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第22巻「二人の軍師の戦い」

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44.相談

 「メールがハロルド王子たちを無事にロムド城に送り届けたわ……。こっちの様子も向こうに伝えてくれるって」

 魔法使いの声と耳を使った会話を終えた後、ポポロは仲間たちにそう知らせました。

 へっ、とゼンが笑います。

「メールの奴、全速力ですっ飛んで帰ってくるぞ。この状況であいつがぐずぐずしてるなんて、考えられねえからな」

 フルートは真面目な顔でうなずきました。

「メールのほうから話しかけてくれて良かった。どうやってこっちの状況を向こうに伝えようか、と考えていたところだったんだ」

「メールは怒ったり笑ったり、気持ちの変化が忙しいから、ポポロの呼びかけの声に気づいてもらえないことが、よくあるのよね」

 とルルも言います。

 

 彼らはまだ荒れ地で相談中でした。食事は終わっていたので、また熱い黒茶を飲みながら、話し合いを続けます。

 オリバンが重々しく言いました。

「先ほども言ったように、セイロスが率いるメイ軍は北上して西の街道に入り、街道沿いに東へ攻めてくるだろう。ここは連中にとっては敵地だ。メイからの補給が期待できない以上、食料や水などを得るために、街道を進むしかないのだ」

「西の街道の先には王都がある。なんとしても阻止しなくてはいけないぞ!」

 とセシルが身を乗り出しました。敵を阻止するためには、自分の故国のメイ軍と戦うことになるのですが、それについては一言も触れません。

 ポチが考えながら言いました。

「ワン、このまま敵を追いかけたら後れを取りますよね。先回りしないと防げないけど、この人数でできるのかな」

 ここにいるのはフルートたちとオリバンとセシル、護衛のロムド兵とナージャの女騎士団という面々でした。ポチやルルを数に入れても、百六十名に足りません。何万という軍隊に対抗できる人数ではありませんでした。

「ロムド城からは軍隊が続々と出動している。敵を足留めすることができれば、援軍が来て、敵を撃退することができるんだよ。そのためには、ポチの言う通り、敵の先回りをしなくちゃいけない」

 とフルートが言ったので、オリバンは近くにいた兵士に命じてロムドの地図を持ってこさせました。それを広げたとたん、ゼンが言います。

「えらく詳しいじゃねえか、この地図! フルートが持ってるのよりでかくて、街や村の名前もたくさん載ってるぞ!」

「当然だ。これは我が国で一番詳しい地図だからな。普段は門外不出になっている」

 とオリバンは答えました。皇太子だからこそ持ち歩くことができる地図なのです。

 

 フルートはロムド国の左端を指さしていきました。

「ここがザカラスとの国境の橋、西の街道はこの橋の上を通っている。そこからずっと右下の、南西の国境にあるのがジタン山脈だ。ぼくたちがいる場所はジタンからもうちょっと北西のこのあたり。セイロスの軍勢が魔法で現れたっていう山はどこだ?」

「国境の橋を守るリーバビオン伯爵領から戻る途中だったから、このあたりだ」

 とセシルが地図を示すと、ポチが言いました。

「ワン、やっぱり西の街道からあまり遠くないですね。北へ直進すれば、まもなく街道にぶつかりますよ」

「つまり、セイロスたちはすぐに街道に入って攻めてくるってことね? どの辺に現れそうかしら」

 とルルも言います。

 オリバンは地図を指し示しながら言いました。

「このあたりは大荒野の中でも特に住人が少ない地域だ。ガタンから国境までの間は、馬や馬車で一日行かなければ次の街に着かない。連中が一番近い場所から西の街道に出て、東へ進んだとすれば、真っ先に襲撃を受けるのはこの街だ」

 けれども、ゼンやポポロやルルには地図に書いてある文字は読めませんでした。話しことばは世界中共通でも、文字は国や種族によって違っているのです。

「どこだよ!? 読めねえぞ!」

 とゼンが文句を言うと、フルートは答えました。

「ダラプグールっていう街だよ。薔薇色の姫君の戦いのときにも、ぼくたちはこの街を通過してる。ただ、あのときはとても急いでいて、毎日進めるだけ進んだから、ダラブグールに宿泊はしていないけどね。――ポポロ、ちょっと遠いけど、ダラブグールの様子を透視してみてもらえるかな」

「方向的にはあっちだ」

 と方向感覚の良いゼンが北のほうを指さしたので、ポポロは遠い目になりました。街を見つけるために、まず街道を探し始めます。

 

 その間も、オリバンやフルートたちは相談を続けました。

 地図の上にシルという地名を見つけて、セシルが言います。

「これはひょっとしてフルートの故郷か? 確か、シルという場所の出身だと言っていただろう」

「そうです。ここがぼくの家のある町です。ダラブグールからは馬で四、五日の場所にあります」

「あんまり離れてねえな。大丈夫なのかよ? おまえの親父さんやおふくろさんは」

 とゼンが心配すると、フルートとポチが言いました。

「たぶんシルは心配ない。泉の長老が守ってくれているからな」

「ワン、魔の森の泉の長老が約束してくれましたからね。デビルドラゴンに家族や友だちを人質にされないように、シルの町を守ってやる、その代わりに魔の森を地面の奥に隠してしまう、って」

「私たちが世界に旅立つときのことね。魔の森から雪が積もった荒野に出て行って、後ろを振り向いたら、もう魔の森は消えてしまっていたのよね」

 とルルは懐かしそうに言いました。もう一年半あまりも前の出来事です。

 

 すると、ポポロが不思議そうに首をかしげました。遠いまなざしをわずかに左右させながら尋ねます。

「ダラブグールっていうのはどのくらいの街……? あたし、ガタンの街は覚えているから、そこからずっと西へ見ているんだけど、それらしい街が見当たらないのよ。小さい町だから見逃しているのかしら?」

 オリバンは首を振りました。

「いや、そんなはずはない。大荒野の貴重な宿場町だ。それなりの大きさはあるし、人もけっこう住んでいる」

「ガタンの先の街は、テイーズ、サガルマ、ダラブグール、リーバ、そして国境の橋という順番になっているぞ」

 とセシルが地図を見ながら言ったので、ポポロは一生懸命探し続けましたが、やはり街は見つけられませんでした。

「ガタンから西には、大きな街は二つしか見当たらないのよ……。ガタンの次の街はテイーズ? そこから先は、小さな村や集落はあるんだけど、街と言うほどのところはなくて、国境近くになってやっとまた街が現れるの。これがリーバだとしたら、サガルマって街とダラブグールの街が見当たらないわ……」

「街が神隠しに遭ったとでも言うのか!? そんな馬鹿な!」

 とセシルが大声を出したので、ポポロはたちまち、ごめんなさい、と涙ぐみました。自分の探し方が悪かったのだと思ったのです。

「ポポロにどなるなよ」

 とゼンが言い、ポチが腰を上げました。

「ワン、ぼくが風の犬になって行ってきますよ。ここからなら二、三時間で様子を見てこられると思うから」

 ところが、フルートがそれを止めました。

「行っちゃだめだ、ポチ――。たぶん、セイロスがいるのはそこだ」

 オリバンも腕組みしてうなずきました。

「同感だ。以前、デビルドラゴンはメイ軍やサータマン軍に闇の石を与えて、透視や占いから姿を消せるようにしたことがある。セイロスの正体はデビルドラゴンだ。襲撃している街を闇の力で包み隠すくらいのことは、やってのけるだろう」

「それじゃ、セイロスはやっぱりここにいるってわけ?」

「ここを襲ってやがんのかよ!」

 一行は地図の上の二つの街を見つめました。そこには中央大陸の共通文字で、ダラブグール、サガルマと書かれています――。

 

 オリバンは重々しく話し続けました。

「西部の街には正規軍の警備隊があるが、配置されているのは一個中隊規模だから、とても敵は防げん。敵は街を落としては、すぐに次の街に向かっているだろう。国境のリーバビオン伯に知らせを出しても、援軍が到着するまでには時間がかかるし、その間に奴はさらに東へ攻め進んで行く。なんとかして、我々でこの進軍を食い止めねばならん。どうしたらいい? 策を聞かせろ、フルート」

 フルートは先ほどからもう口元に手を当てて、じっと考え込んでいました。その目は地図を見つめていて、すぐには話し出そうとしません。仲間たちは顔を見合わせましたが、フルートはやっぱり何も言いません。

 セシルがしびれを切らして言いました。

「私は管狐でもう一度リーバビオン伯爵の元へ走る! 西の街道に敵が現れたことを知らせて、兵を出してもらうんだ!」

 すると、フルートが口を開きました。

「それはまずい。ロムドに侵入してきたのは、たぶん第一陣だ。第二陣がメイ国からやってくるし、それはきっと国境の橋を越えて来る。国境を手薄にするわけにはいかない」

「国境から援軍を呼んじゃいけないってわけ? じゃあ、どうすればいいのよ!? みすみす西部をセイロスに渡してやるっていうの!? 西部はフルートの故郷でしょう!」

 ルルも大声を出すと、フルートは急に表情を変えました。真剣に考え込む顔から、悪戯(いたずら)を思いついた子どものような顔つきになったのです。驚く仲間たちに、にやっと笑ってみせて言います。

「そう、この西部はぼくの故郷だ。そして、西部には西部の戦い方がある。西部に兵がいないだなんて、そんなことはないのさ」

 仲間たちにはフルートが言っていることが理解できませんでした。どういうことだ? と聞き返しますが、フルートは笑ったまま周囲を見渡すだけでした。

 起伏のある荒野は、強烈な夏の日差しに白々と照らされていました――。

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