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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第16章 偵察

46.街道の街・2

 セイロスは占領した西の街道の街に留まっていました。

 サガルマという名前の街で、百軒あまりの家が寄り集まった周りに、獣や野党を防ぐ壁が巡らしてあります。壁は街道の入り口と出口だけが石造りで、他の大部分は木の板を立てた塀になっていました。住居も丸太の壁にわらぶき屋根の粗末な造りです。

 街で一軒だけの煉瓦(れんが)造りの建物は、街の真ん中にあって、役所として使われていました。セイロスはそこの二階の窓際に立って、街とその向こうの荒野を眺めていたのです。地平線まで続く白っぽい大地の中を、赤茶色の街道が東へまっすぐに延びています。街道に沿ってわずかに緑は見られますが、それ以外は、本当に森も林も見当たらない、荒涼とした風景です。

 

 そこへ階下から赤いフード付きのマントを着た小男が上がってきました。軍師のチャストです。

「到着したな」

 とセイロスは向き直りました。彼はこの街で軍師が追いついてくるのを待っていたのです。

 チャストはさっそく報告をしました。

「最初に落としたダラプグールを占領下に置いてきました。後方の国境から敵が攻めてくる可能性があるので、兵士五百名を駐留させて警戒に当たらせています」

「我々はこれから東進する。そうなれば最初の街と我々の間の距離はどんどん広がるぞ。後方から襲撃されても、気がつくのが遅くなるだろう」

 とセイロスが指摘すると、チャストは落ち着いて答えました。

「駐留部隊には、何もなくても毎日報告の早馬をよこすように言っておきました。その早馬が来なくなったら、ダラプグールに何事か起きたということになります。報告によって敵襲を知るのではなく、報告がないことで敵襲を知るのです」

 セイロスは納得してうなずきました。おもむろに軍師に窓の外の景色を示して言います。

「見ろ、このあたりには本当に何もない。街道と水路があるので、かろうじて人が暮らしているが、城さえない。以前はここはこんなふうではなかった。一面に緑の森と豊かな畑が広がり、各地に城が置かれ、人々は賑やかに街の間を行き交っていた。今は草も生えないつまらん場所だ」

「二千年前にはそのような様子だったということですか。今も城は残っていると思いますか」

 とチャストは尋ねました。そこを自分たちの軍事拠点にできないかと考えたのですが、セイロスは苦々しく答えました。

「要の国は千年あまりも人の住まない土地になり、暑く乾いた風が吹く場所になって、森も草原も消え去ってしまった。この近くには碧樹(へきじゅ)の地と呼ばれる領地と城があったはずなのだが、町の人間に聞いてみても、そんな場所は見たことも聞いたこともない、と言う。長い年月の間に崩れ去ってしまったのだろう」

「ここに来る途中、いくつもの丘を通り過ぎてきましたが、中には昔ここに城が築かれていたのではないか、と思うような場所もありました。そのような場所は、今でも守りに向いた地点になります。いずれ、そのような場所からあなたの城を作る場所を選考いたしましょう」

 チャストは二千年前の思い出話にも感傷的にはなりません。あくまでも現実的に、それをどうやって戦争に利用できるかを検討しています。

 

 セイロスは、ふん、と鼻を鳴らすと話題を変えました。

「街道沿いの小さな町や村はまったく問題なく占領できる。石垣や丸太の柵を立てた程度の集落だし、住んでいるのも百姓ばかりだから、ちょっと脅せば抵抗もなくすぐに服従を申し出てくる。だが、このサガルマを占領するのには少々手こずった」

「ロムドの守備隊が配置されていましたか?」

 とチャストは聞き返しました。

「若干はな。そいつらは全員処刑して広場でさらし首にしてある。だが、連中は我々が到着する前に襲撃に気がついていた。門を固く閉じ、街の手前の橋を落としていたのだ。水路から引かれた川だったが、幅が広くて流れも速かったので、橋をかけなくてはならなかった。街の周囲にも先端を尖らせた丸太を埋め込んで、馬を防ごうとしていた」

「そのような備えは、にわかにできるものではありません。ロムド国は長い間、西隣のザカラスと敵対していました。ザカラスの王女を王妃にする形で人質にして、表面上は友好関係を結んでいましたが、いつ何時ザカラスがロムドに攻め込んできてもおかしくない状況だったのです。街もそれなりの防衛はしていたのでしょう。この先の街も似たような状況かもしれません」

 とチャストは話してから、急にセイロスをしげしげと見つめました。なんだ、とセイロスが聞き返すと、失礼、と言ってから続けます。

「ちょっと不思議に思ったのです……。あなたの正体はデビルドラゴンだ。世界各地に出没して、その国の王や有力者に働きかけては世界征服をたくらんでいたのに、あなたは意外なくらい現在の世界情勢をご存じない。何か理由があるのだろうか、と思ったのです」

 たちまちセイロスは表情を厳しくしました。チャストを鋭くにらみつけます。

 チャストは頭を下げました。

「お気に障ったのであればお許しください。軍師というものは、敵味方双方に気を配り、状態やその力を把握しておくものなのです」

「私は二千年前の時代から戻ってきている。だからこそ、おまえを軍師に召し抱えたのだ」

 とセイロスは不機嫌な顔のままで言いました。それ以上はその話題に触れようとしません。

 軍師のほうも、話題を戻しました。

「先ほど言ったとおり、ロムドとザカラスは敵対関係にありましたが、先代のザカラス王が死んでアイル王が新しいザカラス王になってから、ロムド国とザカラス国は緊密な関係になりました。そのため、この西部の守りは以前より手薄になったと思われます。以前の備えはまだ残っているでしょうが、兵はあまり配備されていないはずです。なにしろ城がないのですから――。ダラプグールで確認してきましたが、この西部では、国境のリーバビオン領から西の街道の中程まで、城がひとつもないそうです。ただ、農家には意外なくらい麦や飼い葉(かいば)が蓄えられています。なんでも、去年の秋に城から、冷害に備えて備蓄しておくように、と命令が出ていたそうです。今後も、食料や馬の餌に困ることはなさそうです」

 チャストはさらに、占領した街や村から人や馬車を集めて物資を運搬させる手配をしたことも伝えましたが、セイロスは気のない様子で言いました。

「補給についてはおまえに任せる。いいようにしろ」

 それを聞いて、チャストは密かに肩をすくめました。彼らはメイから急いで出陣してきたので、食料や物資を担当する補給部隊をほとんど連れてくることができませんでした。占領した町や村から物資を集めて前線に送る体制を作ることは、先へ攻め進んでいくのと同じくらい大切なことだったのですが、セイロスはその重要性をあまり理解していないようです。

 

 そこへ、階下からギーが上がってきました。セイロスとチャストに向かって言います。

「後続部隊の兵も全部街の中に入ったぞ。広場を中心に集まって、あんたたちの話を待ってる」

「この後、あなたはどんどん東へ攻め進んでください」

 とチャストはセイロスへ言いました。

「我々はあなたの魔法で敵の目から隠されていますが、いずれ必ず敵に気づかれて激突することになります。それまでにこちらの拠点にふさわしい地点を抑えなくてはなりません」

「見込みは立っているのか?」

 とセイロスは聞き返しました。二千年前には彼の故郷だった土地ですが、今はすっかり変わってしまって、まるで知らない場所になっているロムドです。

「住人に聞いた話によると、ここから東へ二日ほど馬を進めたところにあるガタンが、このあたりでは一番大きい街のようです。まずそこをめざし、街を占拠した後、兵を返して西の国境へ向かいます。その頃には、メイを出発した後発部隊が象戦車部隊と共にザカラス南部へやってきます。彼らと連動して国境のロムド軍とザカラス軍を破り、国境の橋とメイへのルートを確保するのです」

 とチャストは話し続けました。小柄な体から発せられることばは、意外なくらい明瞭です。

「時間としてはどのくらいを計画している?」

 とセイロスがまた聞き返しました。

「ガタンを落とすまでに二日。その後、引き返して西の国境を落とすのに五日。しめて一週間で達成できれば理想的です。ロムド王が襲撃の知らせを受けて兵をくり出してきても、その前に西部はあなたのものになっています」

「よかろう」

 セイロスは答えると、マントをひるがえしました。階段へ歩きながら言います。

「西部が襲撃されていると知れば、フルートたちは真っ先に飛んでくるだろう。連中は風の犬に乗ってくるからな。だが、こちらで待ち構えているのは五万の兵だ。どれほど連中が能力的に優れていても、この数の差をひっくり返すことはできない」

 ギーは首をひねりました。

「フルートっていうのは、あの金の石の勇者とか呼ばれる若造のことだな? 確かに歳の割には強かったが、たったひとりだぞ。仲間を入れても四、五人しかいなかったじゃないか。どうしてそんなに気にするんだ?」

 けれども、セイロスはそれには答えませんでした。いまいましそうな表情を浮かべたまま階下に消えていきます。

「おい、セイロス?」

 とギーも後を追っていきます。

 チャストは思わず皮肉な笑いを浮かべました。

「あの若造のせいで辛酸(しんさん)をなめたのは、私だけではなかったか――。見ていろ、金の石の勇者。おまえと私のどちらが軍師として優れているか、今度こそはっきりさせてやる」

 そうつぶやくと、軍師もゆっくりと階段を下りてきました。

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