フルートたちがオリバンたちと合流して話し合っている頃、メールが操る花鳥は、大きな背中にハロルド王子と三人の女騎士を乗せて空を飛び続けていました。
最初のうちこそ、花が寄り集まってできた鳥に驚いて、こんなもので空が飛べるのかと心配した王子たちでしたが、今ではもうすっかり慣れて、眼下の景色を興味深く眺めるようになっていました。
「地上の様子がまるで変わったな。ずっと荒れ地が続いていたのに、このあたりは緑がとても豊かだ」
とタニラが感心すると、他の二人の女騎士も言いました。
「あの金色は麦畑ですね。本当に広い。このあたりが豊かな土地だということが一目でわかりますね」
「でも、先ほどまで飛んでいた荒野にも、麦畑は見えていましたよ。街道に沿って、ずっと緑や金色が続いていました」
「西の街道には水路が引かれてるからだよ」
とメールは言いました。
「昔はあの水路がなかったから、ロムド国の西の方は人がろくに住めない荒れ果てた場所だったんだってさ。ロムド王が若い頃に、街道を整備して水路も引いて、人が暮らせる場所にしたんだ」
このあたりの話は、以前オリバンから聞かされたことの受け売りです。
すると、ハロルドが言いました。
「有名なロムドの大開拓事業だな。今のロムド王は、戦争をする代わりに新しい農地を拓いて、戦うことなく豊かな国になっていったのだ。今の王の代になってから、ロムド国の人口は何倍にも増えたし、国の力もおおいに増した。その話を聞いて以来、私も一度ロムド王に会ってみたいと思っていたのだ」
「会えるじゃん。このへんはもう都に近いよ。ロムド城まではもう少しさ」
とメールは言いました。実際、彼らは王都ディーラのすぐ近くまで来ていたのです。
「ロムド王は賢王とも呼ばれる。そして、私の母上も賢い女王だと言われている。どこか似ているところがあるのか、どこかは違っているのか、そんなものを確かめてみたいと思っていたのだが……」
半ばひとり言のように言って、王子は黙り込みました。母のメイ女王のことを思い出したのです。メイ女王は亡くなったのかもしれない、と言ったフルートのことばが、重く胸にのしかかってきます。
すると、タニラが言いました。
「賢さはともかく、寛大さという点では、ロムド王のほうが上でしょう。なにしろ、隊長を皇太子妃として迎えるだけの度量がおありです。それに――」
そこまで言って、何故かタニラはちょっと笑いました。
「メイからロムドに来て一年が過ぎたというのに、隊長は以前とまったくお変わりなかった。昔と同じように男の格好をして、男のようなことばづかいをなさって……。セシル様はロムド城でも以前と同じようにふるまっていらっしゃるのでしょう。それを許してくださるのだから、ロムド王はきっととても寛大な方なのに違いありません」
メールも思わず笑ってしまいました。
「それはそうだね。ロムド王はすっごく寛大だし、いい意味で変わった王様だよ。なにしろ、たった十一歳の子どもだったフルートを金の石の勇者だと信じて、世界に送り出してくれたんだもんね。だから、あんたたちのことだって、きっと親身になって助けてくれるよ――。そら、見えた! あれがディーラさ! 真ん中にロムド城が見えるだろ?」
ハロルド王子と女騎士たちは、メールが指さしたほうを伸び上がって見ました。丘の上に、城壁に囲まれた街と、中央にそびえる高い塔の群れがあります。塔の集まっているところがロムド城です。
花鳥はロムド城をめざしてまっすぐに飛んでいきました――。
ロムド城の中庭では、メーレーン王女が侍女のアマニや犬と一緒に散歩をしていました。
彼女の大好きな薔薇の花はほとんど散ってしまっていましたが、代わりに夏ツリガネソウが満開です。青い花に彩られた散歩道を、楽しそうに歩いて行きます。
そこへ頭上からばさばさと羽ばたきが聞こえて、すぐ近くの花壇に巨大な鳥が舞い降りてきました。その体は羽の代わりに色とりどりの花でできていました。メーレーンたちが驚いていると、こんな声が聞こえます。
「もういいよ、花たち! 長い距離をお疲れ様!」
すると、王女たちの目の前で鳥の体が音を立てて崩れて、花壇は色とりどりの花に埋め尽くされてしまいました。その中央に五人の人物が立っています。
犬は警戒してワンワンとほえましたが、王女は両手を打ち合わせて笑顔になりました。
「まあ、メールでしたのね! どちらからお戻りになりましたの?」
なんの警戒もなく五人に駆け寄ろうとしたので、アマニは黒い両手を広げて、小さな体で王女の前に立ちはだかりました。
「ダメですよ、王女様! 得体の知れない人たちが一緒じゃないですか! メール、その人たちは誰なんだい?」
アマニは南大陸出身の娘で、赤の魔法使いの婚約者です。火の山の巨人の事件の後、赤の魔法使いと一緒にロムド城にやってきて、メーレーン王女の侍女兼身辺警護をしています。
メールは答えました。
「驚かせてごめんね、メーレーン姫、アマニ。こっちにいるのは、メイ国のハロルド皇太子とナージャの女騎士団だよ。要するに、セシルの弟と部下たちさ」
「まあ、お義姉さまの!? 初めまして、ハロルド殿下、女騎士団の皆様方。ロムド城にようこそ。メーレーンは皆様にお目にかかれて嬉しゅうございますわ!」
また屈託のない笑顔になった王女を、アマニが叱りました。
「ダメだってばさ、王女様! 外国の王子や騎士がどうしていきなりロムド城に来たんだ、って怪しまなくちゃいけないんだよ!」
「あら、そうでしたの? でも、お義姉様のご兄弟やご家来の方たちなら、メーレーンも歓迎してさしあげないといけない気がしますけど」
「メイは、ロムドと絶対仲良くしないって言って、王様たちの会議から帰っていった国なんだよ! モージャがそう話してたんだからさ!」
モージャというのは赤の魔法使いの本名です。
けれども、王女はやっぱり笑顔のままでした。
「心配いりませんわ、アマニ。会議で怒って帰っていったのはメイの女王様だって聞いてますもの。お疲れになっていらしたのかもしれませんわねぇ。人間は疲れると怒りっぽくなるんだ、ってトウガリが言ってましたもの。王子様たちはそんなにお疲れのご様子じゃありませんわ」
「いや、そうじゃなくてね、王女様――!」
懸命に主人を守ろうとするアマニと、とことん屈託がなくて無邪気なメーレーン姫のやりとりに、メールは思わず苦笑し、ハロルド王子たちは目を丸くしました。
女騎士のマリーとシャルロッタが、こそこそとささやき合います。
「ねえ、ロムド国王は変わってるっていう話だったけど、王女様もそうなんじゃない?」
「そうみたいね。なんだか不思議な方」
ハロルド王子はメーレーン王女の前に片膝をつくと、胸に手を当てて頭を下げました。
「突然お城を訪問してお騒がせしているのに、温かいおことばをありがとうございます、メーレーン姫。実は私の国が敵に襲撃されたために、救援を求めにまいりました。ロムド国王陛下はどちらにおいででしょうか」
メイの皇太子だけあって、貴婦人に対する礼儀は完璧です。
まあ、と王女は頬に両手を当てました。
「お国の危機なのですね、大変! お父様は執務室にいらっしゃると思いますわ。どうかお急ぎになって!」
「ありがと、メーレーン姫! さ、行くよ、みんな!」
とメールは先に立って駆け出しました。王子と女騎士たちが後に続いて、建物の中に飛び込んでいきます。
それを見送りながら、アマニは口をとがらせました。
「メイ国で戦争が起きてるのかぁ。モージャはまた出動かなぁ。ザカラスから帰ってきたばかりだってのにさ」
王女のほうはかがみ込んで、足元にいた犬に話しかけていました。
「ねえ、ルーピー、メーレーンはメイの皇太子様に初めてお目にかかりましたけど、ずいぶん立派な方でしたわね。メーレーンと歳はあまり変わりなく見えたけれど、なんだかもう王様でいらっしゃるみたいでしたわ」
ぶち犬には王女の話している内容はわかりませんでした。くーん、と甘えるように鳴いて、王女に体をすりつけます。このルーピーはザカラス城のトーマ王子と共にやって来た犬でした。王子がザカラス城に戻った後も、そのままロムド城に預けられているのです。
中庭で青いツリガネソウと色とりどりの花が風に揺れていました――。
ロムド王の執務室では、ロムド王とリーンズ宰相がユギルから占いの結果を聞いている最中でした。
ユギルが厳かな声で占盤に映る象徴を読み取っていきます。
「メイ国の紋章が、三輪の金葉樹の花を従えて城に到着いたしました。メイの紋章はメイ国王、金葉樹の花はナージャの女騎士団を示していると存じます。青い炎が彼らを先導しておりますが、こちらは海と森の姫のメール様の象徴。皆様は一丸となってこちらへ向かっていらっしゃいます」
「いよいよメイ女王がおいでになったのですね」
とリーンズ宰相は部屋の扉の向こうへ耳を澄ましましたが、近づく足音はまだ聞こえてきませんでした。
ロムド王が言いました。
「メールが花鳥で運んでくれたのであろう。しかし、メイ女王自らが助けを求めに来るとは、本当にただ事ではない。軍隊は勇者の指示通りに西へ出動したな?」
「ゴーラントス卿が率いる第一陣はすでにディーラを出発しております。本日中に、第二陣、第三陣も出動いたします」
と宰相が答えます。
すると、ユギルがまた言いました。
「メール様とメイの国王たちがこの部屋に近づいておいでです――階段を上がって、この階へいらっしゃいました。まもなく到着でございます」
そこで宰相は扉に近づいていきました。外の廊下で部屋を守る衛兵が誰何(すいか)する声が聞こえてきたので、扉を開けて言います。
「メイ女王のご一行です。無礼をせずにお通ししなさ――」
宰相は言いかけて目を見張りました。その前をメールが駆け抜けます。
「ありがと、宰相さん! さあ、入りなよ、みんな!」
メールに続いてやってきたのは、ロムド王たちが予想した人物ではありませんでした。立派な服の少年が三人の女騎士を従えて入ってきます。
「お初にお目にかかります、ロムド十四世陛下。メイ国の皇太子のハロルドと申します。本日は陛下に火急(かきゅう)のお願いにまいりました」
そう言って、ハロルド王子は深々と頭を下げました――。