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第22巻「二人の軍師の戦い」

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48.前線

 「あぁのぉねぇぇ!!!」

 ランジュールは突然天幕の中に姿を現すと、戦姿で座るクアロー王をどなりつけました。

「キミたちさぁ、このボクの存在を忘れちゃってるんじゃなぁいのぉぉ!? クアロー軍がどんどん西へ攻め進んでるのはいいよぉ! セイロスくんが強化した弓矢のおかげで、向かうところ敵なしなのもいいよねぇ! だぁけぇどぉ! どぉしてボクの出番が全然ないのさぁぁ!? ボクもおピンクちゃんも、ずっと待ちぼうけで、すっかり退屈しちゃってるんだよぉ! いい加減、ボクたちにも出動させなよ!」

 その日の戦いに勝利したクアロー王は、両脇に人質のエスタ美女を幾人もはべらせ、勝利の酒をあおっていました。美女たちが怯えて悲鳴を上げる中、じろりと幽霊を見上げて言います。

「騒ぐな、ランジュール。おまえにも命令は下してやったではないか。籠城を始めた城の門を壊せ、とな」

「あぁ、そぉだよねぇ! 確かにボクはおピンクちゃんにお城の門を破壊させたよぉ! キミたちはそこから中になだれ込んでいって、城の殿様を人質にしたよねぇ! でぇもねぇぇ――そこでボクたちに、はいおしまい、あとは引っ込め、ってのはどぉいうことぉ!? お城の丈夫な門を壊したのはボクたちなのにさぁ! かわいそうに、おピンクちゃんはひとりも人間を食べられなかったんだよぉ!」

「当然だ。おまえの魔獣は敵も味方も見境なしに襲うじゃないか。そんな危険な奴を暴れさせられるもんか」

 と答えたのは、王から少し離れた場所に座っていた家臣のミカールでした。戦場にいても私服姿のままですが、その横にはクアロー王と同じように美女が二人座っていました。しかも、王の周りの女たちは明らかに嫌がっているのに、ミカールの隣の女たちは、自分からいそいそと彼に酒をつぎ、うっとりと見とれています。怪しいほどに美しいミカールは、敵の女性の心まで惹きつけているのです。

 ランジュールは眉をつり上げました。

「キミたちの兵隊がおピンクちゃんに食べられちゃうのは、彼らがのろまだからだよ! ボクたちのせいにしないでよねぇ! それに、ボクは今、クアローの王様と話をしてるの! いいから早くボクたちを戦いに出しなよ! あっという間に敵を全滅させてあげるからさぁ!」

 けれども、ミカールはまた言いました。

「我が軍にはすばらしい弓矢部隊がある。しかも、このぼくもいるんだ。君たちの活躍の場なんかないさ」

「なぁんだぁってぇぇ!!?」

 ミカールとランジュールの間の雰囲気が、どんどん険悪になっていきます。

 

 クアロー王はうんざりしたように手を振りました。

「よせ。せっかくの酒がまずくなる――。そんなに出番がほしいというのであれば、敵陣を探ってこい。そろそろエスタ国の主力部隊が駆けつけてくる頃だ。おまえは幽霊なのだから、どこにでも出入りは自由だろう。偵察にはうってつけだ」

「偵察!? 魔獣使いのこのボクに、間者なんかの真似をしろって言うのぉ!?」

 とランジュールが馬鹿にするように言ったので、間者のミカールは、なに!? と顔色を変えました。ますます騒ぎが大きくなりそうな気配でしたが、ランジュールは何故か急にすっと身を引くと肩をすくめました。

「やぁめたぁ。ボクの本当の力も理解しない凡人の王様には、とてもつきあってられないもんね。うん、それならキミたちだけで好きに戦っていいよぉ。でぇ、キミたちだけじゃどうしようもない、って状況になったら、ボクを呼べばぁ。ホントに馬鹿な王様たちだけど、ボクとおピンクちゃんの気が向いたら、助けてあげるかもしれないからさぁ」

 好き勝手なことを言うランジュールに、さすがのクアロー王も怒った顔になりました。ミカールが激しく言い返します。

「貴様の出番など、これから先もあるものか!! 死に損ないの幽霊め! さっさと貴様の主人のところへ帰れ!!」

「あのねぇ、セイロスくんはボクの主人なんかじゃないって、何度言えばわかるわけぇ? セイロスくんだって、ボクが助けてあげてる相手なんだよぉ。そぉんなことも理解できないんだから、ほんっと、キミたちってお馬鹿さんだよねぇ。お馬鹿さんはお馬鹿さんらしく、せいぜいがんばってよねぇ。うふふふ……」

 女のような笑い声を残して、ランジュールは消えていきました。

 クアロー王は酒をあおってすぐに平静に戻りましたが、まだ怒りがおさまらないミカールは、美女たちを両脇に抱いて立ち上がりました。

「気晴らしに行くよ。おいで」

 人質の女たちははしゃいだ声をあげました。美青年と一緒に王の天幕を出て行きます。

 残された他の女たちは、売国奴(ばいこくど)め、と吐き捨てるようにつぶやいたり、逆にうらやましそうに見送ったりしました。彼女たちが酌をしているクアロー王も男らしい人物ですが、顔ではミカールにとてもかないません。

 すると、クアロー王が杯を傾けながら真顔でつぶやきました。

「毎晩美女二人を食らうか。魔獣よりやっかいかもしれんな……」

 王の声はごく低かったので、女たちには聞こえません。

 クアロー軍の野営地には、深まっていく夜の闇が淀んでいました――。

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