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第22巻「二人の軍師の戦い」

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56.木片

 「ワン、白さんから赤さんに報告が入りましたよ。作戦通りに進んでます」

 ガタンの街の郊外にあるフルートたちの作戦本部に、ポチが知らせにきました。その後ろには赤い長衣に猫の瞳の魔法使いが同行しています。

 一同は、さっそく彼らを囲みました。

「今はどんな状況なのだ?」

 とオリバンが尋ね、赤の魔法使いがムヴア語で答えます。もちろん、他の者には意味がわからないので、ポチが通訳します。

「ワン、まずセイロスの陣営からは百人くらいの騎兵が水を汲みに引き返したので、白さんたちが魔法で進路をそらしました。今頃は道がわからなくなって迷子になっているはずです」

「あらら。この荒野を水なしでさまよってるのかい? そりゃきついだろうね」

 とメールが言いましたが、敵に同情する口調ではありませんでした。

「荒野は砂漠ほど過酷な場所じゃない。運と知恵があれば死ぬことはないはずさ」

 とフルートは言うと、地面に広げられた地図にかがみ込みました。西の国境から王都に向かう街道には、リーバ、ダラプグール、サガルマ、テイーズ、ガタンといった街の名前が並び、テイーズとガタンの間に黒い木片がいくつか置かれていました。木片はセイロスの軍勢を表しているのですが、フルートはそこから離れるように、小さな木片を一つ北の方へ動かしました。

「セイロス軍はまだまだ大勢ね」

 とルルが言います。セイロス軍の木片の前には、地割れを示す細縄も置かれています。

 

 すると、赤の魔法使いがサガルマとテイーズの街の間を指さしました。

「チャスト、ニ、ル。アスカリ、タトゥ、レタ」

「ワン、この場所にはチャストの軍勢がいるんです。水路の水がなくなったから、この軍勢も分かれた、って白さんから連絡が入ってます。テイーズの街で水を汲んで先へ急ぐ集団と、荷馬車と一緒にゆっくり進む集団と、西のダラプグールへ引き返していく集団の三つになっています」

「西に引き返していく兵がいるのか? 何故だ?」

「なんだよ。チャストの野郎は水をセイロスに届けようとしてやがるのか? 日干しにしてる意味がねえだろうが!」

 オリバンとゼンが同時に言ったので、フルートは順番に答えていきました。

「白さんの部隊の魔法使いに、後続部隊の攪乱(かくらん)を頼んだんだ。後ろから伝令が追いかけてくることがあったら、捕まえてほしいって。占領した街から連絡が来なければ、後方で何かあったと思って進軍が鈍ると思ったんだけれど、チャストはもう兵を戻したんだ。さすがに対応が早いな――。水を汲んで東へ走る部隊が出てくるのは予想ずみだ。これも、ぼくが考えていたのよりずっと早いけれど、早すぎるってわけじゃない。きっと間に合うはずだ」

 フルートは地図上の街道に三つの木片を新たに置いていきました。テイーズの街を越えてセイロスの軍勢へ近づく木片、サガルマとテイーズの間を東に向かってゆっくり進む木片、逆に西へ引き返してサガルマの向こうのダラプグールへ戻ろうとする木片です。

「間に合うって、何に?」

 とポポロが尋ねました。

 オリバンがそれに答えます。

「むろん各個撃破にだ。そのためにフルートは敵を小集団に分裂させたのだからな。私ならば、まず水を運んでいる集団を魔法軍団に撃破させ、国境を守っているリーバビオン伯には知らせを送って、ダラプグールを包囲のうえ敵を全滅させる。次に歩みの遅い歩兵の集団を荒野の真ん中で足留めしておいて、我々が先頭のセイロスたちの軍勢と戦う――という戦法でいくが、おそらくフルートはまったく違う作戦を思い描いているのだろうな」

 

 フルートはオリバンの作戦を苦笑いで聞いていました。

「その作戦では敵味方に甚大な被害が出るよ……。水を運んでくる部隊には、まず間違いなく軍師のチャストがいる。きっと魔法使いにも護衛をさせているはずだ。そこに魔法軍団で攻撃を仕掛ければ、魔法合戦が始まって、負傷者や死者が続出するかもしれない。セイロスが気がついて引き返してくる可能性も高い――。ダラプグールへ戻った軍勢をリーバビオン伯に攻撃させるのも、やっちゃいけないことだ。間もなくメイ本国から援軍が来るはずだからな。メイの援軍はザカラスの南端を通って、国境を破ってロムドに侵入しようとするだろう。リーバビオン伯に出陣を頼めば、国境の守りが弱くなるんだよ」

「ん? メイからもっと援軍が来るってのか? なんでそうわかる?」

 とゼンが聞き返しました。以前にもフルートは「メイから第二陣が来る」と話していたのですが、ゼンは忘れてしまっていました。

「今回の軍勢に象戦車が見あたらないからだよ。象戦車はメイのご自慢のはずなのに、一頭も連れてきていないからな」

 とフルートが答えると、オリバンが言いました。

「それはおそらく餌の問題だろう。象は一頭連れ歩くだけで、馬の四倍以上の餌が必要になる、とセシルが言っていた。こちらの街や村を襲撃しなければ食料が得られないような状況では、餌の確保が不安で使えないはずだ」

 すると、ポポロも言いました。

「セイロスたちは魔法でロムド領内に直接現れたでしょう……? 象は魔法で運ぶには大きすぎたのかもしれないわよ」

 フルートはうなずきました。

「たぶん、その両方が理由だろうな。でも、象戦車は平地の城を攻めるにはすごく有効な武器だ。だとすれば、陸伝いにロムドへ運び込もうとするはずだし、ジタンを越えるルートは象には険しすぎるから避けるはずだ。象戦車を連れた援軍は、西の国境からロムドにやってくる可能性が高いんだよ」

 オリバンは難しい顔になりました。

「メイ軍に象戦車で西から攻められれば、我が国は苦戦させられる。その前に撃退しなくてはならんぞ――。それで、どうやってメイ軍を各個撃破するつもりなのだ、フルート? ぐずぐずしていると、せっかく小集団に分けた敵が、また合流して大軍勢に戻ってしまうぞ」

「わかっています。だから、西部の兵士たちに協力を頼んだんです」

 仲間たちは、思いがけないことばを聞いて、きょとんとしてしまいました。

「西部の兵士……って誰のこと?」

「白さんたち魔法軍団のことを言っているのかい?」

 とルルとメールが聞き返し、オリバンも言いました。

「ひょっとして、おまえは西部の街に配置されている警備隊のことを言っているのか? だが、彼らは一個中隊だから人数はわずかだぞ。以前にもそう話したはずだ」

 すると、フルートは笑顔になりました。

「ぼくも前に言ったはずです。西部には西部の戦い方がある。西部にだって兵はいるんだ、って」

「だから、それがわからん! 西部のどこにセイロス軍に対抗できるだけの兵がいるのだ!?」

 とオリバンが思わず声を高くすると、フルートは味方を表す白い木片を取り上げました。

「今回の兵はここにいます。そして、彼らはオリバンや国王陛下を信じているんです。彼らの信頼だけは裏切らないでください」

 木片が音もなくテイーズの街の上に置かれます。

「……?」

 その意味が理解できなくて、オリバンはフルートを見つめ返してしまいました。

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