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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第22章 空中戦

64.叱責(しっせき)

 「キース! おい、キース!」

 オーダは大声で呼び続けました。

 丘の麓の森の中で、キースは黄色い半球の中に閉じ込められてしまったのです。直前に放り出してもらったオーダは無事でしたが、いくら呼んでも、中からキースの返事はありません。

 半球の正体は闇の怪物の大食いでした。キースを包み込んだまま、ゆっくりと半球から元の長虫に形を変えていきます――。

 うふふっ、とランジュールが空中で笑いました。

「このおピンクちゃんはねぇ、どんな生き物でもひと呑みで食べちゃうんだよぉ。人間でも動物でも闇の生き物でも、ぜぇんぜん関係なし。おピンクちゃんのお腹に入れば、もぉ魔法は効かないからねぇ。あのお兄さんも、今頃は消化されてどろどろに溶けちゃってるさぁ。うふふふ」

 そんな! とオーダは言いました。あれほど強かったキースが、こんなに簡単にやられるとは信じられなくて、見守り続けますが、長虫の中からキースは現れません。

「おい……本当か? 本当に食われちまったのか? おまえほどの奴が……」

 やっぱりキースの返事はありません。オーダは顔を歪めます。

 

 すると、頭上のはるか高い場所から、ばさばさと翼を打ち合わせるような音が聞こえてきました。キェェ! と鋭い鳴き声も響きます。

 はっと一同が見上げると、木立の間の空から黒いものが降ってくるところでした。たちまち大きくなり、ざざざ、と木々の梢をこすって森の中に飛び込んできます。

「おピンクちゃん!?」

 ランジュールは驚いて叫びました。飛び込んできた黒い影が、長虫の頭に襲いかかったのです。ピンクの体液が血しぶきのように飛び散り、長虫が激しく身もだえします。

 そこに、今度は若い女性の声が響きました。

「頭から三つ目の斑点! キースはそこよ!」

 舞い上がった黒い影は大きな空飛ぶ怪物でした。その背中に長い黒髪の娘が乗っていたのです。

 怪物は空中で向きを変えると、娘が言うとおりの場所へ急降下していきました。向かってきた長虫の頭にまたくちばしで食いつくと、のけぞった長虫の三つ目の斑点を、後足の爪で蹴り裂きます。

 とたんに、裂け目からキースが飛び出して来ました。全身を淡い白い光で包まれていて、地面に転がると光は吸い込まれるように消えていきます。

 次の瞬間、キースは跳ね起きて叫びました。

「グーリー! どうしてここに――!?」

 すると、空飛ぶ怪物の背中から、賑やかな声も聞こえてきました。

「やったゾ! やったゾ! キースが出てきたゾ!」

「良かった、無事だったヨ! キースは消化されてなかったヨ!」

 怪物の背で飛び跳ねているのは、二匹の赤毛の小猿でした。ゾ、ヨ! とキースはまた叫び、同じ場所に長い黒髪の娘も乗っているのを見て、本当に驚いた顔になりました。

「アリアン! どうして君がここにいるんだ!?」

 森の木立の間で羽ばたいているのは、黒いグリフィンの姿のグーリー、その背中に乗っていたのはアリアンとゾとヨだったのです。

 

 アリアンは風に長い髪を吹き乱しながら、泣きそうな顔でほほえんだだけでしたが、小猿のゾとヨは飛び跳ねながら賑やかに言い続けました。

「もちろんキースを助けに来たんだゾ! 間に合って良かったゾ!」

「オレたち、アリアンの鏡でずっとキースを見ていたんだヨ! キースが危ないから、急いで飛んできたんだヨ!」

 オーダは立ちつくしたまま、ぽかんとそのやりとりを聞いていました。

 ランジュールは空中で地団駄を踏んで怒っています。

「ちょぉっとぉ! キミたちみんな、勇者くんのお友だちじゃないかぁ! もうちょっとでこのお兄さんを殺せるところだったんだから、邪魔しないでよねぇ!」

 すると、アリアンは、きっとランジュールを見据えました。

「キースは殺させないわ! だって、私たちが来たんですもの! グーリー、私たちを下ろして!」

 グリフィンはすぐに地上に舞い降りました。アリアンとゾとヨを背中から下ろすと、また飛び立ちます。向かった先は強大な長虫でした。斑点を切り裂かれて苦しんでいるところに、また襲いかかっていきます。

 キースはアリアンに駆け寄りました。

「どうしてこんなところにに来た!? ここは戦場だぞ!」

 きつく責める声に、毅然としていたアリアンから急に強いものが消えていきました。怯えたように後ずさると、その前に小猿たちが飛び出してわめきました。

「怒っちゃダメだゾ、キース! オレたちはキースを助けに来たんだゾ!」

「そうだヨ! 大食いに魔法は効かないヨ! あのままだと、キースは外に出られなくて消化されちゃったんだヨ!」

「身を守る魔法は使えていたさ。中で脱出の方法を考えていたんだよ」

 とキースがとげとげしく言ったので、アリアンはますます自信をなくしてしまいました。泣きそうな顔になってまた後ずさり、ゾとヨは怒って跳び跳ね続けます。

 

 その様子に、オーダがようやく我に返りました。状況を見極めるように一同を見比べてから話しかけます。

「この人はおまえの奥さんなのか、キース? そんなに頭ごなしに言ったらかわいそうじゃないか」

 キースはたちまち真っ赤になりました。

「ぼくには妻なんかいないよ! 彼女はただの――」

「まだ、ただの恋人だったのか。わかったわかった。そこんところの説明はいいから、とにかくどなるのをやめろって。こんな戦場まで助けに駆けつけてきたから、びっくりして心配になったんだ、って言やぁ、それですむだけのことなんだからな」

 オーダに本音を言い当てられて、キースは絶句しました。今度はアリアンが真っ赤になり、小猿のゾとヨは頭を寄せて話し合います。

「キースがどなったのは、怒ったんじゃなくて、オレたちが心配だったからなのかヨ?」

「そうらしいゾ。キースは意地悪じゃなくて、へそ曲がりなだけだったみたいだゾ」

「なんだと!?」

 キースは思わずまた声をあげ、とたんにオーダにげんこつで頭を殴られました。

「騒ぐなと言ってるだろう。そんな態度をとってると、せっかく好いてくれてる女にも逃げられる羽目になるぞ。経験者の話は素直に聞け――っと、いや、これは別にいい。とにかく、女には優しくしてやるもんだ。こんな場所まで助けに駆けつけてくれるようないい女なら、なおさらだぞ」

 キースはまたことばに詰まると、憮然とした表情になって言いました。

「まさか君から恋の手ほどきを受けるとは思わなかったな、オーダ」

「人生経験なら負けてないからな。どうだ、本当にいい男だろう、俺は?」

「自分でそう言わなければ、もっといい男だったと思うよ」

 そんなやりとりをしながら、キースはちらりとアリアンを見ました。彼女もキースのほうを見ていたので、視線が合い、二人は同時に目を伏せたりそらしたりします――。

 

 空中ではランジュールが怒りながらわめいていました。

「なぁにぃ!? なにさぁ、この状況! せぇっかくうまくいきそうだったのにさぁ! どぉしてキミたちはいつもボクの邪魔をするわけぇ!?」

 グリフィンのグーリーは長虫の周りを飛び回りながら、ひっきりなしに攻撃を加えていました。全身をおおう黄色い粘液は生き物も金属も溶かして吸収しますが、ピンクの斑点のところだけにはそれがありません。斑点は長虫が呼吸するための場所だったのです。グーリーはそこを鷲(わし)の前脚やライオンの後脚で集中的に攻撃し、隙を見てくちばしで頭にも攻撃を加えました。同じ闇の怪物の攻撃なので、長虫の傷は治っていきません。

 もぉ! とランジュールはまた叫びました。

「グリフィンってホントに素早いんだからさぁ! こぉなったら奥の手。おピンクちゃん、溶解して捕まえてぇ!」

 たちまち長虫がまた形を失いました。黄色い液体になって地面に落ち、そこから伸び上がってグリフィンを捕らえようとします。グーリーは黒い翼を打ち合わせて上空へ逃げました。その後を液体は追いかけてきます。

 すると、小猿のゾとヨがぴょんと飛び跳ねました。

「やったゾ! やっぱり水になったゾ!」

「闇の国の毒のほうが効くけど、これもきっと効くはずだヨ!」

 そう言いながらどこかから取り出したのは、二本のガラス瓶でした。地面に広がる黄色い池に、ためらうことなく駆け寄っていきます。

 アリアンが言いました。

「気をつけるのよ、ゾ、ヨ!」

「大丈夫だゾ」

「オレたち、深緑のおじいさんに言われたとおりにするヨ」

 と二匹は返事をすると、小さな手で器用に蓋をはずしました。そのまま瓶を逆さにして、中身の液体を黄色い池へ注ぎます。

 とたんに、池の縁が大きく持ち上がり、シシシィィィ、と耳障りな鳴き声が響きました。たちまち黄色い液体が大きく波打ち、グーリーの後を追うのをやめて渦を巻き始めます。長虫がもだえ苦しみ出したのです。

「おピンクちゃん!?」

 ランジュールは驚いて飛んでいきました。ゾとヨのほうは、ガラス瓶を池に投げ込んでまた駆け戻ってきます。

「よくやったわ」

 とアリアンが二匹を抱きしめたので、キースは尋ねました。

「今のはなんだ? 大食いに効いてるじゃないか」

「あれは聖水なんだゾ! 水になったところにかけたから、大食いの体の中に混ざったんだゾ!」

「深緑の魔法使いのおじいさんが持たせてくれたんだヨ! 特別強力な聖水だから、効果も大きいんだヨ!」

 二匹は胸を張りましたが、キースは絶句してしまいました。ゾやヨも闇の怪物なのですから、万が一聖水がかかるようなことがあれば、彼らだって無事ではすまなかったのです。

 

 すると、アリアンがキースに言いました。

「大食いは弱ってるわ。この隙に倒して」

 普段はとても控えめな彼女が、今は強い信頼を込めた目でキースを見つめていました。きっとそれができると信じているのです。

 キースは思わずまた頬をかくと、少し考えてから言いました。

「いくら大食いだって、体の中には心臓があるし、そこは急所だ。アリアン、心臓の場所を見つけろ。オーダはそこを風で吹き飛ばすんだ」

 アリアンはすぐさまドレスの隠しから小さな鏡を取り出しました。鏡はたちまち大きくなり、荒れ狂う黄色い液体を表面に映し出します。アリアンは鏡の中を素早く見回し、目の前の怪物を指さしました。

「心臓はあそこよ!」

「よし!」

 オーダがアリアンの示す場所へ剣をふるいました。どぅっと猛烈な風が巻き起こり、伸び上がっていた黄色い渦の真ん中を吹き飛ばしてしまいます。

 すると、そこに脈打つ黒い塊が現れました。長虫の心臓です。

「グーリー!」

 とキースは叫び、舞い降りてきたグリフィンに飛び乗って怪物へ突進しました。手には剣を握っています。

「わわわ、まずいぃ! おピンクちゃん、退却ぅ!!」

 ランジュールは必死で命じましたが、形を失った上に聖水と風のダメージを食らった長虫には通じませんでした。キースがグーリーの背中から剣を突き出すと、刃が白く輝いて長く延び、長虫の心臓を真っ二つにしてしまいます。

 とたんに、黄色い液体は渦を巻くのをやめ、そのまま滝のように地面に落ちました。池を作ることもなくただ広がり、じきに地面に吸い込まれていってしまいます。

 キースたちは長虫の怪物を退治することができたのでした――。

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