「まずいんじゃないか、これは？」
頭上から降り注ぐ矢の雨を見ながら、キースは言いました。矢は魔法軍団が張る障壁にさえぎられて弾かれますが、まったくやむことがないので、ブドウ畑の中から動くことができません。しかも、魔法軍団が魔法で攻撃を仕掛けたり、魔法で矢の向きを変えたりしようとすると、たちまち敵陣からも魔法が飛んできて、こちらの魔法を打ち砕いてしまうのです。
青の魔法使いは敵陣に目をこらしながら言いました。
「このままでは埒（らち）があかん。敵の魔法使いを見つけ出さねば――」
けれども、牧草地の先の丘には敵の弓矢部隊と騎兵隊がいるだけで、魔法使いらしい人物の姿は見当たりません。
そこへ後方から白いライオンを連れた黒い戦士がやってきました。
「どうした？ 敵さんの弓矢に手も足も出なくなっているのか？」
「オーダ」
とキースは振り向き、簡単に説明しました。
「向こうに強力な魔法使いがいるんだよ。そいつを倒さないと、いつまでも矢の攻撃が終わらないんだ」
「ははん。こっちにロムドの魔法軍団が来ると思って準備していたな。なにしろザカラス城の戦いから後、中央大陸で一番当てにされたり脅威に思われたりしているのは、ロムドの魔法軍団だからな。魔法で矢を吹き飛ばせないのか？」
「だめだ。さっきから青さんたちが何度もやっているんだけど、敵の魔法に打ち消されるんだよ」
キースのことば通り、青の魔法使いたちは、幾度となく魔法をくり出して、敵陣や飛んでくる矢を攻撃しようとしていましたが、魔法は片端から打ち砕かれていました。こちらにできるのは、味方を守る障壁を張ることだけなのです。
ふむ、とオーダは言いました。
「どこから魔法が飛んでくるかもわからないのか。敵の魔法使い殿を前面に引っ張り出さなくちゃいけないわけだな――。よし、俺がやってやる。俺の上から盾を消せ」
オーダが言う盾というのが障壁のことだとわかって、キースたちは驚きました。
「そんな！ 矢が落ちてくるじゃないか！」
「障壁が消えれば、敵の魔法も飛んで来ますぞ！」
「そのときには、またすぐに盾を作ってくれ。そら、俺の周りから離れろ！ 巻き込まれるぞ！」
オーダが何をするつもりでいるのかキースたちにはわかりませんでしたが、オーダの迫力に圧倒されて、彼らは少し後ずさりました。白いライオンの吹雪も、承知したように離れて腰を下ろします。青の魔法使いが用心しながら頭上の障壁を消したので、光の壁に丸い穴が空きます。
「もっと大きく！ 逆流してくるぞ！」
とオーダはどなりました。その手にはいつの間にか抜き身の大剣が握られていました。仲間たちが見守る前で剣を斜め下に構え、空に向かって大きく振り上げます。
「せいっ！！」
とたんに、ごぉぉぉ……とすさまじい風が巻き起こりました。障壁の穴から外に吹き出し、飛んでくる矢を吹き飛ばします。
ところがやはり穴が小さすぎました。風の一部は外に出て行けなくて、渦を巻いて吹き戻ってきました。生け垣になったブドウ畑が激しく揺れ、陰に隠れていた兵士たちが吹き倒されてしまいます。
「だから言っただろう！ もっと広く空けろ！」
とオーダはどなって、今度は剣を振り下ろしました。再び猛烈な風が湧き起こり、飛んできた矢を残らず吹き飛ばしてしまいます。
キースたちは目を丸くしました。
「それは……？」
「これは疾風の剣という魔剣よ！ いくつもの種類の魔法を合体させて作られた剣だから、魔法でこの風を消すことはできないのさ！」
オーダは得意そうに言って、また剣を振りました。三度目に巻き起こった風は、矢がなくなった空を渡り、なんと敵がいる丘まで飛んでいきました。敵兵が吹き倒され、たくさんの悲鳴が聞こえてきます。
「向こうの丘がえぐられましたぞ。敵も何百人と倒れている」
と青の魔法使いが言ったので、キースは感心しました。
「まるでフルートの炎の剣を風にしたようだな。すごい威力だ」
すると、オーダはにやりと笑いました。
「フルートより俺のほうが強いはずだぞ。あいつは敵さえ殺さないように戦うが、俺はそんなもんは全然気にしないからな。敵は敵だ。倒さなければ、こっちがやられる」
そこへ敵陣から魔法攻撃が飛んできました。
「危ない！」
周囲の魔法使いたちがとっさに障壁の穴をふさいで防いだので、オーダはまたにやりとします。
「さすがロムドの魔法軍団だな。連係がいい」
青の魔法使いは、なるほど、と言ってブドウの生け垣の前に出ました。
「では、オーダ殿には存分に剣を振るってもらいましょう。魔法で消せない風となれば、敵の魔法使いも味方を守るために前に出るしかなくなるでしょうからな――。魔法軍団は引き続き周りの障壁を維持！ 敵に隙が生じたら攻撃しろ！」
「了解！！」
魔法軍団はいっせいに返事をしました。青の魔法使いが杖を掲げると、頭上の部分だけまた障壁が消え、オーダがそこへ剣を振ります――。
形勢はたちまち逆転しました。
敵の矢はまだ飛んできますが、それはオーダが起こす風で次々吹き飛ばされてしまいました。敵の近くで飛ばされた矢が敵陣に戻っていくこともあります。
「疾風斬り！ 烈風斬り！ 陣風斬りぃぃ！！」
とオーダは叫びながら剣を振り、息をつぐためにちょっと動きを止めて肩をすくめました。
「――なぁんてふうに技名がありゃ格好がいいんだろうけどな」
「でまかせの技かい？」
とキースが思わず聞き返すと、オーダは答えました。
「風は風だ。風に技や名前なんかあるもんか」
格好がいいのか悪いのか、よくわからないオーダです。
ただ、敵陣は確かに大きなダメージを食らっていました。これまで無敵を誇っていた弓矢が、まったく決まらなくなっただけでなく、押し寄せてくる風が人馬を吹き倒し、地面をえぐっていくのです。クアロー軍はあわてて丘の向こうへ退いていきました。矢の攻撃が完全にやみます。
それを見てエスタ軍の司令官が声をあげました。
「敵はひるんだ！ この隙に壊滅するぞ！ 全軍突撃！」
「お、おい――」
オーダもキースや魔法使いたちも驚きました。まだ突撃には早すぎると思ったのですが、オーダの風の攻撃が敵に効いたので、エスタ軍は勢いづいていました。鬨（とき）の声を上げてブドウ畑から飛び出します。
彼らが障壁に激突しそうになったので、魔法使いたちはあわててそれを消しました。何千というエスタ軍の騎兵と歩兵が、いっせいに牧草地を駆け下り、敵が隠れる丘へ走って行きます。
「まだ早いっつぅんだよ！ これだから正規軍の連中はよ――！」
オーダも悪態をつきながら駆け出しました。周囲を大勢の兵士たちが駆け抜けていくので、疾風の剣を使うことができなくなったのです。
魔法使いたちも駆け出しました。
「来るぞ、防げ！」
と青の魔法使いがどなると、エスタ軍の前方に障壁が広がり、丘の向こうから飛んできた魔法を跳ね返します。青の魔法使いと部下たちが力を合わせて、敵の魔法攻撃を防いだのです。
エスタ軍は丘を駆け上り始めます。
そのとき、一匹の黒い獣のようなものが丘を駆け下りてきました。あっという間にエスタ軍の中に飛び込んできます。
すると、エスタ軍の中から悲鳴が上がり始めました。獣が行く先々で血しぶきがあがり、エスタ兵の首が飛ぶのです。
エスタ軍の突撃はたちまち鈍り、崩れ始めました。エスタ兵の首を食いちぎりながら中央を突破してくるのは、四つ足で駆ける黒い獣です――。
「あれはなんだ！？」
「なんの獣だ！？」
エスタ兵たちは大騒ぎになりました。その間にも獣は行く手のエスタ兵を殺しながら走り続けます。
「停めろ！」
「槍を使え！」
エスタ軍の騎兵が槍を構えて獣へ突進すると、獣はひらりと飛び上がりました。騎兵がまたがっている馬の上に飛び降り、前脚で槍をつかんで人のことばを話します。
「あんたらみたいな雑魚（ざこ）はいくら殺したって面白くないんだよ。ぼくの邪魔をするな」
騎兵の首がかみ切られて宙に飛びます。
エスタ軍は震え上がりました。これが噂に聞いていたクアロー軍の怪物だと気がついたのです。怪物はまた地面に飛び降りると、草でもかみちぎるように無造作にエスタ兵をかみ殺しながら、どんどん進んできます。その行く手にはオーダがいました。怪物は疾風の剣を持つ彼を狙っていたのです。
オーダは立ち止まりました。剣を構えようとしますが、怪物のほうが速くて間に合いません。血に染まった黒い怪物が迫ってきます。
すると、オーダの前に白いライオンが飛び出しました。ほえながら怪物に飛びかかっていきます。
オーダに襲いかかろうとしていた怪物は、不意を突かれて地面に落ちました。そこに吹雪がまた飛びかかったので、もつれるように地面を転がります。
「この――！ ライオンの分際で！」
怪物がまた人のことばを話しました。たちまち血しぶきが上がり、ガァッと吹雪がほえて大きく飛びのきます。その体には怪物の爪痕が長く残っていました。白い毛並みが血に濡れていきます。
「吹雪！」
オーダは叫びながら剣を振りました。風が巻き起こり、怪物を吹き飛ばそうとします。
が、怪物はひらりと風をかわしました。地面を蹴り、またオーダへ襲いかかります。オーダは剣を戻す間がありませんでした。吹雪が主人を守ろうとまた飛び出しますが、今度は怪物の前脚に抑え込まれました。怪物の牙が吹雪の首をかみ切ろうとします。
ところが、次の瞬間、怪物はぎゃっと悲鳴を上げて吹雪から離れました。背後からいきなり切りつけられたのです。振り向いてまたしゃべります。
「ぼくに傷を負わせたな！？ 何者だ！？」
「何者だ、って聞かれれてもね……闇の怪物退治の専門家だとでも言っておこうかな」
片手に剣を構え、いつもの癖でもう一方の手で頬をかきながら、キースはそう答えました――。
