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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第19章 西部の兵士

55.集団

 チャストが率いるメイ軍の第二陣は、西の街道をセイロスの軍勢から丸一日遅れて進んでいました。

 彼らはその日の早朝にサガルマの街を出発して、テイーズの街をめざしているところでした。騎兵が千人に歩兵が三万人の部隊で、占領した街で奪ってきた物資を積んだ馬車もたくさん続いています。

 先頭を行くチャストは、馬に揺られながらずっと考え込んでいました。後方のダラプグールの街から来るはずの伝令が、まだ到着していなかったからです。何事もなくても毎日必ず報告に来るように、と駐屯部隊に言いつけ、実際、最初の日には伝令兵が「ダラプグールは万事異常なし」という知らせを運んできたのですが、その翌日の知らせがまだ来ていませんでした。

 知らせがないのは、後方で何か異常があったという知らせです。国境の守備兵がもう我々の侵入に気づいたのだろうか、いやまだ時間的に早すぎる、では伝令が来ないのは何故だ……チャストはずっと考え続けていました。後方が気になりますが、確認に行かせるのはまだ早いような気もします。

 

 すると、部隊長のひとりがチャストの元へ駆けつけてきました。

「妙です、軍師殿。水路の水が涸れています」

「なに!?」

 チャストは驚き、街道から数メートル離れた場所を流れる水路へ走りました。報告の通り、水路はいつの間にか干上がって、濡れた川底が乾きかけていました。あわてて上流や下流を見ますが、水路はすっかり空堀になっています。

「馬に水を飲ませようとした部下が気がついたのです。これはいったいどうしたことでしょう?」

 困惑する部隊長に訊かれて、チャストは歯ぎしりしました。空の水路をにらみつけて言います。

「やはり我々の侵入がロムドに知られていたということだ――! 上流で水路をせき止めれば、街道沿いの街や村は軒並み水不足になる。この環境の中で水がなくなれば、全滅する村も出るだろう。だから、効果があるとわかっていても、そんな非情な手段はとるまいと思っていたのだが、案外と思い切ったことをする奴だ」

 軍師は特定の誰かを思い描いて話していました。それは誰のことですか? と部隊長は尋ねようとして、質問を呑み込みました。軍師の表情はあまりにも厳しくて、とてもそんなことを聞ける雰囲気ではなかったのです。

 

 まずいことになった、とチャストは考えて続けていました。彼らは食料や飼い葉は山ほど運んでいますが、水だけは水路からいつでも手に入ると考えて、ほとんど持ち歩いていなかったのです。真夏の日差しは容赦なく照りつけてきます。このままではすぐに人も馬も水不足に陥りますが、荒野には川や池は見当たりません。

 チャストはあわただしく考えを巡らしてから、部隊長や領主たちを招集しました。

「我々の侵攻がロムド側に知れたようだ。水路をせき止められてしまった。このままでは我々はひどい渇きに苦しめられることになる。しかも、この状況は先を行くセイロス様の軍も同じはずだ――。そこで、この軍を三つに分けることにする。まず、騎兵部隊五百名と馬車五十台は私と一緒に先を急ぎ、次のテイーズの街で水を手に入れる。街には井戸があるからだ。その後、セイロス様の軍を追って水を届ける。歩兵部隊は残りの馬車を護衛しながら先を急げ。テイーズの街にたどり着けば水はいくらでも飲めるから、そこまでがんばるんだ。最後に、騎兵部隊の残り五百騎は、ここからダラプグールへ引き返せ。来るべき知らせがやってこない。国境側から敵が攻めてきた可能性がある。ダラプグールの駐屯部隊と共に、後方からの攻撃を防げ」

 そして、チャストはそれぞれの集団に配置される部隊や領主を告げていきました。じきに三万の軍勢が大きく三つに分かれ、それぞれの方向へ動き出します。

 

 チャストは第一の集団の先頭になって馬を走らせました。その後ろを五百騎の騎兵と五十台の馬車がついていきます。

 歩兵が一緒でなければ距離を稼げるので、彼らは正午過ぎには次のテイーズの街に到着しました。街の住人も、突然水路が干上がってしまったので大騒ぎをしていましたが、チャストはどなりつけて命じました。

「セイロス様へ水を届ける! 井戸から水をくみ上げて馬車に積め! 井戸という井戸を使って、大至急だ!」

 テイーズの町長は困惑して答えました。

「この街ができてかれこれ二十年になりますが、水路がこんなふうに干上がるなんてことは、これまで一度もありませんでした。人もですが、牧場の家畜も水をほしがっているので、井戸はどこも大混雑です。水を準備できるのは明日の朝になると思います」

 けれどもチャストは承知しませんでした。

「そんなに待てん! 一時間以内に馬車を水でいっぱいにするんだ!」

 そ、そんな無茶な……と町長は驚きましたが、軍師に再度強く命じられて、青くなって飛んでいきました。言う通りにしなければおまえの首をはねる、と言われたからです。町中から空の樽が集められ、どこの井戸でもメイ軍に提供する水が最優先で汲み上げられます。

 結局すべての馬車に水の樽が並ぶまでに一時間半の時間がかかりましたが、水の準備がすむと、チャストはすぐにまた東へ出発しました。重い水を汲んで運んだ街の住人には礼一つありませんが、時間をオーバーしたことへの文句もありませんでした。チャストはとにかく先を急いでいたのです。

 チャストたちが水を積むために荷馬車の荷物を置いていったので、住人は町長に尋ねました。

「あれはどうするんだ? 食料や飼い葉がずいぶんあるみたいだけれど」

「この後から来る歩兵部隊が持っていくから、我々の馬車に積んでおくように、と命令されたよ」

 と町長は肩をすくめて答えました。

「俺たちの馬車に? で、その馬車をメイ軍がそっくり持っていくっていうわけか? ひでぇ話だ」

「ああ、ひどい話だ。だが、とにかく言う通りにしなくちゃいかん。みんな、メイ軍の残した荷物を馬車に積むんだ」

 町長に言われて、住人はしぶしぶ自分たちの荷馬車を持ってきました。残された大量の積み荷を移し替えていきます――。

 

 第二の集団の歩兵部隊は、ひたすら東へ歩き続けました。

 夏の太陽は真上からじりじりと照りつけ、防具を着たメイ兵たちをあぶります。何時間も前から咽はからからになっていますが、水はまったくありません。兵士たちは暑さに耐えかねて、次々に防具を脱ぎました。鎧兜をひとまとめに布で縛って、剣や槍の先にぶら下げてあるく兵も出てきます。

「停まるな! がんばって歩け!」

「次の街に着けば、水が好きなだけ飲めるんだぞ!」

 部隊長や領主の励ましの声だけを支えに、乾いた街道を進んでいきます。

 地平線まで見晴らせる荒野に、彼らを襲撃する敵の姿はありません。ただ、暑さと渇きだけが容赦なく彼らを襲い続けます。歩兵部隊の敵は、西部の荒野そのものでした――。

 

 第三の集団の騎兵部隊は、後方からの襲撃に備えて西へ引き返していました。

 ダラプグールには五百名の駐屯部隊が残っていますが、本当に後方の国境からロムド軍に攻められれば、そんな人数ではとても持ちこたえられません。一刻も早くダラプグールにたどり着こうと、街道を全速力で駆け戻ります。

 途中でサガルマの街を通過しましたが、井戸で水を飲むために小休止しただけで、またすぐに出発していきます。

 

 ところが、そのサガルマの街の居酒屋で、ひとりのメイ兵が酔っ払っていました。まだ昼間だというのに、若い女に酌をさせてご機嫌でいます。

 そこへ外の通りを駆け抜けていく蹄の音が聞こえてきたので、メイ兵はぎょっとそちらを見ました。

「なんだ、戦か!?」

「そんなはずないでしょう? あんたたちの大将さんはずっと東のほうへ行っちゃったわよ」

 と女が答えました。こんな田舎町には珍しい、金髪グラマーの美人です。

 けれどもメイ兵はそわそわと店の外を伺い続けました。

「俺はダラプグールの様子を軍師殿に報告しにいかなくちゃいけないんだ。こんなところで油を売っていたのがばれたら、どんな罰を受けるかわからないんだよ」

「あら。そんなに大変な報告を運んでたの?」

「いや、軍師殿はつい二日前にダラプグールを出発されたばかりだ。そうそう変わったことなんか起きるはずはないんだけどな」

「異常なし、って知らせるのがお役目ってわけ? それなら、そんなに焦る必要なんてないじゃない。もうちょっと飲んでいきなさいよ。あたしがおごってあげるから。さあ、もう一杯、景気づけにどうぞ」

「いや、本当にまずいんだ。ああ、じゃあ、これが最後だ。あんたの酒はうまかったよ。ごちそうさん」

 ダラプグールからの伝令兵は、美女が差し出した酒をぐっとあおると、立ち上がって居酒屋を出ようとしました。店の横手に彼の馬がつないであったのです。

 

 とたんに伝令兵の足がもつれました。

 ふらふらと体が揺れたと思うと、出口の前で倒れてしまい、それきり立ち上がれなくなります。

 男が大の字になっていびきをかき始めたので、金髪の美女は唇に指を当てて、うふん、と笑いました。

「効いたでしょ? 超強力な眠り薬が入っていたんだもの。明日の夕方まで目が覚めないわよ」

 すると、居酒屋の奥にいた店主が話しかけてきました。

「その兵隊をどうすりゃいいんだい? メイ軍に見つかったらまずいだろう」

「いくら敵でもむやみに殺したりするな、っていうのが金の石の勇者のご命令なのよ。戦闘が終わるまで、どこか適当なところに捕まえておけない?」

「そうだな。ホーレンの牧場には洞窟を使った頑丈な倉庫があるが」

「じゃ、そこにお願い。あたしはそろそろ隊長の所に戻るから」

 と美女は自分の上で手を振りました。とたんにその服が変わって、薄紅の長衣に変わりました。片手には細身の杖が、豊かな胸の上には神の象徴が現れます。

 うふん、と美女はまた笑うと、眠っている伝令兵に話しかけました。

「ごめんなさいねぇ。こう見えても、あたしは白の部隊に所属する魔法戦士なのよ。後方からの伝令を引き留めろってのが、あたしの任務だったの。じゃぁね、愛の女神のセリヌ様があなたにステキな夢を見せてくれますように」

 ふふふっ、と笑いながら美女は姿を消していきました。後には、ぐうぐう眠りこける伝令兵だけが残されます。

「こんな街にも魔法軍団の魔法使いが来てくれるなんてねぇ。俺たちは金の石の勇者や国王陛下から見捨てられてないってことだよな」

 居酒屋の主人はそう言って満足そうにうなずくと、伝令兵を運び出すために下男を呼びつけました――。

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