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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第20章 風

58.ブドウ畑

 西でフルートや西部の住人たちがセイロスたちの進軍を食い止めようとしているとき、東でもエスタ軍と青の魔法使いたちがクアロー軍の侵入を止めようとしていました。

 何万という兵士が作戦本部になった村から東へ出動して、ブドウ畑に身を潜めます。その先は下りの牧草地で、見晴らしがよいので、敵が攻めてくれば一斉攻撃を仕掛けやすい地形になっています。

 キースも青の魔法使いと一緒に、最前線のブドウ畑に隠れていました。エスタはワインの名産地なので、いたるところに生け垣のようなブドウ畑が広がっているのです。七月の青空の下、ブドウの実はまだ小さくて緑色ですが、葉が青々と茂っているので、隠れるのには絶好の場所でした。

「クアロー軍はどのあたりまで来ているんだ?」

 とキースは青の魔法使いに尋ねました。

「もうすぐそこです。あの丘の向こうまで近づいている、と偵察に出した部下から連絡がありました」

 と武僧は答えました。大柄な体をできるだけ小さく丸めて身を隠している様子は、どこかひょうきんにも見えます。

「地の利はこっちにあるよね。敵が姿を現したら、引きつけてから突撃かい?」

「そう簡単にはいかんでしょう――。向こうは強力な魔法の弓矢を持っていますからな。こちらがここに潜んでいると気がつけば、いっせいに撃ってきます。まずそれを防がねばなりません」

「魔法で跳ね返す?」

「そのつもりです。最初にこちらから矢を射かけて、敵が反撃してきたら障壁で防ぎ魔法攻撃を食らわせます。敵の弓矢部隊を潰したら、こちらの反撃です」

「まあ、それが筋かな。でも、巨大な怪物ってのが姿を現したらどうする?」

「どうするもこうするも。強ければ魔法軍団全員が全力で当たるだけです」

 あっさりと言い切る青の魔法使いに、キースは思わずあきれました。

「ずいぶん大雑把な作戦だなぁ。それで大丈夫なのか?」

「なぁに。私の部下たちは皆、優秀ですからな。私なんかがいちいち指示しなくても、自分で判断して一番よい戦い方をするのです」

 はっはっはっ、と武僧は大笑いしましたが、とたんに周囲のブドウ畑から「しーっ」「しーっ」とたくさんの声が飛んできました。同じように隠れていた魔法使いたちが、いっせいにたしなめたのです。

「隊長、敵に聞かれますよ!」

「そうですよ。青様の笑い声はどこまでもよく聞こえるんだから」

 小言も飛んできたので、青の魔法使いは首をすくめました。

「ほらね。私の部下たちは優秀でしょう?」

 とキースに苦笑いしてみせます。

 

 すると、彼らの頭の中に女の声が響きました。

「敵は目前に接近中。攻撃の準備をしてください」

 前方に偵察に出ている魔法使いから心話で報告が入ったのです。同じ声はエスタ軍の司令官にも聞こえていました。ブドウ畑に隠れる兵士たちへ命令が次々伝わっていきます。

「敵の編成はどうだ?」

 と青の魔法使いが尋ねると、すぐに偵察の魔法使いから返事がありました。

「前列は中央に弓を持った歩兵がいて、その両脇を騎兵が守っています。クアロー王やセイロスの姿はここからは見えません」

「クアロー王は武人ではないから、軍の後方の安全な場所にいるはずだ。セイロスが見当たらないのは当然。奴がいるのは西だからな」

 セイロスの名が出たとたん部下たちに緊張が走ったのを感じて、青の魔法使いはそう言いました。部下の中には、ザカラス城の戦いにも出動して、セイロスの魔力のすさまじさを目の当たりにした者が少なくなかったのです。

「奴の手下には強大な魔獣を使う幽霊もいました。クアロー軍にいる怪物は、あの幽霊が操っているのかもしれません」

 と言い出す魔法使いもいます。

「魔獣を使う幽霊――ランジュールか。あり得るな」

 と青の魔法使いは言いました。眼下に広がる牧草地と、その先の丘を眺めます。

 とたんに、彼らの頭の中にまた偵察の声が響きました。

「来ました! クアロー軍です!」

 丘の陰から大勢の人間が現れていました。鎧兜を身につけ、旗印を掲げています。馬に乗った騎兵の姿も数多く見えます。

 ブドウの生け垣の陰で、エスタ兵がいっせいに攻撃準備にかかりました。いしゆみに矢をつがえたのです。ガシャン、ガシャンとレバーで弓弦を引き絞る音が響きますが、距離があるのでまだ射ることはできません。

 魔法軍団は杖を握り直しました。やはり敵が近づいてくるのをじっと待ち構えます。

 

 ところが、敵の軍勢はある程度の人数がやって来たところで急に立ち止まってしまいました。丘の上から動かなくなります。

「どうした?」

 青の魔法使いが偵察に尋ねると、確認するような間があってから、返事がありました。

「敵が急に進軍をやめました。後続は丘の向こうにまだ大勢いるのですが――」

 途中まで報告していた偵察の声が、いきなり悲鳴に変わりました。彼らが隠れているブドウ畑と、クアロー軍がいる丘の間で小さな爆発が起きたのです。その中から薄紫の長衣の女性が姿を現し、吹き飛ばされて地面に倒れます。

「藤色(ふじいろ)!」

 と青の魔法使いは声をあげました。姿を消して偵察していた部下が、いきなり魔法攻撃を食らったのです。

 次の瞬間、偵察の女魔法使いの姿はまた消えました。今度は他の魔法使いたちのしわざでした。怪我や火傷を負ってぼろぼろになった女性が、ブドウ畑の中に引き戻されてきます。

 それに駆け寄ろうとする部下を、青の魔法使いはどなりつけました。

「敵から目を離すな! 今のでこちらの居場所が知られた! 仕掛けてくるぞ!」

 そのことば通り、丘の上で歩兵がいっせいに弓を構えていました。彼らが潜んでいるブドウ畑に狙いをつけます。

「なんだと? こんなに距離があるのに撃ってくるつもりか!?」

「冗談だろう!? あんなところから矢が届くはずがない!」

 ざわめき始めたのはエスタ兵でした。丘の上からブドウ畑までは、いしゆみの射程の三倍以上の距離があったのです。

 けれども、彼らはすぐに敵の弓矢部隊の実力を思い知りました。その場所から放った矢が、本当にブドウ畑に届き始めたのです。常識では考えられない飛距離でした。

「障壁! 矢を防げ!」

 と青の魔法使いはまたどなり、ブドウ畑の上に魔法の膜が広がると、自分は杖を掲げて攻撃魔法を撃ち出しました。青い光の奔流が敵のいる丘へ飛んでいきます。

 ところが、敵陣からも同じような光が飛んできました。青の攻撃魔法と正面からぶつかり、激しく爆発します。攻撃は敵陣に届きません。

「青様の攻撃が防がれた!?」

「やっぱりセイロスがあそこに……!?」

 魔法軍団の中にも動揺が走りました。四大魔法使いと呼ばれる隊長の魔法が跳ね返されたのですから当然です。

 けれども、キースは爆発の痕に目をこらしてから言いました。

「いいや、あれはセイロスのしわざじゃない。闇魔法の気配がないからな。むしろ、こちらと同じ光の魔法の一種だ」

 それを聞いて、青の魔法使いは言いました。

「ほう? 向こうにも、私と同程度の魔力の魔法使いがいるということですかな? 面白い」

 敵陣を見据えたまま、すさまじい顔つきで、にやりと笑います。

 

 その時、負傷した女魔法使いが起き上がってきました。自分で自分の傷を癒やしたのです。まだ怪我は治りきっていませんでしたが、報告のほうを優先します。

「丘の向こうに非常に強力な魔法使いがいます……。どうやらその場所からこちらの様子を見通せるようです。我々の居場所を正確に把握しています」

「魔法使いがいるなんて話は聞いてなかったぞ!」

「そうだ! 強力な弓矢部隊と怪物がいるとしか聞いていなかったのに――!」

 待ち伏せをあっけなく見破られて、エスタ軍は早くも浮き足立っていました。クアロー軍は丘の上から次々と矢を放ってきます。魔法軍団が障壁を張っているので、矢は跳ね返されて地面に落ちていきますが、頭上から矢が雨のように降ってくる光景は、嫌でも恐怖心をかき立てるのです。しかも、敵が射程内に入っていないので、こちらのいしゆみ部隊はまるで攻撃ができません。

「落ち着け! そのうちに敵は矢を撃ちつくす! そうなったら反撃するぞ!」

 とエスタ軍の司令官がどなっていました。実際、敵はかなり景気よく矢を放っていました。長時間続けられるような攻撃ではなかったのです。障壁に跳ね返された矢が、障壁の外側に小枝のように降り積もっていきます。

 すると、急にキースが飛び上がりました。

「だめだ、止めろ!」

 障壁の外側の矢が、いきなり、ぼうっと光に包まれたのです。青の魔法使いもそれに気がつきました。

「いかん! 矢を奪い返される!」

 敵が撃ち終えた矢を魔法で回収しようとしていたのです。青の魔法使いが杖を向けますが、その魔法はまた新たな魔法に跳ね返されてしまいました。矢が光の中に消えていこうとします。

 キースも、とっさに魔法を使おうとして、あわてて自分の手を握りしめました。自分たちの外側には魔法軍団が張った障壁があります。そこでキースが魔法を使えば、正体がばれるだけでなく、光の障壁と闇魔法がまともにぶつかり合って、猛烈な爆発を引き起こしてしまうのです。

 キースが歯ぎしりする間に矢は消えていきました。間もなく、敵陣から飛んでくる矢の数が増え始めます。魔法で取り戻した矢をまた撃ち出したのです。強力で狙いが正確な弓と、撃っても魔法で回収される矢――クアロー軍の攻撃はやむことを知りません。

「ど、どうすればいいんだ……?」

 エスタ軍は対抗手段が見つからなくなって、うろたえてしまいました。

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