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第22巻「二人の軍師の戦い」

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54.工作・2

 セイロスは行く手を阻む地割れに吊り橋をかける作業を、じりじりしながら眺めていました。

 橋をかけるにはまず向こう岸までロープを渡さなくてはならないのですが、それがなかなかうまくいかないのです。彼らの弓矢は魔法の力で強化されていましたが、この地割れ相手にはその力がうまく発揮されませんでした。矢にくくりつけたロープの重さで、向こう岸に届く前に地割れの中に落ち込んでしまうのです。

 困った工作班の兵士たちは話し合い、メイ国から運んできた武器防具の中に、攻城用の大型いしゆみがあることを思い出しました。戦闘で使われるいしゆみを十倍以上も大きくしたもので、人が構えるのではなく、台車の上に据え付けて発射するようになっていました。威力も強ければ飛距離もあるのですが、なにしろ大型で、部品に分けて運搬されていたので、いしゆみを岸辺で組み立てるだけで、たっぷり二時間以上の時間がかかります。

 

 その間、メイ兵たちはずっと炎天下に立ちっぱなしでした。敵の襲撃に備えて半月形の陣形を保っていますが、正午が過ぎて日差しが一番きつい時間帯になってきたので、誰もが暑さに汗だくになっていました。日が陰ってくれれば、と思うのですが、空は真っ青に晴れ渡っていて、ひとひらの雲も見当たりません。

 軍隊の横で待機する馬たちも、暑さにあえいでいました。吊り橋の材料にするのに街道沿いの木々を切り倒してしまったので、木陰もなくなっていたのです。干上がった水路の底で、悲しげに乾いた水苔をなめています。

 ギーがセイロスの元に来て言いました。

「まずいぞ、セイロス。水が底をついてきた。馬車に積んだ水桶が空になったぞ」

「水ならば、向こう岸に渡れればいくらでも手に入る」

 とセイロスは答えました。強烈な日差しは同じように降り注いでいるのですが、紫水晶の防具を着た彼は、汗ひとつかいていませんでした。咽が渇いているような様子もありません。

 ギーは言い続けました。

「咽が渇いたと兵士が文句を言い出しているんだ。向こう岸に渡れるようになるのに、あとどのくらい時間がかかりそうだ? みんな水筒の水はほとんど飲んでしまっている。夕方までこうしていたら、倒れる奴が大勢出てくるし、暴動も起きるかもしれないぞ」

 セイロスは舌打ちしました。なかなか進まない作業をにらんでから、ギーに言います。

「百名ほど、馬車と一緒にテイーズの街へ戻せ。あそこには井戸があった。そこから水を運んでこい、と命じろ」

「わかった」

 とギーはすぐに走って行きました。メイ軍の後ろのほうで馬車と一緒にいた部隊に、セイロスの命令を伝えにいきます――。 

 

 一時間後、水汲みを命じられた百名の兵士は、街道を西へ引き返していました。空になった水桶を積んだ十数台の馬車も一緒です。テイーズの街でこれをいっぱいにしてくることが、彼らに課せられた任務でした。

 馬を走らせながら、兵士たちは話し合いました。

「部隊には二万の人間がいるし、馬もいるんだ。これにいっぱいに水を汲んだって、とても足りないよな?」

「ああ。街で馬車と樽を調達して、それにも水を積んでいかないと間に合わないだろう」

「酒も持っていこう。水の代わりになるぞ」

「いいな。俺は今すぐワインが飲みたいよ。咽が乾いてひっつきそうなんだ」

「言うな。俺だって咽はからからなんだぞ。こうしていたって日干しになりそうなんだ」

 兵士たちを運んで走る馬たちも、同じように暑さにあえいでいました。水をほしがってすぐに水路のほうへ向かおうとするので、そのたびに兵士たちが鞭で引き戻します。

「こら、よそ見をするな!」

「そっちに水はないぞ! まっすぐ走れ!」

 馬を叱りながら、兵士たち自身がすっかり干上がってしまった水路を、うらめしく眺めてしまいます。朝、ここを通ったときには、澄んだ水が水路を勢いよく流れていたのに、今は白く乾いた空堀(からぼり)になっています。

 

 

「来たぞ。準備をしろ」

 街道の彼方に馬と馬車の集団が姿を現したのを見て、白の魔法使いは言いました。彼女の後ろには色違いの長衣を着た魔法使いたちがいて、隊長のことばにいっせいにうなずきました。それぞれに自分の杖を掲げます。

 彼らは赤茶色の街道の横に立って、自分たちの姿を魔法で隠していました。地平線の向こうからやってくるメイ軍の兵士たちは、ロムドの魔法軍団がそこにいることに気がつきません。

 次第に迫ってくる部隊を見ながら、女神官はまた言いました。

「勇者殿は、敵を必要もなく傷つけてはいけない、と言われた。それが後の禍根の元になるから、と。どんなにチャンスに見えても、彼らに直接手を出すな。いいな」

「我々は隊長のおっしゃるとおりにします」

 と部下の魔法使いが言いました。薄紫の長衣を着て、首から医術の神ソエコトの象徴を下げています。

「私たちは隊長に従うだけです。隊長が私たちの魔法を導いてくださいませ」

 と山吹色の長衣の女性も言いました。彼女は首にユリスナイの象徴を下げています。白の魔法使いの部下には、神に仕える者が少なくありません。

「よし。では私の魔法に皆の力を合わせろ」

 と白の魔法使いは言って、自分の杖を高く掲げました。部下たちもいっせいに杖を空へ突き出します。

 すると、その先端に色とりどりの光が宿りました。みるみる輝きを増していって、ほとばしり、白の魔法使いの杖の先に集まっていきます。

 全員の光が集まると、白の魔法使いは杖を掲げたまま言いました。

「正義の守護神である光の女神ユリスナイの名をもって命じる! 道よ、ロムドに害なすことを企む者たちを荒野へ追い払え!」

 そのまま、どん、と杖で街道を突くと、まばゆい光が杖から街道へと移っていきました。石畳の道が輝きに包まれます。

 けれども、それは魔法の光でした。道を進んでくるメイ兵たちには、やっぱり何も見えていません。

 

 すると、街道が音もなく動き出しました。

 地面の上を滑るように移動して、大きく北の方角へ折れ曲がります。

 やがてそこにやって来たメイ兵たちは、疑うこともなく、道に沿って曲がっていきました。空の水桶を積んだ馬車も一緒です。西へまっすぐ向かっているはずの道が大きく湾曲しているのですが、そんな不思議には誰も気がつきません。

「そちらに街はない。自分たちが間違った方角に向かったことに、どの時点で気がつくか――。それはユリスナイ様の御心次第だ」

 と白の魔法使いは厳かに言いました。背後の部下たちの中から、ユリスナイへ祈りを唱える声があがります。

 メイ軍の水汲み部隊は、魔法に曲げられた道の上をどんどん進んでいき、やがて荒野の彼方に見えなくなってしまいました――。

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