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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第17章 味方

49.知り合い

 エスタ国の東部の田園地帯は、今や戦場の最前線になっていました。

 攻めてくるクアロー軍を防ぐために、野原や畑のあちこちに木の柵が設けられ、村の周りには石垣が築かれて、村長の家に臨時の作戦本部が置かれます。

 エスタ兵は板や石で矢を防ぐための塀を作っていました。持ち運べるような大きな盾を作っている兵士もいます。すべては敵の強力な弓矢に対抗するための準備です。

 そんな中に、青の魔法使いは部下の魔法使いたちを引き連れて乗り込んでいきました。人間の姿になったキースも一緒です。

 エスタ軍の司令官は、ロムドの魔法軍団の到着を大変喜んでくれました。ここまで敵の弓矢部隊の攻撃になすすべもなく退却を続けてきたので、魔法で逆転がはかれるのではないかと期待したのです。作戦本部で司令官と青の魔法使いの話し合いが始まります。

 その間、魔法軍団の魔法使いたちは周辺に散っていきました。前線の様子や守備の状況を確認に行ったのです。作戦本部になった農家の前に、キースだけが取り残されます。

「さてと、ぼくはどうするかな」

 とキースは指先で頬をかきながら言いました。

 彼もその気になれば空を飛んであたりを偵察することができますが、闇の民の姿をさらすことになるので、それをするわけにはいきません。人相手の聞き込みも得意でしたが、村の人々はエスタ軍に村を明け渡して避難してしまったので、誰も残っていませんでした。村の中を行き交うのはエスタの兵士だけですし、彼らは負け続きの戦いにぴりぴりしているので、話を聞けるような状況ではありませんでした。

「しかたない。青さんたちの話が終わるのを待つか」

 とキースは腕組みしてつぶやきました。

 村の上には白い雲を浮かべた青空が広がっていました。よく晴れた夏の昼下がりです。日差しはきついのですが、空気が乾燥しているので、風が吹くと心地よく感じられます。すぐそこまで敵の軍勢が迫り、これから激戦が始まろうとしていることが、信じられないようなのどかさでした。

 キースは以前こんな日に馬車で遠乗りしたことを思い出しました。あのときは、ゾとヨとグーリーとアリアンが一緒でした。はしゃぎすぎたヨが馬車から転がり落ちそうになったので、キースが叱りつけると、ゾは「キースは怒りん坊だゾ! ヨを助けてほしいゾ!」とアリアンに訴え、逆にアリアンに叱られてしまいました。「キースはヨがもう危ない目に遭わないように言ってくれているのよ!」と。優しくて控えめなくせに、そういう場面では決して譲らないのが彼女でした。

 ふと、キースの胸に鈍い痛みが走ります――。

 

 その時、いきなり大きな生き物がキースに飛びかかってきました。

 完全に油断していたキースは押し倒され、生き物の前脚に抑え込まれてしまいました。ガウゥッという声と共に、牙が並ぶ口が目の前に開きます。

 キースはとっさに獣の口を抑えました。顔をそむけながら、自分に襲いかかった生き物を見ます。それは全身が雪のように白いライオンでした。白いたてがみを激しく揺らしながらキースに迫ってきます。

 なんでこんなところにライオンが!? とキースは驚きました。エスタ国には野生のライオンなど生息しないはずです。が、理由はどうであれ、かみ殺されるわけにはいきません。ライオンに攻撃魔法をたたき込もうとします。

 すると、割れ鐘のような男の声が響きました。

「よせ、吹雪! いきなりじゃれるなと何度言ったらわかるんだ!?」

 とたんに白いライオンはキースから離れました。二、三歩下がって、駆けつけてきた戦士を振り向きます。

 

 戦士は黒い鎧を着て黒い兜を抱えた大男でした。空いているほうの手でキースを助け起こしてから、頭をかきます。

「驚かせてすまなかったな。このライオンは俺の相棒なんだ。戦場では遠慮なく敵を倒すが、普段は猫みたいにおとなしいんだよ。味方の陣地で人に飛びかかるような真似はしたことがないんだが――。おい、吹雪、急にどうしたんだ?」

 大男の戦士は、まるで人に向かって言うようにライオンに話しかけました。吹雪と呼ばれたライオンも、ことばがわかったように、ガウゥと返事をします。

「なんだ、そうだったのか!」

 と大男は声をあげ、すぐに頭をかきました。

「と言いたいところだが、人間にライオンのことばなんかわかるわけはないんだよな。残念ながら」

 全身筋肉の塊のような逞しい男ですが、言うことはかなりひょうきんです。

 けれども、キースにはライオンの言ったことがわかりました。彼は地上のほとんどの生き物のことばを理解することができるのです。驚きながら聞き返します。

「ぼくからフルートやゼンの匂いがしたからだって……? 君たちはフルートたちの知り合いなのか?」

 おっ? と戦士も驚いた顔になりました。

「なんだ、あんたはライオンの話がわかるのか!? あ、いやいや、こっちの話のほうが先だな――フルートってのは、あのフルートのことか? 金の石の勇者なんて呼ばれてる子どもの」

「彼らはもう子どもじゃないよ。十六になっているからな――。ぼくはフルートたちの友だちだよ。一緒にロムド城にいたから、彼らの匂いが移っていたんだな」

 とキースが言うと、白いライオンがまた飛びかかってきました。後足立ちになって前脚をキースの肩にかけ、たてがみをキースの顔や頭にすりつけてきます。

 戦士は笑い出しました。

「そうか。吹雪はあんたをフルートたちの友だちだと見抜いて、挨拶に行ったんだな。俺もあいつらの友だちさ。もう三年くらい会ってないがな。そうか、あいつらももう十六か。早いな。初めてあいつらに会ったときには、あいつらは本当に小さなガキどもだったんだが――。俺の名前はオーダ、こっちは相棒の吹雪。エスタ軍の辺境部隊に所属しているんだが、クアロー軍が攻めてきたってんで、ここに招集されたのさ」

「ぼくはキース。ロムド城の客人で、魔法軍団と一緒に援軍に来たんだよ」

 とキースも答えました。

「おお、じゃあ、あんたも魔法使いなのか? それで吹雪のことばがわかったんだな、なるほど。ここで会えたのも何かの縁だ。よろしく頼むぞ」

 大きな手があっという間にキースの手を握りました。そのまま腕が抜けそうなほどぶんぶんと振ります。なんとも大雑把な感じの男ですが、不思議と嫌な印象は受けません。

 キースも思わず笑ってしまいました。

「フルートたちの友だちとは時々出会うよ。それも、いつも思いがけないような場所でね。彼らは本当に顔が広いな」

「そうだろうとも。ガキのくせにまったく油断のならない奴らなのさ」

 と戦士も笑いました。彼の頭の中では、フルートたちは今でもやっぱり子どものままのようです。

 風の犬の戦いで偽の金の石の勇者として現れ、その後も何度もフルートたちを助けてくれた「黒い鎧のオーダ」とお供の吹雪。フルートたちにとって懐かしい人物の再登場でした――。

 

「なるほど。それじゃあ、今エスタに攻めてきてるクアロー軍は、実は囮(おとり)ってわけか。どうりで派手に攻めてくるはずだな」

 黒い鎧を着たオーダは、キースから今回の戦いのいきさつを聞かされると、納得してうなずきました。

 二人はエスタ軍の前線本部になった村で、丸太をベンチ代わりにして並んで座っていました。白いライオンの吹雪はオーダの足元に寝そべっています。

 キースは話し続けました。

「敵の本命はあくまでもロムドさ。ロムドを潰せば、同盟軍は分解してしまうからな。だから、西からメイ軍と攻めてくるつもりなんだが、その前に東で騒ぎを起こして、ロムドの目をこっちに惹きつけようとしているんだ」

「それをフルートとロムドの一番占者に見破られたってわけか。あの占者殿は覚えているぞ。美形のくせに、ものすごい存在感があったからな」

 オーダがユギルを話題に出したので、キースはたちまち機嫌の悪い顔になりました。急に黙ってしまいますが、戦士はそんなことにはまるで気づきません。顎の無精ひげをなでながら話し続けます。

「俺たちはここに来たばかりだからよくわからないんだが、連中は最新式の弓矢と馬鹿でかい怪物を連れているらしいな。他にも得体の知れない怪物がいるって噂もある。正直、そんな連中とどうやって戦えばいいんだと思っていたからな。ロムドから魔法使いたちが来てくれて、本当によかったと思うぞ」

「ロムドの正規軍もこっちに向かっているよ。援軍を率いているのはロムド軍総司令官のワルラ将軍だ。ただ、どうしても到着までに時間がかかるからね。魔法軍団が出動を命じられたんだよ」

 とキースは答えました。相手が無頓着に話すので、こちらもいつまでも黙っているわけにはいかなかったのです。

「それで、勇者の坊主たちはどっちに行くんだ? 西か? それともこの東か?」

「西に向かったよ。なにしろ敵の総大将に対抗できるのはフルートたちだけだからね」

「敵の総大将ってのが、あのデビルドラゴンなんだな? いろんなヤツに取り憑いて魔王にしてきて、今度は人間になって降臨か。まったく、やっかいな野郎だ。しかも、そいつを倒せるのが、あの子どもらだけだって言うんだから、この世界はどうなってるんだろうな?」

 オーダが両手を広げて天を仰いだので、キースは肩をすくめてしまいました。

「彼らはもう子どもじゃないったら――。それに、子どもの頃から全然子どもらしくない連中だったんだぞ。十五かそこらで、大人顔負けのことばかり言ってたからな」

「ははん。さては、あんたもあいつらにやり込められた口だな。子どもだと思って油断していたんだろう」

「別に油断していたわけじゃない。彼らが飛び抜けすぎてるんだ」

「それはその通りだな」

 戦況やフルートたちのことを話す間に、いつの間にかオーダとキースはすっかり親しくなっていました。その足元では、ライオンの吹雪がのんびりあくびをしています。

 

 そこへ作戦会議を終えた青の魔法使いがやってきました。

「待たせましたな、キース。おや、こちらの方は? 知り合いですかな?」

「今知り合ったばかりだよ。彼は――」

 キースが言いかけると、オーダは立ち上がって自分から挨拶しました。

「お初にお目にかかる。俺はエスタ軍の辺境部隊にいる傭兵(ようへい)のオーダだ。こっちは相棒の吹雪。俺たちはフルートたちの古なじみなんだ」

「おお、勇者殿たちのご友人ですか! それは奇遇だ。よろしく頼みますぞ!」

 青の魔法使いとオーダは、がっちり手を握り合いました。人並み外れて大柄な二人が握手をする様子は、なかなか壮観でした。

「それで? ぼくたちはこれからどうするんだい?」

 とキースは青の魔法使いに尋ねました。これからの作戦がわからなければ、彼も動くことができません。

「クアロー軍はこの前線からあと二日の距離まで近づいているようです」

 と武僧はたった今、作戦本部でエスタ軍の指揮官から聞いた話を伝えました。

「私の部下が偵察から戻ってくれば、もっと状況ははっきりするでしょうが、敵の数はおよそ三万。そこに巨大な虫のような怪物や、人を食い殺す黒い怪物もいるという情報です。おそらく闇の怪物でしょう」

「それでぼくにお呼びがかかったわけか」

 とキースは言い、オーダが怪訝(けげん)な顔をしたので説明しました。

「ぼくは闇の怪物にはけっこう強いんだよ。怪物の専門要員なのさ」

「ほう? あんたは光の魔法使いなのか」

「いや。そういう血筋なんだ」

 とキースは簡単に答えました。まさか闇の国の王子だからだ、と打ち明けるわけにはいきません。

 すると、青の魔法使いが身をかがめてキースに耳打ちしました。

「キース殿も魔法で参戦はできませんか? 敵は魔法仕掛けの弓で攻撃してきます。飛距離が長くて狙いも正確なので、魔法でなければ防げません」

「無理だよ。ぼくが使うのは闇魔法だ。魔法軍団の前で使えば、あっという間に正体がばれるさ」

 とキースはささやき返しました。いまいましい自分の生い立ちに、思わず溜息が出ます……。

 

「連中がここに来るまでにあと二日か。司令官殿たちたちはどうやって迎え討つつもりなんだ?」

 とオーダが青の魔法使いに尋ねてきました。態度はまだのんびりしていますが、目つきは真剣です。

「敵は非常に強力な弓矢を持っていますからな。まず、その攻撃を防ぐのが重要です。我々魔法軍団が最前列に出ることになります。敵が矢を撃ちつくしたところで、反撃に出ます。敵が怪物をくり出したら、その時は、キース殿の出番ですぞ」

 名指しされて、キースはまた肩をすくめました。

「わかってるよ。ぼくにできることといったら、それだけだからな」

 自嘲気味なことばでしたが、オーダは大真面目で言いました。

「いや、それは重要だぞ。エスタ軍には怪物が苦手な連中が多いんだ。情けないとは思うんだがな」

 いやいや、と青の魔法使いが言いました。

「誰にとっても怪物は怖いものです。まあ、ザカラス国などは元から怪物の多い土地なので、兵士も怪物と戦い慣れていましたがな。エスタ国はザカラスやロムドより怪物が少ない国ですから、怪物を怖がる人も多いことでしょう」

 すると、オーダは首を振りました。

「それだけじゃない。エスタ軍には金で雇われた外国人の傭兵が多いんだ。故郷を守ってる奴はいざってときに肝が据わって勇敢に戦うが、傭兵は状況が不利と見ればたちまち逃げ出すからな。怪物が現れただけで総崩れになりかねないんだよ」

 批判するように話すオーダに、キースは聞き返しました。

「そんなことを言うけれど、君自身も傭兵じゃないのか? それとも君はエスタ人なのか?」

「いいや、俺も外国人の傭兵だ。やばいと思ったら、俺もさっさと戦場を捨てて逃げるぞ。だから、怪物対策は重要だと言ってるんだ」

 しゃあしゃあと言うオーダに、キースと青の魔法使いは呆気にとられてしまいました。

 彼らの足元で、吹雪がまた大きなあくびをします――。

 

 そこへ辺境部隊の兵士がやって来て、オーダを呼びました。

「こんなところで油を売ってたのか! 集合がかかってるぞ。隊長がかんかんだ!」

「おっと、いかん。もう行かないとな――。じゃあな、キース、ロムドの魔法使い殿、今度は戦場で会おう」

「ああ、また」

「よろしく頼みますぞ」

 手を上げて離れていくオーダを、早く早く、と仲間の兵士が引っ張っていきました。辺境部隊の隊長はよほどおかんむりの様子です。吹雪がのんびりと後をついていきます。

「フルートたちの知り合いには本当におもしろい人が多いなぁ」

 オーダを見送りながら、思わずそうつぶやいたキースでした。

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