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第22巻「二人の軍師の戦い」

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63.後方・2

 クアロー軍は全体が混乱し始めていました。

 前線では突撃してきたエスタ兵とクアロー兵が乱戦に陥り、メイから派遣された異形の魔法使いが青の魔法使いと一騎打ちを繰り広げていますが、後方でも巨大な長虫が突然暴れ始めたので、クアロー兵が逃げ惑っています。

 特に後方の被害は甚大でした。長虫が黄色い体をぐんと伸ばし、向きを変えて地上に頭を下ろすと、その下にいたクアロー兵が何十人と食われてしまいます。同時に長い体をくねらせるので、そこに触れた兵士や馬も黄色い粘液に捕らえられて、みるみる溶けていきます。

「おい、仲間を食ってるじゃないか!」

 とオーダは青くなりました。吹雪もあわてて主人の元に逃げてきます。

「敵も味方も見境なしのようだな。とんでもない暴れ虫だ」

 とキースは言いながら剣を抜きました。普通のロングソードなので、巨大な長虫相手には針のようにちっぽけに見える武器です。

 空中でランジュールが笑いました。

「やだなぁ、お兄さんったら。そぉんな武器で対抗できると思ってるのぉ?」

 キースをお兄さんと呼ぶのは、オーダへの当てつけです。

「無理だ、キース! 下がれ! あんな化け物、魔法軍団でなけりゃ相手にできないぞ!」

 とオーダも言います。

 うふふっ、とランジュールは笑いました。

「そぉだよねぇ。だけど、下がらせないよぉ。キミたちはみんな、ここでおピンクちゃんのおやつだからねぇ」

 ぐわっと長虫がまた頭を上げました。牙のような触手が並ぶ口をキースたちに向けますが、キースは逃げようとしません。剣を構えたまま長虫をにらみつけます。

 長虫の頭が弧を描きながら落ちてきます――。

 

 すると、ごうっと風の音がして、激しい風が巻き起こりました。次の瞬間には長虫の体が途中から切れて、地響きを立てながら落ちてきます。

 キースは振り向き、オーダが疾風の剣を振り下ろしているのを見ました。激しい風の一撃で、長虫の体を断ちきってしまったのです。

 へっ、とオーダは笑いました。

「悪いな、キース。その剣では短すぎるようだから、俺が切ってやったぞ」

 キースは思わず頬をかきました。

「それはどうも――。でも、たぶんそれじゃだめだな」

「どうしてだ? 奴は真っ二つだろうが!」

 オーダが反論していると、ガウゥッと吹雪がほえて身構えました。地面に落ちた長虫の前半分に、後ろ半分が近づいていって切り口を合わせたのです。たちまち体がつながり合って、元の姿に戻ってしまいます。

 驚くオーダにランジュールが言いました。

「そぉそぉ、お兄さんの言うとおりぃ。おピンクちゃんは闇の魔獣だからねぇ。切られたって何されたって、また元に戻っちゃうんだよぉ。うふふふ」

 長虫がまた頭を持ち上げていきました。全身黄色い粘液におおわれていますが、体の横には目に鮮やかなピンク色の斑点が並んでいます。

「畜生! そんなのありか!?」

 オーダはわめきながら後ずさりましたが、キースは黙って長虫を見つめ続けました。その手は剣を構えています。

 ランジュールがまた言いました。

「無駄だってばぁ。何度切ったって、おピンクちゃんは復活してきちゃうんだからねぇ。悲鳴を上げて逃げたらぁ? もちろん、そしたらおピンクちゃんが後ろから追いかけて、頭から食べちゃうけどねぇ。うふふふふ……」

 ランジュールは上機嫌でした。見せつけるように長虫を直立させたまま、すぐには攻撃をさせません。

 

 すると、キースが駆け出しました。巨大な黄色い体に駆け寄り、粘液におおわれていないピンクの斑点に思い切り剣を突き立てます。

「無駄無駄ぁ!」

 とランジュールはまた歓声を上げました。

「確かにそこを狙えば粘液で剣が溶かされないけどねぇ。どこを刺したって、おピンクちゃんの怪我はすぐ治っちゃうんだからさぁ」

「どうかな?」

 キースは大きく飛びのきながら言いました。長虫が鋭い鳴き声を立てて身をくねらせ始めたからです。明らかに痛がっています。

 あれぇ? とランジュールは目を丸くしました。

「どぉしたのぉ、おピンクちゃん! あんな攻撃、全然何でもないはずだよぉ? 反撃反撃!」

 けれども、長虫はまだ痛みに身もだえを続けています。

「効いたはずさ。刺すのと同時に闇魔法を体内にたたき込んでやったんだからな」

 とキースはつぶやきました。どんな攻撃を受けてもすぐに回復してくる闇の怪物ですが、同じ闇のものの攻撃だけは、まともに食らってしまって、回復することができないのです。闇魔法はなおのこと効果があります。

 長虫は地面を打って体をくねらせ、多くのクアロー兵を巻き添えにしてから、またキースに向かってきました。触手のある頭がものすごい勢いでキースに襲いかかります。

 キースは攻撃をかわし、長虫の横を駆け抜けながら、またピンクの斑点に切りつけました。巨大な虫が再び悲鳴を上げてのけぞります。

 ランジュールは驚いてわめきたてました。

「どぉして!? どぉして!? どぉして普通の剣で切りつけた攻撃が、闇の怪物のおピンクちゃんに効いちゃうのさぁ――!」

 

 長虫は二度も傷を負わされて怒り狂っていました。斑点を狙われていることにも気づいたようで、そこを攻撃されないように上体を高く起こしました。斑点も高い場所に移動してしまったので、キースの剣が届かなくなります。

 長虫は頭の向きを変え、地上にいるキースめがけてまっしぐらに突撃していきました。キースは走って逃げようとしましたが、頭はその後を追ってきます。

 すると、オーダの声が響きました。

「伏せろ!」

 とっさにキースがその場に伏せると、その上をどっと突風が吹き抜けていきました。オーダが疾風の剣をふるったのです。キースに襲いかかろうとしていた長虫の頭が、風にたたかれて吹き飛びます。

 ランジュールはオーダを横目でにらみました。

「もぉ、うるさいおじさんだなぁ。邪魔するなら、おじさんのほうから食べさせちゃうからねぇ」

「俺はお兄さんだと言ってる! こんな若くてハンサムな男がおじさんに見えるだなんて、貴様の目は節穴か!?」

 とオーダが言い返したので、キースは起き上がる途中でずっこけそうになりました。オーダは確かに若く見えますが、ハンサムというほうはあまり当てはまっていない気がします。

 ランジュールも空中で肩をすくめていました。

「ほんとにもぉ、自分がわかってないおじさんだなぁ。しょうがない。まずはこっちのおじさんから片付けることにしよう。おピンクちゃぁん、目標変更ぅ!」

 ランジュールがさっとオーダを指さしたので、長虫は頭の向きを変えました。ずずっとオーダに向かって動き出します。

 オーダはまた疾風の剣を構えると、そばにいたライオンに言いました。

「離れてろ、吹雪!」

 ライオンは即座に了解して離れていきます。

 迫ってくる長虫に、オーダはまた剣をふるいました。ごごごぅっと激しい風が巻き起こり、長虫を押し返そうとします。

 すると、ランジュールがまた叫びました。

「おピンクちゃん、溶解ぃ!」

 とたんに空中から長虫の姿が消えました。体が崩れて大量の液体に変わり、地面に落ちてきたのです。そのまま地面の上に広がって黄色い池を作っていきます。池のあちこちにはピンクの斑点が浮かんでいます。

「……?」

 オーダが面食らっていると、キースの声が響きました。

「逃げろ、オーダ! 食われるぞ!」

 とたんに黄色い池が膜のように持ち上がり、オーダの前にそそり立ちました。そのままオーダを包み込もうとします。

 オーダはあわてて剣を振ろうとしましたが、間に合いませんでした。逃げ出す暇もありません。ガォォン。吹雪が叫ぶようにほえます。

 

 すると、オーダの体がいきなり横抱きにされました。ものすごい勢いで宙を飛んでいきます。

 オーダがいなくなった後に、膜になった長虫が降ってきました。ずしぃぃん、と地響きを立て、たまたまそこにいた馬を下敷きにします。馬はつんざくようにいななき、膜の下で形を失っていきました。長虫に消化されてしまったのです――。

 オーダはびっくりして自分を助けてくれた人物を見ました。それはキースだったのですが、両腕に大柄なオーダを抱いて、何十メートルという距離を一瞬で駆け抜けたのです。しかも、その背中に黒い翼のようなものが見えた気がしました。改めて目をこらしますが、今はそんなものは見当たりません。

 ランジュールのわめき声がまた聞こえてきました。

「ちょぉっとぉ! せぇっかくおピンクちゃんが奥の手を見せてるんだから、おとなしく食べられなくちゃダメじゃないかぁ! しかも、男同士でお姫様抱っこってなぁにぃ!? 勇者くんみたいに綺麗な子ならともかく、そんなむさ苦しいおじさんを抱っこしたって、全然絵にならないじゃないかぁ!」

「なんだと!?」

 オーダがかっとして飛び降りようとすると、キースにどなられました。

「挑発に乗るな! 降りたらまた――」

 そこに本当にまた膜になった長虫が襲いかかってきました。今度は二人の周囲を取り囲むように円を描き、さらに頭上へ延びてきます。

「包み込まれる!!」

 とキースとオーダは同時に叫びました。彼らの周囲に黄色い壁と天井ができあがっていきます。

 キースは閉じきっていない前方の壁へ走りました。腕にはまだオーダを抱いています。飛ぶような速度にオーダはまた目を白黒させました。何故だかまたキースの背中に黒い翼が見えたような気がします。

 その時、キースが言いました。

「オーダ、受け身を取れ! 放り投げるぞ!」

「な、なに……!?」

 オーダが理解しきれずにいると、キースは本当に彼を放り投げました。重い鎧兜を着て大剣まで持ったオーダを、まるでボールでも投げるように前方へ放り出します。そこには、いまにも閉じようとしている黄色い壁と、人一人がやっと通れるだけの隙間がありました。オーダが隙間から外に放り出され、地面に転がったとたん、その後ろで、ずん、と地響きを立てて壁が閉じました。その上へ黄色い天井が延びて、壁の上をおおってしまいます。キースはまだ中に残されたままです。

「キース! おい、キース――!!」

 オーダは跳ね起きて呼びましたが、黄色い半球形のドームからキースの返事は聞こえてきませんでした。

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