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第22巻「二人の軍師の戦い」

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53.工作・1

 フルートたちはガタンの街の郊外に作戦本部を設置していました。

 といっても、街道横の休耕地にテントをひとつ立てただけの、本当に簡単な本部です。そこにフルートたちとオリバンが集まっていると、赤の魔法使いが数人の魔法使いを従えて姿を現しました。

「イ、リダ。アスカリ、テル」

 例によって赤の魔法使いのムヴア語はフルートたちには理解できませんが、ポチがすぐに通訳しました。

「ワン、魔法で地震を起こして街道に地割れを作ったそうです。敵は足留めされているって」

 フルートはうなずきました。

「作戦通り、水路も壊しましたね? 水はどうなりましたか?」

 すると、赤の魔法使いの後ろにいた別の魔法使いが前に出てきて言いました。

「それは心配いらねぇ……勇者が言う通り、地下水の流れにつないでやったから。水路の水は、そっちさ流れてるだよ」

 そっちさ? と勇者の仲間たちは耳慣れないことばづかいに目を丸くしました。方言がきついのです。この魔法使いは赤の魔法使いに負けないほど小柄で、青みがかった緑色の長衣を着て、フードをすっぽりかぶっていました。一同の表情に気がつくと、ちょっとフードを上げました。

「すまねぇなぁ。おらぁ、こういう話し方しかできねぇから……。だけんじょ、水路の水は心配いらねぇ。地下水と一緒になって、どんどん地面の下を流れてるだ」

 フードからのぞいた顔には、大きな丸い目と大きなくちばしのような口がありました。頭の上にちらりと白い皿のようなものも見えます。フードにかけた手の指に水かきがあるのに気がついて、メールが言いました。

「あれ、あんた、もしかして半魚人?」

「いんや。おらぁ、河童(かっぱ)だ。ヒムカシって国から流れてきただよ」

 ヒムカシ! とフルートたちは声をあげました。ユラサイ国よりさらに東にある島国で、妖怪と呼ばれる人々が大勢棲んでいるところです。

 オリバンが思い出したように言いました。

「そういえば、赤の部隊には変わった魔法使いが多いという話は、以前から聞いていた。怪物まで加わっていたのか」

「いえ。彼らは古代のエルフの末裔(まつえい)です。人間が怖がったから姿形は変わってしまったけれど、力は昔のままなんですよ」

 とフルートが言ったので、河童は嬉しそうな顔になりました。

「勇者殿はよっく知ってらっしゃるなぁ。んだ、おらたちのご先祖はエルフだったって話だ。水辺に住んでいたから、おらたちの一族は水の魔法が得意になったんだで」

 すると、赤の魔法使いがひとしきり話し、ポチが通訳しました。

「ワン、普通とちょっと違った容姿や個性の魔法使いは、赤さんの部隊に配属されることが多いんだそうです。姿形は変わっているし、人とうちとけるのも苦手なことが多いけれど、魔力は強力な人が多い、って」

「それはよくわかってるわよ」

 とルルが答えました。赤の魔法使い自身が、黒い肌に金色の猫の瞳の異形ですが、強力な自然魔法の使い手です。今も、部下の魔法使いたちと協力して荒野に巨大な地割れを作り、セイロス軍の行く手を阻んだのでした。

 

 フルートはまた話しました。

「赤さんがムヴアの術で作った地割れだから、セイロスは魔法でこれを越えることはできない。とても長い地割れだから、横を抜けていくのも困難だ。なにしろ、彼らにはもう水がないんだから。このあたりは、街の周辺を除けば、大荒野の中でも一番乾燥している地域だ。水路の水がなくなれば、水を補給することはできないんだよ」

 すると、オリバンが腕組みしました。

「それにしても、水路を破壊するとは思い切ったことを考えついたな、フルート。水路は西部の生命線だ。その水がなくなれば、川下に当たる地域の住人はたちまち水に困り出すのだぞ。おまえも西部の出身なのだから、それは充分知っていたはずだろう」

 オリバンのことばには非難が混じっていましたが、フルートは落ち着いて答えました。

「西部の住人は大丈夫なんです。井戸があるから――。井戸は地下水流に沿って掘られています。地下水流さえちゃんと流れていたら、井戸の水は涸れないんです」

「ははぁ。だからさっきから水路の水が地下水流に行ったか気にしていたんだな」

 とゼンは納得しました。

 青緑の長衣の河童がまた言います。

「もともと、地下水流は水路から別れてただ。水路の水の量を地面の下で調節する役目もしてただよ。水路の水が全部流れ込んだから、下流の井戸の水はふだふだだで」

「ふだふだだで?」

 ことばの意味がわからなくてメールたち聞き返すと、河童はくちばしになった口で笑いました。

「たっぷりになったよ、ってことだぁ」

 

 フルートは話し続けました。

「セイロスたちは水路の水が地下に流れていくのを見ているけれど、その水を手に入れることはできない。魔法で地割れを越えていくこともできないし、回り道をすることもできない。きっと地割れに橋をかけようとするけれど、それには時間がかかる。橋ができあがるより先に、彼らはテイーズに引き返さなくちゃいけなくなるんだ。街の井戸に水を求めてね」

「ワン、あのあたりは本当に小川も池もないところですからね。水路がなくなったら、水が手に入る場所は井戸しかないんですよ」

 とポチが付け足します。

 ふむ、とオリバンはうなりました。

「つまり、連中をわざと水不足に陥らせて、テイーズの街まで水を汲みに戻らせるつもりなのか。だが、全軍で引き返すとは思えんぞ。きっと、軍隊は今の場所に留めておいて、一部の部隊だけを戻らせて水を運ばせるだろう」

「もちろんです。だから、こちらもそれを狙っているんです」

「え? どういうこと?」

「意味がわからないわ……」

 とルルやポポロが聞き返しましたが、オリバンはすぐに納得しました。

「各個撃破を狙っていたのか。なるほど」

「こら、フルートとオリバンだけで納得してるな! 俺たちにもわかるように説明しろって!」

 とゼンも騒ぐと、メールがあきれた顔で腰に両手を当てました。

「やだなぁ、もう。考えればすぐわかるだろ? 向こうは二万の大軍、それに対してこっちは魔法軍団を入れたって百人に足りないんだよ。だとしたら、敵をもっと小さいグループにして、人数が少なくなったところで倒すしかないじゃないか。それを各個撃破って言うのさ」

「ちぇ、渦王の鬼姫が。んな軍隊用語が俺たちにわかるか」

「でも、意味はわかるだろう?」

 とフルートは話し続けました。

「セイロスたちは必ず水を取りにテイーズに戻る。あの場所からテイーズの街の間には、村や集落がまったくないからな。どのぐらいの人数を戻らせるか、それはわからないけれど、水汲み部隊が本隊を離れたらそこを襲撃する。部隊はテイーズの街には戻らせない。もちろん、水も本隊には届かない」

 フルートの口調がいやにきっぱりしていたので、ポポロは心配そうな表情になりました。自信を持って作戦をたてる様子は立派で頼もしいと思うのですが、その作戦で大勢が怪我をしたり死んだりしそうに思えるので、本当に実行に移して大丈夫なのかしら、と考えたのです。

 

 すると、赤の魔法使いが言いました。

「ワ、シロ、アスカリ、ダ」

 隣で河童がうなずきます。

「んだ、んだ。そっちは白様の部隊の担当だで」

 河童は赤の魔法使いの部下なので、ことばも理解できるのです。

「白の魔法使いの部隊の?」

 とオリバンや勇者の仲間たちは西の方角を眺めましたが、大荒野は広く、地割れで足留めを食らっているセイロスたちをそこから見ることはできませんでした――。

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