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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第15章 相談

43.王

 執務室に入ってきて、火急のお願いに来ました、と頭を下げたハロルド王子を、ロムド王は驚いて見つめました。リーンズ宰相が確認するようにユギルに尋ねます。

「いらっしゃるのはメイ女王ではなかったのでしょうか?」

 ユギルは占盤にまた目を向けて言いました。

「ここにおいでになっているのは、メイ国王と三人の女騎士の方々。占盤が告げていることに変わりはございません」

 その厳かな声に、ハロルド王子と女騎士たちは、はっとしました。王子が唇を震わせて言います。

「有名なロムド城の占者殿は、やはり私をメイ国王と占われるのですね……。こちらへ来る途中で金の石の勇者たちに出会って、私がメイ国王になったようだ、と言われました。母上はもうこの世にはいないのかもしれない、と……」

 それきりうつむいてしまった王子に、ロムド王は思慮深いまなざしになりました。女王の生死については触れずにこう言います。

「こんな状況ではあるが、我が城へようこそ。我々は西方の状況を知りたいと思い続けてきた。これまでの詳しい話を聞かせてもらえるだろうか」

 王のよく響く落ち着いた声に、ハロルド王子はまた顔を上げました。促されるままに、セイロスが突然メイに現れ、メイ女王を人質に城を占拠したこと、いずれ近いうちにメイ軍を率いてロムドに攻め込んでくると思われること、ジタン山脈の麓でオリバンや姉のセシルに出会ったこと、その後、西の街道ではフルートたちの一行に出会い、メールにここまで送ってもらったこと――などを話して聞かせます。

 

 話を聞き終わったロムド王は、ふむ、と言いました。

「東のエスタとクアローの戦いは陽動で、本命のセイロスはメイ軍と共に西からやってくる、という勇者の予想は正しかったのだな。いつものことだが、あの年齢で本当に鋭い読みをする。それで? オリバンはそのままジタンに留まって、メイの攻撃を防ぐと言ったのだな?」

「はい。金の石の勇者たちもそこに合流すると話していました。敵がどのルートから攻めてくるかわからないので、西の国境には姉上が管狐に乗って知らせに行きました。ロムド国王陛下、我が国の兵が今後ロムド国へ攻め込んできたとしても、それは我が国の本意ではありません。メイ国は今もロムド国の同盟国であると私は信じています」

「それは国王のことばだな」

 とロムド王はつぶやくように言い、えっ、と顔色を変えたハロルド王子に穏やかに言いました。

「将来、あなたが背負っていく国について、真剣に思い巡らし守ろうとするのは、正しいことだ。それに、メイ国はセシル姫の故郷だ。メイが助けを求めてきたならば、ロムドはいつ何時でも救いの手をさしのべよう。――勇者はあなたの元へ飛ぶときに、西への出動命令を下していった。東で起きている陽動に惑わされることなく、本当の敵の攻撃を防ぐように、とな。兵たちは続々と西へ出動しているところだ。セイロスがどのルートから攻めてくるつもりか、今はまだわからぬが、前線には勇者の一行が行っているし、オリバンもいる。必ずセイロスを撃退して、メイ国を救うだろう」

「ロムド国王の寛大なご厚情に心から感謝いたします」

 とハロルド王子は頭を下げました。とたんに感涙がこみ上げてきて、顔を上げられなくなってしまいます。

 

 そんな王子の様子を見守りながら、女騎士のタニラが言いました。

「恐れながら、私たちからも陛下に気がかりなことをお伝えしたいと思います――。メイ国には大陸に名だたる名軍師のチャスト殿がおります。セイロスという男は、チャスト殿の才能を狙ってメイにやって来たのではないか、と思われるのです。今回の戦いはチャスト殿が指揮している可能性があります」

「そうであれば、我々には非常にやっかいなことになるだろうな。ユギル、メイの様子は見えるか?」

 とロムド王はまた占者に尋ねましたが、彼は頭を振りました。

「残念ながら駄目でございます。普段からメイでの出来事は占盤にあまりよく映りませんが、今はそれがさらに曖昧(あいまい)になって、まるで霧の彼方のように見通せなくなっております。何者かの操作とも思われますが、闇の気配は感じられないので、判断はつきかねます」

「メイは魔法に守られている国であるから、魔法軍団を偵察に送り込むことも難しい。向こうがこちらに攻め込んでくるまで、様子を知ることはできぬか」

 とロムド王は残念そうに言いました。リーンズ宰相もそれについては方法が思いつきませんでした。アリアンならば鏡でメイを見ることができるかもしれませんが、彼女はここしばらくひどく落ち込んでいるので、透視ができるかどうかわかりません。困ったことだ、と密かに考えます。

 すると、メールが言いました。

「チャストって軍師がセイロスと組んでるかもしれないってことは、フルートも前に言ってたよ。そんな感じがするんだってさ。メイの様子が知りたいんなら、あたいがポポロに頼んでみようか? ポポロなら透視できるかもしれないよ」

「それはありがたい」

「ぜひお願いいたします」

 ロムド王と宰相から頼まれて、メールは部屋の隅でポポロに呼びかけ始めました。やがて、本当に話が通じたようで、ひとり言のようなやりとりが始まります。

 その邪魔をしないように声を落として、ロムド王と宰相は話し続けました。

「一連の話から判断するに、メイの軍師は自分の意思で戦いを仕掛けてくるようだな」

「左様でございますね。チャスト殿が敵の味方になったと見せかけて土壇場でこちらに寝返ってくれる――などという甘い期待はできないようです」

 話を聞きつけて、ハロルド王子はまた顔色を変えました。

「チャストは――軍師はそんなことはしない! 彼は私にロムドに救援要請に向かえと言って、私を城から脱出させてくれたのだ!」

 ところが、タニラが首を振りました。

「殿下がチャスト殿を信じたいお気持ちはわかります。ですが、私はここに来る道すがら、ずっと考えておりました。殿下を追ってお命を奪おうとしたユラサイ人の刺客は誰が放ったのか、偽の手形まで準備してロムド国と我々を仲違いさせようとしたのは誰なのか――。残念ながら、それはおそらくセイロスという男ではないでしょう。チャスト殿が話さない限り、奴が殿下の行方を知る方法はなかったのですから。それができたのは、殿下が密かにロムドへ向かったと知っているチャスト殿だけなのです」

 そんな……とハロルド王子は絶句しました。ずっと信じてきた軍師に裏切られた事実は、すぐには受け入れられません。

 

 その時、メールが、ええっ!? と飛び上がりました。誰もいない壁に向かって大声で言います。

「セイロスとメイ軍がロムド領内に現れたってのかい!? 魔法で!? いったいどこにさ!?」

 部屋の中の人々は、ぎょっとして振り向きました。メールはうん、うん、と遠い場所にいるポポロの声を聞き続けています。

「オリバンやセシルたちと合流したんだね? 今は話し合いをしてる最中のわけ? 食事もしてる? ああ、うん。で――? チャストがメイ軍を指揮してたって? それで? うん――わかった。みんなに伝えるよ」

 メールがやりとりを終えて振り向くと、ロムド王も宰相もハロルド王子も女騎士たちも、すでにメールを取り囲んでいました。どの顔も真剣そのものです。

 メールは言いました。

「メイ軍がロムドの西部の山の中に突然姿を現したってさ。ジタンと西の国境の間くらいの場所だって。オリバンたちがそれを追いかけてる。今はフルートたちが合流したから、話し合いをしてるみたいだけどね。敵の数は正確にはわからないけど、何万っていう大軍みたいだってさ。指揮していたのはチャストで、魔法でメイ軍を移動させたからには、セイロスも一緒にいるはずだって。連中は西の街道に出て東へ攻めてくるだろう、ってオリバンとセシルとフルートが言ってるよ」

「敵が西部の山中に現れた! そんな……そんなまさか……!」

 驚きうろたえる宰相の後ろで、ユギルが占盤をのぞき込んでいました。食い入るように見つめて、悔しそうにテーブルをたたきます。

「映りません! 連中は闇の力で姿を隠しております!」

「ど、どうすればいいの……!?」

「何万なんて敵、隊長や勇者たちじゃ相手にしきれないわよ!」

 と女騎士たちもうろたえます。

 メールはばたばたと部屋の出口へ駆け出しました。

「悪いけどさ、あたいはもう行くよ! こんな状況だってわかったら、ぐずぐずしちゃいられないもんね! あたいも早くみんなのとこに戻らなくちゃ!」

 そのまま外へ飛び出そうとする彼女を、ハロルド王子が呼び止めました。

「待て、メール! 我々も一緒に行く!」

「えぇ!? 今度は駄目だよ! そんなに乗せたら花鳥が遅くなるもん!」

 とメールが渋ると、ロムド王もハロルド王子へ言いました。

「あなたは行くべきではない。この状況であなたまで敵に捕らえられたら、メイを守り導く者がいなくなってメイは滅びる。あなたはここに残らなくてはならない。それが王である者の務めだ」

 ハロルドは、また、はっとしました。自分に向かって「王である者」と言い切ったロムド王を、青ざめて見つめてしまいます。一方、女騎士たちは目を伏せていました。彼女たちはしばらく前から、メイ女王はもう生きていないのだろう、と考えていたのです。

 

「いいね? あたいはもう行くからね?」

 とメールは部屋を出て行こうとしました。中庭へ駆けていって花たちに呼びかけ、全速力で西部のフルートたちの元へ飛んでいこうとします。

 けれども、出口で彼女はまたハロルドに呼び止められてしまいました。

「待て――。それならば、タニラを一緒に連れて行ってくれ。私の護衛ならば他の二人の騎士で充分だ。タニラ、おまえは姉上たちの元に戻り、私の代わりに姉上たちを助けろ」

 ハロルドは涙を浮かべていました。自分で駆けつけることができない悔し涙です。その想いを込めてタニラを見つめます。

 大柄な女騎士は驚いた表情をしましたが、すぐに片膝をついてハロルドへ頭を下げました。

「承知いたしました、陛下。全力で隊長たちをお守りしてまいります」

 タニラに陛下と呼ばれて、ハロルドはまた顔を歪めました。頬を涙が伝い落ちていきます。

 メールとタニラが中庭に向かって走って行く足音を聞きながら、ロムド王は宙へ呼びかけました。

「白の魔法使い、赤の魔法使い、ここへまいれ!」

 たちまち王の目の前に二人の人物が現れました。白い長衣に淡い金髪の女神官と、赤い長衣に黒い肌と猫の瞳のムヴアの魔法使いです。

「状況はそなたたちも聞いていたであろう。敵はすでにロムド領内に侵入している。そなたたちも魔法軍団を率いて西の街道へ飛ぶのだ」

「御意!」

 主君の命令を受けて、二人の魔法使いはたちまち姿を消しました。

 ロムド王は次にハロルドへ目を向けました。まだ涙をこぼしている彼に、静かに話しかけます。

「つらいであろうが、ここで待たれよ。家臣たちを信じ、委ねて待つこともまた、主君の務めなのだ」

 そのことばに泣きながらうなずき返したハロルド王子、いえ――ハロルド王でした。

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