、空へどなります。
「降りてくるか、別な場所に行け、キース! このあたりの敵をみんな一掃するぞ!」
キースは思わず苦笑してから答えました。
「君がいれば、このあたりは心配ないな。ぼくは前線に戻って青さんたちを手伝ってくる。ゾ、ヨ、アリアン、こっちに乗るんだ!」
キースから名前を呼ばれて、アリアンはぱっとまた顔を赤らめました。オーダのほうは口を尖らせます。
「なんだ、この別嬪(べっぴん)さんを連れていっちまうのか? 怪我なんぞさせないから、ここに残していけよ」
「馬鹿言え。そんな危険なことができるか!」
キースはさっさと空から舞い降りてくると、グーリーの背中にアリアンと小猿たちを引き上げました。すぐにまた舞い上がって、丘の上の戦場へ飛び去ります。
オーダはにやにやしながらそれを見送りました。
「まったく、いい歳して本当に餓鬼だな、あいつは」
その間に、オーダにクアロー兵が集まり始めていました。暴れ回っていた長虫が消滅し、巨大なグリフィンも飛び去って、オーダだけが後に残ったので、敵を討ち取るチャンスと見て殺到してきたのです。
ふふん、とオーダは笑いました。
「都合良く、連中のほうで集まってきてくれたな。吹雪、ちゃんとそばにいろよ」
足元のライオンに声をかけてから、大剣を振り上げて大声でどなります。
「そぉら、激烈敵陣一掃風――!!!」
ごごごごごぅ。
猛烈な風が湧き起こり、渦を巻きながら広がっていきました。突撃してくる敵兵を巻き込み、引き倒し、吹き飛ばしてしまいます。
たちまちオーダの周囲から立っている敵が消えました。地面にたたきつけられたり、折れた木の下敷きになったりして、情けない悲鳴を上げています。
オーダは吹雪を見下ろしました。
「どうだ、今の技の名前は。けっこう格好良かっただろう」
ガゥン?
疑わしげに、白ライオンは首をかしげました――。
丘の上の前線ではエスタ兵とクアロー兵が入り乱れての戦闘を繰り広げ、上空では青の魔法使いと敵の魔法使いの一騎打ちが続いていました。
地上の戦闘はエスタ軍が優勢なのですが、魔法使いの戦闘は本当の互角でした。青の魔法使いが魔法を撃ち出せば敵が砕き、敵が稲妻を落とせば青の魔法使いが防ぎます。空は飛び散った魔法のひらめきでいっぱいになっています。
グーリーの背中でゾとヨが伸び上がって言いました。
「魔法戦争になってるのに、光の魔法しか見えないゾ」
「あいつはドルガみたいなのに、闇の民じゃないのかヨ?」
ドルガというのは闇の国の戦士の階級で、腕が四本あるのが特徴なのです。
「メイ国の魔法使いたちが自分たちに合体の魔法をかけたんだよ。魔力はドルガ程度だけれど、合体のせいで頭がおかしくなっているし、光の魔法だから手出しが難しいんだ。――グーリー、気をつけて飛べよ。流れ弾を受けたら消滅するかもしれないからな」
ギェェン。黒いグリフィンが答えます。
すると、アリアンが言いました。
「青さんが苦戦しているわ。どの方向から攻撃しても、全部受け止められてしまうのよ」
メイの魔法使いは頭が七つ腕が十本あるので、青の魔法使いの攻撃がすべて防がれてしまうのです。
キースは敵を観察しながら言いました。
「あいつは魔法をくり出すとき、必ず手を上げる。それに、常にすべての方向に注意を向け続けるのは不可能なはずだ――。よし、ちょっと危険だけれど協力してくれるか、ゾ、ヨ?」
「なんだゾ!? なんだゾ!?」
「オレたちに手伝えることがあるのかヨ!?」
名指しされて張り切る小猿に、キースは耳打ちをしました。二匹がすぐに飛び跳ねます。
「それならお安いご用だゾ!」
「その代わり、キースはしっかりオレたちを守るんだヨ」
「もちろんだ。よし、アリアン。あいつが油断している方向を見つけろ」
「はい!」
アリアンはまた鏡をのぞき、異形の魔法使いが視線を向けていない方向を探し始めます――。
空中では、アリアンが言うとおり、青の魔法使いが苦戦していました。
杖から次々魔法をくり出すのですが、どんなにひっきりなしに撃っても、頭や腕をたくさん持つ敵は、攻撃をすべて見切ってしまうのです。そのうえ間髪をおかずに反撃してくるので、こちらの防御が間に合わないことさえあります。
そんなときには、地上から青の魔法使いを守る魔法が飛んできました。下で待機している魔法軍団が、彼らの隊長を見守って手助けしているのです。ただ、それも次第に回数が減り、タイミングも時々遅れるようになっていました。地上は完全に乱戦状態で、敵味方が入り乱れて斬り合い突き合い、馬で相手を踏みつぶそうとしています。そんな攻撃が魔法使いたちにも向くようになっていたのです。
青の魔法使いが攻撃をきわどいところでかわしたのを見て、敵の魔法使いは笑いました。
「どうした、四大魔法使いぃ、さっきから逃げ回ってばかりだぞぉぉ。そろそろくたびれて、魔法切れかぁ? こちらはまだまだ戦えるぞぉ。なにしろ、こちらは十八人だからなぁぁぁ」
七つの頭が同時に話すので、相変わらず声は奇妙に反響して聞こえます。
青の魔法使いは杖を握りしめたまま、攻めあぐねていました。敵は攻撃のために障壁を張らずにいるので、攻撃が当たりさえすれば、かなりのダメージを食らわせることができるのですが、その隙がどうしても見つからないのです。なんとか敵の気をそらすことができれば、と考えますが、敵は七つの頭で周囲を見張り続けているので、不意を突くこともできません。
すると、そこへ大きな生き物が飛んできました。黒い鷲の頭と前脚と翼に、黒いライオンの体をつないだ怪物――グリフィンです。背中にはキースとアリアンとゾとヨが乗っています。
青の魔法使いは「危ないですぞ!」と叫ぼうとして、あわてて声を呑みました。敵がグーリーに気がついていなかったからです。敵の死角を突いて接近しているのに違いありません。
グーリーから敵の目をそらすために、青の魔法使いはまた魔法をくり出しました。正面から激しく攻撃すると、敵はすぐに防いできて、空中に魔法の火花が激しく散ります。その間にグーリーが接近します。
ところが、グーリーの羽音が敵に聞きつけられました。後ろや横の頭が、じろりとグーリーへ目を向けます。
「グリフィンだ!」
「敵よ!」
「撃ち落とせ!」
数本の手がいっせいにグーリーに向きました。魔法攻撃がくり出されます。
「いかん!」
と青の魔法使いは思わず叫びました。キースたちは闇のものです。敵の光の魔法に直撃されれば、とんでもないことになります。
とたんに、キースが両手を突き出しました。グーリーの前に白い障壁が広がり、表面に敵の魔法がぶつかります。すると、すさまじい爆発が起きました。青の魔法使いのときの何十倍もの激しさで魔法が砕け、猛烈な風が巻き起こります。
敵の魔法使いはとっさに腕を上げて爆風を防ぎましたが、それでも全身を激しく揺すぶられました。一方、青の魔法使いのほうはすでに身構えていたので、影響はあまり受けませんでした。敵の光の魔法とキースの闇魔法が激突すれば大爆発する、とわかっていたからです。爆発に面食らっている敵へ突進して、至近距離から魔法をたたき込もうとします。
けれども、やっぱりそれも敵に防がれました。七つの顔の一つが、青の魔法使いを見続けていたのです。正面の二本の手が魔法をくり出して、青い魔法攻撃を砕いてしまいます――。
その時、グーリーの背中でキースが叫びました。
「今だ! やれ、ゾ、ヨ!」
すると、敵の魔法使いの真上に突然二匹の小猿が現れました。魔法使いの頭の上に飛び降りると、腕を伸ばして七つの顔を縦横無尽にひっかき始めます。
「うあぁぁぁ!」
「ひゃぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁ……!」
七つの頭はたちまち悲鳴を上げ、太った体が空中で揺れ出しました――。